5スレ>>481

「ねぇマスター」

 とんとん。
 柔らかいソファに腰掛け、テレビでニュースを眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
 どうしたの? と振り返ると、頬にニーナの人差し指がささる。

「む」
「ふふ、ひっかかりました」

 ニーナの顔に浮かんだ満足げな表情がとても悔しい。
 隙をついてこちらも立てた指を伸ばすけれど、姿勢に無理があった。
 ふふん、と鼻を鳴らして威張ってるところを見ると……。
 脇に置いてあるノートを引っ張り、文字を連ねる。

『べ、別に分からなかったわけじゃないんだからね!』

 こんなところでどうだろう。

「ひどい言い訳ですね」
『僕もそう思った。別のアクションを取るべきだった。今では反省している』

 それで部屋の中はまたテレビの音だけになる。
 旅の途中、とても豪華な一室で、僕らは時間を持て余していた。






 二人組の映るモニターから目を離し、背後で控えているフーディンに声をかける。

「……フーディン」
「分かっている。つまりは――」

 とんとん。
 肩を叩かれた。

「……何のつもり、かしら?」
「やってみたいんじゃないのか?」
「違います。貴方、何年私と一緒にやってきているの……」
「お嬢が生まれてすぐだ。幼い頃のお嬢は何をするにもフーディンフーディンと……」
「そ、それは……昔のことですわ」
「だがオレには昨日のことのようにだな――ふごっ」

 なんか一人で悦に入りだしたので鳩尾にキツいのを見舞っておく。
 さすがはフーディン、打撃に弱い。セオリーの通りだ。

「……く、中々痛いのくれるじゃねぇか」

 汗臭い雰囲気なので無視を敢行。
 この古株はわたくしの意図を汲んでくれないようだ。
 ……歳は取りたくないものね。
 改めてモニターに注意を戻す。
 先の通り、フーディンは打撃に弱い。個体別に多少の差はあれど、鉄則だ。
 このモニターに移るニドリーナも特殊攻撃、特にエスパータイプのものに弱い、はず。
 だが、思い出す。
 以前の戦いで、フーディンのサイコキネシスをこの娘は数発耐えたことを。
 戦いの結果はこちらの勝利だった。僅差の。
 圧倒的有利な条件で、真っ当に戦って、辛勝だ。
 あれから何度、幾度、録画した映像を見て歯噛みしたことか。

「お嬢、変化もないようだし、こんなところでいいんじゃないか?」

 まともなことを話し出したので耳を傾ける。

「えぇ……そろそろ色々な意味でうんざりになってきましたわ」

『ねぇねぇニーナ』
『ふふふ、ほとぼりが冷めたころだと思っているのでしょうが、甘いですねマスt』
『残念、肩を叩いた方はフェイクだよ』
『ひ、卑怯ですっ!』
『南無。戦いとはだまし合いなのである』

「まぁ、分からんでもないが……」
「でしょう?」
「それで、得られた情報は?」
「診断の結果が出る前に、一度最初から整理してみますわ。どうでしょう?」
「時間はかかるが、一番だな」





 ドサ。
 フーディンのサイコキネシスに直撃し、ニドリーナが地に伏せる。

「ニドリーナ、戦闘不能!」

 ジャッジが高らかに宣言を行う。
 ……そんなこと、言われずとも分かりますわ。
 私は苛立ちを抑えきれないでいた。
 これで、百戦。
 結果のほとんどは初撃のサイコキネシスで圧勝。
 一部が初撃を耐えるが、続く攻撃に沈む……圧勝。

「お嬢、少し無理をしすぎではないか?」
「このくらいで疲れたりはしませんわよ」
「いや、な……こんな風に萌えもんバトルをするのは……好きではなかろう」

 フーディンの言う通りだ。
 こんなにも馬鹿げた戦い……好きであるどころか、嫌悪すら感じる。
 それでも、それを知っていても。

「悔しいのか。あの戦いが」
「えぇ、そうですわ! どうしても納得がいきませんの!」
「悪くはないが、まぁ……まずは落ち着くといい。飲み物でも用意してこよう」
「……すみませんわね」
「気にするな。このくらいで丁度いい、ほら」

