ファーストコンタクト


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それは余りにも突然な。
本当に唐突な事件だった。

両親が死んだ。
世間的に見れば、大したことではない。
こんな些細な事件など、世界レベルで見れば毎日の様に起きている物。

だが、しかし。それは当時3歳の私には、まるで世界が崩壊したのも同然の事態だった――。


「ファーストコンタクト」 
第一章:追憶とかつての日々 

プロローグ


「おい、ぐろりん~。飯まだかよォ~・・・。」
今日もレイブンは、地下300mの岩盤にあるPG(パラノイア・グラオザーム)アジトの食堂で、グロリアに昼食をねだっている。
「はいはい、もう少々お待ちくださいね。あと数分で出来ますから。」
ニコリと笑い、いや、鬼の面からは顔の表情など汲み取れないのだが、それでも口元を綻ばせ、楽しげにレイブンに告げる。
「アタシは腹が減ってどうしようもねんだよォ~・・・はーやーくー!」
「もう、駄々をこねても食材を炒める時間は短くなりませんよ?レイブン。」
「チッ、んだよ畜生~。相変わらず固ェな、ぐろりんはァ。」
「ふふ、そうですか?貴女には大分、優しくさせて貰っているつもりですよ。」
「ホントかぁ?ってんなこたぁどーでもいいからさっさと飯だ!飯!」

実際、私は彼女にはこれ以上ないほどに優しく接していると思う。
もちろん、ここが基地の中であることを考慮した上での、話ではあるが。

「はい、出来ましたよ。ゆっくり召し上がれ。」
「うっほぅ!サンキューぐろりん!」

スプーンを手に持ちがつがつと昼食を平らげているその姿からは、彼女が良家の娘であることなど想像もできないだろう。
いや、その前に口調と格好からして、そんな事は考えられないだろう。
なにせ今の彼女は元人格・・・と呼んでいいのかは定かではないが、「白」と呼ばれるお嬢様の人格(それこそ純白のドレスや花の香りが似合うような)ではなく、
漆黒のレザースーツに血と硝煙の匂いをぷんぷんさせている殺人狂の人格「レイブン」なのだから。
彼女の豹変ぷりは尋常ではない。
本人いわく、これは暗示であるそうだが・・・どうなのだろう、私には時々、「白」の時に溜まったストレスや怒りを「レイブン」になった時に20mmガトリング砲と共に周囲にブチ撒けているのではないか、と感じることがある。

――もっとも、そんな彼女ですら、今の私には愛しく感じられてしまうのだが。
いつ頃からそうなったのか、よく思い出せない。
ただ気付いた時には、彼女の瞳、髪の毛、胸、足、輪郭、そして性格・・・その全てが愛しく感じられるようになっていた。

しかし・・・こういう事を考えていると、決まって思い出すことがある。
そう、彼女への思いをいつから実らせていたかは、はっきりと思い出せないというのに・・・


あの頃の情景だけは、いつでも鮮明に思い出すことが出来てしまう。
記憶が私に語りかけるのだ。
「忘れるな」「思い出せ」「おまえは今、どこにいる――」
やめて・・・もう、やめて・・・・・・・。



「うんめぇ!さっすがぐろりん!やっぱ料理はぐろりんに任せりゃ完璧だな!
しっかしなんでなんだろうなァ、アタシが厨房に入ると必ず臨界事故が起きるんだよなァ・・・」

・・・そんな私を余所に、彼女は美味しそうに私の料理を食べている。
かつてこの手で私が何をしたのか
どんな汚いことをしていたのか

彼女は知らない。いや、知らなくても良いのだ。

その表情は幸せそうに、本当に――幸せそうに。

「ファーストコンタクト」

第一章:追憶とかつての日々



その日はとても蒸し暑くて、真っ赤な日の光が路地を照らし、蝉の声が五月蠅い程に聞こえていたのをよく覚えている。

私は当時、まだ3歳だった。
しかしそれでも、その日の事をよく覚えている。
というより、頭から離れないのだ。今もこうして、鮮明に思い出せる。

両親が他界した。
交通事故・・・本当にどこにでもある死亡理由で。
だがしかしそれ故に、あり溢れているのも事実だった。

私は家で留守番をしていた。
今考えれば、三歳の子を一人残し外に出かける両親の不用心さに呆れてしまうが、
両親もそういう事を気にするような人物ではなかった為、仕方がないことだろう。
午前中から遊びに出かけた両親を見送ることも出来ず、目が覚めたのは昼過ぎだった。
朝食すら用意されてはいなかった。
最も、ラップに包まれた朝食を用意しておいたところで、レンジも使えない当時の私が自分一人でそれを食べられた訳もないのだが。

