失楽園


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「科学っていうのはね、出来る事と出来ない事がはっきりしているの。
 人間に成し得る事は限られているわ。出来ない事の方が、遥かに多い。
 でも、人間はそれが悔しくてねぇ……出来るようになろうとするの。
 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように……。
 そのために多くの実験動物を殺し、自然を壊し、科学の発展を目指す。
 仮にそれが間違った方法であってもね、CS-13……私の可愛いモルモット」

激痛に喘ぐ私に、彼女はそう言った。
仕方のない事だと、科学のためだと言って、私に次の苦痛を与えた。
科学のもたらす幸福を信じて、私は拷問に耐え続けた。
彼女の瞳に、私は映っていなかった。


「全治三ヶ月との事だが、中尉なら二週間で復帰出来るだろう。
 こんなところでヘバっている暇は無い、まだまだ敵は大勢いるのだからな。
 ……戦いに関わると碌な事が無い。それが自由意思であっても強制であっても。
 たった一人でも殺めれば、呪われ、巨大な歯車を為す一枚の歯となってしまう。
 我々が岩のように固くなり、平和を守りたいと叫んだところで、ものともしない。
 砂のように噛み砕き、延々と回り続ける。だが、それでも我らは戦わねばならない。
 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように……。
 ……でなければ、殺された妻と娘も浮かばれんだろう。何度でも同じ事が起きる。
 そのためには君の力が必要だ。テトリスト共を皆殺しにし、正義の礎となれ」

任務で傷ついた私に、彼はそう言った。
仕方のない事だと、正義のためだと言って、私に次の任務を与えた。
彼の信じる正義を共有したくて、私は彼の敵と戦い続けた。
彼の瞳に、私は映っていなかった。


「おの……れぇ……やはり貴様か、スピットファイア……!
 また貧困と差別に苦しむ民を……同志達を殺すつもりか……!?
 俺の村を焼いたように、テロリストと断じて、女や子供まで……!
 それが合衆国や欧州の……貴様の信じる正義だというのか……!?
 俺はもうすぐ死ぬが……呪ってやる……呪い殺してやるぞ……!!
 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように……。
 地獄に堕ちろ、合衆国の雌犬……CIAの殺し屋、戦火の魔女め……!!
 業火に焼かれながら、俺の妻と子に詫び続けるが良い……!!」

胸にナイフを突き立てられた彼は、私にそう言った。
死んでしまえと、お前は魔女だと言って、静かに冷たくなっていった。
動かなくなった彼を、私はいつまでも見下ろし続けた。
彼の瞳に、私は映っていなかった。


大切な人や好きになった人に血の通わぬ道具として扱われ、
憎むべき敵だと思っていた人は彼らと同じ理想を持っていて、
私は彼らが夢見た世界には必要の無い、いてはならない存在だった。
愛する人に切り捨てられて、立場が違うだけの“敵”に呪われて、
それでも命を懸けて戦わなくちゃいけない理由ってなんだろう。
そうして、私の周りからは誰一人としていなくなった。
ガラクタになった私は、一人ぼっちになってしまった。

放射能に蝕まれた私の体は、多分40歳になる前に限界を迎える。
それでは遅いと、古巣に殺し屋を差し向けられた。「今死ね」という事。
自分の生きた証すら残せないまま、ただ奪われ、ただ消えていくだけの人生。
祖国からはカラビニエリを捨てた売国奴、合衆国からはテロリスト狩りの狂人、
敵だった人達からは大量虐殺の魔女と蔑まれ、そして忘れられていく。

嫌だ。
嫌だよ。
そんなの絶対に嫌だ。
お金なんていらない、地位や名誉もいらない。
美酒も美食も綺麗な服も、何も欲しがったりしない。
ただ、誰かに愛されたい。
道具でなく、誰かに必要とされたい。
生まれてきて良かったって、良い人生だったって、そう感じながら終わりたい。

不条理に犠牲となる人が現れぬように。
みんなが笑って暮らせるように。

人とは、人間の事。
みんなとは、人間達だ。
ようやく気が付いた。

私は────────私は、人間ではなかった────────。


「送った資料には目を通してくれたか?
 ターゲットはCIAの老犬、ケース・オフィサーだな。
 我々に盾突きうるさく吠える、君にはこいつを消してもらいたい。
 くれぐれも気を付けろ、こいつはかなりの数の私兵を引き連れている。
 それも特殊部隊上がりばかりだ、揃いも揃ってバケモノ級と思って良い」

「そうですか?見たところ、ヤバげなのは見当たりませんが。
 多分、一日で済むと思いますよ。弱そーですもん、この人達」

「……そ、そうだな……本気になったお前の相手にはならん。
 長生きが自慢の老兵だ、“もう出る幕は無い”と捻って差し上げろ」

「了解です、任せてください。あ、ご飯ありがとうございました。
 それもVIPルーム。生春巻き美味しかったです。次も中華でお願いしますね」

ガチャッ、バタン

「……ビビったー、相変わらずイカレてやがる。とんだ変態だぜ。
 普通、中華フルコースで殺しの依頼受けねぇーだろ。すげぇ食うし。
 ったく、クソこえぇ姉ちゃんもいたもんだな……マリア・ブラッドレイ」