5スレ>>381・中


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小さな体を、大きなベッドの上に横たえて眠るディグダの子。

高熱にうなされて苦しそうに歪んでいた表情も、解毒剤が効いてきたのか
随分安らかな寝顔に変化していた。

がちゃり、とドアを開けて入ってきたのは、落石に閉じ込められていた私たちを
助けてくれたバリヤードさんだった。


「どう? 薬、少しは効いた?」

「効いたみたいですね…ありがとうございます、お部屋まで貸してもらっちゃって」

「いやいや、ショップもセンターもぶち壊されちゃったんだから仕方ないよ。
 困った時はお互い様だしね」


そう、ここは萌えもんセンターではない。バリヤードさんの住んでいるお家なのだ。

どういう訳なのか、数日前にセンターもショップも何者かに爆破されてしまい
今は機能していないのだそうだ。

なので、バリヤードさんのお言葉に甘えて彼女の自宅に上がらせてもらった
という訳なのだ。


「でも安心は出来ないよね…解毒剤っていっても、その場しのぎみたいな物しかなかったし…」

「そうなんですか…」

「ああもう、こんな時に限って毒消しもなんでもなおしも無いなんて」

「どうしたものやら…」


絶望的な雰囲気を変えようと気を遣ってくれたのか、「もう一回、棚とか探してくるね!」
と、明るい声で再び薬を探しに出るバリヤードさん。

彼女の声に励まされたのか、何か良い方法はないものかと皆が相談をしはじめた。
自分も何か方法はないかと、無い頭を振り絞っていると、ドアがコンコンと鳴った。

すかさずフシギソウが「はーい」と返事をして、早歩きでドアを開けにいくと


ぱーーーんっ!


と、甲高い破裂音がドアの向こう側から聞こえてきた。



「 ∑ ひいあああああっ!?」


突然の大きな音に、思わず奇声を出してしまう私。
萌えもんの皆はそんな私の奇声にビックリしたようだった。

よく見ると、ドアの向こう側からは細い腕がにょっきりとはみ出ていて、
その小さな手には、黒光りのシルクハットが握られている。

おそらく、さっきの破裂音がした際に出てきたんだろう。シルクハットの中から
色鮮やかな紙テープが何本もはみ出ていて、はらはらと白い紙吹雪が頭の上に降ってきた。


「あっははは! ごめんね、驚かせるつもりは無かったんだけど…」


そう謝罪して部屋の中に入ってきたのは、バリヤードさんではなくて
小学校低学年くらいの小さな男の子だった。


「ねえねえお姉ちゃん、お姉ちゃんは萌えもんトレーナーなんでしょ?」

「え…ああ、うん、そうだけど」

「どの子でも構わないからさ、うちのバリヤードと交換してよ!」

「…え!? な、なんでそんなこと」

「だってアイツ、僕のこと馬鹿にするんだもん。
 僕、いつも頑張って手品の練習してるのに、へたくそって言うんだもん!
 ねえいいでしょ!? どの子でもいいから交換してよ、ねえー!」


そんなこと突然言われても…と焦っていると、ガラス窓からコンコンと音が鳴った。
よく見ると、バリヤードさんの家に上がる前にどこかへ飛んでいったスピアーが
外側から窓を叩いていた。


