5スレ>>441


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「今日はお兄様の誕生日なんですから、夕食は私が作ります!」
  意気揚々と、妹――メイスことアメモース――はそう言った。腕によりをかけて作りますから期待していて下さいね、と笑顔で台所へと消えていった。彼女の兄には、その自信に満ちた背中が酷く危なっかしく見えた。
「手伝おうか?」
「それでは私が作る意味がありませんっ!」
  いつも髪を結んでいるリボンをほどいて三角にして頭にかぶり、先日手作りしたというエプロンを着けている。格好だけ見るなら悪くはない。少女の料理をする姿というものは、大抵ほほえましさが見え隠れする。特に、特別な思いを持っているのならなおさらだ。
  ……もっとも、そんな「特別な思い」と料理の出来映えや味との間には、何の関連性もないわけだが。
「メイスー」
「まっだでっすよぅ」
  大丈夫か、という意味を含めて妹の名を呼ぶと、兄の為に料理をするというのがよほど嬉しいのか、歌うような声が返ってきた。
「なあ、お前何作ってるんだ?」
「それは出来てからのおたのし……ひゃあ!」
  背後に気配を感じて振り向くと、すぐ側に兄がいた。驚きのあまり奇声を上げて庖丁を向けた。
「わ、あぶな……なあ、大丈夫か、本当に」
「女の子なんですから、料理くらい、一人で出来ます」
「一人でってのが余計不安にさせるんだが」
「お兄様、そんなに私信用ありませんか?」
  間髪を入れずに頷く兄。反射的に、包丁を持つ手に力がこもった。
「ま、待てメイス。間違っても俺を料理するような事だけは……」
「ああ、それも良いかも知れませんね」
  包丁を僅かに上げ、その切っ先を見ながら笑う。
「私の大好きなお兄様が私の中に……フフフ」
「メ、メイス?」
「……冗談ですよ」
  手を下ろしてまた笑った。もちろん、さっきとは全く違う笑顔だ。
「確かにお兄様の事は大好きですけれども、そこまでしたいとは思いません。お兄様こそ、私を食べたいなんて……」
  そこまで言ってから、顔を真っ赤にして伏せた。
「メイス?」
「い、いえ、何でもありません。ほら、お兄様はキッチンから出て行って下さい」
「とか言われても、お前を放っておけない」
「……心配性ですね。この日の為にレシピはちゃんと暗記してきたんですよ?」
  レシピを覚えているから大丈夫、そう言いたいのだろうが、頭で分かっているだけで出来る程料理というのは甘くない。料理は頭でなく体で覚えるものだ。
  しかし、そんな理屈を押しつけた所で食い下がられるのが関の山。仕方なく諦めてキッチンを追い出される事にした。

                                *

  食卓の上には二皿のチャーハンが並んでいる。
「なんとか出来ましたね」
「ああ、『なんとか』な」
「それじゃ、食べましょう。いただきます」
「いただきます」
  一口すくって口に運ぶ。半年前に作らせたものとは全く違う出来だ。味もしっかりなじんでいるし、じゃりじゃりした食感もない。
「おいしいです」
「ああ、まさかお前のチャーハンを完食できる日が来るとは思っても見なかった」
  皮肉を込めて言ったはずだが、なぜだかメイスは嬉しそうだった。

  ここまでのものが出来るのに紆余曲折があったのは言うまでもない。塩と間違えて砂糖を取り出した時にはキッチンの外から「それは砂糖だ」と言い、胡椒と間違えて七味を取った時も、サラダ油と間違えてみりんを開けた時も、ケチャップと間違えてタバスコソースをかけようとした時も……兄がいてそれらを未然に防がなかったらどんなものになっていたのか、想像するだけでも恐ろしかった。

「なんか嬉しそうだな。いつもなら『酷いです』とか言うのに」
「だって、お兄様がいなければこんなおいしいものにはならなかったのに、これを『私のチャーハン』だって言ってくれました。それが嬉しくて」
  兄は複雑な気分だった。困らせるつもりで言った言葉が、逆に喜ばせてしまったのだから。
「がんばったのはお前だろ。俺は横からちょっかい出してただけ」
「……お兄様のそういうところ、私大好きです」
「俺はお前のそそっかしいところが好きだな」
「……そういう意地悪なところ、嫌いです」
「まあそれよりも、今度は俺なしでこのくらいのものを作れるようにがんばれよ。一生懸命なのがお前の良いところなんだから」
「はい」
  メイスは顔を赤くしてそう呟いた。見ると、目の前の兄もいつもよりほんのり赤みがかっていた。この妙な空気を払拭しようとスプーンに手を伸ばしたところで、あることを思いついた。
  ひとさじ皿から取って、前へ、兄の方へと差し向けた。意地悪な兄はわざと首をかしげて見せ、結局その一口はメイスの口に収まる事になった。


作:銀天   2008/06/07
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