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***9/13
にたり、と顔に笑みを張り付かせ、アフェルが手を振り上げた瞬間。
轟音を響かせ、救援のヘリから機銃が掃射された。
「くそ……くそ、クズ共がァ……!」
秒間数百発の密度で飛来する弾丸を全て叩き落すのはやはり難しいのか、慌てて建物の中に隠れるアフェル。
その隙をついて、ヘリが地面にランディングする。
『デルタ、急げ! あまり長くは抑えていられない!』
間隙ない銃撃でアフェルの頭を抑えながら、ヘリのガンナーが叫ぶ。
その声を聞き、ゲイツとグリッグ――たった二人残った、デルタチームが弾けるように走り出す。
倒れこむようにヘリに乗り込み、息をつく間もなくライフルをアフェルに向け、引き金を引く。
殺せるとは思っていない。ただ、俺たちがここから離れるまで顔をあげないでくれ――そう願って、常人ならばミンチに出来るほどの銃弾を撃ち込み続ける。
ヘリが高度を上げ、バグダッドの市街の明かりが小さくなっていく。
耐用限界を超えて発射され続けた機銃は赤く灼け、煙を上げている。
「……残ったのは俺たち二人か、ゲイツ」
「――ええ、軍曹。……最低な任務でした」
悪態をつく。頼れた仲間は、もうほとんど死んでいる。
――一体能力とは何なのか。機関とは、ナンバーズとは。そんなことが頭をよぎる。だが、その煩悶も僅か。
「『でした』、か。ゲイツ、まだ終わっちゃいないらしい」
「―――え?」
葉巻に火をつけたグリッグが、落ち着いた様子で外を指し示す。その方角には――イラク軍の、戦闘機。
その翼の下から、ミサイルが発射される。途端、ヘリの中に響き渡る警報。
『振り切れない! 堕ちるぞ、衝撃に備えろ……!』
真っ赤な非常灯の光の中、激しい衝撃、そして熱風と落下感。そしてゲイツは、意識を失った。
----
***10/13
――っざけた真……
ヘイ、来いよナンバーズ……
朦朧とする意識の中で、ゲイツはそれを聞いた。
そうだ、倒れている場合じゃない。生きているのなら、早く起きないと……
目を開ける。
ヘリは、打ち捨てられた廃墟に墜落していた。
燃える残骸。ゲイツの身体はヘリから投げ出されたらしく、近くの、ビルの壁面に程近い茂みに倒れていた。
わずかに辺りを見回す。視界がぼやけて、よく見えない。
銃声が響いた。この音は、グリッグのM21。
必死で目を凝らす。
見れば、どこかビルの内部から、隠れたグリッグが正確に狙撃をしているらしい。
少し離れたところに、アフェルが見えた。
点々と位置を変えるグリッグの居場所を測りかねている。
動こうとするアフェルの機先を制して、絶妙のタイミングで狙撃。手を動かして弾くが、その場からアフェルは動けない。
――チャンスだ。
そう思い、音を立てないように、腰のホルスターに手をやる。
だが、そこにあったはずのベレッタがない。首を動かして確認すると、ホルスターごと、落下の衝撃で千切れ飛んでいた。
加えて、大腿部にはヘリの破片がざっくりと突き刺さっている。動けそうには、ない。
……周りに、銃器は落ちていない。
歯噛みする。この手に銃さえあれば、奴を殺せるのに。
----
***11/13
「――クソが! うざってェんだよ、チマチマチマチマ……!」
アフェルが怒声を上げる。あまり、気の長いようには見えない。
そのアフェルに、グリッグの冷静さと狡猾さは、互角以上の戦いを強いていた。
だが。
「いーんだぜ、狙撃手。俺ってば覚えてる。もうひとり、いたよなァ。ヘリには見たとこ、パイロットとガンナーの死体しかねェ。
だったらこの辺のどっかに、もう一人がいるはずだ。生きてるのか死んでるのかは知らねェが――まあ、俺が先に見つけりゃ確実に殺す。
お前が先に見つけりゃ、命くらいは助かるかもなァ!」
耳障りな哄笑を再び響かせ、アフェルがあたりを見回し始める。