テレビもつけず、二歳の誕生日に買ってもらった人形で遊んでいると、電話が鳴った。
電話は両親が使用しているのを見てどうすれば鳴り止むのか知ってはいたが、
当時の私にとってりんりんと鳴っている電話は恐怖の対象そのもので、
まして一人で家にいる孤独感と相まって電話に出ることなどもっての外だった。

しかし、電話は一向に鳴りやもうとはしない。呆れた事に、留守電をセットしていなかったのだ。
相手も急用なのだろうか、切るつもりはないらしく、ずっとコールを続けている。
部屋の隅で一人おびえていた私だったが、とうとうどうしようもなくなって電話に近づいていく。
生まれて初めて勇気を出したのはその時かもしれない。
私は電話をとり、両親の真似をし、「もしもし・・・。」と囁いてみた。
「お忙しいところ申し訳ございません、○○病院の○○と申しますが――」
どうやら相手は病院の方だそうだ。
しかしそんな事は私にはわからず、電話を初めて持ったこと、それから来る緊張と恐怖、
不安が入り混じった感情で心が押しつぶされそうになるのに耐えるので必死だった。
「――つきましては、急いで当病院の方に向ってくださると――」
わからない。この人は何を伝えようとしているのだろう。
怖い。早く切ってしまいたい。逃げ出したい。誰か助けて・・・・

その時、思っていた事が口に出たのか、私はとっさに言葉を紡いでいた

「ぱぱ・・・まま・・・・。」

その後、どういう経緯でかはわからないが、病院からタクシーが来て私を病院へと連れて行った。
だがやはりそんな事はどうでもよくて、初めて見る知らない大人やタクシーに対する不安で一杯で、
早く両親に会いたい、とそう思っていた。

――結果的に、病院で両親を見ることにはなるのだが。

今思えば、あの電話は両親の事故を伝える病院からの連絡で、
相手も焦っていたのか、電話口の私が子供である事を完全に忘れ業務口調で事を伝えようとしていたのだ。
私があの場であの言葉を呟かなければ、どうなっていたのやら。
とにかく私の言葉で我に返ったのか、家にいるのが私だけだと分かった病院側は、住所を調べ私を迎えに来たと言う訳だった。

今思い出しても、滑稽なものだ。相当に杜撰な管理をしている病院だろう。
まあそれも仕方がない。なにせ当時私が住んでいたのは「そういう」場所だったからだ。


病院で私は戦慄した。
両親が事故で半死状態であること、復帰は望めそうに無い事を聞かされたのだった。

これ以上ない程に泣いたと思う。看護師の青年に慰められながら、私は病院の廊下で慟哭した――。

「ファーストコンタクト」

第二章:崩壊の音


あれから数日がたち、私は身寄りも無い状態で自宅にいた。
こういう場合、施設へ行かせるのが定石なのかもしれないが、当時私が住んでいた場所ではそういうシステムはまだ完備されておらず
それどころか、孤児やホームレスなど当たり前のように街にあふれていた。

私の住んでいた場所・・・地の国から遠く離れた土地、ラドニングル。
小さな村と町が栄え、それらが集まってできた小さな国のようなもの。
しかし他のどの国とも外交を行っておらず、独自の体系でのみ生活を送っているという不思議な地だった。
しかし、自治も完全には敷かれておらず、スラムと言うほどではないが荒れている町や村が多かった。
マフィアが仕切る町では銃声が絶えない日もある・・・そんな場所。

当然、孤児を保護する施設などありはしない。
彼らに待っている道はふたつ。
ひとつは、ストリートチルドレンとして盗みを働き細々と生きていく道。
そしてもうひとつは――思い出したくもない、私が辿った道である。




ドンドンドン!!ドンドンドン!!
扉をたたく大きな音で私は目を覚ました。
もう三日も何も食べていない。当然だ、両親はいないのだから。
冷蔵庫にあったお菓子や、冷え切った残り物はもうみんな食べてしまった。残っているのは冷凍庫に入っている凍ったままの食パンのみ。

しかしそんな私のひもじさを余所に、扉をたたく音はどんどん大きくなる。
私はその音が怖くて布団にくるまり眠ろうとする。だが、ついには怒声まで聞こえてくる。
とても無視できるような範疇ではない。

「おいコラ!!ここ開けろ!!おらぁ!!」
ガン!!ガツン!!
「いるのはわかってんだよ!開けろ!!扉ぶっ壊すぞ!!あん!?」
ガン!!ガンガンガン!!

