5スレ>>428


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 空に近いせいか、厚い雲をぶち破って光と熱が肌を襲う。
 無造作にちらばっている岩石は今にも燃えてしまいそうで、地面が熱された鉄板に化けている。
1m先は歪んで揺れてすらいる。
 人類とはまた別の方向に発展した世界である。目の前にはオレの侵入を許したくないのか、
門を模った岩山が聳えている。
 この空間に温度計は非常識極まりない数字をたたき出すのだろうが、それをそのまま暑いと思うのは別の話だ。
 かくいうオレなんかは額に汗が滲む程度で、自分で自分が信じられない。
「マスター! ここどこだと思ってるんですかぁ!」
 やっぱりこいつがいるだけで熱に慣れてたんだ、と手のマスターボールを見つめて思う。
 今日の夜は寒すぎて眠れないかもしれない。
 萌えもんの限界を超えてボールが悲痛と懇願を訴える。一度同意しても、土壇場では感情に
呑まれてしまうものか。
「折角の二人旅だったじゃないですか! ひどいですよぅ」
「その二人旅で怠けに怠けてるのは誰だよ」
「うっ、それは、その」
 オレの声まで聞こえるとは。どうやら感覚自体が鋭くなってるらしい。危険を感じる本能か。
「聞こえるなら続けるぞ。
 お前夜更かし一週間も続けてるじゃないか。トレーナーとして見過ごせん」
「いや、その、挑戦者も歯応えないからつい退屈で」
「言い訳はいい。いい具合にここに着いたし、ちょっと本場にもまれてこい」
「そんなぁ。マスターなんてここに来るのすっごい楽しみにしてたじゃないですか。
 二人で回ろうって、わたし」
 ダメだダメだ。いやホントそう思わないと許したくなる自分がいる。
 目を背けたい一心で帽子の鍔で視界を遮る。今からやるコトは、見ては出来ない。
「マ、マスター? なにを」
「いいかリザードン。ここの奴らはトレーナーのとは比べ物にならんから、気ぃ引き締めないと死ぬぞ」
 彼女の一言、だから一緒に行こうと言いたかったのだろう、を無視して振りかぶる。
 そのままボールを思いっきりぶん投げた。
 放物線はその頂点で門を遥かに越し、後は重力に従うまま、オレには見えない向こう側にたどり着いた。
「じゃあな。一週間したら迎えにくるから」
 成し遂げてしまえばなんて事はない。あいつをマスターボールに閉じ込めた時と同じだ。
 墜落した拍子に開閉スイッチが開いたのだろう、向こう側からの声にならぬ声に背を向ける。
 何故か感じた寒気に肌を擦りながら。
「ここリザフィックバレーですよマスター! わたしなんかが生き残れるわけないでしょー!」
 カントーに戻ってカイリューとストライクの顔を見にいくか。
 熱に揺れる視界に酔わないよう下山した。