見つかれば、死ぬ。だがそれも構わない。それよりも、自分などに釣られてグリッグが出てこないか、それが心配だ――
「……ギャハハハハ! バカが!」
嬉しそうな声を上げて、アフェルが手を振るう。
ぶるん、という音と共に、斜め上で、ざくり、と言う音がした。
「あぁ、ハハハハ! 泣かせやがる、クズが! まんまと出てきちゃって! 結果殺されちゃったら意味ねェからー!」
――グリッグ。何を、一体何を。
斜め上、音のした方向を見る。
元はマンションだったのか、ベランダから、半身を突き出したグリッグ。
その体には、深い裂傷が刻まれていた。口からは血を吐き、ライフルを握った両腕はだらんと垂れている。
まだ生きている、ではない。まだ死んでいない、というだけ。
だが、そのグリッグとゲイツは――
確かにこの瞬間、視線を合わせた。ゲイツはグリッグを見ていた。グリッグもゲイツを見ていた。
次の瞬間、手に持ったライフルを、ずるりと取り落とすグリッグ。態勢が崩れ、真下ではなく、斜め下に――取り落とした。
「ぶははははは! ケッサクだぞ、おい! 狙撃手さんよ、タマシイってもんじゃねえのか、そのライフル! 落としちゃダメだろ!」
腹を抱えて、笑うアフェル。そう、確かにライフルは、スナイパーの魂だ。それは事実だが――
アフェル。お前は、その意味を理解していない。
グリッグが、今際の際に行った、最後の「狙撃」。
狙い済ましたように、彼の魂とも言えるライフルは――ゲイツの右腕の、すぐ傍に落下した。
----
***12/13
「あー、マジ笑った。あぶねえあぶねえ、笑いすぎて殺すの忘れてた。案外それが狙いか。捨て身だなオイ」
くつくつと喉を鳴らしながら――サダムへの狙撃を弾いたときと同じように、片手をまっすぐに挙げる。
その先には、グリッグ。
「楽にしてやるよ、狙撃手。……とか言っちゃって! ギャハハハハハハ!」
――絶対の勝利を確信した、耳に響く笑い。
耳障りだが――すぐに止まる。止めてみせる、グリッグ。
音を立てないよう、細心の注意を払いながら、グリッグのライフルを手に取る。
ちゃき、とスコープを覗く。ひび割れたガラス。だが、それでもこの距離ならば十分。
すう、と息を吐き、射撃体勢に。
ゲイツの指が、引き金に触れる。―――耳慣れた銃声。万感の思いを込めて、引き金を引いた。
その弾丸は、音速を超え、アフェルの頭蓋に穴を穿つ。
「……ハ? ハハ、ヘ?」
とんとん、とたたらを踏み、頭蓋の中身を後ろにぶちまける。どしゃり、と音を立てて、後ろ向きに倒れる。
間違いなく、死んだ。ゲイツがその手で殺した。
ぎゅ、とライフルを抱き、上を見上げる。
まさに、最後の一瞬。グリッグは微笑み――そして、主に召された。
ゲイツも、目を閉じる。
次に目覚めたときは、一体どこにいるのか。
救助が間に合うのか、イラク軍が先なのか。そんなことは、今はどうでもいい。
――仇は討った。
だからみんな、安心して眠ってくれ―――。
そう最後に呟き、ゲイツは意識を再び、失った。
----
***13/13
それから彼が目を覚ましたのは、米軍基地内の病院だった。
デルタチームは、ゲイツを残して全滅。ゲイツは機関、ナンバーズなど、知り得た全ての情報を話したが――
米軍当局は、それを信用しなかった。作戦失敗による、妄想。そう烙印を押し、ゲイツを精神病院に押し込めた。
実際、事実を知るものはみな死んでいた。ヘリのパイロットも、デルタチームも。ストライクイーグルのパイロットは、機甲部隊しか視認していない。
不遇の日々を送っていたゲイツを、病院から救い上げ、再び前線に戻すのは、彼の士官学校時代の同級生、クリストファであるのだが――
それはまた、別の機会に語られるべきことだろう。
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にたり、と顔に笑みを張り付かせ、アフェルが手を振り上げた瞬間。
