5スレ>>397(2)

あるトレーナーの家の話。

萌えもんタワーの中は、想像以上にひどい状況だった。
ゴースをはじめとするゴースト萌えもんたちが飛び回り、奇妙な笑い声が響く。
そのせいか、邪悪という言葉が似合う気が漂っていて、空気を吸うのも辛い。
「マスター…大丈夫ですか?」
モルフォンがそんな俺の様子を気遣ってくれている。
「ああ…心配するな。」
「ゴース達が振りまいているガスには、毒があります。気をつけてください…。」
こちらを襲おうとするゴース達は、ネイティオとモルフォンが撃退してくれている。
だから案外障害もなく進めてはいるが、上に行くほどこの気持ち悪い気は強くなり俺の気分も悪くなる。
「うー、なんかモルフォンばっかり活躍しててつまんない!」
「…そんなこと言ってる場合か。」
アメモースは相変わらずこんな様子だし。
正直先が思いやられるが、立ち止まるわけにはいかない。このどこかに、ヤツがいるはずだからな。
しかしこの様子だと、ヤツの身にも何かが…一抹の不安がよぎる。
「ネイティオ、もっと急げないか。」
「これでも急いでいるわ。悔しいけど、これが限界なの。」
焦る気持ちはネイティオのほうが大きいか。そりゃそうだ、自分の主人が危険にさらされているかもしれないんだからな。
急ぎつつ、それでもゆっくりと、俺達は幽霊の群れをかき分けて進んだ。

………

いったい何階上がったのか、数えている心の余裕はない。
少しでも気を抜けば、体を乗っ取られちまいそうだ。
「くっ…だいぶ気が強くなってきたぞ…。」
「マスター…本当に大丈夫ですか?無理はなさらないでくださいね。」
相変わらずモルフォンは俺をこれでもかといわんばかりに気遣ってくれる。
あぁ、まるで天使みたいだ。
「モルフォンさん?あなた、天使みたいだって。」
「え?わ、私がですか?」
「ええ。あなたのご主人がそう考えているわ。」
「あ、こら。余計なことを言うんじゃねぇ。」
「マスター!こんなときに変な妄想してるんじゃないわよ!」
「う、うるせぇよ。ってか冗談言ってる暇は…。」
そのとき、不意に今までよりさらに強い気を感じた。思わず俺は言葉を止める。
静寂。その中に響く、俺達以外の足音。
「…マスター、前!」
アメモースが勢いよく指差した先、そこに立っていたのは――。
「ご、ご主人様!?」
ネイティオが思わず声を上げる。
そう、そこに立っていたのは彼女のマスター…ユウイチだった。
だが…様子が変だ。こいつはまさか…。
俺達のことを一瞥したユウイチは、真っ直ぐ先頭にいたアメモースを指差す。
そのとき、ヤツの陰から黒い何かがものすごい勢いで一直線にアメモースに向かって飛び掛ってきた。
「!!」
「危ない!」
モルフォンの言葉と体が同時に動く。その一言と共に飛び出した彼女は、アメモースをかばい、黒いものの直撃を食らう。
「モルフォン!」
「…だ、大丈夫です…。」
呻き声を上げないものの、急所にあたったのかモルフォンの表情には苦痛が表れている。
…だから嫌だったんだよ、こいつらを戦わせるのは。
ユウイチはさも当たり前のように、その様子を虚ろに眺めている。
その横に、さっき飛んできた黒いもの…グラエナと、さらに陰から現れたコータスが並ぶ。
全員、目の色が失われている。間違いない…3人揃って取り付かれていやがる。
「コータス…グラエナ…ご主人様…あぁ…。」
ネイティオが悲痛な声を上げて座り込む。その目からは、一筋の輝く筋。
「…だから嫌だって言ったんだよ。お前等を戦わせたくはなかった。」
「…で、でも、マスターのためです。私達は…マスターを守るんです。」
「そ、そうよっ!マスターを傷つけるやつは倒す!それが私達の役目!」
…やっぱりこいつらの意志は変わらんか。
「…ああ。だが吹っ切れたぜ、さっきの一撃でよ。」

いくぜ、お前等。ユウイチを、いや、ユウイチに憑いている奴等をぶっ飛ばす!

