ちびっこがレポートを書いた話。


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『――――〝多元魔術〟

 本来魔法陣に使用される、〝x軸〟〝y軸〟〝z軸〟の他に、術者の意思に依らない〝時間軸〟を組み込む方法。
 使用する術式は単純で構わないが、魔弾の形を取ると内部に術式を仕込みやすくなる為、構成がしやすくなる。
 また、〝魔術の引用〟を使用するので、膨大な数の引用元が必要。〝教会魔導図書集〟ならば充分だ。

 この方法で使用する概念は、〝円〟と〝陣〟に関する物である。
  ――〝円運動という形は、尤も効率的な操作の出来る陣である〟
  ――〝魔法陣は、必ずしも術式言語等によってのみ描かれる訳では無い〟
   ――〝つまり魔力・術式を以て円運動を描くならば、其れは魔法陣とも取る事ができる〟
 そして、最早常識となりつつある、〝術式内の仕込み術式〟そして〝多数術式の(部分)連結〟〝魔術の引用〟を用いる。

 魔弾を、自らの周囲2m程度に展開する。規模が膨大である必要ではなく、所謂弱術式の10分の1程度でも充分である。
 但し、其の数は〝弾幕〟の其れとは比較にならないほどに必要となる。
 魔弾一つ一つの内部には、それぞれ単純な術式を前もって仕込んでおく事が必要である。

 この状態で、魔弾を円運動を使用して操作する事により、内部に仕込んだ術式を以て此等を〝魔法陣〟と為せる。

 此処で重要となるのは、魔弾内部の術式に〝多数術式の部分連結〟を使用する事により、別の術式を生み出せる事だ。
 〝連結〟は、其の魔術を構成する術式の成分の配置によっても、完成される術式の効果を変えてしまう。
 此れには、東西南北天地の方角に関係する風水等が影響していると予想される。
 そして、其の〝連結〟元の術式――魔弾内部にある――は、常に〝円運動〟している事がこの術式の肝である。

 つまり、〝部分連結によって形成される術式が、時間と共に常に形を変えていく〟事になるのだ。

 この方法であれば、膨大な数の術式が、自分の手を離れたままに形成される事になる。
 魔弾の数が少なければ、パターンを計算し、ループを発見する事も出来るだろう。
 だが一つ一つの魔弾内部の仕込み、魔弾の動き、他の魔弾との連結。数個の連結した術式を連結する事による、更に新しい魔術。
 此等の要素を組み合わせていくと、計算する事は不可能になる。発生する事になる術式の数があまりに膨大すぎるのだ。
 其の数は――試しに計算してみると、無間地獄を抜け出すまでの時間の間、この術式を起動し続けても、ループに至らない程であった。
 従って、此処に〝新しい術式が尽きる事も無く無限に生成されていく魔法陣〟が完成するのである。

 生成された術式を発動すると、当然暴発の可能性も考えられる。
 この世界の法に合わない、いうなれば〝虚数の術式〟となる場合の方が多いであろう。
 そういう場合に、〝引用元〟さえあれば、その時点で構成する事の出来る術式を探し出し、行使する事が出来る。

 この術式を維持するには、常人では到底及ばないレベルの術式処理能力、集中力、そして魔力が必要となる。
 また、余りに多すぎる情報が脳に流れ込む事になりかねない為、逆流を防ぐ手段なども必要となってくるだろう。

 ……難点は、此れだけの技術を詰め込んでいようと、あまりに安定せずに戦闘には使用できないことである。

             ――――〝教会魔術部・右席〟……〝徒花〟』


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「……ふぅ。」


かたん。12歳程度の外見の、若葉色の髪をした少女――〝災禍の種〟や〝徒花〟と呼ばれる存在は、満足げにペンを置く。
此処数日を掛けて製作していた、新しい魔術のレポートが完成したのだから、彼女が感慨に浸るのも、至極当然であろう。
流石に彼女の表情からは、疲れが見て取れる。彼女自身も其れを感じていたのか、一息つこうとコップに手を伸ばすも、既に飲み干した後で。
一つ伸びをしてから、やおら立ち上がり、コップを持ってキッチンへ向かう。一つ一つの動作の度、骨がぽきぽきと鳴る音がした。

そう。まだあどけない子供に見える彼女は、〝教会魔術部〟の創立者にして、当時の〝教会〟でも最強の名を恣にしていた、魔導師なのである。
……尤も、彼女が〝右席〟である事など、世人が知る由も無いことなのであるが――。