轟音を響かせ、救援のヘリから機銃が掃射された。
「くそ……くそ、クズ共がァ……!」
秒間数百発の密度で飛来する弾丸を全て叩き落すのはやはり難しいのか、慌てて建物の中に隠れるアフェル。
その隙をついて、ヘリが地面にランディングする。
『デルタ、急げ! あまり長くは抑えていられない!』
間隙ない銃撃でアフェルの頭を抑えながら、ヘリのガンナーが叫ぶ。
その声を聞き、ゲイツとグリッグ――たった二人残った、デルタチームが弾けるように走り出す。
倒れこむようにヘリに乗り込み、息をつく間もなくライフルをアフェルに向け、引き金を引く。
殺せるとは思っていない。ただ、俺たちがここから離れるまで顔をあげないでくれ――そう願って、常人ならばミンチに出来るほどの銃弾を撃ち込み続ける。
ヘリが高度を上げ、バグダッドの市街の明かりが小さくなっていく。
耐用限界を超えて発射され続けた機銃は赤く灼け、煙を上げている。
「……残ったのは俺たち二人か、ゲイツ」
「――ええ、軍曹。……最低な任務でした」
悪態をつく。頼れた仲間は、もうほとんど死んでいる。
――一体能力とは何なのか。機関とは、ナンバーズとは。そんなことが頭をよぎる。だが、その煩悶も僅か。
「『でした』、か。ゲイツ、まだ終わっちゃいないらしい」
「―――え?」
葉巻に火をつけたグリッグが、落ち着いた様子で外を指し示す。その方角には――イラク軍の、戦闘機。
その翼の下から、ミサイルが発射される。途端、ヘリの中に響き渡る警報。
『振り切れない! 堕ちるぞ、衝撃に備えろ……!』
真っ赤な非常灯の光の中、激しい衝撃、そして熱風と落下感。そしてゲイツは、意識を失った。
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***10/13
――っざけた真……
ヘイ、来いよナンバーズ……
朦朧とする意識の中で、ゲイツはそれを聞いた。
そうだ、倒れている場合じゃない。生きているのなら、早く起きないと……
目を開ける。
ヘリは、打ち捨てられた廃墟に墜落していた。
燃える残骸。ゲイツの身体はヘリから投げ出されたらしく、近くの、ビルの壁面に程近い茂みに倒れていた。
わずかに辺りを見回す。視界がぼやけて、よく見えない。
銃声が響いた。この音は、グリッグのM21。
必死で目を凝らす。
見れば、どこかビルの内部から、隠れたグリッグが正確に狙撃をしているらしい。
少し離れたところに、アフェルが見えた。
点々と位置を変えるグリッグの居場所を測りかねている。
動こうとするアフェルの機先を制して、絶妙のタイミングで狙撃。手を動かして弾くが、その場からアフェルは動けない。
――チャンスだ。
そう思い、音を立てないように、腰のホルスターに手をやる。
だが、そこにあったはずのベレッタがない。首を動かして確認すると、ホルスターごと、落下の衝撃で千切れ飛んでいた。
加えて、大腿部にはヘリの破片がざっくりと突き刺さっている。動けそうには、ない。
……周りに、銃器は落ちていない。
歯噛みする。この手に銃さえあれば、奴を殺せるのに。
----
***11/13
「――クソが! うざってェんだよ、チマチマチマチマ……!」
アフェルが怒声を上げる。あまり、気の長いようには見えない。
そのアフェルに、グリッグの冷静さと狡猾さは、互角以上の戦いを強いていた。
だが。
「いーんだぜ、狙撃手。俺ってば覚えてる。もうひとり、いたよなァ。ヘリには見たとこ、パイロットとガンナーの死体しかねェ。
だったらこの辺のどっかに、もう一人がいるはずだ。生きてるのか死んでるのかは知らねェが――まあ、俺が先に見つけりゃ確実に殺す。
お前が先に見つけりゃ、命くらいは助かるかもなァ!」
耳障りな哄笑を再び響かせ、アフェルがあたりを見回し始める。
見つかれば、死ぬ。だがそれも構わない。それよりも、自分などに釣られてグリッグが出てこないか、それが心配だ――
