5スレ>>322


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キッチンの床に置かれた沢山の代物。
「……シートだろ、懐中電灯だろ、時計だろ、財布は……必要ないかな。どうせ花見に行くだけだし……」
俺はそれらを手にとっては、傍に置いている手提げのバックに入れたり、再び床へ置いたりするという、ゴミの分別的な作業を行っていた。
カメラは再び床へと置いて、
携帯電話はバッグの中へと入れて。
「……よし、こんなものかな」
一通り分別が完了して、バッグのファスナーを閉め、床に置かれたままの代物たちを元の場所へと片付ける。
……ひたっ、……ひたっ。
盗人ではないのだが、家の中を歩く俺の足取りは慎重であった。
ジュペッタが寝てるわけではないので、それほど静かに歩く必要はないのだが、いつもの癖か、自然とつま先からそっと足を付いてしまう。
代物をそれぞれの場所に片付けた俺は、またゆっくりとキッチンへ戻っていき、今度は冷蔵庫を開けた。
「やっぱ花見といえば酒、だよな」
もともと酒には弱い体質なのだが、少しでも花見の雰囲気を演出できれば……と思い、缶ビール一本を持って行く。
それも同じようにバッグの中へ入れると、手提げのバッグを持ち上げ、時計を見た。
時刻は既に翌日を回って、一時半。
午前中は十分に眠ったから、深夜のこの時間でも目は冴えている。
生活のリズムが崩れないか心配になるが、一日ぐらいで崩れることはないだろう、と軽はずみなことを考えつつ、
俺はジュペッタの登場を待ち続けた。
「……遅いな」
洗面所に入ったきり、一時間も篭っているジュペッタ。
一体何をやっているのか、少し気になる。
「ジュペッター? 俺準備終わったけど、そろそろ行くぞー?」
一度大声でジュペッタを呼んでみる。
「……」
返事は無かった。
無いと分かると、胸中を不安が渦巻いた。
ドアを叩くなど、何かしらの返答をしてくれないと何かあったのか不安になる。
きっと大丈夫だと思うのだが、どうしても不安を拭い去ることが出来ない俺は、洗面所へと向かい、そのドアを開けた。
「ジュペッタ、何してる――――って」
心配のせいか、やや語気が強くなっていた俺の声は、先程まで俺が抱いていた不安が杞憂だと分かると、急速に弱くなっていった。
ジュペッタは鏡を睨み、右手にヘアゴムを持って自らの後髪を束ねようと奮戦していた。
手が短いせいか、なかなか結うことが出来ていない。
もしかして、これを一時間やっていたのかと考えると、何故俺を呼んでくれなかったのかという呆れと、
健気に何度も挑戦していたジュペッタの姿に愛らしさを覚えた。
本当ならジュペッタ一人の力で髪を結わせたいところだが、
そうだと日が暮れてしまいそうなので、俺はジュペッタからヘアゴムを奪い取ると、いつものように結ってあげた。
奪い取られたせいか、ジュペッタは俺の方を振り向くと頬を膨らませた。
「仕方ないだろ、このままだと埒が明かなさそうだし……それにお前、手、短いから後髪結うのはきついだろ?
これからは俺が結ってやるから、髪を結うってときは呼んでくれよ」
手が短いと言われて一瞬俺を睨んだジュペッタであったが、すぐに頷く。
そして、笑顔を向けた後に、嬉しそうにポニーテールを触った。
その姿が微笑ましくて、俺は微かに笑う。
「さて、準備は終了したことだし、行くか」
歩き出した俺の隣にジュペッタが付いて来る。
電気、ガスなどの確認、戸締りの確認をすると、俺とジュペッタは外へ飛び出した。

見上げると空には煌く満天の星空と輝く金色の満月。
まるでそれは俺たちの為に神が用意してくれたような――そう思えるほど綺麗だった。


- episode 5  艶桜 -


この時間となると、家という家の明かりは既に消えており、街灯と月光が俺たちの行く先を照らしている。
車は通っていない。聞こえるのは俺の足音のみ。
静寂に包まれた雰囲気は、いつも散歩へ行く路地裏を髣髴とさせた。