怒鳴り声と扉をたたく音はどんどん増し、幼い私の心を恐怖のどん底へたたき落とす。
助けてほしい。すがりたい。だが、もう両親はいないのだ・・・。


十分ほどしただろうか。唐突に音がやみ。

次いで

ドォン!!ドォン!!

何かが破裂するような、恐ろしい音が聞こえた。
私は失神し、布団の中で震えるしかなかった。
今思えば、あれはショットガンの銃声で、私の返事がないので彼等は扉を破壊し侵入してきたのだった。

「おら!!どこにいんだ!!」
「出て来い!!隠れてんじゃねえぞ!!」
扉の向こうで聞こえていたはずの声が、どんどん近付いてくる。
本能で察した、彼等は部屋に入ってきたのだと。
逃げなければ。しかし、震えて動けない。
怖い大人達が布団の外にいると思うと、それだけで私は潰されそうなほどに恐怖し、逃げる事など出来る筈もなかった。

「・・・・ここか。」
「へへっ!みーつけたッ!!」
布団ごと私の体は彼等の前に曝け出され、恐怖で震えたままの私は彼等の顔を見上げた。

「へえ、これがあの屑のガキか。」「かわいい顔してんじゃねえか。ん?」
「なあおい、コイツ連れてこうぜ。どーせ身寄りもねえんだからよ!」
「ハハハハハ!いいねえそうすっか!おいガキ!ついてこい!」

見上げた彼等の表情は、群れから離れた哀れな獲物を見つけた肉食動物の「それ」だった。
悪魔とでも形容しようか・・・とにかく、私はその場で戦慄した。
「い・・・いや・・・こわい・・こない、で・・・・・」
やっとの思いで出た言葉は、紡ぐのに精いっぱいで、抵抗の意思を含めることなど出来なかった。

「ハハッ!うっせえんだよガキ。テメェは今から俺達のモンだよ!」
「早くしろ、とっととずらかるぞ。サツが乗り込んでくる可能性もある。」
「はいよ。ほら、こっちこい!!」
腕を掴まれた。大人の男の力はとても強く、私にはまるで万力か何かのように感じられた。
私の身体はいとも簡単に引っ張られ、男に拘束された。
大人数の見たこともない大人が私を見下ろしている・・・それだけで私を竦みあがらせるには十分だったが、なによりもその怪力が私を震え上がらせた。
抵抗など出来はしない――3歳の私でも悟るのに時間は要らなかった。
「いや・・・はなして・・・こわいよぅ・・・こわぃ・・・いやぁ・・・!」
「うるせえってんだよ!!」
一人が私の頭を殴り飛ばす。激痛が走り、呻く。
その悲鳴すら気に入らなかったのか、男はさらに私を殴る。
「ひっ・・・ぎ・・・い・・・やぁ・・・・!」
「ハハッ!おらおら!黙れって言ってんだよ!!」
ガン、ガン、ガン。
意識が朦朧とするほどに殴られ、やがて鳴き声を上げる事すらできないほどの激痛に襲われ、気がつけば私は黒塗りの車の中に連れていかれ、そのまま気絶した。

後で調べて分かったことだが、私の両親は酷い借金を抱えていて、そういう方面の輩から返済を迫られていたようだ。

私を連れていった彼等は紛れもなく、金融業者の荒事専門の者たちだったのだ・・・。

「ファーストコンタクト」

第三章 奴隷



気が付いたのは、彼等のアジトについてからだった。
両手を縄で縛られたまま、頭から水をかけられ、意識が戻った。

「ん・・・ふぅ・・・つめたぃよぅ・・・」

ぎりぎりと縄が食い込み、小さな痛みを与え続ける。
髪の毛はぐっしょりと濡れ、気に入っていた白のワンピースも濡れてしまっていた。

「お、起きたぜ。おい!起きたぞ!!」
「ヘヘッ・・・よーやくか。おい、こら。ガキ。」
足で私の腹部を何度も蹴飛ばされる。
痛みに顔をゆがめ、せき込む。
「ぅ・・・うぅ・・・」「えほっ・・・げほげほっ・・・うぅ・・・」