 リザフィックバレーとは、生存数の少ないリザードンを保護する為に設立された自然公園である。
 だが駐在の管理人の監視下にある以外は野生の暮らしとほぼ変わりない。
 縄張り争いも群れ内でのヒエラルキー形成も、もちろん野生の方法で行われる。
 外からの侵略はなく、しかし闘争はその内でしっかりと存在している。
 故に強い。環境も激化する彼らの争いに追従するかのように、猛暑と岩山という厳しさを身に付けていった。
 今となってはリザードンらドラゴンタイプ修行の地としての名の方が大きいぐらいだ。
 毎日のように道場破りならぬ公園破りが現れたり、最下位からでも群れに入りたいと志願する物好きが訪れる。
 だから、どこの誰とも知れないリザードンが前触れもなく現れても、彼らにとっては日常の出来事だ。
 それが門の前で二時間泣き崩れて「あれ涙でしっぽの炎消えるんじゃね?」と心配になるぐらいの輩でも、
 まあ内心の興味をぐっと堪えて遠目でチラ見するぐらいに留めるのである。
 そんな最悪の公園デビューを飾った事も知らない彼女だが、涙が尽きればいい加減に考え始める。
 自分が今置かれた状況、そして生き延びるにはどうするべきか。
「一週間、一週間やり過ごせばマスターが迎えにくるんだよね」
 まず思いつくのは、群れの最下位に入って喧嘩も何もせず一週間を過ごしきる作戦だ。
 間違いなくパシリだ召使だとあっちこっちに使いまわされるだろうが、戦うよりはずっといい。
 では彼女がそれを選ぶかというと、そうではない。
 物心ついた頃から研究所、外の世界でもトレーナーがいた彼女は、群れについた経験がない。
 簡単にいえば野生のルールを身につけていないのだ。
 そんな自分が一週間の長きに渡って平穏を保てるのか。彼女はその自問にNOと答えた。
「あんパンとあんドーナツ間違えてリンチされた話もあるもんなぁ」
 その例えは大いに間違えている。
「じゃあこのまま一人で隠れてよっかな。これだけ広い谷ならどこにでも場所はあるもんね。
 あ、でも見つかったら磔か獄門に、うぅ」
 デメリットを考えていればキリはないし少しは目を瞑らねばならないが、頭に浮かんでしまうのだから仕方ない。
 そうやって袋小路に追い込まれると、身の程を知らない自分が囁きかけてくる。
 ―――戦ってしまえばいい。
 それは邪念だ。彼女は出て行けと何度も頭を小突く。
 勝てる訳がない。このリザフィックバレーは最強の巣食う谷、自分とは何もかもが違う。
 手当ても出来ないのに戦えない。否、彼女は自分だけでは戦えない。
 彼女の戦いには、いつも隣に彼がいたのだ。
 とにかく戦って地位を得るのは無理だ。そんなの正気の沙汰じゃない。じゃあどうしよう。
 この繰り返しだ。太陽も付き合えないと言わんばかりに、いつもより早く西へ沈もうとしている気すらしてくる。
 パシリも駄目。隠れるも駄目。戦うも駄目。
 ならもう、助けを求めるしかないじゃないか。
「そうだ、管理人さん」
 このリザフィックバレーは決して無人ではない。
 世界有数とも言われるリザードンの使い手が全体の監視を任されている。
 女だてらに腕は一流で、この谷が無法地帯にならないのも一重にその管理人のおかげだとの声も高い。
 訳を話せば匿ってくれる、あわよくばマスターと連絡をとってくれるかもしれない。
 決まりだ。これしかない。
 駐在所は探すまでもなかった。さっき水溜りを作り今悩みに悩んだ門の脇、歩いて十とかからない。
 彼女は足を濡らす水溜りから立ち上がり、猛然と駆け出した。
 実は彼女が動いたことに谷のリザードンはみな注目したのだが、当然気づきもしない。
 救いの駐在所はもう目と鼻の先に迫っていた。
「すいません!」
 ノックもせず、開けたというより押した扉の向こうには。
「はいはいどうしました? …あれ、貴女は」
 赤い髪。
 赤い服。
 赤い翼。
 赤いしっぽ。
 その先でぼうぼう燃える赤い火。
 見間違うことない同朋(リザードン)がいました。
「…………」
 呆然。ぼうぜん。もいっちょぼーぜん。
「あー、はいはい。そういえば今日新入りさんが来るってご主人が言ってたっけ。
 ごめんね、四時間経っても来ないからイタズラだと思っちゃった」
「…………」
「じゃあまずはみんなに挨拶しに行きましょっか。
 貴女可愛いからヤンキーが絡んでくるだろうけど、まぁちゃちゃっと倒してあげて」
「あ、あの」
「ん?」
「管理人さん、は」
「ご主人? 遥遥ホウエンまで買出し。あたし連れてかないなんてひどいよねー」
 いちげき ひっさつ!
 そんなに世の中甘くねーことを思い知った彼女は、同朋ことリザみにドナドナよろしく門前へと引きずられた。
 涙って枯れないんだなぁと今更学習しながら。


