オトサレタヒノデキゴト


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 今でも時々夢に見ることがある。
 わたしはその日の事が忘れられない。
 そう。あれは初めてわたしがこの世界に来た日の事―――

 暗い。
気がつけば闇の中に居た。それが闇のなかではないと気がついたのは数秒後の事だった。
暗いと感じたのは単に目を閉じていたからだ。そんなこともわからない程に意識はぼんやりとしていた。

 意識が覚醒してくると、次に周りがざわついていることに気がついた。
何故だろう。わたしはそれを確かめるべく立ち上がろうとする。その時わたしが地べたに
張り付いていることに漸く気がついた。立ち上がろうと足に力を入れると、何故か
初めて地に足をつけるかのような、ふわふわとした、まるで空気を踏むかのようなそんな
感覚に襲われた。生まれたての動物はきっとこんな感覚なのだろう。この理由は後になってから
わかったと同時に思い出した。わたしは多分とても暗い場所にいて、きっと何かの
液体の中で誰かに外から監視されていたに違いない。だから地に足をつけるなんて行為は
今までに経験したことがなかったのだろう。

 辺りを見渡すと人々が自分と距離を置いて此方を見ていた。パーソナル・スペースよりはもう少し距離がある。
上から見ると綺麗な楕円を描いているのだろう。

 何故こんなにもわたしを注目しているのだろうか。そんな疑問を浮かべていると、
人ごみの中から優しそうな顔つきの男性が一人、此方へと歩いてきた。20代くらいだろうか。

「君、大丈夫?」

 目を合わせるや否や突然そんな質問を投げてきた。何のことか理解できないで口を閉ざしていると
男は更に話しかけてきた。

「君は此処に倒れていたんだよ。何があったんだい?怪我はないかい?保護者は?」

きっと周りの者全てが思っていたのだろう。それを代弁するかのごとく彼はわたしに質問を浴びせた。

「知らない。怪我はない。ほごしゃって何?」

 わたしは律儀にも丁寧に全ての問いに答えた。だが最後の問いに答えた時、周りが一層
ざわついた。

「君…保護者はいないのかい?」
「…だから、ほごしゃって何かわからない。」

 今振り返ってみれば、酷く冷たい口調だったなと思う。男が隣の人物に警察に連絡した
ほうがいいか、そんな内容のことを訊いていたが、無視して人ごみの中から出ようと、
少し移動した。どこに行くのだろうと怪訝そうな視線が沢山此方へと向けられていたけど
知ったことではなかった。

 人ごみを抜けると自分は広い公園にいるのだとわかった。
何故だろう。もの凄く辺りが輝いている気がした。いや、新鮮だったと言った方がよいだろうか。
見るもの全てがだ。噴水、木々、鳥、空、太陽、タイル、階段、男、女、子供、何から何まで。
おそらく初めて立った時と同じ理由だろう。

 そしてわたしは移動することにした。他にすることが思いつかなかった。自分が何故
ここにいるかもわからなかった。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。公園からはだいぶ歩いた。既に日は沈み、
気がつけば空はすっかりと暗くなっていた。わたしはまだ足を踏み入れていない路地裏へと入ろうと思い、
身体をその暗がりに向けた時だった。

「君!そっちは危ないから入っちゃダメだ!」

突然大声を掛けられた。自分のことではないだろうと気に掛けずそのまま歩こうとすると、
その声の主は走り寄ってきて、わたしの腕に掴みかかった。30代程の警官だった。

「危ないって言ってるだろ?もう夜なのに、事件にでも巻き込まれたらどうするんだい。君、名前は?」

名前を問われた時だった。

「『自立自動殺戮ユニットIamy(アイアミー)プログラム code:Failer-001』。ゼーロ・ウィオラーケウス」

自分でも何が何だかわからなかった。反射的に謎の単語と、おそらくは自分の名であろう
単語が口から出たのだ。まるでそう発言しろと命令されたかのような、そんな気分になる。
 警察官が「えっ」と頓狂な声を漏らして唖然とした。わたしも自分が言ったことに茫然としていると、
先に我に返った警官が動いた。

「取りあえず家に帰さないとな…。お譲ちゃん、家はどのあたり?」

警官の言葉はわたしの耳に入って来なかった。代わりに何か違和感を感じた。
わたしはその違和感が何か、感覚を研ぎ澄まして探った。警官が何度も同じ質問を繰り返していたようだが、
違和感の方が重要だったので無視した。

 やがて、違和感の正体をぼんやりとだが感じとることに成功した。
警官の身体の中に小さい力の塊のようなものを感じた。それを感じとった時には、もう、手遅れだった。

「ふー。ここにいても仕方ないから、署に――――っ」

先程名乗った時と同じだ。身体が勝手にその力の塊に反応して、警官の首を両手で掴んでいた。
警官の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 初めは勝手にこの人を殺してしまうのかと思った。しかし、不思議とその手に力は入らなかった。
代わりに警官が持っている力の塊が急速に自分の体に流れてくるのがわかった。