「呻いてんじゃねえよ、うざってえな。おい、テメェ名前はなんてんだよ。あぁ?」
答える事など出来る筈もない。蹴り飛ばされたお腹の痛みと、どこにいるのかすら分からない不安で私は震えるのが精一杯だった。
「ここ・・・どこ・・・おうち・・・・おうちは・・・・?」
言い切る前に、頭を踏みつけられ、派手な音を立て床に叩きつけられた。
「ん・・!いたぃ・・・!!」
「痛いじゃねえんだよ。あぁ?テメェの名前を聞いてんだよ!!」
「まま・・・・こわいよ・・・ぱぱ・・・たすけて・・・」
「チッ・・・この役立たず。答えろよ・・・・っ!!」
再び腹部を蹴られる。先ほどのよりも強烈な一撃だ。
「おぇっ・・・え・・・げふっ・・・・おぇぇぇぇっ・・・!!」
「うわっ!こいつ・・・きったねえ、吐きやがった。」
「掃除はテメェでしろ。それから調べたんだが、こいつは戸籍もねえ。」
「じゃあ名前は?わかんねえのかよ。チッ。でもこいつ答えそうにねえんだよな・・・・。」
「馬鹿野郎、聞き方が悪いんだよ。」

何かを話しているが、それどころではない。
激痛が体を走り、もはや呻くことすらできない。
ただ目の前の恐怖と、腹部を襲う痛みに耐えるので限界だ。
「じゃあどうすんだよ。テメェが聞けよ。」
「おまえは下がってろ。おい、嬢ちゃん。嬢ちゃん名前は?」
一人の男が屈みこみ、私の顔を覗き込む。
だが私はうつ伏せで床に伸びているため、顔は見えなかったのだろう。
男は髪の毛を掴み私の頭をぐい、と持ち上げる。
頭にも痛みが襲い、苦痛に悲鳴を上げる。
「いっ・・・いたいよ・・!!やだ・・・!!はなしてぇ・・・・!」
パン、と乾いた音が鳴り、私の頬がはたかれる。
「聞いてんだろ。嬢ちゃんの名前は?」
顔を掴まれ、正面から覗き込まれる。涙でぐしょぐしょの顔をのぞき込まれるが、度重なる痛みと恐怖で支配された私は、質問に答える事が出来なかった。
「あ・・・ぁ・・・ぇ・・・・・。」
「嬢ちゃんの名前は?名前だよ。言ってみな。」
「・・・・り・・り。」
「リリ?リリだな。いいか、リリ。今日からテメェは俺達の奴隷だ。」
「ど・・れ・・・?いや・・・おうちにかえる・・・おうち・・」
再び頬を殴られ、私の発言はかき消された。
「オウチにはもう戻れねんだよ。恨むならテメェの両親を恨みな。ヘヘッ・・・。」


言い表せないような恐ろしさ、絶望が私の心を埋め尽くす。
この人たちは何なのか。私はこれからどうなるのか。
家に帰りたい。痛いのはいやだ――。

しかし、そんな私の全てを踏みにじり、彼等はその日から、私を奴隷として扱ったのだった。


その日、私の両目の間に、深い深い傷が刻み込まれた。
目と目の間にナイフをつきいれ、引き裂いたのだ。
どうやらこれが、奴隷のしるしらしい。


痛みに耐えるのと、自分がひどく汚れた存在に成り下がったのだと思い知った事とで、その晩は泣き続けたのを覚えている。

「ファーストコンタクト」

第四章 歪んだ世界


「おい、リリ!早く持ってこい!!」
「零したらブッ飛ばすからな!はははは!」
私は彼等のアジトで、奴隷として働かされていた。
とはいえ、三歳の少女である私にできる事など限られていた。
料理を運んだり、洗濯物を運ばされたり。
首輪をつけられ、気に入らない事があれば年中暴力を振るわれ、鎖で首を絞められる。

「は・・・はい・・・・。」
慣れない敬語で喋らされ、朝食のスープを運ぶ。
五人分のスープが乗った盆を、非力な幼女が運べるはずもないというのに。
それでも私は、溢さないように一生懸命運んだ。
だが、その努力はかならず苦労に終わるのだ。なぜなら――

「おーっと!足が滑ったなぁ!!」
「きゃっ・・・!」
一人が私の足をひっかけて転ばせたのだ。当然、スープは零れ罵声が飛び交う。
「なにやってんだよ!!」「へたくそ!!役立たず!!」
「お仕置きが必要か?ハハハ!」
朝は決まって暴力を振るわれた。
テーブルの上に押さえつけられ、熱いスープをかけられたり
剥き出しになった腹部や胸部をボコボコに殴られたり
とにかくひどい目にあわされる。これは私がどう頑張ろうとも抗えないのだ。
なぜなら、必ず邪魔が入るからだ。
つまるところ、彼等は私に暴力をふるいたいだけだった。
朝食用のスープはきちんと、私が運ぶのとは別に用意されているのだから。
わざと失敗させ、貶めるのを楽しんでいたのだ。