 昼夜を問わずともる灯かりはリザフィックバレーの名物である。
 言わずもがな、リザードン達のしっぽに宿る炎がその正体だ。
 星の明かりに照らされながらより強く灯る炎の群れは、さながら蛍を思わせる。
 今夜、蛍達は珍しく集まっていた。
 縄張りを区切る門の前で、新しい蛍の光を見極めていた。
 見極められている方は、そんな情緒的な感想なんてこれっぽちも抱く余裕はないのだけれど。
「あの娘が新入り? かわいー」
「くんくんくん。何やら草の匂い。さてはソーラービームを持っているなおぬし?」
「推測でものを言うなだぞネリザ。そんなんだからお前は上に行けんのだ」
「あ、よく見たらあの娘って昼間咽び泣いてた娘じゃない」
「相手誰?」
「リザすけだってさ。最近伸びてきてるからって」
 方向性も益もない雑談は賑やかさを生み、賑やかさはいつの間にか方向を定める。
 あいつはどんな奴なのか。言うなれば好奇心。そんな一種の期待を、彼女は否応なく向けられている。
 谷のリザードン達は円を模って彼女を囲っているが、物理的圧迫はせず、ある程度のスペースを残している。
 そのスペースに、古ぼけた包帯を眼帯のように巻きつけているリザードンが自分と相対するように立っている。
 と言うかめっちゃイイ笑顔してる。
「最近ケンカしてないからなー。やりすぎないよう注意しないと」
「なんか怖いこと言ってる!?」
 観客の中にリザみを見つける。
 彼女に連れてこられ「待っててね」と何もせず突っ立っていたらこの大騒ぎだ。
 リザみの言う挨拶とはすなわちこういう事らしい。
 野生の集団に入り込む最良の手段は、既にいる者の地位をそのまま奪う事である。
 例え敗れたとしても、どれだけの力を持っているか見極めればヒエラルキーにも組み込みやすい。
 つまりはこう言っているのだ。
「とりあえずガチンコやってみてね」
 何のことはない。彼女が必死に避けたかった事態こそ、この谷に入る前提だったのだ。
「あ、ああ、あ」
 向かい合っている強そうなリザードン。ぐるっと囲む大勢のリザードン。隣に誰もいないリザードン。
 状況は既に彼女が一人で抵抗出来る限界を超えている。
 景色がよく見えない。空が回る土が回る空気が回っている。何ともない筈の熱帯夜に汗が噴き出る。
「あれ、来ないの? じゃあオイラから行くけど?」
「おーおーやっちまえー!」
 やれば負けるやれば痛いやればやられる。
 ぐるぐる目が渦を巻く。思考が現実に大きな遅れをとっている。
 元々ゴングやレフェリーを立てる類の戦いではない。
 攻撃が始まれば勝負が始まる。誰もそれを止めてはくれない。
「一発で決めるぜぃ!」
 敵が駆けた。
 いよいよその未来が現実に垣間見える時、彼女のコメカミは、確かにプチンと音を立てた。
「あ、ああ、な、なん」
 本日三回目の爆発が起きた。
「なんでわたしがこんな目に会わなきゃなんないのよーーーーーーーーっ!!」
「はぁろブロッチャアn!?」
 決め手、ワンパン。
 的確に顎を打ち抜かれた結果、敵は綺麗な一回転見せた後、地に伏した。
 息を呑むリザードンの群れ。
「みんなのバカァアアァ! いいですよぅだこうなったら全員やっづげればいいんでしょー!?」
 その中で彼女は、爆発の余波にその身を任せていた。


「あー、あっついわねぇ。なーんで私達がこんなとこ来なくちゃならないんでしょ」
「う、うるさいなぁ。昨日はおいしいみず一か月分で納得したじゃないか」
「ねーごしゅじんさまぁ、あたしミックスオレのみたい」
「さっき飲んだろ? もうすぐ目的地だから我慢してくれ」
 会わない間に随分言うようになっていた二人を連れて、三日前と同じ山道を登る。
 リザフィックバレーの管理人から連絡があったのは二日前、つまりあの日の三日後だった。
 曰く「とにかく来てみてください」とのこと。声色から何があったかは察せなかった。
「だからって平和に暮らしてた私達を引っ張り出すなんてねぇ」
「心の声を読むなっ。いいだろ、久々にリザードンに会えるんだから」
「毎日寝る前にに電話してたわよ。ざっと二時間」
「あ、リザードンの夜更かしってまさか…! またお前が誑かしたんだなっ」
「ごしゅじんさまぁ、ジュースー」
 ストライクはともかく、熱さに強いカイリューまでこうとは、やはりこの山は異常だ。
 下山用のミックスオレを飲ませつつ、歪んだ景色を超え、なんとか門の前まで辿り付く。
 相変わらず尊大な門だが、前見た時より大分雰囲気が違う。
 いや、違うのは門じゃない。
「なんか、やけに騒がしいな」
 前回は気にならなかったが、ここってこんなにガヤガヤしてたか?
 まるで風鈴の鳴っていた夜にいきなり花火大会が始まったかのようだ。
 門の脇にある駐在所から管理人さんに挨拶をし、門を開けてもらう。
 開閉レバーを押す間際にこう言われた。
「貴方のリザードン、すごい大物ね」
 意味は、開けた瞬間に理解した。
 飛び跳ねてはしゃぐカイリュー。
 腹抱えて捩れるストライク。
 そして呆けるオレ。
「リンが通るぞー! 道を開けろー!」
「ねぇリン、今日のみかじめ払いに来たんだけど、どこに置けばいいかしら?」
「ところでさぁリン。オーバーヒートの使いどころなんだけど」
「今日こそ君に勝ってやるぞ、勝負だリン!」
「リンの泣き顔プロマイドいらんかねー。管理人さんに撮ってもらったお宝だよー」
「べ、別にアンタのこと認めたわけじゃないんだからね! 次は私が勝つに決まってるじゃない!」
 リン、リン、リン。
 そう呼ばれるリザードンに様々な好意が向けられ、しかし当の本人はただ戸惑い涙目になるばかり。
 オレのリザードン、教祖様になってました。
「うぇ、えぇ、えええ」
 何を恐れる必要もないのは傍目からも分かるのに、リザードンはしかし言葉を失っている。
 とことん小市民だなぁあいつ。
 結局オレが事の顛末と彼女の数日振りらしい笑顔を垣間見たのは、この数時間後にリザードンの群れをなぎ倒してからだった。
 しっかし。
 リンとはまた簡単な名前をつけたもんだなぁ、リザフィックバレー。
ツールボックス

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