蛇迷寺 経亜


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----------寺育ちの蛇女----------



 【名前】
 蛇迷寺 経亜(だめいじ へあ)

 【容姿、印象】
 身長は150弱。見た目は、10~12歳ほどか。
 黒に黒を重ねたような漆黒の髪は最早、神秘的とも言える。あまりに幻想的で神秘的な光景や風景に人々が心奪われるように、見る者の心を奪うほどの美しい髪を持つ少女。
 対照的に引き立つ肌は雪のように白く、いろいろと控えめな体躯。爪にはうっすらと鱗のような模様。
 整った顔立ちだが、その瞳には温度が無く、鏡のような円形の蛇の目、時として垂直スリット型になる瞳孔は爬虫類を彷彿とさせる。故に普通にしてても目つきが鋭い、というかキツイ。人によっては嫌悪感を覚えるだろう。
 基本的に漆黒のゴスロリ服を着ている。

 【人物、性格、嗜好、その他】
 考え方は老成しており、ある意味、達観している。幼さを感じる事は少ないだろう。反面、怖がりで強がり。特にビックリすると、とたんに普段は裏に閉じ込めてある幼さが溢れ出る。
 捨て子らしく、寺で育ったそうな。「蛇迷寺」というのは育ったお寺の名前。「経亜」という自分の名前が嫌いらしい。寺育ちからなのかは分からないが、なんだかよく分からない雑学が豊富。たまにすごい勘違いをする。しかしながら仏教を信仰しているというわけでは無さそうな。寺育ちのわりには礼儀や、その他作法とは無縁。
 世に興味はあまり無いが、世界(特に異世界)には興味がある様子。夜行性なので夜から深夜に出歩くことが多い。
 マグロと苺が好きらしい。やるときはやる子。運と勘はいい方、かもしれない。
 人見知り気味。知らない人に出会うと先ずは一歩引いてから自分の髪を弄りつつ相手をジロジロと見るのが癖。

 蛇神憑き。蛇に祟られている。蛇を始めとした爬虫類全般が嫌い。
 蛇を生で見たことが無い。
 これは、蛇(魔)を迷わせる(退ける)意味の障の神を祀る「蛇迷寺」という名の持つ加護なのか、能力によるものなのかは分かっていない。
 蛇に祟られているのに、名が蛇迷寺とは、何とも皮肉めいているとも言える。
 中の人は、いつも蛇迷寺さんでも経亜ちゃんでもへび子でもめいちゃんでもなく、「だめ子」と心の中で呼んでいる。ダメな子という意味ではない(多分)ので、あしからず。

 【能力】
 髪を自由に操ることができる、が、それは能力の一部でしかない。本来の能力は‘「蛇神(へびがみ)」としての能力’。だが、その能力をいかんなく発揮できているのは、髪を自由に操ることくらい。なので、結局は「髪を自由に操ることができる能力」でいいのかもしれない。
 他にも、蛇神としての能力は何やらあるようだが、本人曰く「てんでダメ」らしい。
 髪の毛は本人がビックリすると勝手に針のようになって四方八方に広がったり、掴もうとすると勝手に避けたり、危険が迫ると勝手にうねうねしたり、まるで別の固有意思をもっているかのような動きをすることもあるが、詳細不明。この髪には触覚があるらしい。
 髪は普段から最高の色艶を発揮するよう、最高の状態を維持しているそうで、とにかく綺麗で美しい。この能力効果の殆どを綺麗な髪を保つことに注いでいるといっても過言ではない。
 本人曰く、高い変態能力と再生能力を兼ね備えた「髪」の能力は「蛇神」としての能力が最も顕著に現れた部分、らしい。

――蛇神としての能力と、それに伴なう身体変化等

 ‘蛇神の能力’とは、各地に伝わる蛇神信仰に代表される神や、それに似た化け物としての蛇の能力である。

 例を上げれば、「神」の語源ともされる「蛇(カ)+身(ミ)」としての、極めて原始的な信仰対象としての能力。
 尾を銜えた蛇(ウロボロス)における、終わりなき永遠としての能力。
 脱皮を繰り返すことから、死と再生の象徴としての能力。
 長い間エサを食べなくても生きていることから、生命力の象徴としての能力。
 瞬きをしない目や、新円形の所謂、蛇の目から始まった太陽神としての能力。
 雨や雷を呼ぶとされる天候神や大地母神や豊穣神としての能力。
 竜伝説における能力。白蛇における幸運神としての能力。
 毒や薬、医学の象徴としての能力。悪魔の象徴や悪魔としての能力。