 手渡されるのは私の好物である林檎のジュース。
 それを用意してくれた、それだけで気持ちが切り替わった。
 喉に流すと、冷たくて、甘い。

「どうしてなのかしら。どうしてあのニドリーナだけ、耐え切った上にあれほどの動きが……」
「こうなれば直接調べるのが早いだろうな」
「直接……。しかし、あの方達は旅の途中ですわ。そう簡単に見つかるかしら」
「さぁな。だが、ここで嫌な戦いをして悶々としているよりはずっとマシというものだ」
「それもそうですわね」
「では、善は急げだ。明日には出発しようか」
「ふふ……貴方なら今日中に、と言うかと思いましたけど」
「減らんな。負けず嫌いもいいところだ」





 それから一ヶ月。
 とある街で。
 先をずいずいと歩くお嬢を視野に入れつつ、件の二人組を探す。
 と、

「おいお嬢、少し待て」
「休憩ですの? まだ大丈夫ですわ」
「違う。あそこにいるのはそうではないか?」
「……今度は信用してもいいのかしら」

 恥ずかしい話だが、一日一回以上は見間違いを……歳は……とりたくなゴホン。

「期待半分で頼む」
「分かりました。一割ほど期待させていただきます」
「キツいな」
「それはもう。何度間違えたか覚えていて?」
「お嬢は今まで食べたパンの枚数を覚えているものかな?」
「……」
「とにかくだ。確認して損はあるまい」
「プライドと時間が」

 ぶつぶつと文句は垂れながらも、お嬢は二人組に接近する。
 ……。
 しかし、仕方があるまい。
 オレの得意な超能力なぞ使おうというものなら、行く先々で通り魔事件が発生してしまう。
 犯人は、オレ。ターゲットはニドリーナを連れた二人組。
 毒タイプにエスパー干渉をするというのは、それが攻撃の意図でなくとも危険なものなのだ。
 そりゃ、あのニドリーナならば問題なかろうが……。

「……そうですか、有り難う御座いました」
「やはり見間違いか」
「えぇ。何か偉そうな雰囲気が漂ってきて苛立ちますが、代わりに情報が手に入ったので良しとしましょう」
「ふむ……?」
「先ほど、同じくニドリーナを連れた少年と幾らか会話をしたようで……アチラへ向かったと」

 目を向けた先は大型のデパート。
 入れ違いが起こる気配の濃厚な、建物だった。





 私はマスターと共にデパートへと足を運んでいた。
 特にこれといった買い物があるわけではなかったが、すべき用事もないということで。
 だから普段は回らないような、電化製品などの売り場をメインに見て回っていた。
 マスターが真剣にそれらを眺めて品定めをしている姿を見て、
 ……いつか旅が終わったら。
 そんな我が侭を想像した。
 もしかしたら周りから見たら……に、見えるのでしょうか。
 少し、ドキドキする。

『やっぱり大きくて薄いのは魅力的だなぁ。ニーナはどう思う?』
「あ、私は、その……二人で見られる十分の大きさがあれば、えっと……」
『広い部屋にさ、ドーンと! 映画館みたいで楽しくないかな?』

 言うのを躊躇うような台詞だったのだけど、やはりマスターはマイペースである。
 それに私は、マスターと一緒でさえ居れば……。
 小さな部屋でも、小さなテレビでも、満足な冷暖房がなくても。
 二人で毛布を分け合って、身を寄せてテレビを見られるのだから十分です。
 ……ちょっと、桃色すぎますね。
 ふるふる。
 頭を振ってリセット。

