ファーストコンタクト(1-3)


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それは余りにも突然な。
本当に唐突な事件だった。

両親が死んだ。
世間的に見れば、大したことではない。
こんな些細な事件など、世界レベルで見れば毎日の様に起きている物。

だが、しかし。それは当時3歳の私には、まるで世界が崩壊したのも同然の事態だった――。


「ファーストコンタクト」 
第一章:追憶とかつての日々 

プロローグ


「おい、ぐろりん~。飯まだかよォ~・・・。」
今日もレイブンは、地下300mの岩盤にあるPG(パラノイア・グラオザーム)アジトの食堂で、グロリアに昼食をねだっている。
「はいはい、もう少々お待ちくださいね。あと数分で出来ますから。」
ニコリと笑い、いや、鬼の面からは顔の表情など汲み取れないのだが、それでも口元を綻ばせ、楽しげにレイブンに告げる。
「アタシは腹が減ってどうしようもねんだよォ~・・・はーやーくー!」
「もう、駄々をこねても食材を炒める時間は短くなりませんよ?レイブン。」
「チッ、んだよ畜生~。相変わらず固ェな、ぐろりんはァ。」
「ふふ、そうですか?貴女には大分、優しくさせて貰っているつもりですよ。」
「ホントかぁ?ってんなこたぁどーでもいいからさっさと飯だ!飯!」

実際、私は彼女にはこれ以上ないほどに優しく接していると思う。
もちろん、ここが基地の中であることを考慮した上での、話ではあるが。

「はい、出来ましたよ。ゆっくり召し上がれ。」
「うっほぅ!サンキューぐろりん!」

スプーンを手に持ちがつがつと昼食を平らげているその姿からは、彼女が良家の娘であることなど想像もできないだろう。
いや、その前に口調と格好からして、そんな事は考えられないだろう。
なにせ今の彼女は元人格・・・と呼んでいいのかは定かではないが、「白」と呼ばれるお嬢様の人格(それこそ純白のドレスや花の香りが似合うような)ではなく、
漆黒のレザースーツに血と硝煙の匂いをぷんぷんさせている殺人狂の人格「レイブン」なのだから。
彼女の豹変ぷりは尋常ではない。
本人いわく、これは暗示であるそうだが・・・どうなのだろう、私には時々、「白」の時に溜まったストレスや怒りを「レイブン」になった時に20mmガトリング砲と共に周囲にブチ撒けているのではないか、と感じることがある。

――もっとも、そんな彼女ですら、今の私には愛しく感じられてしまうのだが。
いつ頃からそうなったのか、よく思い出せない。
ただ気付いた時には、彼女の瞳、髪の毛、胸、足、輪郭、そして性格・・・その全てが愛しく感じられるようになっていた。

しかし・・・こういう事を考えていると、決まって思い出すことがある。
そう、彼女への思いをいつから実らせていたかは、はっきりと思い出せないというのに・・・


あの頃の情景だけは、いつでも鮮明に思い出すことが出来てしまう。
記憶が私に語りかけるのだ。
「忘れるな」「思い出せ」「おまえは今、どこにいる――」
やめて・・・もう、やめて・・・・・・・。



「うんめぇ!さっすがぐろりん!やっぱ料理はぐろりんに任せりゃ完璧だな!
しっかしなんでなんだろうなァ、アタシが厨房に入ると必ず臨界事故が起きるんだよなァ・・・」

・・・そんな私を余所に、彼女は美味しそうに私の料理を食べている。
かつてこの手で私が何をしたのか
どんな汚いことをしていたのか

彼女は知らない。いや、知らなくても良いのだ。

その表情は幸せそうに、本当に――幸せそうに。

「ファーストコンタクト」

第一章:追憶とかつての日々



その日はとても蒸し暑くて、真っ赤な日の光が路地を照らし、蝉の声が五月蠅い程に聞こえていたのをよく覚えている。

私は当時、まだ3歳だった。
しかしそれでも、その日の事をよく覚えている。
というより、頭から離れないのだ。今もこうして、鮮明に思い出せる。

両親が他界した。
交通事故・・・本当にどこにでもある死亡理由で。
だがしかしそれ故に、あり溢れているのも事実だった。

私は家で留守番をしていた。
今考えれば、三歳の子を一人残し外に出かける両親の不用心さに呆れてしまうが、
両親もそういう事を気にするような人物ではなかった為、仕方がないことだろう。
午前中から遊びに出かけた両親を見送ることも出来ず、目が覚めたのは昼過ぎだった。
朝食すら用意されてはいなかった。
最も、ラップに包まれた朝食を用意しておいたところで、レンジも使えない当時の私が自分一人でそれを食べられた訳もないのだが。