「スピアーじゃない! どうしちゃったのさ、どこかへ行ったと思ったら」


ガラス窓を開けて、薄い羽を羽ばたかせホバリングしているスピアーに尋ねると
いつもの彼女らしくもない、焦りと喜びが入り混じった表情でこちらに話しかけてきた。


「あったあった! やっぱりあったわよマスター!」

「あったって、一体何が」

「ほらこれ、モモンの実の種よ!
 きっとこの近くになっているのよ、モモンの実が!」

「それ本当スピアー!?」

「やった、これでディグダの子が助かるかも!」

「え? あ、あの、ごめ、モモンの実って何なの???」

「てっとり早く言えば、強力な解毒剤よ…」

「それぐらい知ってなさいよ、アンタ仮にもトレーナーでしょうが!」

「よし、早く行こうぜスピアー。どうせお前のことだから
 生えているところの見当も大体ついているんだろ?」

「あら、よく分かってるじゃない♪」

「長い付き合いだからな。それぐらい予測はつくさ」


7人揃って慌しく部屋から出ようとした瞬間


「だ、駄目だ! 行ったら駄目だよ!」


バリヤードさんのマスターくんが、叫んだ。


「駄目って…ちょっとどういうことよ、説明しなさいよ!?」

「それは…ほら、バリヤードが薬探してるんだし、もうちょっと待ちなよ!
 急にお姉ちゃんたちいなくなったら、アイツびっくりするだろうし」

「――― アンタね、今そんなこと言ってる場合じゃ」


こめかみをひくつかせて、怒りを爆発させるべく大口を開けようとしたピカチュウの口を
そっと手のひらでふさぐ。

息は出来るように力は入れず、そっとふさぐ。


ピカチュウは私の意図に気が付いてくれたのか、それ以上何も言わず
黙っていてくれた。


「だって人の…じゃなくて、萌えもんの命が掛かってるんだよ?
 バリヤードさんのこと、信じてないわけじゃあ無いんだけど、もし薬がなかったらディグダが…」

「……」


まだ納得がいっていないらしく、男の子はドアの前で立ち止まったままだった。
少し声にドスをきかせて、再び言葉を紡ぐ。



「そこを、どいて。
 
 つべこべ言ってられないのよ」




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「はー、民家からちょっと離れたら、こんなに木だらけとはねー」

「ちょっとスピアー、本当にこっちであってるの?
 さっきから歩いてばっかじゃない!」

「虫萌えもんの嗅覚を馬鹿にしないでほしいわね。
 こっちっていったら、こっちなのよー」


スピアーに導かれ、解毒効果のあるモモンの実を求めて生い茂る木々の間を早歩きで進む。

私には草の青臭い匂いしか分からないけれど、スピアーが言うように
もともと林や森に住んでいる虫萌えもんたちの、草花に対する嗅覚はとても鋭い。
スピアーを信じ、全員で彼女の後を追う。

しばらく林の中を突っ切っていくと、草原のようなところに出た。
目の前には、ピンク色の実をたくさんぶら下げた大きな木があった。


「ほら、アレよアレ! あれがモモンの木よ!」

「うっわー、たくさんなっているねー」

「これだけあれば、ディグダの毒もすっかり無くなるね!」

「そうだね、早く持って帰ろ……ん?」


何か液体のようなものが、ぐねぐねと木の裏側で蠢いているのが微かに見えた。

モモンの木に近づいて初めて気が付いた。
木々の空間には相応しくない異様な臭いが、辺りに漂っていることに。

慌ててみんなにその場で止まっているように声をかけて、萌えもん図鑑を開く。
機械音声を合図に、木の裏側から異臭の根源が姿を現した。



「何なのよ…どいつもこいつも、何で私を追い出そうとするのよ…
 私は生きてちゃいけないっていうの…? ふざけんな、散々人のこと利用しておいて…!」


不機嫌そうにうねる紫色の蓬髪。

何が彼女の身に起こったのかは分からない。
けれど、私たちの存在が彼女を怒らせてしまったのは間違いないだろう。

無機質な音が、紫色の存在は「ベトベトン」という名前だということを教えてくれた。
目の前の存在は、進んだ科学が生み出した猛毒の生命体なのだそうだ。

紫色の瞳をぎらつかせ、こちらを睨み付けた。
猛毒の申し子が不敵に微笑む。


「…上等じゃない、だったら私が、アンタたちを消してやるっ!!」


毒々しい紫色の雪崩が、頭上から降り注ぐ。
瞬時に横に飛び退き、みんなは雪崩から逃れた。

運が良かったのか何かの気まぐれか、毒の雪崩は私のところまでやってこなかった。


「危ないじゃないの! この産業廃棄物がっ!」


着地した地面を素早く蹴り、低い姿勢のままピカチュウがベトベトンに
でんこうせっかを繰り出す。

体と体がぶつかり合い、鈍い音が聴こえた。
そのままベトベトンの体は吹っ飛ばされると思ったが、それどころかピカチュウの方が
軽く吹き飛ばされ、ゴムが伸び縮みするかのようにベトベトンの体に再びくっついた。