『でもどれも高い……手が届く値段じゃない……』

 見れば私達が普段利用する金額とは二つほど桁が違う。
 こういうものはちゃんと腰を落ち着けた人が買うような値段になってるんですね……。

『よっし、じゃあ次行こう! 今度は……』

 文字を書くマスターの手が止まる。
 ノートから視線を上にやると、そこには以前であったことのある、お嬢様とフーディンが立っていた。

「少し、よろしいでしょうか?」
『何?』
「あなた方に頼みごとがあるのですけれど……」

 困っている人には頼まれずとも手を出してしまうマスターが、この言葉にNOと答えることは有り得なかった。





「――という感じなのですが」
『条件は悪くないけど……うーん』

 軽食コーナーの隅の席に陣取って、私とマスターはお嬢様の話を聞いていた。
 正面に座っているフーディンの、椅子に座りきれていないほどの体格に、ちょっとだけ気圧されつつ。
 でも、主に喋っているのはお嬢様の方で、フーディンは訂正や補足の為にしか口を開かなかった。
 お嬢様の話を纏めると、私の耐久力の異常さについて調べてみたい、とのことだ。
 悪い人ではないのは分かってますし、嫌なことが起きることはないのでしょうけど……。
 マスターにちらりと目をやると、同じことをしたのか、マスターと視線が噛んだ。
 ……私次第、ですか?
 視線から、送られてきた言葉を読む。
 視界の端でフーディンの目が一瞬見開かれたが、気付くことはなかった。

「マスター。私なら構いません。引き受けましょう?」
『分かった』
「了承ということでよろしいのかしら?」
『ただし』

 大きくて力強い文字だった。

『絶対に、危ないことはしないで』
「それは頼む側としては当たり前ではありませんか」
『それでも。絶対』

 こんな風にドキリとさせる言葉を時折放つのが、たまらなく心強く感じる。
 やはりマスターの背中は、見た目以上に大きくて暖かい。
 ……私もこんな風に、マスターを安心させられたら。

「分かりました。そこまで言われたらとことんですわね」
「お嬢……アツいな……」
『それで、こっちが用意しなきゃいけないものって……何かあるのかな?』
「特には。強いて言うならあなた方、というところでしょうか」
「その台詞だけ切り取ると……通報できそうな気がするな、お嬢」
「貴方は少しお黙りなさい」
「説明の時は口を出さなかったんだ。今くらい話させてくれ」

 以前戦った時からついさっきまで、彼らは主従の関係かと思っていたけれど。
 意識を改める。

「貴方が喋ると一言目二言目が私の揚げ足取りじゃありませんか」
「いや、だってな……」
「言いたいことはよく分かります。えぇ分かりますとも。ですから隠さず口にしてみては如何?」
「からかうとおもしrぐおっ」

 フーディンの体が座ったまま跳ねた。
 机下の制裁のようだ。

「そういうことはせめて、その、人の居ないところで……」
「うむ。二人のときとは……デレはいったか」
「だ ま ら っ し ゃ い な」
「このフーディン。お嬢のために死ぬなら本望」
「私の……何のためなのか不透明なので、素直には喜べませんわよ?」

 置いてけぼりの私とマスターは、彼らの漫才にも似た会話を聞いて苦笑いを浮かべるばかりだった。





 お嬢様に連れられ、案内された一室。
 ここは面接会場です、と言われたらうっかり信じてしまいそうなセッティングが施されていた。
 中央のパイプ椅子に私。マスターはここにくる途中で別室へ。
 その正面にはお嬢様とフーディン。両者とも手元の資料にぱらぱらと目を通している。
 フーディンが黒スーツに細身のメガネというのが気になるのだが、

「ふむ……」

 至って真面目な表情なので、触れないでおこう。
 ……今頃マスターは何をしているのでしょう。
 などと思い始めた頃、ようやくお嬢様が動きを見せた。
 長机で資料を整え、

「では始めます」
「すみませんが、何をでしょうか?」
「オレとお嬢が質問をする、それに答えてくれ。黙秘権はあるぞ」
「出来れば行使していただきたくはありませんけどね」

 ……質問、ですか。
 肩透かしを食らった気分で息をつく。
 もう少し直接的にガンガン攻めてくるものとばかり思っていた私には、黙秘可能な質問攻撃が生易しく感じられた。
 でも。
 ……黙秘権がある、と言うことは?
 難しい質問が来るのかもしれない。
 ちょっとばかりの緊張が体に走った。

「まずは確認の方からいきましょう。フーディン」
「あぁ。自分の種族名、出身地を頼む」
「種族名はニドリーナで、出身地はニビシティ近辺です」

 発言すると、お嬢様は手にしていたペンを資料に走らせた。
 お嬢様が書記係のようだ。
 ……なんとなく、逆な気がしないでもない。

「両親、兄弟の内に特殊な能力を所持していた者はいるか?」
「いえ。そういったことは聞いたことがありません」
「では……出身地での知り合いにはどうだ?」
「これ、と目立ったものはなかったように思います。記憶の限りでは」
「これは肝心な質問だが」