昼になると、洗濯物と掃除をさせられた。
これもたいてい、足をかけられたり、突き飛ばされたりで邪魔が入る。
当然、その後にお仕置きが待っている。
仕事がない日の昼間は酷かった。
全員でよってたかって私を殴り、蹴る。髪の毛を掴み床にたたきつける。
鎖で首を絞められ、そのまま死なない程度に吊るされたりした。
暴虐の限りを尽くされたが、なによりもひどかったのは夜だった。

夜になると、私は仕事が終わった後に地下に連れて行かれる。
そこで待っているのは、言葉では表せないような拷問だった。
正確にいえば、私には吐く物などないので、ただの折檻だが。

「ははははは!どうした?もう気絶したのか。おら、起きろ!!」
鎖で両手を繋がれ、天井からぶら下げられた私に、容赦なく鞭が振るわれる。
今でも思い出すことがある、あの音。
パシン、パシン、と体中に激痛が走る。
それに飽きると、針やピンで体を貫かれ、バーナーや煙草で皮膚を焼かれたりもした。

玩具(おもちゃ)とでも言おうか。
私は彼等の好きなよう虐げられ、飽きるまで毎晩拷問を受け続けた。

そんなある日。
私は風呂場を掃除していた。
毎晩のように体を痛めつけられ、食事もろくにとらせて貰えず、身体はかなり衰弱していたが、それでもなんとか意識を保った。
気絶すれば、また好き放題痛めつけられるからだ。
なんとか暴力を避けるために、私は失敗しないですむ方法を考えていた。
この風呂掃除なら、なんとか失敗の手は入らなかった。
ちょうど時刻が夕方で、彼等も仕事やらなにやらで構っている暇がなかったからだろう。
この時間と、拷問まがいの暴力が終わった夜のひと時だけ、私は心を許せた。

広い風呂場を一人で掃除するのは骨が折れたが、それでも暴力を振るわれるよりマシだった。
しばらくして、一人の男が風呂場に入ってきた。
なんだろう、と思い振り返ると、いきなり体を押し倒された。
意味も分からず悲鳴すら上げられずにいると、男はズボンを脱ぎ始めた。

――凌辱、まさにその二文字があらわす通りの事をされた。
暴力ではない、しかし・・・それ以上に私は精神から来る酷いダメージを受け
もはや心が枯死してしまうのではないかと思われた。

流れる血、激痛が走る。
男は息を荒くし、腰を振っていた。
私にはわからなかった。ただ怖かった。

はじめての痛み、そして言い知れぬ不安・・・度重なるどんな暴力よりも、たった一度、その風呂場で起きたことが、当時の私を恐怖で支配した。
しかし何より・・・私が絶望したのは、その男が手に持っていたものを見てからだった。
「これ、なんだかわかるか?はは、そうだよ。お前の持ってた――」
「・・え・・いや・・かえしてぇ・・・かえしてぇ!!」
人形だった。私が大事にしていた、親からもらった唯一の物。
二歳の誕生日に貰った、掛け替えのない友達。

だが、暴れる私を押さえつけて、
男はその人形を私の中に突き刺した。何度も何度も。

血と精液でぐちょぐちょになったそれを私に見せつけ、尚も。

男は笑っていた。



――男は最後、こう言い残して風呂場を出て行った。

「知ってるか、リリ。お前のママとパパはな。お前を一人残して逃げたんだよ。」
「借金が払えねえからな。お前の事は嫌いだったのさ。はははは!!」
「こんな汚ェガキ、誰も好くはずねえけどな!親もおなじさ。お前のことなんて嫌いだったから、二人で家から逃げ出したんだよ!!留守番しろって、嘘をついてなwww」




――理解できなかった。
大事な、大事な人形をこんな風にされ、自身もひどい目にあわされ。
絶えずふるわれる暴力、理不尽な命令・・・・。


すべてが限界だった。
絶望、とはまさにこのことを言うのだと。
私はその時、悟った。

「ファーストコンタクト」

第五章 破壊



半年がたった、ある日。
地獄のような日々が続き、奴隷は私以外にも四人ほど出来、彼等は益々ひどい仕打ちをしてきた。

その日もまた、朝から怒鳴り散らされ、昼まで暴力を振るわれていた。
しかしその頃になると、もはや私の心は完全に枯死し、痛みを痛みと感じられないような程に衰弱しきっていた。

私が死のうが関係がないのだ。どうせ、また新しい奴隷をつれてくればいいのだから。
後から分かったことだが、私の前にも数人、奴隷はいたらしい。
今考えれば、あの拷問部屋には白骨化した遺体があったような気がする。

夜になり、久しぶりにアジトの外に連れ出された。
どうやら今日は何かあるらしい。私は何も知らされていないが。

しばらく車で走ると、港の近くの倉庫に着いた。
辺りは暗く、人は誰もいなかったのを覚えている。
大きな倉庫で、おそらく貿易か何かに使うのだろう。かなりの人数が中にはいれるようになっていた。

