5スレ>>288


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 それは、私がまだジグザグマだった頃の話だ。
「あ、ちょうちょだー。あ、お花だー」
 その日も私はいつものように外で遊んでいた。
 その頃は目に映るものすべてが新鮮で、毎日あきもせずに草むらを走り回っていた。
「あ、あの雲綿菓子みたいだなー…… あいたっ」
 だからこんな風に何かにぶつかるのもいつものこと。
「あいたた……」
 ぶつけた頭をさすりながら何にぶつかったのかを確認する。
 私がぶつかるのは大抵は岩で、たまに他のもえもんだ。
 でも、この時私の目に入ってきたのは
「いてて……」
 痛そうに自分のお尻をさする、人間の男の子の姿だった。

―――

 ぶつかったことを謝った後、私は一緒に遊ばないかと提案した。
 お母さんに人間は怖いから近づかないようにと言われていたけれど、
 目の前の男の子はぜんぜん怖そうじゃなかったし、何より私は自分の好奇心を抑えられなかった。
 彼はしばらくきょとんとした後、
「ああ、いいぜ!」
 太陽のような笑顔で答えてくれた。

 それから私達は一緒に遊びはじめた。
 彼はいろんなことを知っていて、私が何かに興味を示すたびにいろいろなことを教えてくれた。
 蝶の名前や花の名前、植物のちょっと変わった使い方などなど……。
 私は彼の話を聞くのが楽しくて、次々といろんなものを見つけては彼に話をせがんだ。
 時間はあっという間に過ぎてゆき、気がつけばもう夕方になっていた。
「きれいな夕焼け……」
「知ってるか? 夕焼けがきれいに見えると次の日は晴れなんだぜ?」
「じゃあ明日も晴れだね。そしたらまた一緒に遊ぼうよ!」
「ああ、そうだな!」
 夕焼けをバックにして、私達はそんな約束をした。

―――

 次の日、約束どおり彼はまたやってきた。
 私達は町の入り口近くで合流し、一日中外で遊び続け、夕焼けで天気予報をした。
 その次の日も、そのまた次の日も。
 彼の都合で雨の日は一緒に遊べなかったから、私は毎日の夕焼けがきれいであることを願った。
 夕焼けがきれいである限り、明日も彼に会えるから。

 そんな日々が一ヶ月ほど続いたある日、
「ごめん、明日からここには来れなくなる」
 きれいな夕焼けをバックに、彼は突然そんなことを言い出した。
「……え? なんで?」
「急な話でごめん。父さんの仕事の都合でさ、遠くへ行かないといけないんだ。
 ……だから、明日からここには来れなくなる」
「……そっか」
「帰ってくるから。いつになるかわからないけど、必ず帰ってくるから。
 ……だから今は、さよなら」
 落ち込んでいる私を励ますためだろうか。最後に一つ約束を残して、彼はいなくなった。
 
 この日、私は夕焼けの意味を失った。

―――

 それからというもの、私の周りの世界から新鮮さが消えはじめた。
 以前は目に映るものすべてが新鮮だったのに、花にも蝶にも雲にもあまり興味をひかれなくなった。
 代わりに思い出すようになったのは彼との思い出。
 最初はふとした瞬間に蘇っていたそれは次第に何かを見るたびに蘇るようになり、
 目に映るものすべてに彼の影がちらつくようになった頃、私はマッスグマへと進化していた。


「……今日も、来ない、か……」
 あれからどれだけ経っただろうか、今日も私は彼を待っている。
 果たされるかどうかもわからない、たった一つの約束だけをたよりにして。
 太陽はすでにかなり傾いているのだろう、私の影は大地に長く伸びていた。
 その影をみて、今日はもう巣へ帰ろうと踵を返す。
 その瞬間、
「きれいな夕焼け……」
 目に飛び込んできた鮮やかな赤に、私は思わず呟いた。

 ――そして、

「知ってるか? 夕焼けがきれいに見えると次の日は晴れなんだぜ?」

 背後から響いたその声に、私は確信する。
 夕焼けの意味が、帰ってきたことを。
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