――行き先は俺が職場へ向かう際にいつも通る神社。
そこの桜の美しさは評判で、よくこの季節となると大勢の花見客で賑わう。
しかも特に評判となっているのが、夜にライトアップされて照らし出される夜桜だ。
その夜桜を一目見ようと、写真に収めようと、日がまだ沈まない夕方頃から場所取りが始るのだとか。
さすがに深夜となると電気は消されているのだが、そこの神社の神主さんが、
同僚と仲がいいということもあって、取り入ってもらい、特別に日が昇るまでの間ずっと点けてもらえることになったのだ。
……当然だが電気代がかかるので、その分は神主さんに払い、交渉してもらった同僚には、今度酒を奢る羽目になったのだが。

深夜という、霊が出そうな時間帯に出歩いているせいか、
しかも橙色の街灯が大地を仄かに照らし、不気味さをかもし出していることも相まって、
歩を進めて行く度、俺の胸は恐怖に駆られていった。
二月の下旬にテレパシーを試して以来、更にオカルト現象に対する信仰を無くした俺だが、
心霊現象だけはテレビ番組で実体験等をよく聞くため、嫌でも信じてしまう。
「いるわけ無いさ、幽霊なんか、いるわけ……」
不安を紛らわそうと自己暗示のように呟くものの、再び訪れる静寂は、再び俺を言いようの無い不安へと追い込む。
そんな不安を胸に抱きながら、肝の小さい己に溜息を吐き、力強く頬を叩いた。
(そもそも俺は花見をするのであって、肝試しをするためにわざわざこんな夜道を歩いている訳ではなくて……)
叩いた後も残る頬の痛みと共に、先程よりも強く大地を踏み込む。
そんな俺の姿を隣で見ていたジュペッタは笑顔を向けていた。
「……何笑ってんだよ」
足を止め、ジュペッタの方へ体を向ける。
馬鹿にされているような気がしたので、思わず怒りの混ざった声となってしまった。
しかし、ジュペッタは意に介さずで、俺を指差しては目を細めにこやかな顔をする。
何故ジュペッタがこのような表情をしているのか俺には見当がつかなかった。
微かに湧き上がった怒りを鎮めて、俺は再びジュペッタに問いかける。
「なあジュペッタ、さっきから笑ってるのは……?」
俺がそう言うとジュペッタは肩をぎゅっと上げて……
すとん、と力を抜くように元に戻した。
その後は両手を大きく広げ、胸を突き出し……その姿はまるで深呼吸をしているかのよう。
「……落ち着けってことか?」
俺の言葉にジュペッタは笑顔で頷いた。
さっきから俺がそわそわしていて、どこか動きもぎこちなくなっていたから、それが可笑しかったのだろうか。
とにかく、ジュペッタの助言のままに、俺は一度大きく深呼吸をした。
冷たい空気が体内に入り込んでくる。
肺に溜まっている空気を一つ残らず外界へと排出する。
全身から力が抜け、恐怖で速まっていた鼓動が少しだけ緩やかになった。
足が心なしか軽い。自分では気づかなかったがどうやら相当力んでいたようだなと驚きつつ、再び俺は足を前へ出した。
「……悪かったな、頼りなくて」
小声でジュペッタへ呟く。
一応男として、また人々から忌み嫌われるジュペッタと行動を共にする者として、彼女を護らなければいけないというのに、
こんな夜道に幽霊のことを考えて怯える自分が情けなくなった。
一方、俺の言葉が聞こえなかったのか、ジュペッタは俺の手を引いて駆け出し始める。
目の前にはいつの間にか神社が見えていた。きっと早く夜桜を見たくて仕方ないのだろう。
彼女の華奢な体のどこにこんな力が秘められているのだろうかと疑問を抱きつつ、
俺はひきずられまいと必死に足の回転を速めていた。


