ニックの手記

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 ──ニックは良いやつなんだが、少し単純で短絡的になりすぎるのが玉に瑕だ。 私とは幼い頃からの付き合いで、無二の親友だと思っているが、あいつに振り回されたことも多々あったよ。  小さい頃、私が蛇に噛まれたとき、やつは消毒だとか言って、私に小便をかけたことがあったっけな。 その時の私は既に、そんなものは迷信だと分かっていたから、それはもう、逃げ惑ったよ。 それでもやつが必死の形相で追いかけてくるものだから、私も死に物狂いで逃げたんだが、 そのせいで、私は足を滑らせて谷底の川に落ちたことがあってね。なんとか一命は取り留めたものの、あれは散々だった。  まあ、根は本当に実直なやつなんだよ。 あの熱意が、悪くない方向に向いてくれるといいんだが──                              ──故ウーゼル・ディーン・スミス氏、酒の席にて。         * * *  ウーゼルが死んでから、月日は飛ぶように流れていった。 やつの葬儀は、ごく近しい者たちだけでしめやかに行われた。  この世界は、我々のような非能力者が死に行くことなど、そう珍しいことではない。 だが、しかし、そんなことは幾らでも分かっていても、私はそれに悲憤せずにはいられない。 非能力者であろうと能力者であろうと、人命であることには、そして大事な誰かがいることには変わりないのだから。 たった一人の妻を残して世を去り行かなければならなかったあいつの無念が、痛いほどに、伝わってくる。  やつが、念願叶って魔術協会の職員になったと報告を受けたとき、私も自分のことのように喜んだものだ。 別に、今のご時世、入ろうと思えば誰だって入れるのかもしれないが、やつはそれまでひどく貧しかった。 肉体労働でその日の食い扶持を稼ぐような日々を何年も送っている傍ら、独学ながら魔術の研究と勉学に勤しみ、 それでいてようやく、聖都にまで赴くお金と、採用試験に臨む準備が整って、そして一度きりのチャンスをものにした。  子供の頃からの夢だった、魔術に携わる仕事。 あいつがどれだけの熱意を持って取り組んでいたのか、私には分かる。  ある日、ウーゼルのご夫人が、私の下に一冊の手記を、遺品として持ってきた。 私に魔術のことは分かりませんから、と言っていた。開いてみると、目が回るような研究メモの数々が書き殴られていた。 恐らくは、やつにだけ分かる法則で書き分けられているのだろうが、私には酔っ払って目を瞑りながら書いたものにしか見えなかった。  だが、ご夫人曰く、道半ばで途絶えた旦那の研究を、最後まで成就させてやりたいのだと言う。 それが旦那への何よりの手向けになるでしょうから、と。 嗚呼、やつは本当に幸せだったのだろうと思った。私は丁重にその手記を受け取った。         * * *  やつはその魔導書を、『知られざる小さな鍵』と仮称していた。 手記に書かれていたメモは、ある名も無き魔導書、及びその断片らに関する記述だったのだ。  私が亡き親友に代わって、この研究を継いでいこう。そう決意したのはいいのだが、 しかし、断片の原本、そしてその研究記録は、何故か行方が途絶えているようだった。 残っているのは、この半分暗号じみた手記だけ。だが、何とかしてやらねばならない。私は使命感に燃えていた。  そして運命とは数奇なもので、私はある日、一枚の魔導書断片を手に入れた。 決意報告をしようとやつの墓参りに行ったときに、それは風に吹かれて何処からともなくやってきて、私の足に張り付いたのだ。 あまりに出来すぎたその巡り合いに、私は何かの大いなる意志に導かれているのではないかと、少しだけ怖気がした。  その魔導書断片は、私も全く見たことのない異界の言葉で書かれていた。 しかし幸いなことに、解読法のメモが遺品の手記には記されていたのだ。私はこれを頼りに、解読を進めた。  私が手に入れた魔導書断片には、ある一つの単語がしばしば登場した。 それは、『Goetia』という単語。これは最初、また別の魔導書の名前なのだと思っていたが、どうもそうではないようだった。 前後の文脈から察するに、ここにおける『Goetia』というのは、人物、或いはそれに準ずるものではないかと私は推測した。  そして、まさに今日、判明したことだが、この『Goetia』は、恐らく、ある特定一個人を指すものではない。 その根拠となったのは、魔導書の記述の中から、『何番目のGoetia』という文言を、見つけ出せたからだ。 『XXの代から数えて何番目のGoetia』と、そういった記述が、この魔導書断片には数多く見受けられる。  即ち、尤もこれは私の憶測でしかないが、『Goetia』とは、ある『名跡』だと考えられるのかもしれない。 継承を前提とした名前、襲名によって後世に渡っていく名前。それがこの『Goetia』なのではないか、と私は考える。  と、すると。もしかすると、この現代にまでも、『Goetia』は受け継がれているということもあり得るのではないだろうか。 そう考えたときに、儚い希望ではあるが、異界の魔導書がこの新世界に流れ着いていることを考えると、 『Goetia』自身も、今後この世界と関わりを持ってくる、或いは既に持っている可能性も、出てくるのではないだろうか。 そうだ。もし本当に存在していて、尚且つその人物とコンタクトを取ることが出来れば、これ以上無い研究の手掛かりになる。  万が一にも可能性があるならば、早速調べてみる価値はある。 この『Goetia』という人物が、いる、又はいた形跡はどこかに無かったかと。  そうと決めた途端、私は俄然やる気を増した。 光明が差し込んだのだ、このゼロからのスタートに。 これは思ったよりも早く、行けるかもしれない。非常に喜ばしいことだ。  ──おや。こんな時間に宅配便とは、珍しい。 何だろう、ご夫人がまた彼の遺品を送ってきたのだろうか。 うむ、恐らくそうに違いない。ならば早く出てやらねばなるまいな。  ウーゼルよ。お前の残した研究は、私が必ず、やり遂げてみせるからな。 [了]

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