「ふふ……。今回の魔術は、魔術界に衝撃を与えるでしょうね。」
「ああ、楽しみですね――学者連中の驚いた顔が目に浮かぶようです。うふ、ふふふふふ……」


お気に入りのアップルティーを淹れながら、彼女は自然と一人語散ていた。幼い容姿に似合わない、怪しげな笑顔を浮かべながら。
今回のレポートは、余程渾身の作品であったのだろう――彼女の言葉の端々からは、隠しきれない自信が洩れだしていた。

直後。熱湯が指に掛かり、悲鳴と共に勢いでポットを壁に投げつけて後悔する羽目になってしまうのだが、其れは関係の無い事である。


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「――――は?」


……礼儀も優雅さも、あったものではない。
魔術研究機関に着き、受付の人物に言葉を掛けられてからの、〝徒花〟の開口一番が其れであった。
表情は驚いた――というよりも、衝撃を受けたような物だ。危うく取り落としかけたレポートが、其のショックを語っている。
ぴくん、ぴくん、と。漫画のように眉が動く。まさか、信じられないといった様子で、彼女は其の人物を見上げる。
其れも無理からぬ事であろう。何故なら、受付の人物に最初に掛けられた言葉が――――、


『……あれ。〝教会〟からのお使いの子かな?』


――だったのだから。


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どたんばたんぼふんぼふん。
〝徒花〟の寝室から、何かが暴れまわっているような音が聞こえる。鈍い音は枕を投げたか、或いは蹴ったか殴ったか。

確かに、仕方が無い事では、ある。
自分の容姿は、12歳相当の其れだ。外見だけ見れば、ただの子供でしかない。其れは認めよう。
其の事は、自分が肉体を捨て、霊的存在となった時から覚悟していた事ではあった。あった筈なのだ。

〝教会魔術部〟の〝右席〟としての姿を隠して、〝自分である事〟を悟らせないでいる事も、当然自分の非である。
――つまり、自分が正直に役職を名乗った所で、相手に信じてもらえる筈も無い。そんな事がある訳が無いのだ。
それも〝右席〟といえば、〝教会〟でもトップクラスの役職である。誰が名乗ろうと、本気にしてはもらえないだろう。
ましてや其れが先述の通りの子供であれば、絵空事と受け取られるのは世の常である。

だが、其等のマイナス要素――本来はマイナスで無いのかもしれないが――は、レポートの内容には一切関係が無い事である筈だ。
誰が書こうとレポートはレポートであり、其れは内容のみを基準にして、どれも等しく判断されるべきなのだ。
其れがまともに出来ないというのは愚かの極みであり、呆れを通り越して悲しみさえ覚えるような事なのである。


そう。
単刀直入に言ってしまえば、彼女の論文は〝子供のお遊び〟とされて、全く取り合って貰えなかったのである。


「――――誰が子供ですか!誰が子供ですか!ああもう、何ですか〝お使い〟ってッ!〝子供のお遊び〟って巫山戯てるんですか!?」
「第一私の方が年上ですしっ!何回りか年上ですし!私(プライバシーにより規制)歳ですから!黙ってなさい若造っ!」
「てか、魔術師だったら魔力とかオーラとかNT的なアレとか右手の疼きとか邪気眼とかで判断しなさいよっ!あぁぁぁぁぁあ!!」
「リンゴです!リンゴ1ヶ月分!今すぐ!ノータイムでッ!此処に持ってきなさい教皇でも左席でも六王でも良いからッッ!!!」


ばたんばたんどかんずどん。
若干魔術らしきナニカが発動するような、壁が破壊されるような痛々しい音が聞こえたような気がするが気にしてはならない。
……暫しあって、一段落が着いたらしく――部屋は、随分と見晴らしが良くなってしまっていた。


「……くすん……、ひっく……。……ふぇぇ……。」
「……ひどいよぉ……、……せめて、読んでくださいよぉ……。」


聞こえるのは、辛うじて原型を止めているベッドの上で啜り泣いている、〝徒花〟の声だけであった。
彼女のご自慢のレポートは、バラバラになって虚しく宙を舞っていました、とさ。


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結論から云えば、彼女の〝多元魔術〟は公には日の目を見る事は無かった。
だが、其れに使われていた沢山の技術が、現在の〝教会式魔術構成法〟に受け継がれている事。
又、〝多元魔術〟それ自体も、簡易化されて〝多重魔術〟として使用されている事。

そして――〝徒花〟の奥義に、此れと酷似した技術を使用した〝多元・月光華〟という魔術が加わった事は、此処に記しておく。