5スレ>>290


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 ―――AIをB-21100に設定します。
 ―――行動パターン確認中……
 ―――ERROR! ERROR! 致命的な問題を発見しました。
 ―――萌えもん図鑑内プログラム『ポリゴン』との接続を切断します。
「ああ、やっぱ駄目ね」
 普通のユーザーにとっては恐怖の対象でしかない「ダンッ」の警告音を眉一つ動かさず聞くのは僕だけだと思う。
 後ろで湯気をトーストにはもう少し待ってもらい、後処理を行う。
 毎朝毎晩出来レースに付き合ってくれる健気な愛機の電源を落とし、接続を物理的にも切断する。
 抜き取った数十本のケーブルを乱雑に投げ捨て、すっきりした図鑑を操作する。これも毎朝毎晩の事だ。
 この作業をする度に、AIにではなく機械そのものに人格をあったらいいとつくづく思う。
 何だかんだ言っても現実に作業するのは器だ。ならチューニングやクリーニングの際に休息の心地よさを感じてほしい。
 その一方でプログラム単体は脆弱だ。器が無くては存在自体が危うく、またイレギュラーにとことん弱い。
 一組でも0と1が並べ間違えば狂ってしまうなんて、いちいち考えなくても弱すぎるではないか。
「うわちゃあ、今日もバグだけは絶好調ってか? いっそむし萌えもんになってほしいぐらいだね」
 とにかく外面だけはまともになってくれるのを祈りつつ、いざエンター。
 瞬間、図鑑の先端から三原色と呼ばれる三本の光線が這い出て、まるで編物を模るかのように絡み合う。
 編物はやがて人形に成長し、人形は赤と青の帽子と少しだぼついた服を着て、仕上げに灯る目の光。
 説明しようもなく渦巻いた金色。
「やぁやぁやぁチミチミ。そこでメタグロスと花畑で縄跳びやる約束あるでゲスよ。チミもやればいいザマス」
 人形、ポリゴンZのまともな言語での挨拶に、僕は心から安堵を感じれた。
「そうなんだ。でも縄跳びやるには三人じゃ少ないんじゃない?」
「アイツ分離できるヤンス。真っ二つに割れてアタシとチミが跳ぶ跳ぶ」
「うんうん。なるほど。じゃあ先に朝ご飯食べようか。トースト好きだもんねポリゴンは」
 手をとって食卓に連れて行く。
 ポリゴンZは宙を見つめぶつぶつ呟いているが、大人しく引っ張られてくれている。
 いつもの席に座らせて胸に前掛けをあてる。む、今日のスタイルは実にけしからんな。
 すっかり残飯と化してしまった食パンをトースターに突っ込み、
 冷蔵庫からポテトサラダの惣菜と作り置きのコーヒーを取り出す。
 今日の配列は初見だ。好みはちっとも予測出来ないので、ジャム類は全てテーブルに出しマーガリンとバターも完備。
 終わる頃には見事蘇ってくれたトーストをテーブルに運んで、ポリゴンZの前に全て並べる。
「さ。たんとお上がり」
 僕は座らず、お嬢様に仕える執事みたくポリゴンZの斜め後ろに立ったまま促す。
 しばらく呆けていたものの、恐る恐るポテトサラダを一摘みしたのを皮切りにもそもそとした食事を始めた。
 外でハブネークとザングースが威嚇しあう唸り声がうー、うー、とする。
「だから友達のヨノワールがそこの窓から入ってきたっス。今二階で双六やってるガンス」
「へぇ。あのヨノワールがかい。可愛い友達だね」
「そうなんにょ。あいつはおれさまの大切なおともだちやん」
 もちろんヨノワールなんて珍しい萌えもんは見た事もない。
 床を見ると、食パンの残骸が繋ぎ合わせれば八割方は復元出来るぐらい散らばっている。
 それを拾い集める僕を尻目に、ポリゴンZは外の声と競ってでもいるのか、うーうー唸っている。