テレビもつけず、二歳の誕生日に買ってもらった人形で遊んでいると、電話が鳴った。
電話は両親が使用しているのを見てどうすれば鳴り止むのか知ってはいたが、
当時の私にとってりんりんと鳴っている電話は恐怖の対象そのもので、
まして一人で家にいる孤独感と相まって電話に出ることなどもっての外だった。

しかし、電話は一向に鳴りやもうとはしない。呆れた事に、留守電をセットしていなかったのだ。
相手も急用なのだろうか、切るつもりはないらしく、ずっとコールを続けている。
部屋の隅で一人おびえていた私だったが、とうとうどうしようもなくなって電話に近づいていく。
生まれて初めて勇気を出したのはその時かもしれない。
私は電話をとり、両親の真似をし、「もしもし・・・。」と囁いてみた。
「お忙しいところ申し訳ございません、○○病院の○○と申しますが――」
どうやら相手は病院の方だそうだ。
しかしそんな事は私にはわからず、電話を初めて持ったこと、それから来る緊張と恐怖、
不安が入り混じった感情で心が押しつぶされそうになるのに耐えるので必死だった。
「――つきましては、急いで当病院の方に向ってくださると――」
わからない。この人は何を伝えようとしているのだろう。
怖い。早く切ってしまいたい。逃げ出したい。誰か助けて・・・・

その時、思っていた事が口に出たのか、私はとっさに言葉を紡いでいた

「ぱぱ・・・まま・・・・。」

その後、どういう経緯でかはわからないが、病院からタクシーが来て私を病院へと連れて行った。
だがやはりそんな事はどうでもよくて、初めて見る知らない大人やタクシーに対する不安で一杯で、
早く両親に会いたい、とそう思っていた。

――結果的に、病院で両親を見ることにはなるのだが。

今思えば、あの電話は両親の事故を伝える病院からの連絡で、
相手も焦っていたのか、電話口の私が子供である事を完全に忘れ業務口調で事を伝えようとしていたのだ。
私があの場であの言葉を呟かなければ、どうなっていたのやら。
とにかく私の言葉で我に返ったのか、家にいるのが私だけだと分かった病院側は、住所を調べ私を迎えに来たと言う訳だった。

今思い出しても、滑稽なものだ。相当に杜撰な管理をしている病院だろう。
まあそれも仕方がない。なにせ当時私が住んでいたのは「そういう」場所だったからだ。


病院で私は戦慄した。
両親が事故で半死状態であること、復帰は望めそうに無い事を聞かされたのだった。

これ以上ない程に泣いたと思う。看護師の青年に慰められながら、私は病院の廊下で慟哭した――。

「ファーストコンタクト」

第二章:崩壊の音


あれから数日がたち、私は身寄りも無い状態で自宅にいた。
こういう場合、施設へ行かせるのが定石なのかもしれないが、当時私が住んでいた場所ではそういうシステムはまだ完備されておらず
それどころか、孤児やホームレスなど当たり前のように街にあふれていた。

私の住んでいた場所・・・地の国から遠く離れた土地、ラドニングル。
小さな村と町が栄え、それらが集まってできた小さな国のようなもの。
しかし他のどの国とも外交を行っておらず、独自の体系でのみ生活を送っているという不思議な地だった。
しかし、自治も完全には敷かれておらず、スラムと言うほどではないが荒れている町や村が多かった。
マフィアが仕切る町では銃声が絶えない日もある・・・そんな場所。

当然、孤児を保護する施設などありはしない。
彼らに待っている道はふたつ。
ひとつは、ストリートチルドレンとして盗みを働き細々と生きていく道。
そしてもうひとつは――思い出したくもない、私が辿った道である。




