掃き溜めと、十字架と

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少女が生まれ落ちたのは、暗く淀んでいて、酷く歪な世界だった。 ――其処は、犯罪の温床。見捨てられた場所。所謂、スラム街だ。 そんな、一寸先さえ満足に見通せない闇の世界が、〝神託の白〟……聖職者少女、エルメアのルーツである。 *†掃き溜めと、十字架と† 暗い暗い、闇の中で。 彼女が初めて知ったのは、絶望でも諦観でもなかったかもしれない。 今となっては定かではないが――恐らくは、〝惰性〟……即ち、〝正常な感覚の麻痺〟だ。 ……生まれた日から、〝殺人も、略奪も、麻薬も、全てが当たり前だった〟のだ。 少女とて、例外では無い。その全ては、生きるためだったのだから。 ――だが、〝仕方ない〟と考えた事は、一度たりとも無かった。 むしろ、其の一つ一つに、快感さえ覚えつつあった。 冬を迎え、すっかり枯れ果ててしまった草花の様な、暗い色の金髪。 清める事を避けられ続けたドブ川の様な、淀んだ瞳。 永い時の中で朽ちていった屍体の様な、酷く汚れた衣服。 鮮やかな色の絵の具を全て失った絵画の様な、歪んだ視界。 自らの今までを集めて固めて作ったような、真っ黒な少女。 そんな、彼女が。 ――――ある一つの宗教と、出会った。 何故あの場所に聖書と十字架が落ちていたのだろう、と少女は思い返す。 加えて、何故あの時まで其れを見つける事が出来なかったのだろう、とも。 其れは何処かで哀しく殉職したクリスチャンの成れの果て、か。 それとも、〝信仰に意味など無い〟と切り捨てられ、忘れ去られた遺物、だったのか。 ――今は、素直に〝神の思し召しだ〟と思うのだが……。 其れを最初に見つけたのは確か、薬でおかしくなった大人が、銃を持って暴れ始めた時だった。 何の因果か、其処にあった十字架に、精一杯の皮肉を込めて祈ってみたのだ。 ――〝神サマなんて居るわけ無いけど、もし居るならこの状況を何とかするくらいの救いをくれても損は無いだろう〟と。 すると、どうだろう。 ……狂った奴は自分の頭を撃ち抜いて。 それで、死んでしまった。 ――――少女は、助かったのだった。 少女は、幼心に、直感した。 ――神サマは、意外と居たりするのかもしれない、と。 ――それなりに、優しくしてれるのかもしれない、と。 起こった事象は何処までも残酷。 その結果は、自分の延命のみ。 自分本位の過ぎる考えだが――信仰の切欠など、そんな物だ。 今まで通り自らの命をなんとか繋ぎ止める傍ら、拾った聖書の言葉を、遅いながらも読んでいった。 無論、識字など殆ど出来はしない。学校なんて、夢のまた夢だったのだから。 其れでも、分かる場所から、読み進めてゆく。 その言葉は――受け容れ難い程温かくて、眩しくて。 少しづつ、少しづつ……、少女に、失われた色を与えていった。 ……其れと、同時に。 少女は、自らの罪も識った。 生きる為とはいえ、自らの手を真っ黒に染め上げ――あまつさえ其れに快感まで覚えていた自分を、殺したい程恥じた。 其れは、歪んでいた少女に、重い十字架として圧し掛かった。 耐え難い重圧、変えられない過去、苦しい運命。 〝当たり前だ〟と思っていた世界は、自らの罪を透して見る事で初めて、〝歪だったのだ〟と感じた。 少女が〝気付いた〟事で。 歪みは、音を立てて、崩れてゆく。 ――そしてとうとう、彼女は。 其れまでの真っ黒な自分を〝殺し〟……少しでも変わってみようと、決意した。 少女が、はっきりと信仰を志した瞬間だった。 〝洗礼はドブ川でやった気がします〟と、少女は哂う。 少女が、闇を捨てた瞬間だった。 不思議な事に、其処から彼女の身辺は好転してゆく。 台風に遭い、逃げた先で牧師と出会い、少女は教会に引き取られる事になる。 其処で少女は、字を覚え、常識を学び、友と出会い。 そして何より――聖書に込められた、深い意味を知った。 〝こんなに無様な自分でも何かの意味があり、神様は自分を見守ってくれている〟と気付かされた。 少女は、初めて自分に自身を持てた。 少女は、初めて世界を真っ直ぐ見る事ができた。 ――誰もが、〝この少女は、間違いなく生まれ変わった〟と断言する。 春の野に笑い咲くタンポポの様な、綺麗な金髪。 たった今湧き出でた山水の様な、澄んだ瞳。 無限の可能性を持つ真っ白なキャンバスの様な、白い服。 滑らかに色彩を変えてゆく鏡の様な、純粋な視界。 其処に、闇の中に沈んでいた少女の面影は、無かった。 ――胸の十字架は、今日も問い掛ける。 〝今、貴女は償えているのか〟と。 少女は、自信を持って其れに応える。 〝生涯を掛けて、きっと償ってみせます〟と――――……。