「……ギャハハハハ! バカが!」
嬉しそうな声を上げて、アフェルが手を振るう。
ぶるん、という音と共に、斜め上で、ざくり、と言う音がした。
「あぁ、ハハハハ! 泣かせやがる、クズが! まんまと出てきちゃって! 結果殺されちゃったら意味ねェからー!」
――グリッグ。何を、一体何を。
斜め上、音のした方向を見る。
元はマンションだったのか、ベランダから、半身を突き出したグリッグ。
その体には、深い裂傷が刻まれていた。口からは血を吐き、ライフルを握った両腕はだらんと垂れている。
まだ生きている、ではない。まだ死んでいない、というだけ。
だが、そのグリッグとゲイツは――
確かにこの瞬間、視線を合わせた。ゲイツはグリッグを見ていた。グリッグもゲイツを見ていた。
次の瞬間、手に持ったライフルを、ずるりと取り落とすグリッグ。態勢が崩れ、真下ではなく、斜め下に――取り落とした。
「ぶははははは! ケッサクだぞ、おい! 狙撃手さんよ、タマシイってもんじゃねえのか、そのライフル! 落としちゃダメだろ!」
腹を抱えて、笑うアフェル。そう、確かにライフルは、スナイパーの魂だ。それは事実だが――
アフェル。お前は、その意味を理解していない。
グリッグが、今際の際に行った、最後の「狙撃」。
狙い済ましたように、彼の魂とも言えるライフルは――ゲイツの右腕の、すぐ傍に落下した。
----
***12/13
「あー、マジ笑った。あぶねえあぶねえ、笑いすぎて殺すの忘れてた。案外それが狙いか。捨て身だなオイ」
くつくつと喉を鳴らしながら――サダムへの狙撃を弾いたときと同じように、片手をまっすぐに挙げる。
その先には、グリッグ。
「楽にしてやるよ、狙撃手。……とか言っちゃって! ギャハハハハハハ!」
――絶対の勝利を確信した、耳に響く笑い。
耳障りだが――すぐに止まる。止めてみせる、グリッグ。
音を立てないよう、細心の注意を払いながら、グリッグのライフルを手に取る。
ちゃき、とスコープを覗く。ひび割れたガラス。だが、それでもこの距離ならば十分。
すう、と息を吐き、射撃体勢に。
ゲイツの指が、引き金に触れる。―――耳慣れた銃声。万感の思いを込めて、引き金を引いた。
その弾丸は、音速を超え、アフェルの頭蓋に穴を穿つ。
「……ハ? ハハ、ヘ?」
とんとん、とたたらを踏み、頭蓋の中身を後ろにぶちまける。どしゃり、と音を立てて、後ろ向きに倒れる。
間違いなく、死んだ。ゲイツがその手で殺した。
ぎゅ、とライフルを抱き、上を見上げる。
まさに、最後の一瞬。グリッグは微笑み――そして、主に召された。
ゲイツも、目を閉じる。
次に目覚めたときは、一体どこにいるのか。
救助が間に合うのか、イラク軍が先なのか。そんなことは、今はどうでもいい。
――仇は討った。
だからみんな、安心して眠ってくれ―――。
そう最後に呟き、ゲイツは意識を再び、失った。
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***13/13
それから彼が目を覚ましたのは、米軍基地内の病院だった。
デルタチームは、ゲイツを残して全滅。ゲイツは機関、ナンバーズなど、知り得た全ての情報を話したが――
米軍当局は、それを信用しなかった。作戦失敗による、妄想。そう烙印を押し、ゲイツを精神病院に押し込めた。
実際、事実を知るものはみな死んでいた。ヘリのパイロットも、デルタチームも。ストライクイーグルのパイロットは、機甲部隊しか視認していない。
不遇の日々を送っていたゲイツを、病院から救い上げ、再び前線に戻すのは、彼の士官学校時代の同級生、クリストファであるのだが――
それはまた、別の機会に語られるべきことだろう。
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