 などの多岐に及ぶ。しかし、これら信仰神としての能力を100%扱えるわけではない。

  • 髪:髪を構成そのものから自在に操る。
   例え、切り落とされても自分の髪の毛ならば操る事は可能。自身の髪の毛だけを考えうる限り自由自在に操る。
   構成から弄るので髪の特性を保ったまま鉄の様に硬くしたりできる。
   基本的に髪を伸ばすことは自由自在である。終わり無くいくらでも伸びる。

  • 瞳:蛇の目。又は垂直スリット型になる瞳孔、爬虫類としての目を持つ。瞬きを殆どしない。
   視力は特別良いというわけではない。むしろ悪いくらい。

  • 爪:鱗のような模様がうっすらと浮かんでいる。
   髪ほど自由にはいかないが、少しだけ伸ばしたり硬くしたり出来る。

  • 血:適当な切り傷や掠り傷なら、あっという間に治してしまう異常な再生能力。
   他の生物に与えることで、相手の再生能力を高める効果もある。

  • 感覚:気圧や湿度や温度などの条件に敏感である。
    温度に関しては特に敏感で超感覚的に察知することもある。ピット機能なのか。

  • 天候:雨女だが、これは豊穣神や天候神としての蛇神の力なのかは分からない。


 【戦闘】
 基本的に戦闘は苦手な分野であるようだ。戦闘能力とは別に、場馴れしていない。
 体術や剣技の腕も無く、華奢でひ弱な体躯なので、肉弾戦などは兎や子猫にすら勝てるかどうか分からない。
 因みに、瞬発力が無く足も遅い上に持久力も無い。
 戦闘は、その自由自在に操る事のできる髪をもって行う。主力兵器にして最終兵器。それしかないので、これが破られた時点で勝ち目は無い。

 ―主な技―
「蛇槍牙(じゃそうが)」
 主力技その一。ドリルのように捻った髪を硬質化し、高速で打ち出す技。1本~8本くらいまでをよく使う。
 もっと数を増やすことは可能だが、そうすると1本が細くなりすぎる上に精緻なコントロールが効かなくなる。初速はわりと速い。不意打ちされると辛いかもしれない。コンクリート壁くらいなら突き破る。物理的に鋭く硬いだけなので、特殊な能力等に対して、どれくらい抵抗できるのかは不明。

「大蛇髪(おろちがみ)」
 大量の髪を編みこんで作る大蛇風の髪の束。能力技術の粋を集めた大技中の大技。さらに数を生み、融合させる事で、二岐~八岐まで首が増え、大きくなる。
 作るのに多少、時間がかかる(といっても数十秒だが)。10mくらいの大蛇をよく作る。もっと長く大きく作れるが疲れるのであまりしない。疲れるというのは、大蛇を作る際は、天上に向かって髪を伸ばしつつ逆立てながら、編みこんで作る。大量の髪を重力に逆らうように伸ばし逆立て続けながらの精緻な編みこみ作業が疲れるらしい。
 作り終えると、戦闘用ということもあり、最高の強度で最高のしなやかさを最大限に発揮した状態で切り離される。この時点で、髪の毛というよりは、しなやかな弾性を持つ鉄線、という感じ。硬いし重い。
 大蛇髪自体はセミオート傀儡のような感じで、その巨体に似合わぬ俊敏な動きで頑張ってくれる。とはいえ知能はわりと低く、単純な命令しか実行できない。戦えと言えば戦うし、守れと言えば守る。喋りもしなければ、鳴くこともない。元が髪の毛だし当然といえば当然。生き物ではないのだ。故に生物的な弱点も無い。頭を潰されようが胴を引き千切られようが、髪自体が使えなくなるまで自動で修復・形成を繰り返し、命令を実行し続ける。

「朽千縄(くちなわ)」
 切断された髪を操る技。技というよりは能力で出来る事の一つ、といった感じ。大蛇髪も突き詰めれば、これの応用技。


 【持ち物】
  • 簪:市販されていた簡素な簪。長い髪を纏めるのに役立つ。
  • 竜の血:ひょんなことから手に入れた。薬の元になる上に、血自体が高い魔力を持っている。