「アメモース!バブルこうせん!」
「!…オーケー!」
アメモースは瞬時に泡をばら撒く。泡は煙幕のようになり、グラエナとコータスを包み込んだ。
しかし、コータスの服が輝いたと思うと、突然泡は全て吹き飛ばされ、代わりに強烈な熱気が飛んでくる。
「チッ、ねっぷうか。アメモース、れいとうビームだ。」
「え!?で、でも、マスター!こんな熱気じゃ…。」
「いいから撃て!」
アメモースは俺を疑いつつも、命令に従いれいとうビームを撃ってくれた。
…案の定、ビームは相手に届く前に溶かされ、水になって滴る。
「…モルフォン、毒、出せるか?」
「は、はい…やってみます…。」
さっきの一撃が効いているのか、モルフォンの動きはぎこちない。それでも、必死に毒を搾り出し、放出する。
そうだ、それでいい。俺を信じて動いてくれ!
「マスター!くっ…これじゃキリがない!」
「わかってる、もう少し耐えろ!」
俺の思い描くシナリオに徐々に近づいていく。
床はどんどん水浸しになり、水蒸気のせいもあって、蒸し暑さが襲ってくる。
暑さに体力を奪われる…だが倒れるわけにはいかない。…あと少し、あと少しだ。
床を満たし始めた水が、やがてコータスの足元に達した、その刹那――俺の待っていた瞬間が来た。
「しめた!モルフォン、サイコキネシスで重力を弱めろ!」
「は、はい…!」
モルフォンが渾身の力を込めて強力な念力を放つ。その念力が地を伝い、俺達の体が浮き上がった。
同時に地面を満たしていた水をも巻き上げる。…毒の浸透した水を。
唯一浮き上がらなかったのは…体重の重いコータスだった。
ねっぷうを放つのに集中していたコータスは、突然浮き上がった毒水をまともに浴び、ふらふらと体制を崩した。
「す…すごい、すごいよマスター!孔明みたい!」
「よし…これでコータスはもう戦えないだろう。あと残るは…。」
さっき飛び掛ってきたグラエナだ。そのグラエナも、床に滴る毒水に包囲され、動こうにも動けない。
「まさに、まな板の上の鯉だな。…さっきの借りは返してもらうぜ。」
俺は悠々とグラエナを指差す。同時にモルフォンとアメモースは構えた。
「アメモース、れいとうビーム!モルフォン、シグナルビーム!」
「「オーケー、マスター!」」
言うが早いか、2人は俺が命令した技をグラエナに向けて放つ。
避ける空間も持たないグラエナは、技の直撃を食らって地に伏した――。

「さて…出てきてもらおうか。憑依霊さんよ。」
俺は怒りを込めてユウイチを睨みつけた。ヤツは全く動じず、まるで魂が抜けたかのように反応しない。
そのとき、ユウイチの横におぼろげな影が集まり始めた。
「何で…なんで…私を、追い出そうとするの…。」
やがてその影は1人の萌えもんの姿を形作る。
血の気のない白い肌、幽霊のように垂れた袖、昆虫のような羽根、そして頭には俗に言う天使の輪。
しかし、現れたその姿は、天使には程遠い、幽霊そのものだった。
「あなたたち人間は…どうして私を邪魔者扱いするの…。」
「当たり前だろうが。こんなことして、追い出されないわけがないだろう。」
本当に当たり前のことだ。幽霊ってのはそういうことは考えないのか?
その萌えもんは黙々と言葉を続ける。
「違う…私がこんなことしなくても…あなた達は私を捨てる…。
 …覚えてる…あの時…私がテッカと私に分かれた時…。
 あなた達人間は…私を…捨てた。いらないとも言わず…見ることもせずに…捨てたの…。」
 私は強いのに…テッカなんかより…ずっと…ずっと…。
 だから…私は…見せてやったの。
 私の力を…気づかれなかった…すごい力を…。どう…?これで気づいたでしょ…?」
何の言葉も出なかった。たぶん、アメモースやモルフォン、ネイティオも同じだろう。
目は虚空を見つめ、恨みの言葉をつむぎ続ける。周囲のことなど、眼中にない。
まさに“壊れた”という言葉が似合っている。
「…ねぇ…なんで何も言わないの…。
 …わからないの…?あれだけすごい力を見せても…わからない…?
 わかった…見せてあげるわ…もっとすごいの…何もかも壊れちゃうくらいに…すごいの…!」
そいつは腕を振り上げた。すぐにくるであろう衝撃を予感し、俺は思わず身構える。

バチン!

