「――ただいま」
「おかえりなさい、マスター」
久々の帰宅にも驚かず、ピジョットはいつもと変わらぬ態度で俺を出迎えた。
あまりに平然としているから、一瞬滅茶苦茶怒ってるのかと身構えたが、そういうわけではないらしい。
あくまでも冷静に、ただ主の帰宅を出迎えただけ。
ピジョットは、そういう認識のようだった。
「もうちょっと、大げさなリアクションがあってもいいんじゃないかな?」
苦笑しながら、小さな不平をぽろりと漏らす。
お門違いは承知だが、なにせ数ヶ月ぶりの再会なのだ。
なんというか、少しくらい感動的なシーンがあったって罰は当たるまいと思う。
「大げさ、ですか?」
ころん、と首をかしげるピジョット。
「マスターが帰ってくるのは当たり前のことなのに、大げさに反応してたら疲れちゃいますよ?」
さも当然、といった様子のその答えに、俺は再び苦笑する。
そうじゃないよ、と頭をぐりぐり撫で回し、勝手知ったる久しき我が家をずんずん奥へと進んでいく。
「前みたいに毎日帰ってこれるころならいいけど、今日みたいに何ヶ月ぶりかに帰ってきたときくらい、大げさに喜んでくれたっていいんじゃないってこと」
先行く僕の言葉を聞き、背後でピジョットがああ、と得心がいったとでもいいたげな声をあげる。
「つまり、久しぶりに会ったんだから『お帰りなさいますたー、寂しかったです~!』とか『お帰りなさいませご主人様、ご飯ですか?お風呂ですか?それとも……』とか言って欲しいってことですね?」
「……そこまでは、言わないけどね」
三度目の苦笑いを浮かべてやんわりと否定をすると、言ってほしいくせに、とピジョットは意地悪く笑う。
僕をからかうためにわずかな隙も見逃さない彼女の『鋭い眼』は健在のようだった。
やれやれ、と肩をすくめてリビングのソファにどっと座り込む。
久しぶりの感触に思わずため息を漏らした、そのとき。
ぽすん
という音と共に、僕の膝の上に暖かくて柔らかい何かが降ってきた。
「……ピジョット?」
「なんですか?」
僕の呼びかけに、上目遣いで僕を見上げながら、ピジョットが応じる。
その表情に一瞬心が揺らいだけれど、ぐっと抑えて、問いかける。
「――なんで、僕の上に座るのかな?」
「あら、決まってるじゃないですか」
にっこりと、膝の上で満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうにピジョットは答えた。
「――大好きなマスターに、めいっぱい甘えるためですよ」
そう言って、嬉しそうに笑うピジョットを、僕は無言で、抱きしめた。
最終更新:2008年05月24日 21:29