 時折「ばいばいセリヌンティウス。生まれてすいません。脳に刻んで記憶しろ」とか呟きも混じる。
 とにかくトライアタックが暴発しない事だけを祈りながら、僕は二度死んだ食パンを掃除する。



 筆舌に尽くすにはあまりにも統合性からかけ離れた日中が過ぎ去り、ポリゴンZがベッドに沈んだ午後五時。
 お休みの一言に「栄光あれー!」で返された時はさすがにリアクションに困った。
 すやすやと横になる姿に帽子はどうかと思ったけど、これもプログラムの一部だから、そのままにしておいた。
 その寝顔をよそ目に、僕は夕飯の買出しに出かける。
 今日のポリゴンZの好みは小肌酢とシーザーサラダらしい。両方ともどこのご家庭でも簡単にご用意出来ない。
 ひいきの商店街は急ぎ足で10分だ。スーパーのタイムセールスに間に合うにはこの二倍速が求められる。
 ユンゲラーがいた頃ならテレポートなのだが、今頃どこでで暮らしているかも分からない奴を考えても仕方ない。
 腕時計を睨んで走っている最中、わき腹が怒り狂うのを堪えている男の姿はきっと見てられないとか考える。
 運動不足だよなぁ。朝のランニングとか健康にいいんだろうなぁ。明日からやろうかなぁ。
 こうして苦しんでいるとそんな素晴らしいアイディアが浮かぶのだけど、結局やろうと決意する朝は来ない。
 その時になれば、僕はパソコンの電源をつけ図鑑と接続する作業しか頭に浮かばないだろうから。
 ポリゴンZ即ちポリゴンは何もかもを計算で賄う世界で生まれ落ちた萌えもんだ。
 外やボールより生まれ里の電子空間の方が存在を維持するのに適している。故郷の酒を上回る酒はないとか何とか。
 だから夜はいつも図鑑に転送して、朝になったら異常がないかをチェックしてから実体化させる。
 まだ貼りついていたい瞼を擦りながらプログラム、即ちポリゴンZそのものがまだあるかを調べるのだ。
 再び言うが、プログラムは脆い。少しのきっかけで簡単に崩壊する。侵入出来れば子供が作ったような拙いウイルスでもだ。
 寝ている間に何かあったかもしれない。不安のような感情は抱かない。それはもう日課で、僕の一部である。
 いや、全てか。
 僕はこの作業の為だけに生きている。
「あ、ダメだ」
 トップスピードを維持し続けた両足もその声に緊張の糸を切った。
 長距離走では長いのにこういう時に短いなんて、時間って奴はとんでもない詐欺師だ。
 荒い息を整えながら、八百屋と魚屋で買った場合の差分を思いつつ、緩く歩く。
 沈むのを渋っている太陽に照らされた、まるで絵の具を混ぜすぎた灰色の夕空に包まれていた。



「スーパーのタイムセールス間に合わなかったの。かわいそうだからサービスしてあげる!」
 顔を覚えてもらうとはそれだけで有利なのだ。
 八百屋のラフレシアと魚屋のジュゴンに見事差分を埋め合わせてもらい、ほくほく顔で帰路につく。
 シーザーサラダは手作りだが、子肌は流石に作ってあるのを買うしかなかった。
 どうせ半分は落とすか遊ぶかして食わないのだから、誤魔化せるとは思う。
 今日は日の入りが早い。わずか数十分経っただけであれだけ嫌な色だった空は一番星すら見せている。
 ポリゴンZはまだ寝てるのかな。それとも寝室を荒らして遊んでるのかな。
 そういえばあの赤と青の服は寝相で皺が出来るのだろうか。帽子の下もやっぱり赤と青なのか。
 益も理由もなくポリゴンZについてまるでオーブンに入れたピザみたいに思いを巡らす。
 終始歩きっぱなしだから行きの倍以上かけて帰路が終わりを迎える。
 代わりにイレギュラーが始まった。
「?」
 家の門前に、まだ半端な夜よりもずっと黒尽くめな人間が5人。それぞれの隣に萌えもんらしき影もある。