【――蛇迷寺経亜の不立文字独白】
+9/6
 名前が無いという白いワンピースを着た少女に出会う。
 名前は必要なものだ。名前が無くても生きてはいけるけど、名前が無いと時が刻めない。自分が生きたという証や証拠を残せない。名誉や功績とかじゃなくて、もっと根本的なところ。人の記憶とか。だから名前は大事なのだ。
 私は、自分の名前が嫌いだけどね。
 因みに、名前を付けるというのは神の所業だということ知っていただろうか。名前を付けるという事は、その名前を付けた相手の全権を握るに等しい。言霊という意味もあるし、何より、名は体を現す、という言葉の通りに名前を付けられると、その名前に合うように存在が変ってしまう。本当に。自分でそういうものだと思って、周りからそういうものだと思われて呼ばれ続けると、そういう風になってしまう。その存在の有り方全てを決めてしまう「命名」という行為は、正に神の所業だと私は思う。命名。名で命を与えるということ。これはなにも、人や物に付けるだけじゃない。例えば、自分の能力とか技とかもそう。その名を付ければ、そうなるように、新化もするし進化もするし神化もするかもしれない。まぁ、あまりに突拍子もない名前を付けても、名前負けするだけだけど。
 けれど、命名は良いことばかりじゃない。名前を付けるというのは、その存在の有り方を縛ってしまうことでもある。名前が無ければ無限に化けるものも、そういう名前を与えられたら、もうそれにしかなれないのだから。

+9/22
 紅い長髪が綺麗な亜人の少女ルゥに出会う。露店を理不尽に破壊されたらしい。
 あそこで業の法則を持ち出したら彼女は怒ったのだろうか。今、不幸なのは前世で良くない事をしていたから、と言ったら。
 勘違いしないでほしいのは、私は業の法則を持ち出して彼女を笑いたい訳ではない。そこまで私の心は汚れていない。そして業の法則も決して他人の不幸を冷笑するのが目的ではない。
 業の法則とは、不幸の原因を他人に責任転嫁しないようにする為の教えであり、そこから無意味な争いを避けるためのものだ。自分の不幸の原因は自分の中にあるということ。誰かのせいで不幸になるのではない。ただ、誰かの不幸に対して「○○という悪業によって不幸な結果になった」と決め付けることは一切智者以外には不可能であるからして私は彼女には伝えなかった。
 神々や諸仏への信仰が生まれるプロセスや心性については大体のカラクリが証明されている。仏教ではそのような信仰的な心性によって、仏教の骨格が侵食されることがないように、厳しく〝気をつけて〟いるようだ。

 毛繕いをしてもらった。結っても形が定まらないほどに、いつも以上にサラサラだ。しばらく髪は切らずにおこうと思う。

+9/25
 竜っぽい人に遭遇。
 マジ怖い。うっかり死にそうだったので、しかたなく大蛇を呼んだ。大蛇は嫌いだ。というか私は蛇が嫌いなのだ。大蛇は蛇っぽいから嫌い。しかも大蛇は一回呼ぶと面倒なのだ。後処理が。もう呼ぶことが無いことを祈る。
 なんだか竜っぽい人の方が死にそうになってたので、血をあげた。私の血は、ちょっとアレなので竜っぽい人も1週間くらいは怪我の治りが異常に早い、という事態に見舞われるかもしれない。ただ、これは普通の人間のときの話しなので、竜っぽい人も同じ症状が出るかは分からない。代わりといってはなんだけど竜の血を貰ってきた。竜の血は優秀な薬を作るときには必ずといっていいほど必要になる物だ。何より貴重で希少で高価な代物でもある。大事に使おう。
 路地裏に捨ててきたけど、大丈夫だろうか。小さいのを置いてきたから寝込みを襲われることは無いとは思うけど。アレは微妙に抜けているところがあるから、ちょっとだけ心配。
 大蛇がでかくて邪魔。あぁ、大蛇の解体どうしようか。服がドロドロのグチャグチャだし、髪切らないって言ったそばから切っちゃったし。なんか良いことないかしらー。