ドンドンドン!!ドンドンドン!!
扉をたたく大きな音で私は目を覚ました。
もう三日も何も食べていない。当然だ、両親はいないのだから。
冷蔵庫にあったお菓子や、冷え切った残り物はもうみんな食べてしまった。残っているのは冷凍庫に入っている凍ったままの食パンのみ。

しかしそんな私のひもじさを余所に、扉をたたく音はどんどん大きくなる。
私はその音が怖くて布団にくるまり眠ろうとする。だが、ついには怒声まで聞こえてくる。
とても無視できるような範疇ではない。

「おいコラ!!ここ開けろ!!おらぁ!!」
ガン!!ガツン!!
「いるのはわかってんだよ!開けろ!!扉ぶっ壊すぞ!!あん!?」
ガン!!ガンガンガン!!

怒鳴り声と扉をたたく音はどんどん増し、幼い私の心を恐怖のどん底へたたき落とす。
助けてほしい。すがりたい。だが、もう両親はいないのだ・・・。


十分ほどしただろうか。唐突に音がやみ。

次いで

ドォン!!ドォン!!

何かが破裂するような、恐ろしい音が聞こえた。
私は失神し、布団の中で震えるしかなかった。
今思えば、あれはショットガンの銃声で、私の返事がないので彼等は扉を破壊し侵入してきたのだった。

「おら!!どこにいんだ!!」
「出て来い!!隠れてんじゃねえぞ!!」
扉の向こうで聞こえていたはずの声が、どんどん近付いてくる。
本能で察した、彼等は部屋に入ってきたのだと。
逃げなければ。しかし、震えて動けない。
怖い大人達が布団の外にいると思うと、それだけで私は潰されそうなほどに恐怖し、逃げる事など出来る筈もなかった。

「・・・・ここか。」
「へへっ!みーつけたッ!!」
布団ごと私の体は彼等の前に曝け出され、恐怖で震えたままの私は彼等の顔を見上げた。

「へえ、これがあの屑のガキか。」「かわいい顔してんじゃねえか。ん?」
「なあおい、コイツ連れてこうぜ。どーせ身寄りもねえんだからよ!」
「ハハハハハ!いいねえそうすっか!おいガキ!ついてこい!」

見上げた彼等の表情は、群れから離れた哀れな獲物を見つけた肉食動物の「それ」だった。
悪魔とでも形容しようか・・・とにかく、私はその場で戦慄した。
「い・・・いや・・・こわい・・こない、で・・・・・」
やっとの思いで出た言葉は、紡ぐのに精いっぱいで、抵抗の意思を含めることなど出来なかった。

「ハハッ!うっせえんだよガキ。テメェは今から俺達のモンだよ!」
「早くしろ、とっととずらかるぞ。サツが乗り込んでくる可能性もある。」
「はいよ。ほら、こっちこい!!」
腕を掴まれた。大人の男の力はとても強く、私にはまるで万力か何かのように感じられた。
私の身体はいとも簡単に引っ張られ、男に拘束された。
大人数の見たこともない大人が私を見下ろしている・・・それだけで私を竦みあがらせるには十分だったが、なによりもその怪力が私を震え上がらせた。
抵抗など出来はしない――3歳の私でも悟るのに時間は要らなかった。
「いや・・・はなして・・・こわいよぅ・・・こわぃ・・・いやぁ・・・!」
「うるせえってんだよ!!」
一人が私の頭を殴り飛ばす。激痛が走り、呻く。
その悲鳴すら気に入らなかったのか、男はさらに私を殴る。
「ひっ・・・ぎ・・・い・・・やぁ・・・・!」
「ハハッ!おらおら!黙れって言ってんだよ!!」
ガン、ガン、ガン。
意識が朦朧とするほどに殴られ、やがて鳴き声を上げる事すらできないほどの激痛に襲われ、気がつけば私は黒塗りの車の中に連れていかれ、そのまま気絶した。