中に入ったとき、私の目に飛び込んできたのは
「うわああああ!!たすけてぇぇっぇぇぇえぇぇぇえ!!!」
「いやだ・・・しにたくない・・・しにたくない・・・・!」
二人の男だった。両手を縛られ、地面に伏している。
しきりに声を上げ、助けを求めているが、彼等の背後には三人の男がいて、一人は撮影用の巨大なカメラを持っていたのを記憶している。
なんだろう。当時の私にはさっぱり理解ができなかった。
興味すら湧かなかったのが事実だ。なぜなら私は、はやくアジトに帰って寝床につきたかったから。
この時間なら、もう夜の拷問はないだろう。早くアジトに帰って眠りたい。
その一心だった。

だが、そこで告げられた言葉は想像を絶するものだった。

「おい、リリ。今からこいつらを殺せ。」
「え・・・・?」
「え、じゃねえんだよ。殺せ。これで殴り殺せ。」
手渡されたのは一本のバット。子供の私には重かったが、それ以上に彼等が何を言っているのか意味が分からなかった。
「早くしろ。とっとと殺せ!」
殺せ、殺せ。彼等はそう怒鳴っている。
カメラの人はけらけら笑いながら私を映している。
これはなんだろう・・・何をさせたいんだろう。
殺すことなんて、出来るはずない。そんなこと、絶対に出来ないに決まっている。
「い・・いやです。むり・・です。」
蹴られる。もう何度も何度も味わった痛み。
「殺せ。」「い・・・いや・・。」
頭を小突かれる。もういやだ。限界だ。
殺さなければ、もっともっと痛い目にあう。でも、殺すのは嫌だ。
倒れた二人が、私を見据える。
その瞳を、今でも私は忘れない。怯えや恐怖ではない
そこにあったのは、絶望。ちょうど、私と似ているなと思った。

――いまここで、彼等を殺してあげれば。
もう、彼等がこれ以上苦しむことはないのだ。
後ろでは、相変わらず笑い声が聞こえる。

何が面白いんだ。こんなことをして。人を貶めて。
命を奪わせようなんて。何が、この男たちを喜ばせているんだ。
怒りが、芽生えた。


私は、その時。自らが暴力を振るわれるのと引き換えに。

「・・・・・あ・・・あ・ああ・あ・あ・あ・あああああああああ!!!!」

―――彼等の命を、奪った。

何度も何度も叩いた。
殴った。潰した。ひしゃげていく。気にしないで殴る。壊す。
彼等を狂気の連中から救い、自らも生き残るために・・・・


十分もたたないうちに、私は血まみれのバットを放り、そのまま地面に伏した。

縛られた二人は死に絶え、倉庫の中には笑い声が響いていた。

もはや、私には何も残されていなかった。
血に染まった両手を見、自分が何をしたのかを理解していくうちに、再び心を絶望が支配していく。
殺した。殺したのだ。自分が、二人を、この手で、この手で、

笑い声は止まない。いつもとおなじように、私を馬鹿にしてけらけらと笑っている。
許せなかった。はじめて怒りが芽生えた。連中を殺してやりたいと、同じ目にあわせてやりたいと、そう思った。

だがそれ以上に、自分がしたことに対する罪悪感と絶望が、私をぼろぼろに蝕んでいた。



しかし、その時。
異変が起きた。

その時の事は、忘れない。そう、忘れない。


彼等とは別の、聞いたこの無い


甲高い 大きな 嘲笑が  


確かに聞こえた

「ファーストコンタクト」

第六章 ファーストコンタクト


その声はまるで――地獄の中で鳴り響く、清廉な鐘の音のように

嘲笑が聞こえる。
それは私の持ち主達の物ではない・・・聞いたこの無いような、甲高い声。

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」

「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」

「――おい、なんだ・・・?」
「だ・・だれだよ、うっせえな!笑ってんじゃねえよ!」
「ばか、ちげえよ・・・俺らじゃねえ。」
「じゃ・・・じゃあ・・・誰だよ。」

だが確かに聞こえる。派手な声で笑う男の声が。
私はその声に・・・妙に惹かれていた。
なんだろう、聞いたことのない、姿の見えない・・・でも、確かに聞こえる。

この声は、誰のものだろう―――?


その瞬間

赤いものが、視界を覆った。

ん?なんだろう・・・・目が、赤くなっちゃったのかな・・・?

手で擦ってみると、視界は元に戻るが、かわりに腕にはべっとりと鮮血が付着していた。
あれ、おかしい。先程の二人を殺したときとは違う血・・・?

