違う世界にいる姉貴


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1/7

 「おい! ユメタ! 逃げるな!」
やべっ!逃げろ……!
俺はいつものようにこっそり──いや、大胆に学校から走って逃げた。じっとなんてしていられる性分ではないから学校は嫌いだ。
校舎からに先生の怒鳴り声が飛んでくるが、いつものことなのでまったく気にならない。
むしろ追いかけてこないことがつまらなかった。
俺は走りながら脱走したことによる興奮と、固っ苦しい授業から離れた開放感で、胸を躍らせた。
そのまま、いつも使う自転車に乗り、力任せにこぐ。
風を切る音を聞きながら大きな道に出ると、今日はどこへ行こうか、なんて、自由な想像を膨らませる。
昨日は山に登ったけど、あまりにもきつかったから、今日は海にでも向かってみようか。
そんなことを考えながらゆっくりチャリをこいでいた。だが、平和もつかの間、早速追手が現れた。
公道の制限速度を余裕で無視した黒いリムジンが、何台も後ろから迫ってくる。
今日はいつもより準備が良すぎるだろ……。
俺は道を外れ、小さな道に入り込む。ここの地理は地下に通る下水道までも把握済みだ。
俺は人目につかない道をこぎ続ける。だが、やはり今日は異常だった。
上から風を切り裂く重音が響く。ヘリだ──しかも3台……。改めて日本は平和だなと思う。
俺は重音から逃げるように立ちこぎでスピードを上げるが、すぐにヘリに先を越された。くそっ。
俺は狭い道から更に狭い道に入った。
だが、急に体が軽くなったかと思うと、体が自転車と共に柔らかいスポンジの上に叩きつけられていた。……しまった、落とし穴か。
俺がくやしい表情を浮かべていると、上から誰かがひょこっと顔を出した。
「まさかコンクリートの下に落とし穴は……って思ったでしょ?」
その声からして、上から覗いてるのは姉貴のようだ。
「卑怯だろ。つーか、俺を追うのにどんだけ金かけてんだよ」
「そりゃかけるわよ。今日は特に奮発したわ。」
「えっと……迷惑じゃないのか?」
逆光でよく顔が良く見えないが、姉貴の顔は笑っていたと思う。
「他のSPや執事たちは知らないけど、あたしはそう思わない。寧ろ──」
「「楽しい」」
2人の声が重なった。

2/7

行きなれた喫茶店の扉を開けると、ベルの音が響く。
「やぁ、エリーズ。いらっしゃい」
時間帯もあり、店は空席が目立った。というより、客は1人も居なかった。
「おはよう、マスター。ハム──」
「ハムエッグとコーヒー、ミルクは入れずに砂糖は多め、だろ?」
「ハハッ、いつのまに覚えたんだ?」
「自分でも気付いてるだろ?もう常連だからな」
俺はそのまま、マスターに一番近いカウンターに座る。
「確かに店はガラガラだし、客の顔は覚えやすいか」
「うるさいぞ。はい、コーヒー。ったく、そんな余計なこと言ってたら母ちゃんが泣くぞ」
「どうも。両親は俺が幼い頃に他界してたよ。姉が俺の面倒を見てくれた」
ゆっくりとコーヒーをすする。砂糖の甘味と、それを追いかけるようにコーヒーの苦味が舌をなぞる。
「じゃ、その姉が泣くな。泣き顔見たくないならさっさとコーヒーを飲め」
「姉貴の顔も見れないな。……違う世界にいるんだ」
「そうか、アンタ異世界から来たんだっけ?」
「ああ。だからさ、こっちの世界で何を目標に生きていけばいいのかわからないんだ」
「生きるだけでも十分じゃないか。そのうち見つかるから焦らなくてもいい」
「そんなもんかな。ところでマスター、夢を見ない方法って何か無いか?」
「夢ってのは将来の夢? 寝てる時の夢?」
「後者の方。最近立て続けに夢を見るんだ……」
「夢を見ない方法は分からないが、別に夢を見ることは問題ないんじゃないか?」
「問題なんだよ……。なんせ、ここ最近見る夢は、自分で創り上げる夢じゃなくて、
 まるで過去の記憶を脳が整理しているような感じだ」
「へぇ、いったいどんな過去だ?」
「言いたくない……忘れようと必死に心の底に押し殺した過去だから……」