 咳払いまで含めて、フーディンは堂々に前置きし、

「貴殿のエスパー耐性の能力は、先天的なものか?」
「……」

 すぐには回答しない。
 重要だからだ。
 彼らにとっても、私にとっても。
 ……或いは……。
 じっくりと、記憶の糸を手繰り寄せる。
 生まれてからのことを。一つ一つ。
 ……マスター。
 そうしてみて分かるのは、マスターと過ごした時間の長さばかりである。

「よく分かりません。エスパータイプの萌えもんと戦闘することはほとんどありませんでした」

 周りに居なかったわけではない。が、戦うことはなかった。
 元々マスター自身が戦うことが好きではなかったこともある。
 答えは静かに部屋に響き、お嬢様の手を動かした。
 フーディンが難しそうな顔をして、ふむ、と頷き、

「ならば、現在の貴殿の主から特別な訓練を受けたことはあるか?」
「ありません。恐らく誰もがやるようなトレーニング程度だと思います」
「生死に関わるような事故、病気などは?」
「一度」
「どんなものだ?」
「……」

 詳細は語らない。
 大切な思い出だ。
 私が私であるための、はじまりの記憶。
 口にすれば薄まってしまう? 違う。そんなに小さく細々しいものじゃない。
 とても暖かくて、優しい思い出。辛かったけど、幸せな思い出。
 きっと、この気持ちを、この感覚を。
 ……私の、ものです。
 独り占めにしたいだけなのだろう。

「よし、最後だ。オレと戦っている時、何かいつもと違うものを感じ取ったりはしなかったか?」

 フーディンの質問に、なぜかお嬢様が反応する。
 一言二言、彼らは言葉を交わして、

「どうぞ」

 促される。
 ……いつもと違うもの、ですか。
 悩む。
 彼らと戦ったのはもう随分と前の話だ。
 細かいことはほとんど覚えていない。

「強いて言うなら、環境でしょうか。テレビ中継なんて初めてでしたし……」
「有り難う。これで質問タイムは終了だ」
「フーディン。一つ気になることがあるのですけれど……?」
「この格好のことならお嬢は今から逆質問タイム」
「……っ! 心を読むなんて卑怯ですわよ!」
「あの……」

 相談の時もそうだったけど。
 ……この二人を放置しておくと、話が進みませんからね。

「質問タイムは、ということは……やはり?」
「えぇ。と言ってもそう構えずに。やることは今のよりずっと簡単ですから」
「というわけで移動だ」

 面接会場(仮)を出て、再び似たような長い廊下を案内されて歩く。
 絵画や壷が飾られているのを見ると、お金持ちの家だな、と素直に感じられた。
 二分ほどしたところで、

「ここだ」

 先導していたフーディンが、脇にあるパネルを操作し、扉を開ける。
 中には寝台のようなカプセル状の機械が幾つか並べられていた。
 足を踏み入れると、部屋の中が冷えていることに気付く。
 思いがけずに、身震いを一つ。

「少し寒いでしょうけど、我慢してくださいな」
「いえ、このくらいなら我慢と言うほどでもありません」

 物珍しさにあちらこちらを眺めているうちに、部屋の奥から声が。

「おーいお嬢。準備できたぞー。三番台だ」
「分かりましたわ。引き続き頼みますわよ」
「任せておけ」
「ではニドリーナさん。こちらの台へ横になっていただけますか?」
「これは……?」
「耐性値などの外見では分からないことも測定できる……身体測定用の機械、ですわね」
「漠然としていて、とりあえず凄い、と言うことしか分かりません」
「私も実のところよく分かりませんの。測定は一時間ほどで終わるので、一眠りすると丁度いいかもしれませんね」

 機械に横になり、目を閉じると機械音と共に、カプセルが閉じた。
 身を包む感触は柔らかい。
 私はお嬢様の言葉通りに、一眠りすることにした。

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最終更新:2008年07月07日 22:10
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