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
「お・・おま、首・・・!!」
「え?」

ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!

盛大な音共に、私の背後にいたカメラマンが、首から上を真っ二つに切り裂かれ倒れ込んだ。
否・・・手で首を捻って確認しようとして、「首を取り落とした」。

「う・・・うわあああああ!!」
「な・・・なんだ!!なんだこのやろう!!!」
「だれかいやがる!!誰かいやがるぞ!!」

一人事態の飲み込めない私。
何が起きていおるのかわからない。血が飛んできたと思ったら、いつのまにか横にカメラを持った人が倒れている。
悲鳴すら上げらずに、私はただ戦慄した。
「え・・・なに・・・なに・・・?」

「くそ!!どっから入ってきやがった!!」
「チャカはどこだ!!チャカをだs・・・ぎゃああああああ!!!」
「うわあああ!!まただ!!ライルが切られたぞ!!」

再び、連中のうちの一人の首が真っ二つになる。
飛び散る血液、耳をつんざく悲鳴。

「どこだ!!でてきやがれ!!」
「よせ馬鹿!!早く逃げろ!!」「車に戻るぞ!!」
あわてた連中が私を置いて逃げようとする。
待って、いかないで!!だが立ち上がろうにも腰が抜けて動けない。
嘲笑は、まだ続いている。
「ぎゃああああああああああああああああああーーーー!!!」
また一人。銃を取り出した男の腕が吹き飛んだ。
「もうだめだ!!みんなやられる!!のろいだ!!」
「ひぃぃ!!逃げろ!逃げろぉぉぉ!!」

無茶苦茶に走りだす男たち。しかし―――それは急に襲ってきた。
ドン!と音を立て男たちの前に「何か」が立ちふさがった。

倉庫の暗いライトが付き、ようやく視界が開ける。どうやら誰かが電気をつけたようだ。

銀色。私の目に先ず入ってきたのは、銀色のコートだった。
そして・・・赤い血がべっとりと付着した巨大な――

「ひいいいいいいいい!!!」
「こいつだ!!撃てぇぇぇぇ!!」
「あ・・あ・ああ・・・ああああああ!!!」

刀。目で追えないスピードで振るわれるソレが

「ぎゃあああああああああああああああ!!」
「ひっ・・・うわあああああああああああああああ!!」

逃げ出そうとした男たちを切り刻む。鮮血が走り、倉庫の壁を真っ赤に染めた。

「くそ!!くそくそくそ!!なんでだよ!!なんでこんなことに!」
ビデオの撮影をしていた連中は逃げ出そうと逆方向にはしる。だが。

その銀色の男は、私の視界を素早く走り抜け、逃げる男たちの前に立ち塞がり

「ぐ・・・ぐぼぉぉぉえぇぇぇぇぇっ!!」
真紅の刀を振るい、一瞬のうちに男たちをバラバラにしてしまった。

虐殺
その言葉でしか表せない。倉庫にいる男たちを、次々と血祭りに上げていく。

悲鳴と怒声が混じり、その中でも

あの「嘲笑」は、やはり聞こえていた。



まるで、地獄に流れるラブ・ソングのように、ひどく場違いな高笑いが、暗い倉庫に響いた。

「ファーストコンタクト」

第七章 狂気の終焉



数分後、倉庫の中は再び暗くなっていた。
電気系統を全て破壊され、そこにはもう何もなかった。

そう、私と「彼」を除いて。

嘲笑はいつの間にか止んでいた。
彼が虐殺を終えると同時に、笑い声も止まった。
その場にいた大人の連中は全て原形をとどめぬほどに切り裂かれ、地面には血だまりが山のようにできていた。
ブラッド・バス・・・まさにその通りだった。

暗闇の中で、私が覚えていることは少ない。
ただ・・・その時、私は確かに思った。
「終わった」のだと。すべてが、終焉を迎えた事を、察した。

コト・・・コト・・・コト・・・・
暗闇の中で、誰かが歩く音が近づいてくる。
それは漆黒の中で確かに鳴り響き、体の奥底にまで聞こえてくる。
コト・・・・コト・・・・コト・・・・・

やがて、暗闇にも目が慣れ――「彼」が視界に現れた。

「よう。元気かァ?んふふふー。ああ俺?さいっこうの気分だぜ。」
「なんたってよォ、おもしれーぐらいズバズバ斬れるんだもんよォ?ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

――鳥肌が立った。先ほどの嘲笑の正体はやはりこの男だったのだ。

この男が、あの笑い声を上げ・・・皆殺しにした。
普通なら戦慄するだろう。目の前に狂気の殺戮者がいるのだから。
だが、しかし。
私はその時、恐怖など微塵も感じていなかった。