「やだ、ちょ、ちょっと! 何よこれええええええ!?」

「フン、馬鹿ね。ヘドロに体当たりしたって意味ないわよ」


まるでクモの巣に捕まった蝶々のように、ピカチュウの体はベトベトンの体に絡め取られていた。
もがいてももがいても、相当な粘着力があるらしく一向に離れることが出来ない。
その様子のどこが面白いのか、ベトベトンはケタケタと笑い始めた。

その隙を突いて、フシギソウがつるのムチでベトベトンの片腕を拘束した。

言葉で打ち合わせをした訳でもないのに、すかさずスピアーが腕のニードルをベトベトン目掛けて
突き出し、突進する。数秒の間の、見事な連係プレーだった。

紫色の腕が、スピアーのニードルの斬撃を受けて吹き飛ぶ。

しかし、ベトベトンは痛みを全く感じていないようだった。
酷薄そうな笑みを浮かべた容貌は少しも歪まなかったし、その口から呻き声は出てこなかった。

吹き飛んだ腕は、地面に落ちるとすぐにどろどろとした液状に変化し
まるでそれ自体が意志を持っているように宙に飛んで、空に待機していたオニスズメと
彼女の傍に立っていた私を捕らえた。


「きゃあっ!?」

「うあああっ! …な、何だよこいつ!?」

「だから言ったじゃない…私はヘドロの化身。ヘドロを切ったって無駄よ。
 それどころか、私の分身を増やしてくれてありがとうねえ。お・ば・か・さん♪」


液体は思っていたより重く、粘度が高いものだった。
我が身を持ってベトベトンの粘着具合を思い知り、「これじゃあピカチュウも逃げられないわけだ」と
妙に納得してしまった。

有効打と思っていた攻撃さえ、こちらにとっての悪手に変えられてしまった事実に
私は焦りを隠せなくなった。

毒タイプにはエスパータイプの攻撃が有効だという話を思い出したけれど、残念ながら今のメンバーに
エスパータイプの萌えもんはいない。

どうしよう、どうすればいい!?
早くしないとディグダの子が…早くモモンの実を持って帰らなくちゃいけないのに…!


「うふふ、無駄よ無駄……ああ、そうだわ。
 アンタたちどうせ暇でしょう? 私の可哀想な身の上話でも聞いていかない?」


言葉にはしなかったけれど、ベトベトンはヘドロの塊に囚われた私たちに
ちらりと視線を向けることで「妙なマネをしたら、こいつらがどうなるか分からないよ?」と
まだ捕まっていない皆に脅しをかけていた。

下手に手を出せないと判断したのか、フシギソウ、プリン、ニドリーナ、スピアーの四人は
その場で固まってしまった。


「ふふふ、良い子ね…さて、どこから話したらいいかしらねえ…」


紫色の目が満足そうに笑みを作り、端を吊り上げたベトベトンの口からは
彼女の壮絶な過去語りが始まった。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


ベトベトンは、気がついたらどことも知れない廃工場にいて
父親も母親もおらず、己と同じ境遇のベトベターやベトベトンたちと暮らしていたのだそうだ。

それまではそれなりに平和で、楽しい生活を送っていたのだけど
ある日突然人間が工場にやってきて、口々に「駆除しなければ」と叫びながらベトベトンたちを
狩っていった。ベトベトンは命からがらそこから逃げ出したという。

廃工場を追われたベトベトンは、それからどこへ行っても「駆除対象」の憂き目に遭ったらしい。
どこへ行こうとも嫌われて、追い掛け回されて。

己と同じ存在であるはずの、他種の萌えもんたちにさえ嫌われて。

そうして逃亡生活を繰り返していく内に、ベトベトンは心身ともに疲れ果ててしまい
とある廃墟に身を隠すことにした。
また追っ手が来ても、ベトベトンはそこから動くつもりはなかったのだそうだ。

