存在理由

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――私と繋がっていたのは、コードとケーブルだった。 ここが何処かは私は分からない。何をされているのかも分からない。 分かるのは、大きなビーカーに閉じ込められて、大量のコードに繋がれていること。 その中から見えるのは、白衣の怪しげな人たち。こっちを見て何かを話している。 でも、何て話しているかは分からない。ビーカー越しには、聞こえてこない。 一瞬後に、電流が走った。何度目の気絶だろうか。 ――しばらくすると目は覚める。白衣の人たちは今はいない。 いないからといって、どうすることも出来ない。出来ることといえば、思うこと、考えること。 (……何で) とは言っても、思うことなんて、いつも決まってるのだけど。 (何で売ったんだよ。お父さん、お母さん……) ここに来るまでのことなんて、殆ど覚えていない。残っている記憶といえば、 両親が人買いに私を売った記憶、くらいか。 確かに、裕福ではなかった。そもそも裕福だったら売る必要も無いのだけど。 ただ、食べるものに困ってたんじゃない。厄介払いしたんだと、今でも思う。 つ、と涙が出てくる。ビーカーの隅に開けられた穴に、それは流れ込む。 そんなこんなしているうちに、また戻ってくる白衣の人たち。 もっとも、戻ってきたからといって出してくれるわけが無いのだけど。 苦痛と悲しみが交互に来るだけの生活が、どれだけ過ぎたかなんて分からない。 一日中日の差さない部屋に、ビーカーは置いてあるから。 不意に、電流が走る。いつもよりも、強い。これで何度気絶したのだろう。 ――起きた時には、なにやら手術室のような場所。 麻酔でも効いているのか、それとも四肢を拘束されているからか、まったく動けない。 「――一年、体力の方は上々」 「ようやっと埋め込める日が来たわけですな」 ……何を喋っているのだろうか。聞こうにも声は出せない。 「能力発現チップ……これを埋め込んでからが本当の実験だがな」 「せいぜいモルモットには良い成果を出してもらいましょうか」 ……モルモット? 何のことだろうか? そう思ったときには、再び、電流が私の意識を落とし込んだ。 更にどれくらいかが過ぎた。お腹の辺りが変な感じがする。 何かが埋め込まれたみたいな、そんな奇妙な感じが。 埋め込む、モルモット、そこまで考えて、やっと飲み込んだ。 同時に、絶望みたいなものを感じた。 ――そうか、私はただの、モルモットなんだ…… 不思議と、涙は出なかった。代わりに、表情が殆ど出せなくなった。 研究に使われるだけのモルモット。私は、それだけの存在でしかない。 その事実が、重くのしかかった。 ――― ―― ― 「……っぷは!」 息を荒げて起き上がる。カノッサ機関、夜の国支部のとある一室。 べっとりと、寝ている間にかいた汗が、皮膚と服をくっつける。 「……昔の、夢か……」 そうは分かっていても、つい周囲を見回してしまう。 ベッドは四つ。いや、自分が寝ていたのも含めて五つか。 「……なんで今になって見るんだか」 ふう、と息を吐いて呼吸を落ち着ける。近場にあったタオルで寝汗をふき取る。 あれから、夢に出たその研究施設は消えたと聞く。その時、自分が存在する理由も、どこかに消えたと思った。 「馬鹿か、私は。必要としてくれる人が、いたじゃないか……」 誰に言うでもなく、呟いた。もっとも、誰かに聞かれていたら恥ずかしいのだけれど。 ――私は今、人と繋がっている。

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