先程までの怒りを忘れ
度重なる暴力で傷んだ体のあちこちの痛みすら忘れ

ただ、その光景に見入っていたのだ。
この男がだれかはわからない。でも・・・私を救ってくれた。
地獄のような連中から・・・私を助けてくれた。
私の王子。私だけの王子様。

私の眼には、彼がヒーローに映った。


私は人を殺した。自分がいたぶられるのを避けるために。
逆らえば後でどんな仕打ちを受けるかわからないから、目の前にいる縛られた二人をバッドで殴り殺した。
冷静に考えれば、「彼」のやったことも、私と一緒で最低の事だ。
他人の命を奪う、この世で最もいけない行為。

しかしそんな事はどうでもよかった。ただその時の私は・・・・

「・・・・たす、け、て・・・たすけ、て、くだ・・さい・・・・。」

・・・・血まみれの銀色のコートに、すがりついたのだった。



それが私が「彼」と出会った最初の時の事。

地獄の日々の、終りを告げたのは

狂気の嘲笑と、大虐殺だった。

「ファーストコンタクト」

終章 罪


それから私は、彼と一緒に過ごした。

あの晩、私を奴隷としていた連中が全員殺され、行き場もなくなった。
そんな私を、彼はなぜか、傍に置いてくれたのだ。
名前も貰った。リリではない、新しい名前。

そして、鬼の面。顔の上半分だけを隠せる、特殊な鬼の面を、私は与えられた。
名前を変え、傷を隠し
奴隷であった時の私を捨て、私は新しい私となった。


私も、何故だかはわからないが、彼のもとにいたいと、強く願った。
あの圧倒的な力 私を地獄から救ってくれた雄姿 そして 嘲笑

魅せられていた。深く深く、傷ついた私の心に、一筋の光がさしたようだった。

枯死したと思っていた、もう何もないのだと諦めていた

そんな私に彼は見せてくれた――絶望を打ち破る、最強の力を。



彼は、名を「シン」と名乗った。 

「ファーストコンタクト」

終章 エピローグ


「ごっちそうさん!!」

大きな声でレイブンがそう言うのを聞いて、はっと我に帰る。
また思い出していた。あの時の事を。
もう忘れてしまいたいのに・・・やはり、それは出来ないのだ。
なにより、シン様との初めての出会いはあそこだったのだから、前後の記憶ぐらいきちんと保存しておきたい。
だが、今思い出しても・・・辛くなる。本当に、地獄のような日々だった。

あそこから救ってくれたシン様には、いくら感謝をしてもし切れないだろう。
本人曰く、あの時は私の絶叫を聞いて、面白そうだから倉庫に侵入したらしい。
結果的に、それが私を救うことになったのだが。
誰が何と言うと構うまい。あの方は私のスーパーマンだ。

生涯、命をかけてあの方に尽くそう。
どんな些細なことでも、あの方が命じる事は確実に成し遂げて見せよう。

「全部食べてくださってんですか?ふふ。残してもよかったんですよ?」
「馬鹿!ぐろりんの飯は最高なんだぜ?残すわけねえじゃねえか!」
「ふふ。ありがたいお言葉です、レイブン。でもレイブンが残した食事なら、私がきちんと食べてあげますからね?」
「う・・・な、何言ってんだ!馬鹿!」
「ふふふ。今日のレイブンは、なんだかとても可愛らしいですよ。」
「おい、そりゃどういうこった?いつものアタシは可愛くねえってか!」
「いえいえ、そう言う事ではないですよ。今日は特別、可愛らしいという事です。」
「・・・フン、アタシは部屋に戻るぜ、じゃーな!」
顔を赤くして食堂を出ていくレイブンを見送る。

今は、愛しい人が出来た。
シン様とはまた、別に。心から愛情を捧げたいと思える人が、出来た。


誰もいなくなった食堂で、面を外す。
指で触れると、そこにはあの時の傷がある。
消して消えはしない、両目の間に深く刻まれた、切り傷。

まるで私に、過去を忘れさせないかのように、深く、深く刻まれている。

だが今は、これが誇りでもある。
私はあそこから生き残り、生還したのだ。
レイブンはこの傷を受け止めてくれて、きれいだと言ってくれた。
シン様は・・・・きっと、初めて見た時の思い出として覚えておいてくれているだろう。


――私は生まれ変わったのだ。

弱く、一人ぼっちの奴隷だった「リリ」ではない

シン様からもらった、新しい名前。

私の名前は、グロリア。



―――そっと、鬼の面をつけた。