「おい、ジュペッタ……待て、待てって!」
およそ三百段近くあるであろう神社への階段を一段抜かしで駆け上がりつつ、
息を切らしながら俺は数十段先を行くジュペッタに向かって叫んだ。
ジュペッタは浮遊しているため、階段があろうが全く関係ない。
しかもライトアップされた桜が見えてきた途端にその速度は上がり、俺を置いて先へ進んでしまっているのだ。
俺の叫びもジュペッタには届かず、俺がようやく中盤に差し掛かったところで、ジュペッタは早くも頂上へたどり着いてしまった。
「あのやろっ……ちょっとは……待ってくれてもいいだろっ!」
俺は更に階段を駆け上がる速度を増していった。
伊達に仕事で毎日重い荷物を運んでいない。
迅速な行動が要求される仕事の中で、足腰の強さは必須項目。
神社の階段はやや勾配が急なものの、そんなものは今の俺には関係なかった。
やがて神社の鳥居が姿を見せ、長き階段も終わりを告げ――――
「はあ……はあ……着いた」
手を膝に置き、乱れた呼吸を整える。
「あのな、ジュペッタ……喜び勇んで行くのはいいけど、少しは相手を待ってることを覚えてくれても――」
顔を上げた俺の目に飛び込んできた、白色のライトに照らされて艶やかに光る桜の木。
それに魅了された俺は、言おうとしていた言葉を失ってしまった。
ジュペッタから再び手を引かれて、木の下へと向かう最中も、俺は桜の木を見上げ続けていた。
――こんな何も無い辺鄙な街に、こんなものがあったなんて。
まるで違う世界に来たかのような錯覚に襲われる。
口を開け、呆けていた俺の肩を、ジュペッタの両手が揺する。
「……!? あ、ああ、悪い。花見の準備をしないといけないな」
我に帰った俺は、手に持っていたバッグを地面へ置き、そこからシートを取り出す。
二人が十分に座れるほどのブルーシートを広げ、木の下へ敷く。四隅に手ごろな石を重り代わりに置いて。
と、その途端、強風が吹いて――――桜の花びらが、四方に散っていく。目の前に広がる風景が、一瞬桃色に覆われる。
強風はあっという間に過ぎ去っていって……再び静寂が訪れた俺たちの目の前の風景は一転していた。
大地は無数の散ってしまった花びらがあった。ブルーシートも同じように。
桜の木は大量の花びらを失っても尚、その艶やかさは失われていなかった。
「わぁ……」
思わずその風景に俺は感嘆の声を漏らした。
桜の木だけでも十分絵になるというのに、そこに桜の花びらが大地に撒かれることによって、幻想的な雰囲気を出しているからだ。
俺の隣にいたジュペッタは、辺りに散らばった桜の花びらを両手一杯に掻き集めては、それを大空高く舞い上がらせた。
ジュペッタの下へ降り注ぐそれらを見ては、大はしゃぎする彼女。
その行動を何度も繰り返すジュペッタをよそに、俺はブルーシートの上に座り、おもむろにバッグからビールを取り出すと、
まずは軽く一口、喉に流し込んだ。
階段を駆け上がったせいで乾いた喉を、冷たいビールが潤し、炭酸の程よい刺激が俺の体に響く。
久しぶりに味わう快感に酔いしれ、そのまま一気に飲み干してしまった。
空になったアルミ缶をブルーシートの上に置くと、俺は寝転んで真上の桜の木を仰ぎ見た。
朧に光る桜の木。
これを一目見るのに大勢の人が来るのも頷ける。
無音の世界に身を委ね、目を瞑った俺の全身を突如、柔らかな感触のものが覆った。
慌てて目を開けて起き上がり、体を見てみると、沢山の桜の花びら。
目の前には俺の姿を見て笑っているジュペッタの姿。
「……このやろっ!」
仕返しと言わんばかりに、俺も桜の花びらを掻き集めて、ジュペッタに向かって桜吹雪をかける。
桜の花びらまみれになったジュペッタの姿を見て、可笑しくなって笑い出す。
ジュペッタも俺の桜の花びらまみれな姿を見て、再び満面の笑みを浮かべた。
しばらく互いの姿を見て笑い合ったあと、俺達は隣り合ってブルーシートの上に座り、桜を眺めた。
先程の楽しげな雰囲気は薄れ、沈黙が俺たちの間を流れる。
その沈黙は気まずいものではなくて、心地よい沈黙だった。
胸が温かくて、でもほんの少し、苦しくて。微かに鼓動が速くなっているのを感じた。
手が汗で湿り、頬が心なしか熱い。
――酔いが回ってきたか……?
酒には弱い、と言いつつも、缶ビール一個ではさすがに酔わないと思っていたが……やはり久しぶりに飲んだからか。
バッグから時計を取り出し、時刻を確認する。
2時半……そろそろ潮時かな。
そう思うも、ここから離れてしまうのはすこし勿体無い気がして、俺は立ち上がることが出来なかった。