+12/30
 死体に遭遇。死体じゃなかった。だった。カノッサと一戦交えたそうだ。
 カノッサ機関。その悪名は俗世に疎い私の耳にも届いている。
 人の行動には須く目的がある。どのような行動にもだ。意味の無い行動にも目的はある。カノッサ機関の目的とは何なのだろう。
 エソロジーに基づく行動生物学においては、一定の役割を果たす場合において行動というが、人間には役割を持たない行動もあることを忘れてはならない。
 それはともかく苺を貰う約束をした。甘くて大きいのがいいなぁ。

+2/9
 鈍色ローブのアルフレートに出会う。
 鈍色とは一言で言えば、濃い灰色。鈍(にび)とは、刃物などが切れなくなる「鈍る」という言葉である。
 ちなみに、元々、鈍色は喪の色である。故人を偲ぶ色なのだ。死にたくないなぁ。
 掃除屋の話をしたら食いついてきた。見つけたら教えてほしい。お礼を言いたいのだ。いつも綺麗にしてくれてありがとう、と。
 次に会ったら、絆創膏を貰えるそうだ。

+3/8
 いつも通りである。夜の散歩は日課なのだ。まさか、お化け呼ばわりされるとは思わなかったが。
 怖がりな玩具、もといマクスという名の青年。
 恐怖とは、ほかの基礎的な感情である喜び、怒りとともに、すべての人間に内在する感情だと言われている。
 私が最も恐れるのは、感情。人の感情。具体的には〝貪瞋痴〟欲と怒りと鈍感という3つ。
 この3つの感情に通じていることがある。それは、周りが見えなくなってしまうこと。欲と怒りは視界を奪う。怒りに征服されたら、あるいは欲に征服されたら、もう目は見えない。あるのは暗闇のみ。鈍感はそもそも見ようとしていない。
 一切智者は仰った。これは危険であり、毒であり、敵であり、殺戮者であると明言されている。我々のこころのなかに毒がある、敵がいる、自分を破滅させる殺戮者がいると。
 これを避けるためには〝智恵〟が必要である。智恵とは理解すること。欲、貪りというものが生まれたら、その瞬間に自分の『目がなくなった』ということを、理解すること。智恵が消え、精神的な病気に陥ったのだということを理解しなければならない。

+3/18
 なんか散歩中にポスターを見つけたのだ。新しい正義が生まれたらしい。そこで、頭の痛い谷山 基樹に出会う。チクチクした。とある正義組織の一員らしい。
 正義が正義であるためには悪の存在が必要不可欠である。
 〝カノッサ機関〟という揺るぎない巨悪があるおかげで〝対機関連合〟〝justice〟〝blue justice/青義同盟〟この3つの正義組織は正義であり続けられるのだ。
 カノッサ機関という名の必要悪が消えてしまった場合、彼らは正義を誇示することが出来なくなってしまう。
 誇示できなくなった正義。誇り、示すことが出来なくなった正義を、どう揺るがせないか。
 正義とは人の心。しかしながら、悪もまた人の心である。転ぶは容易。朽ちるは道理。果てに至るは虚無の闇か。
 流転するは心も同じ。未来とは希翼の夢であり、過去とは哭光の溯であり、今とは奇跡の詩である。この日の決意が、彼の心が確かなものであり、揺るがない正義があることを、最後の正義があることを祈ろう。

+6/20
しばらくは書き記すほどの事もなかったが、久しぶりに変な人、もといリオ・ウルフスタンに出会う。元・聖職者という現在進行形ではあまり役にたたなそうな肩書きの持ち主。
正直、元であれ聖職者かどうか疑いたくなるような言動の数々ではあったが、あの十字架の形をした奇妙な武器は興味深い。
十字架とは、世界最大宗教において、三位一体の教義の元に、神の子である救い主が磔刑に処されたときの刑具と伝えられる。旧約において磔刑に処されたものは「呪われる」とあり、また、とある地方では十字架への磔刑は「国家反逆罪」への罰であったそうな。
何に呪われるのだろう。神かな。だとすれば私のソレも同じようなものだろうか。この能力の謎。私に与えられた力。私が背負った力。今日の出来事はその根源を解き明かすヒントになり得るのだろうか。
こういうことを考えていると、そわそわする。落ち着かない。私の中の何かが「止めろ」と言う。「それ以上考えるな」と言う。思考を邪魔する。…もう少し、時間と情報が必要だ。
しかしながら、楽しい男ではあった。雑談をするならば一級品か。もう一度出会うことがあれば、あの武器について教えてもらうとしよう。