3/7

俺は学校の鞄を持って自分の部屋から出た。大広間に出ると、姉貴が俺を呼び止めた。
「ユメタ、今日はアンタの18歳の誕生日パーティーがあるから、鬼ごっこやってる暇は無いわ。脱走するんじゃないわよ?」
「へーい。ところで姉貴は今から何すんの? また剣道?」
「剣道じゃない、剣術よ。何回も言ってるじゃない。そうね……とりあえず昨日の内にパーティの準備はしておいたから、
 午前中は剣術の稽古でもするかも」
「剣道と剣術はどう違うんだ?」
「それ何回も説明したじゃない……、いい? 剣道はスポーツで、あたしがやってるのは刀を使ったあたし達の家に伝わる護身術よ。理解できた?」
「なんとなく。つーかさ……」
「何?」
俺は少し恥ずかしい気持ちになったが、思い切って言うことにした。
「お、俺が! 姉貴がピンチの時は絶対護るから、剣術とかしなくてもいいよ」 
俺は顔から火が出そうなセリフを吐いたと自分でも思う。けど、姉貴は少し微笑んで、俺を抱きしめてくれた。
「ありがとう。アンタのその優しいトコ、あたしは好きよ」
「お、おう! 俺も……だ」
ゆっくりと腕が解かれると、姉の顔は柔らかい表情を浮かべていた。
「ほら、学校遅刻するわよ。玄関にいきなさい」
「おう! 行ってくる!」
俺はうれし恥ずかしい気分で玄関に向かった。車で登校するための用意がされていたが、今日はそんな気分じゃなかった。
「ユメタ様、さっそく車の方に──」
「いや、今日は自転車で行く」
「しかし、体がお疲れになるかと」
「関係ない。じゃ!」
その勢いで俺は自分のチャリを置いている場所に向かい、鼻歌気分で自転車に乗った。
確かな家族愛の証明。愛されていることの実感。俺は風を切る音と共に直線を左に曲がり、勢いよく下り坂を走った。
ふと、突き当りの交差点のカーブミラーにトラックが見える。
「っと、ブレーキ──」
ブレーキのレバーを引いても、自転車は止まらなかった。そのまま下り坂でついた勢いで交差点に入る。
そして、横から重たい衝撃。目の前が黒くなった。

4/7

「どうしたエリーズ? 顔が暗いが」
「ああ、夢でちょっとね……」
やはり、ここ最近の夢は、過去の出来事を整理しているようだ。時系列に記憶が夢として出て来る。寝ることに疲労を感じるようになった。
「もしかしたらストレスの一種なんじゃないか? 話したら楽になるかもしれん」
「本当か? ……なら……ちょっと話してみようか」

「なるほど、アンタは元々、いいとこのボンボンで、ある日突然事故に遭ったと」
「要約するとそんな感じ。そして、その事故で俺は植物状態になった」
「植物状態から復活したのか!? 並の人間じゃ……あ」
「そう、俺は能力者。植物状態から1日で意識を取り戻し、2週間で全快した。どうやら生命の危機に遭遇して、眠っていた能力が目覚めたんだと思う」
「となると、ストレスの原因はその事故か?」
「いや、問題はここからなんだけど……。すっかり治って、病院を退院した日から、姉貴の態度が変わったんだ……。