隣でさっきから桜の木を眺めて目を輝かせているジュペッタを見ると尚更に立ち上がって、帰ろう、と話を切り出すことが出来ない。
だが、階段を駆け上がるなどして、足が少し痛んでいる。休養を取るために帰ったほうがいいと思うのだけれど……
――ああっ、もう!
一向に結論を出せない自分にむしゃくしゃして、頭を掻き毟る。
そんな俺の行動に気づいたのか、俺の方へを視線を移し、心配そうに俺の顔を覗きこむジュペッタ。
「……何でもない、ちょっと優柔不断な自分にイラついただけだから」
冷静になろうとしているせいか、声色が普段より低くなる。
それが更にジュペッタを心配にさせたのか、彼女はブルーシートの四隅にある石をどけ、ブルーシートを畳み始めた。
どうやら俺の身を考え、帰ろうとしているようだ。
「ちょ、待て! いきなりどうした?」
ジュペッタの手を掴み、慌てて彼女がブルーシートを畳もうとするのを制止する。
「大丈夫、大丈夫だから。そんなに心配しなくても……って!?」
俺の方を振り向いたジュペッタは――泣いていた。
瞳が涙で濡れ、雫が頬を伝って……ブルーシートの上へと落ちる。
いきなりジュペッタが泣き出して、俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
何故泣き出してしまったのか、その原因が俺にあることは明白である。
俺が己の弱さを嘆き、その怒りを行動に表すことはこれが初めてではない。以前にだって何度かある。
ジュペッタは心配こそしたが、こうやって泣き出したのはこれが初めてだ。
とにかくジュペッタを落ち着かせるために、そのまま彼女の手を引いて俺の胸へと抱き寄せる。
「一体どうした、ジュペッタ……いきなり泣いたりなんかして」
涙を拭い、赤くなった目でジュペッタは俺の方を見た。
しばらく俺の胸元をギュッと握り締めた彼女は、ゆっくりと俺の下を離れて、バッグを持って来た。
それを俺へ手渡すと、バッグのチャックを開けて、そこから携帯電話を取り出す。次は懐中電灯を取り出す。
「……」
ジュペッタが何を言いたいのか、彼女の行動を元に推測する。
バッグには、沢山の荷物。ジュペッタがそれを取り出して――――バッグの中は、軽くなる。
「……一人で抱え込むな。
なにか苦しいことや悩みごとがあるのなら、相談しろ……そう言いたいのか?」
思いついたことをそのまま言ったのだが、ジュペッタはそう言いたかったらしく、嬉しそうに頷いた。
言い換えると「もっと私を頼ってくれ」と言いたいらしい。
そういえば、俺が一体何に嘆いているのか、悩んでいるのかはジュペッタに打ち明けたことが一度も無い。
仕事で苦しいことや、辛いことがあっても、ジュペッタの前では笑うようにして、なるべく心配をかけないようにしていた。
そんな俺を見て、自分は信じられていないのか、頼られていないのかと不安になり、今日、その不安が最高潮に達したようだ。
ここまで誰かに心配されたことが無い俺は、なんだか恥かしくなってそっぽを向いて、
「……悪かった」
小さく、呟いた。
その瞬間、頬に柔らかな感触。桜の花びらとは全く違う、温かな感触。
突然のことに驚き、俺は視線を元に戻した。
「……気のせいか?」
視線の先には、一生懸命ブルーシートを畳んでいるジュペッタの姿と、先程までと何ら変わらぬ風景。
俺の頬を襲ったのが一体何だったのか……俺には推測することができなかった。
(まだ桜を見たい気もするが……今日はジュペッタに従うことにするか)
溜息を一つついて、ジュペッタと一緒に荷物をまとめた後、家路をゆっくりと歩く。
そう、ゆっくりと。まるで二人だけの時間を慈しむかのように。
俺は終始俺の右腕に自らの両手を絡めてくるジュペッタのいつもと違う行動に鼓動を速め、頬を赤くさせながら歩き続け、
家に着いた頃には、漆黒の空が紺色へ変わっていた。



――――まだ俺は、気づいていなかった。
いや、薄々感づいてはいたが、それを認めようとしていなかった。
ジュペッタの気持ちを。
そしてそれがいつか打ち明けられることを、心の隅で、恐れていたのだ。








――――――――――――――――――――
第五話。かなり間隔開いてしまいました……
お花見話、主人公とジュペッタの仲が更に深まった話。
次回、第六話はちょっと長話になる予定です。きっと。
なんだか主人公が典型的なヘタレになる可能性大です。

そして相変わらずの後半ハイスピード。
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