 首に触れる手からも、だらりと警官の力が抜けて、体重の全てが頭へと収束するのが
伝わってきた。その重みでも、手が離れることはなかった。

 その行為が終わり手を離すと、ドサッと警官は地面に落ちた。
地についた警官が震えながらわたしの顔を見上げた。そこには恐怖と惑乱の色が浮かんでいる。
そして自分に宿る力が微量だが大きくなった感覚に陥った。

そう、無意識に警官の魔力と体力を奪い取った挙句、それを自分の力へと転換していのだ。
わたしは自分のしたことが怖くなった。
その場から逃げるように無我夢中で走った。途中魔力を持った人を見つけると、同じように襲いかかり、
それを吸収して回った。
 堪らなく嫌だった。誰かを傷つけるような真似をするのが。しかし身体は言うことをきいてはくれなかった。
自分の意志とは裏腹に、狂気がわたしに人を襲えと囁いてくる。
嫌なのに、聞きたくないのに、それは聞こえて、わたしは何も出来ずに何度も人を襲った。

 それを繰り返し、虚ろな目で路地裏を彷徨っていた。既に精神的に疲れ果て、
ふらふらと力なく歩いていると、ふと強大な魔力を感じとった。

 それからはもうあまりはっきりとは覚えていない。黒衣の男が立っていて、
その男から魔力を感じたのは覚えている。
 わたしはその男の魔力を吸収すべく襲いかかった。静かに、狂気を振りまきながら、
それに身を任せて、静かに歩み寄ってゆく。だが男も黙ってはいなかった。当然のことながら、
激しく抵抗され、戦闘になった。

 男はこの世界で言う『能力者』だったらしく、高度な魔術を使って攻撃してきた。
蹴りは爆発し、彼が生成した刃は周囲のものを吹き飛ばす黒い奔流を放った。
わたしは戦闘の途中で男に触れることに成功し、強大な魔力を手に入れた。全身に漆黒の魔力が漲り、
更に多くの魔力を求めた。
 しかし男はそれで負けたわけではなかった。オルキナス式魔術『固定』を駆使して、
自らの魔力の半分を刃に変えて、全ての魔力をわたしに喰われることを避けていたのだ。
 そして最後は男が蹴り飛ばした刃によってわたしの腹部が貫かれ――意識を失った。
血は流れていくのに、狂気は一緒に流れていってはくれなかった。

 意識が戻ったのは、病院のベットの上だった。
幸いにも、傍らにいた看護師さんは魔力を持っていなかったみたいで、
わたしは回復早々人を襲わないで済んだ。見ると自分の体には毛布を掛けられていた。それに気がついたのか、
看護師さんは心配そうに顔を覗き込んできた。

「気分はどう、悪くない?あなたは誰かに襲われて、大けがをしたのよ。だから無理に動いちゃダメよ?また痛むから。」

とても柔らかい優しい口調で注意された。でも違う。襲ったのはわたしだ。あの人は悪く
なかった。

 ベッドの上で昨日自分がしたことを一つ一つ思い出してみた。いや、思い出された。
首に掴みかかった時の警官の驚愕の表情、女の人に襲いかかったときの恐怖の表情。
それらが脳裏に焼き付いて離れない。逃げようとしてそのイメージを頭の中から振り払おうとしても、
それは何度も何度も思い出された。

 なんて恐ろしいことをしてしまったのだろう。そう思うと、胸が痛くてたまらなかった。
それをしてしまった自分が情けなくて、赦せなくて、愚かで、苛立った。
気付くとわたしの顔を覗いていた看護婦さんが、先とは違う様子で此方を見ていた。
困惑した様子で、あたふたとしている。

 更に目に違和感があった。濡れている。何かの液体が目から無数に零れて枕を湿らせている。

 涙、だった。気付けば胸の痛みから、わたしは視界がぐちゃぐちゃになるほどに泣いていた。

 暫く泣いているとパタパタと急ぎ足で駆けつける音が聞こえてきた。音の数からして一人だろう。
猛烈な勢いでドアを開けると、一直線にわたしの方へと来た。

「突然泣き出したそうじゃないか。どこか痛むのか?診るから言ってごらん。」



――――チカラノカタマリヲカンジタ。
――――ソレカラハジゴクガクリカエサレタ。
――――ダレカ、ワタシヲトメテホシイ。タダソレダケヲネガッタ。

ダケド――――カナワナカッタ。

アクムハ――――――――クリカエサレル。