5/7

俺が家に帰ってきた途端、俺は無理矢理姉貴に学校を辞めさせられ、屋敷に軟禁された。そして姉貴は強制的に俺へ剣術を叩き込み始めた。
練習は兵隊の訓練並の練習量だったよ。本当にきつかったな。優しかった姉貴はどこかに消えて、何かにとりつかれた様に、俺に辛く当った。
その日から姉貴の顔から笑顔を見ることは無くなった。無論俺も笑わなくなった。
そして、周りの執事たちも異変を感じた。しかし、家の全ての決定権を握る姉貴は周りの反対を押しのけて、俺を鍛え続けた。
何度か、鍵をかけて部屋に閉じこもって抵抗してみたけど、その扉を突き破って俺を庭に引きずりだした。
訓練中も少しでもサボると、姉貴は手に持った木刀で俺の背中を叩いた。
それが痣になって残るはずなんだが、どうやら能力のせいで、一晩寝ると大体の擦り傷や病気は治っていた。
痣も綺麗に無くなる。そして、また新しい痣ができる。何度も何度も繰り返した──。
確かに訓練のお陰で、戦闘に関する知識や基本的な筋肉、相手との間合いや兵法などは体が覚えた。
しかし、どうしても剣は上手く使えなかったんだ。よっぽど、拳で相手を殴る方が俺には向いていた。
だが、姉貴は俺の提案も無視して、ただひたすら俺に剣術を叩き込んだ。
姉貴は事あるごとに、能力者は生き延びる術を身に付けないといけない、と口ずさんでいた。
おそらくだが……姉貴は俺が能力者だということに気付いていたんだろう。
その時の俺にはまったく理解できず、いつしか、姉貴に対して出る感情が醜い物ばかりになった。

そしてある日俺は夜に家をこっそり抜け出そうとするんだが……」
「どうした?」
「……悪い。これ以上は……話したくない」
「じらしか。そんなもんどこで覚えた」
「じらしじゃない……本当にトラウマなんだ……できることなら忘れたい……」
「……そうか、まぁ、今話しただけでもストレスの解消にはなったんじゃないか?
 その先の夢を見ずに済むといいな」
「そうだといいな」

6/7

計画の決行日が来た。みんなが寝静まった真夜中、俺はゆっくりと部屋の扉を開け、廊下を進んだ。
家の中のセキュリティは万全だった。24時間ずっと防犯カメラがいたるところで作動しており、
登録されて無い顔が映ると自動的に通報されるシステムになっている。
逆を取れば、顔が予め登録されてる俺は、どんなに不自然な行動をしても通報されないのだ。
ゆっくりと玄関の扉を開け、庭に出る。流石に表門から出るのは気が引けたので、裏に回り、裏庭の塀を越えることにした。
あたりは月明かりに照らされていた。
裏庭に着く。理不尽な理由でアホみたいにしごかれる生活からようやく開放される。心躍らせながら塀の窪みに手をかけた瞬間だった。
「ユメタ、待て」
後ろから呼び止める声。その主は分かっていた──奴だ。俺はかけた手を離し、振り返る。
「なんだよ姉貴」
奴は手に見慣れない二本の刀を持っていた。
「逃げるのか?」
「うるせぇ! お前には関係ないだろ!」
「そうか……」
奴は手にしている刀の一つをこっちの足元に投げた。
「能力者は人類を平和に導くことができる……。だが、人類を滅亡させることも容易い……。
 アンタは後者の能力者になる可能性がある。その前にあたしが消す」
そう言い放つと、鞘から刀を抜いた。刀身が月の光を浴びて光る。──初めて見る真剣だった。
「その刀を抜け。あたしを倒したらどこにでも行くがいいわ。だが、その前にあたしがアンタを殺す」
俺はゆっくりと足元の刀を拾い、鞘から抜き取る。木刀とは違い、ズシリと手に重みが伝わる。
俺は一刻も早く、この屋敷から抜け出したかった。奴から教わった動作で、ゆっくりと刀を構える。
「いくぞ!」
奴は勢い良く俺の間合いに入ってくる。俺は的確に右斜め上から斜めに振り切ろうとした。
その刀身を奴の刀が受け止める。
刀ばかりに気をとられ、前蹴りが飛んでくるのを把握できなかった。
そのまま俺の鳩尾にかかとが入る。
「うっ──」
左手で鳩尾を押さえ、一瞬よろめく。その瞬間に奴の刀が下から斬り上げるように飛んでくる。
俺は刀で止めようとした。が、右手のみでは力に耐え切れず、俺の刀は遠くに吹き飛ばされ、地面に刺さった。
俺は焦って距離を取った。刀は奴の後ろ側に刺さっている。取りに行くのは難しいだろう。
奴はゆっくりとした動作で俺に距離を詰めようとしてくる。
もう何がなんだか分からない。俺は苦痛から逃げたいだけ。
なんでこいつから殺されないといけないんだ……!絶対コイツを倒す──。
「うあああああああああああ!」
心の中から出た叫び。俺は叫びながら奴に突っ込む。勝算は無いけど、最後の抵抗だった。
「──死ね」
奴の刀が左斜め上から飛んできた。
「うっせえええええええ!」
本能で、俺は右拳を斬りかかる刀に向けて飛ばした。何を考えていたのか分からない。
けど、そうしないといけない気がした。
俺は刀を右拳で受け止めた。
皮膚はまるで鉄のように固く、刀が擦れるとキリキリと軋んだ音を出す。
俺も奴も、今何が起こっているのか分からなかった。
だが、俺は冷静だった。そのまま左拳を奴の顔に向けて飛ばす。奴は少しよろめく。
それを見て、今度は右拳で顔を殴る。鉄で殴ったかの様に、奴にひどくダメージを与えたようだ。
奴はそのままフラフラとしゃがみこんだ。
その時、何かがはじけた。
俺は戦闘意欲の無い奴の顔を、鉄のような拳で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴った。
拳に血がついていることも気付かずに、狂ったように殴り続けた。
全ての恨みを、全ての苦しみを、奴の顔にぶつけた。