その後聞こえたのは、意外な音。その後見えたのは、意外な光景。
アメモースが、その萌えもんをビンタしていた。
「このバカ!」
アメモースが、消耗しているとは思えない強い声を発する。

「あんた、本当にバカね!強いとか、力を見せるとか、そんなことでしか認められないとか考えてるの!?
 そんなわけないじゃない!もしそうなら、私は今頃マスターに捨てられてるわよっ!
 でも私は捨てられてない。何でだと思う?それはマスターのことを考えているからよ!
 マスターの気持ちになって、マスターのために尽くすこと…それが私の認められた秘訣!
 あんたにはそれができてない!それなのに認めてもらおうだなんて甘すぎるわ!こんなの、当然の結果じゃない!」

日頃のアメモースの様子からは、想像もできないくらい強烈な言葉だった。
俺とモルフォンは、ただただ、圧倒されるだけで、言葉も出ない。
「…何で…なんで…私が…間違っていた…?
 そんな…そんな…それなら、私が今までやったことは…?今まで思っていた気持ちは…?
 嘘だ…うそだ…ウソダ…ミトメテモラウ…チカラ…ツクス…キモチ…マチガイ…、
 マチガイ…マチガイ…マチガイ…マチガイ……マチガイ……!!」
その萌えもんは頭を抱えて、狂ったように言葉を連ねはじめる。
…嫌な予感がする。俺はとっさにアメモースを抱きかかえた。

「アアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

それと同時に、その萌えもんが、声とは思えない叫びを上げた。
その瞬間、さっきまで忘れていた気持ち悪い気が、目に見える形で飛んできた。
俺はその衝撃に耐え切れず、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「ぐっ…大丈夫か、アメモース…。」
「う、うん…マスターこそ、大丈夫…?」
「ああ…なんともないさ。」
ふと心配になって、あたりを見回しモルフォンを探す。
アメモースが俺にそうされたように、モルフォンもネイティオに抱きかかえられ、事なきを得たようだ。
俺は思わず安堵する。そして、改めて正面を見据えた。

例の萌えもんはその場にうずくまり、僅かな泣き声を上げつつ、ふるふると震えていた…。

………

俺はその後、ユウイチ達を介抱し、事のてん末を全て聞いた。
例の犯人である萌えもん、あいつは「テッカニン」という萌えもんの影ともいえる分身「ヌケニン」というやつらしい。
テッカニンが進化する際に生まれるのだが、大抵は捨てられてしまう可愛そうな萌えもんだそうだ。
あのヌケニンも捨てられたのだろう、いつのまにかタワーに住み着いており、禍々しい恨みを放っていたので、結界に閉じ込めて様子を見ていたらしい。
その後どうするか悩んだ挙句、元トレーナーであり、「萌えもんのためを思ってトレーナーをやめた」俺に助けを求めて、あの電話をしたとの事。
だが、封印が解かれてしまい、対処しようとして乗っ取られ…で、あとは前述のとおり。
つまりは、あいつもあいつで悲しい過去を背負っているということだ。そういう意味ではモルフォンに近いよな。

まぁ何はともあれ、事件も無事解決し、俺達は1日後改めて6のしまに帰った。
その後はほとんど変わらない。いつもどおりの一日って所だ。
まぁ変わったことといえば…。
「ヌケニン~!ボールが川に落ちちゃった、取ってー!」
「…無理。私…泳げない。」
「あーあ…流れていってしまいましたね。」
「あーん、私の大切なゴムボールぅ~!!」
…若干メンバーが増えたことくらいか。
ある昼下がり。俺達のシナリオは、何事もなかったかのように元に戻っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※端書
暗いんだよ!!(ぇ
ごめんなさい。ヌケニンを病ませる方針で行ったらずいぶん暗くなりました。
しかも何だこの長さ。10kb…7kbで悩んでいたんじゃなかったっけ。
勢いってのは恐ろしいです。まぁこういうスパイスもありってことで…。
駄文ながら最後までお付き合いくださってありがとうございます。

書いた人:蛾

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最終更新:2008年05月24日 22:05
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