 そしてその中心に、もう数年着ていないし見ていない白衣を見つける。
 目が合う。それが黒尽くめの誰かだったらどれほど良かっただろうか。
「あ、貴方は…!」
 なんで憎しみは視線に乗って突き刺さるんだ。無視できない。
「久しぶり。そこは交番じゃないから、道案内は出来ないよ」
 まるで軽口は人類の敵だと言わんばかりに、一層強く睨みつけられた。
 黒尽くめは僕に気付いた途端、多分打ち合わせしてたんだろう、僕を中心に円を陣取った。
 帽子にRの文字とか、萌えもんの中にベトベトンやカイリキーがいたりしたが、どうしようもないのでほっておく。
 白衣の中身は見覚えがある。おそらく変装なのだろうが、元おやまで騙す気はなかったらしい。
 とり萌えもんのように鋭い切れ長の目。トレードマークのスプーンは白衣の内ポケットに収まっていた。
 ユンゲラーはゆっくりと僕へとにじみ寄り、大きく前倣えぐらいの位置で止まり、口を開いた。
「ふん、やっと見つけましたよ裏切り者、いや人殺しっ」
「なんだよ藪から棒に。というかユンゲラー、君は何やってんだい。
 まさかまだこいつらの手伝いなんかしてるんじゃないだろうね。あまり健全とは言えないよ」
「否定はしないんですか。裏切り者も人殺しも」
 するわけないだろうが。バカかこいつ。
「用件は何さ。研究成果? あげてもいいけど、発表するんだったら隅っこに名前つけといてね」
「ああそうですよ。貴方の研究を貰い受けに来ました。失敗作ですけどね」
「はて。僕が失敗作なんて残すような酔狂に見えるのかい」
「ありますよ。貴方がアジトから脱走する時に持ち出したプログラム」
 口が『お』の形に開いた瞬間、女の子を殴らないとかの倫理観をすっ飛ばして飛び掛った。
 弾かれるように黒尽くめの連中が飛び出しあっという間に僕を羽交い絞めにする。
 この時間帯でこの動き。どうやら人払いは済んでいるようだ。
 二、三発ほどベトベトンにはたかれる。肌がじゅうじゅう鳴る。痛い。
 気付くとユンゲラーは少し怯みながらも、さっきの続きを言ってくれやがった。
 ポリゴン。管理ナンバーR2-Zのポリゴンですよ。
 後ろの男の足を踏んづけて羽交い絞めを解こうとするが、ヘドロまみれの手にあえなく妨害される。
「今は製作者不明とされている“あやしいパッチ”の哀れな犠牲者のポリゴンですよ。
 パッチもあのポリゴンも貴方の自信作でしたもんね。失敗作って認めたくないのも分かりますが、失敗は失敗です。
 破壊力こそ増しましたが、行動パターンと記憶システムが完全に崩壊。鶏の方がずっとマシな頭ですよ。
 あの理路整然で可愛かったポリゴンがああなるんですもんね。本当、死んだも同然ですよ」
 自分の言葉に興奮していると傍から見ても分かる。
 唯一気付いてない本人が続ける。
「でも、あのパッチで強くなったって事を、ボスは買ってるんですよ。
 アレは流石に使い物になりませんけど、あのポリゴンを分析すれば改善出来るそうです。
 安心して下さい。完璧なパッチが作れたらちゃんとあの子に使ってあげますから」
 もう抵抗来る体力が残ってないのは丸分かりなのに、締める手に手加減はない。
 僕にケーシィ時代からの親友を殺されたユンゲラーは、僕の無様な姿にしかし引き締めた表情を保っている。
「あのポリゴンだって、あの子だって自分が誰だかも分からないまま生きたくない筈ですよ」
 ―――マスター。
 ―――私、貴方に創ってもらえて幸せです。幸せって分かるの、凄く楽しいです。
 滂沱と共に流れた筈の思い出。
「あの子は本当に頭が良くて強かった。今自分がああなるなんて夢にも思ってなかったでしょう」
