さくらさくら


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むかーしむかし、ある所に


「さくら、さくら」


子供が一人で居りました。

親も友達も誰も居なくて、たった一人で居りました。

いいえ、友達は居ました。

大きな大きな桜の木が、子供の友達です。

子供は来る日も来る日も、その木と歌って過ごしました。

子供は、親が居ません。だから、言葉を知りません。

誰かが歌っていたそれだけを聞いて、真似をして歌って居りました。

最初から持っていない物は、欲しいとも思いません。

悲しくて泣く事も無く、辛くて泣く事も無く。

子供は、親を欲しがる事も無く、すくすくと成長していきました。


「やよいのそらは」


子供が子供と言えない程大きくなって、それから何年も何年も経ちました。

それでも、子供は子供です。言葉も話せなくて。

だから、誰かと仲良くなる事も、出来ません。

自分でそれを知っていましたから、人里へ降りていく事は有りませんでした。

そうして、木の実を食べて過ごしていたある日、子供の住んでいた山に、人間が迷い込んで来ました。

子供は、獣も襲います。山で一番強い動物です。

お腹が空いていた子供は、その人間を食べようとしました。

すると、その人間は言ったのです。

『こんにちは。あなたはだあれ?』

言葉を知らない子供は、答えられませんでした。

だけど、どうしてでしょう。言葉の意味は通じたのです。


「みわたすかぎり」


子供と人間は、仲良くなりました。

人間は、子供に色々な事を教えてくれました。

自分は、人間の『女』という種類だという事。

人間を襲ったり食べたりすると、人間に怒られるという事。

食べ物は『料理』をすると、更に美味しく食べられるという事

誰かと仲良くすると、とても楽しいという事。

そして

人間は、とても早く死んでしまうという事です。


「かすみかくもか」


十年が過ぎて、二十年が過ぎて。

三十年が過ぎて、五十年が過ぎて。

人間の黒い髪は雪のように白く、背は柳の様に曲っていきました。

子供は、人間に教えてもらった言葉を使って、聞きました。

「どうしてあなたは、おばあちゃんになっちゃうの?」

人間は、答えます。

『誰でもそうなるのよ。あなたがゆっくりなだけ。』

『蝉は一週間で鳴かなくなってしまうし、野山を巡る獣は生まれて一年で大人になる。』

『あなたは、ゆっくり大人になって、ゆっくりおじいちゃんになるのよ。』

人間が目を閉じて、最期にもう一度だけ笑いました。

子供は、生まれて初めて泣きました。


「さくら さくら やよいの空は」

それから、何年が過ぎたのでしょう。

何百年が、過ぎたのでしょう。

子供は、一人でした。

「見わたす限り」

桜の木の下で、歌い続けて居ました。

「かすみか雲か」

だけど、此処で何時も歌は終わります。

子供は、此処までしか歌を知らなかったからです。

「誰か、僕に歌を教えておくれ。私に歌わせておくれ。」

「あの人の所に届くように、最後まで歌わせておくれ。」

子供が、叫ぶような祈るような、悲しい声を上げると、

どこからか、一人の、人間では無い男が歩いて来ました。

《いざや いざや 見にゆかん》

歌の続きを口ずさみ、男は更に子供に話します。

《こんな所に居ないで、見に行こう。》

《一人で歌って居ないで、皆で歌おう。》

《皆で、この桜を見よう。》


「いざや いざや 見にゆかん」


男は、子供にいろんな物をくれました。

お酒という物を始めて飲みました。

ボロボロの布では無い、綺麗な浴衣をくれました。

一緒に食事をする友達をくれました。

歌を、くれました。

名前を、くれました。

「そうだ、この人の為に、私は歌おう。」

背も伸び、髪も長くなり、声も見た目も良くなった、


狐の子供は、そう決めました。


「さくら さくら やよいの空は」


今は昔の、お話しです。