後で調べて分かったことだが、私の両親は酷い借金を抱えていて、そういう方面の輩から返済を迫られていたようだ。

私を連れていった彼等は紛れもなく、金融業者の荒事専門の者たちだったのだ・・・。

「ファーストコンタクト」

第三章 奴隷



気が付いたのは、彼等のアジトについてからだった。
両手を縄で縛られたまま、頭から水をかけられ、意識が戻った。

「ん・・・ふぅ・・・つめたぃよぅ・・・」

ぎりぎりと縄が食い込み、小さな痛みを与え続ける。
髪の毛はぐっしょりと濡れ、気に入っていた白のワンピースも濡れてしまっていた。

「お、起きたぜ。おい!起きたぞ!!」
「ヘヘッ・・・よーやくか。おい、こら。ガキ。」
足で私の腹部を何度も蹴飛ばされる。
痛みに顔をゆがめ、せき込む。
「ぅ・・・うぅ・・・」「えほっ・・・げほげほっ・・・うぅ・・・」

「呻いてんじゃねえよ、うざってえな。おい、テメェ名前はなんてんだよ。あぁ?」
答える事など出来る筈もない。蹴り飛ばされたお腹の痛みと、どこにいるのかすら分からない不安で私は震えるのが精一杯だった。
「ここ・・・どこ・・・おうち・・・・おうちは・・・・?」
言い切る前に、頭を踏みつけられ、派手な音を立て床に叩きつけられた。
「ん・・!いたぃ・・・!!」
「痛いじゃねえんだよ。あぁ?テメェの名前を聞いてんだよ!!」
「まま・・・・こわいよ・・・ぱぱ・・・たすけて・・・」
「チッ・・・この役立たず。答えろよ・・・・っ!!」
再び腹部を蹴られる。先ほどのよりも強烈な一撃だ。
「おぇっ・・・え・・・げふっ・・・・おぇぇぇぇっ・・・!!」
「うわっ!こいつ・・・きったねえ、吐きやがった。」
「掃除はテメェでしろ。それから調べたんだが、こいつは戸籍もねえ。」
「じゃあ名前は?わかんねえのかよ。チッ。でもこいつ答えそうにねえんだよな・・・・。」
「馬鹿野郎、聞き方が悪いんだよ。」

何かを話しているが、それどころではない。
激痛が体を走り、もはや呻くことすらできない。
ただ目の前の恐怖と、腹部を襲う痛みに耐えるので限界だ。
「じゃあどうすんだよ。テメェが聞けよ。」
「おまえは下がってろ。おい、嬢ちゃん。嬢ちゃん名前は?」
一人の男が屈みこみ、私の顔を覗き込む。
だが私はうつ伏せで床に伸びているため、顔は見えなかったのだろう。
男は髪の毛を掴み私の頭をぐい、と持ち上げる。
頭にも痛みが襲い、苦痛に悲鳴を上げる。
「いっ・・・いたいよ・・!!やだ・・・!!はなしてぇ・・・・!」
パン、と乾いた音が鳴り、私の頬がはたかれる。
「聞いてんだろ。嬢ちゃんの名前は?」
顔を掴まれ、正面から覗き込まれる。涙でぐしょぐしょの顔をのぞき込まれるが、度重なる痛みと恐怖で支配された私は、質問に答える事が出来なかった。
「あ・・・ぁ・・・ぇ・・・・・。」
「嬢ちゃんの名前は?名前だよ。言ってみな。」
「・・・・り・・り。」
「リリ?リリだな。いいか、リリ。今日からテメェは俺達の奴隷だ。」
「ど・・れ・・・?いや・・・おうちにかえる・・・おうち・・」
再び頬を殴られ、私の発言はかき消された。
「オウチにはもう戻れねんだよ。恨むならテメェの両親を恨みな。ヘヘッ・・・。」


言い表せないような恐ろしさ、絶望が私の心を埋め尽くす。
この人たちは何なのか。私はこれからどうなるのか。
家に帰りたい。痛いのはいやだ――。

しかし、そんな私の全てを踏みにじり、彼等はその日から、私を奴隷として扱ったのだった。


その日、私の両目の間に、深い深い傷が刻み込まれた。
目と目の間にナイフをつきいれ、引き裂いたのだ。
どうやらこれが、奴隷のしるしらしい。


痛みに耐えるのと、自分がひどく汚れた存在に成り下がったのだと思い知った事とで、その晩は泣き続けたのを覚えている。

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