逃げるのも隠れるのも疲れたから、ここで終わる運命なら、それに従おうと決めたのだ。

だがベトベトンの元にやってきたのは、変わった考えを持つ萌えもんだった。

自分たちを虐げた人間に復讐するために、己と似たような境遇の同胞を集め
復讐のためだけの組織を作り出したという、萌えもん。

その萌えもんはベトベトンを「同胞」と認め、彼女を組織に迎えにきたというのだ。

ベトベトンは復讐に燃える萌えもんの言うことを信じ、組織に入った。


しかし、そんな彼女を待っていたのは
最終的には裏切りだった。

ベトベトンが命がけで萌えもんセンターとフレンドリーショップの爆破テロを成功させたあと、
組織は彼女の存在を捨てたのだ。

調べで足がついただの何だのといちゃもんを付けられて、無理矢理脱退させられたらしい。


度重なった絶望と裏切りの果てにベトベトンが辿り着いたのが、この人気のない林。
そこに私たちトレーナーと萌えもんの一団がやってきた、という訳だったのだ。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


長い長い話を聞き終わって、私は

何も言えなかった。

何が正しいのか。
何が悪かったのか。

心の中がぐちゃぐちゃになっていて、鏡を見たらきっと酷い顔をしていると思う。


「うふふ…いいわね貴女。
 その悲しそうで、何とも言えない切なげな表情…ゾクゾクしちゃうわあ」


心底楽しそうに、ベトベトンが笑った。


「そんな顔されちゃうと…もっとイジワルしたくなっちゃう」


ずるり。音をたてて紫色のヘドロが眼前に近づく。
何とも言えない刺激臭が鼻の中に入ってきて、思わず咳き込んでしまった。


「萌えもんだったら、解毒剤があれば何とかなるけど…
 人間の貴女の口の中に“コレ”を入れたら、一体どうなっちゃうのかしら?」


心臓が縮み上がる。

普段は全く実感しない“死”の訪れの予感に、体中の毛穴という毛穴が泡立つ。


「やめろぉベトベトン!!」

「その子に手出ししたら…!」

「ふふん、“許さない”とでも言いたいのかしら?
 お生憎様。アタシ誰かに許されないことなんて、慣れっこだもの♪」

「……っ! いい加減になさいよこの産業廃棄物! 腐れ女!
  黒焦げにするわよ!?」

「やれるものならやってみなさいよぉ…あっは、っはははははははああ!!」


圧倒的な優勢に酔いしれているのか、ベトベトンの両目はとろんと蕩けていた。

目の前のヘドロが更に近づいてきて、その臭さに耐え切れず鼻で呼吸するのを止めて
口での呼吸に切り替える。でも、効果はほとんどなかった。
もう臭いは感じないはずなのに、口の中に空気を含んだだけであの臭いの記憶がが蘇るのだ。

目の中にもあの臭気が入ってきたのか、ひりひりとした痛みを訴えはじめた。


「あはぁ…やっぱり虐めるのなら、弱い人間が一番ねえ。
 この間のガキんちょを虐めるのも楽しかったわぁ…オモチャのシルクハットを
 精一杯振り回して、無駄な抵抗して…最後はとうとう泣き出しちゃってたっけ」


シルクハットを持った子供。その単語で思い当たる人物がひとり居た。

手品の特訓をしていると言っていた、バリヤードさんのマスターくん。


(私たちがこの林に入っていくことに反対したのは、彼もこのベトベトンに襲われたから…!?)



「一生懸命“ころさないでください”って、泣きながら許しを乞うて…
 途中からあんまり見苦しくなったもんだから、さっさと逃がしちゃったけどね。

 その分、貴女は…弱虫そうなのに、強情そうなところが堪らないわぁ。
 さあ、どこまでその虚勢が持つかしらね…!?」


ああ、もう駄目かもしれない。

虚勢なのかどうなのかは分からなかったけれど


不思議と、涙は出てこなかった。
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