 ―――大丈夫です。私、怖くなんてありませんよ。
 ―――目が覚めたらいつもみたく、マスターがいて、私がここにあるんですから。
 野心とプライドに潰された彼女の笑顔。
「ねえ人殺し。どうせ自分の手で修復しようとしてるんでしょうけど、貴方にそんな資格は」
「もううんざりなんだよ」
 その全てを振り切って、僕は僕の償いを繰り返す。
 ユンゲラーが口上を止める。知ったことか。
「元々虚像の電子空間から萌えもんを創る。プログラムで強くする。その過程で人格すら変容させられる。
 たくさんだ。たくさんなんだよそんな不安定で足場もない馬鹿みたいな試みはさ!」
 彼女は死んだのだ。僕が殺した。ユンゲラーの言う通り、それは生命と違い、おそらく取り戻せる。
 だけど、僕はもう嫌だ。
 ポリゴンはわずかな情報を変更させるだけで根底から左右されてしまう。それはトーストを千切るように呆気なく味気ない。
 だけど、やられる側にとっては、それは弾丸が脳天を貫くか肩口を撃ちぬくかぐらいの違いがある行いだ。
 彼女は脳天を貫かれた。誰もそこを狙っていない。ただ、ちょっと間違えただけなのに。
「あんなのはあいつだけでたくさんだ。
 命を、人格を持ったポリゴンを知った時点で僕は研究者を辞めるべきだったんだよ」
 だから僕は。
「確かにまともじゃないかもしれないけど、それでもあいつは生きている。
 失敗だろうとバグだろうと、今のあいつを創ったのは僕だ。僕の最後のポリゴンは、僕が面倒を見る。
 僕はポリゴンZを渡さないし直さない。ただ育てる。元に戻るのも壊れたままでいるのも、彼女の意思に委ねる」
「はっ!」
 少女の何か、おそらく理性と行動を繋げている糸が千切れた。
 ユンゲラーはコンクリートの地面を砂場みたいに蹴り上げる。
「知ってんのよ私は! あのポリゴンはもう生きてるなんてもんじゃないって!
 街中でわざを暴発させる、自分の名前も思い出せない、おやであるアンタを襲った事もあるって知ってんのよ!
 どういう心境の変化か知らないけど、もういいっ、サイコキ…」
 ネシスとは続かなかった。
 ユンゲラーの口が中途半端な形で停止する。
 それは僕に異変が起きたとか奴が何か気付いたとかじゃなくて。
 ただ凍っただけだ。
「うひぃ!?」
 黒尽くめの一人がその異常に飛び退いた。
 なのに前のめりに倒れた。
 背中を見やると、実に奇妙で、だけど昔に見た覚えのある光景があった。
 チリチリと焦げる黒の服。凍傷にかかった背中。時折電流が走ったように痙攣する首。
「燃えて凍って痺れて…?」
 沈む。思考の海に。分かりきった答えを探す馬鹿な思索へ。 
 まさか。まさか。まさか。まさか。
 終わるのは本当に一瞬だった。当たり前だ。僕が施した改造は破壊力の強化なのだ。
 さっきまで僕を羽交い絞めにしていた男を足蹴に、その存在は立っていた。
 青と赤に統一された服装。帽子。説明のしようもなく渦巻いた金色。
 言葉がない。暴発したのなら僕だけ無傷である道理がないし、狙うなんて以ての外だ。
 そもそも彼女は僕を助けるプログラムなんてとうに失っているはずなのに。
「あ、ああ」
 歩み寄る。何も喋れないから、歩く。
 僕が殺した彼女。僕が生んだ彼女。
 この先どっちに転ぶも自身の意思に委ねると言ったのに、僕は身勝手な希望を考えている。
 果てない研究に付き添ってくれた日々とランダムに甲斐甲斐しく付き添う日々。
 僕は、本当は。
 それを知ってか知らずか、彼女は、ポリゴンZは、にまりと笑って。
 僕に声をかけた。
ツールボックス

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