少女が生まれ落ちたのは、暗く淀んでいて、酷く歪な世界だった。 ――其処は、犯罪の温床。見捨てられた場所。所謂、スラム街だ。 そんな、一寸先さえ満足に見通せない闇の世界が、〝神託の白〟……聖職者少女、エルメアのルーツである。 *†掃き溜めと、十字架と† 暗い暗い、闇の中で。 彼女が初めて知ったのは、絶望でも諦観でもなかったかもしれない。 今となっては定かではないが――恐らくは、〝惰性〟……即ち、〝正常な感覚の麻痺〟だ。 ……生まれた日から、〝殺人も、略奪も、麻薬も、全てが当たり前だった〟のだ。 少女とて、例外では無い。その全ては、生きるためだったのだから。 ――だが、〝仕方ない〟と考えた事は、一度たりとも無かった。 むしろ、其の一つ一つに、快感さえ覚えつつあった。 冬を迎え、すっかり枯れ果ててしまった草花の様な、暗い色の金髪。 清める事を避けられ続けたドブ川の様な、淀んだ瞳。 永い時の中で朽ちていった屍体の様な、酷く汚れた衣服。 鮮やかな色の絵の具を全て失った絵画の様な、歪んだ視界。 自らの今までを集めて固めて作ったような、真っ黒な少女。 そんな、彼女が。 ――――ある一つの宗教と、出会った。 何故あの場所に聖書と十字架が落ちていたのだろう、と少女は思い返す。 加えて、何故あの時まで其れを見つける事が出来なかったのだろう、とも。 其れは何処かで哀しく殉職したクリスチャンの成れの果て、か。 それとも、〝信仰に意味など無い〟と切り捨てられ、忘れ去られた遺物、だったのか。 ――今は、素直に〝神の思し召しだ〟と思うのだが……。 其れを最初に見つけたのは確か、薬でおかしくなった大人が、銃を持って暴れ始めた時だった。 何の因果か、其処にあった十字架に、精一杯の皮肉を込めて祈ってみたのだ。 ――〝神サマなんて居るわけ無いけど、もし居るならこの状況を何とかするくらいの救いをくれても損は無いだろう〟と。 すると、どうだろう。 ……狂った奴は自分の頭を撃ち抜いて。 それで、死んでしまった。 ――――少女は、助かったのだった。 少女は、幼心に、直感した。 ――神サマは、意外と居たりするのかもしれない、と。 ――それなりに、優しくしてれるのかもしれない、と。 起こった事象は何処までも残酷。 その結果は、自分の延命のみ。 自分本位の過ぎる考えだが――信仰の切欠など、そんな物だ。 今まで通り自らの命をなんとか繋ぎ止める傍ら、拾った聖書の言葉を、遅いながらも読んでいった。 無論、識字など殆ど出来はしない。学校なんて、夢のまた夢だったのだから。 其れでも、分かる場所から、読み進めてゆく。 その言葉は――受け容れ難い程温かくて、眩しくて。 少しづつ、少しづつ……、少女に、失われた色を与えていった。 ……其れと、同時に。 少女は、自らの罪も識った。 生きる為とはいえ、自らの手を真っ黒に染め上げ――あまつさえ其れに快感まで覚えていた自分を、殺したい程恥じた。 其れは、歪んでいた少女に、重い十字架として圧し掛かった。 耐え難い重圧、変えられない過去、苦しい運命。 〝当たり前だ〟と思っていた世界は、自らの罪を透して見る事で初めて、〝歪だったのだ〟と感じた。 少女が〝気付いた〟事で。 歪みは、音を立てて、崩れてゆく。 ――そしてとうとう、彼女は。 其れまでの真っ黒な自分を〝殺し〟……少しでも変わってみようと、決意した。 少女が、はっきりと信仰を志した瞬間だった。 〝洗礼はドブ川でやった気がします〟と、少女は哂う。 少女が、闇を捨てた。 そして、新しく、光を見出した。 大きな一歩を、踏み出したのだ。 不思議な事に、其処から彼女の身辺は好転してゆく。 台風に遭い、逃げた先で牧師と出会い、少女は教会に引き取られる事になる。 其処で少女は、字を覚え、常識を学び、友と出会い。 そして何より――聖書に込められた、深い意味を知った。 〝こんなに無様な自分でも何かの意味があり、神様は自分を見守ってくれている〟と気付かされた。 少女は、初めて自分に自身を持てた。 少女は、初めて世界を真っ直ぐ見る事ができた。 ――誰もが、〝この少女は、間違いなく生まれ変わった〟と断言する。 春の野に笑い咲くタンポポの様な、綺麗な金髪。 たった今湧き出でた山水の様な、澄んだ瞳。 無限の可能性を持つ真っ白なキャンバスの様な、白い服。 滑らかに色彩を変えてゆく鏡の様な、純粋な視界。 其処に、闇の中に沈んでいた少女の面影は、無かった。 ――胸の十字架は、今日も問い掛ける。 〝今、貴女は償えているのか〟と。 少女は、自信を持って其れに応える。 〝生涯を掛けて、きっと償ってみせます〟と――――……。

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