殴るのをやめると、奴の顔は、女の顔とは思えないぐらいに腫れ上がっていた。血だらけだった。
だが、奴の顔は微笑んでいた。
その時、ようやく気付いた。姉貴は鬼の仮面をつけてまで、俺に生きる術を教えた。
仮面を着けている時でも俺を心から愛して、生き延びて欲しいと望んでいた。その姉貴を、俺は殺した。

「姉貴……死ぬなよ……! 嫌だああああああああああああああああ!!」

俺は自分を責める感情に体を任せ、大声で叫んだ。

7/7

小気味良いベルの音が鳴る
「やぁ、いらっしゃい。エリーズ」
「おはようマスター。俺、夢の原因がなんとなく分かった気がする。んで、ようやく、この世界で生きる目的が見つかった」
「おお、よかったな。いったいどんなのだ?」
「まだ言わない。夢の原因も、目的が達成してから言うことにするよ。
 でも、その目的を達成するにはかなりの金額の金が必要なんだと思う。
 だから、俺はこの世界のあちこちを回って、仕事を探して、金を溜めようと思うんだ」
「じゃ、もう会えないって事か……」
「そう。だからお別れのあいさつにと思ってね。でもあちこちを回るわけだから、当然子ここも訪れるよ。
 その時は、いつもの……よろしくね?」
「あいよ。いつでも用意してまってるからな」
「じゃ、またいつか会える日まで」
「じゃあな」
俺は、慣れ親しんだドアを開けて、コーヒーの香りから旅立つように喫茶店を後にした。


あの夢はきっと、ユメタとしての思い出を忘れようとした俺に、姉貴が怒って、夢で俺に思い出させたのかもしれない。
たぶんそうだろう。だがあの時、姉貴が死んだ時、ユメタも一緒に死んだ。俺はもうユメタじゃない。俺はエリーズだ。
だが、俺の姉貴は姉貴しかいない。決して思い出したくない思い出。でも、姉貴が忘れないでと言うなら、俺は姉貴に向かい合っていく。
姉貴の人生も背負う。そう決めたんだ。だから、安心して姉貴が眠れるように、俺はこの世界で一番大きな墓を建てる。
姉貴が恥ずかしくなるほど大きな物を。それが、エリーズとしての俺からできる、姉貴に送る精一杯のありがとうの形だ。

「違う世界にいる姉貴」完