THE OLD DAYS(1-3)


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『本当にいくのか、ゲイツ? ここを出れば少尉任官からスタートだ。お前の成績ならば――』
『――学ぶべき時は終わった。今からは、血を流す時だ』

2004年。
中東は、炎に揺れていた。
2001年9月11日の同時多発テロによる、アメリカとイスラムとの文明対立。
そのテロに端を発する、アメリカからのイラクに対する圧力の強化。
イラクによるテロ組織への支援、そして大量破壊兵器の存在を疑ったアメリカ合衆国は、もはや開戦もやむなし、と判断。
アメリカ軍は大規模侵攻作戦『イラクの自由』の裏で、サダム・フセインを『外科手術的に』排除する作戦『夜矢』を発動した。
この任務に、士官学校を中退し、現場で経験を積んでいたゲイツも参加したのだった―――。


≪THE OLD DAYS≫


【イラク共和国・バグダッド】
【March. 18,2004. 23:42(現地時刻)】

≪アルファからHQ、潜入に成功した。ターゲットまでの距離は1.2km≫
≪HQ了解、所定のポイントについて待機せよ≫

「……よし、それでは手順どおりに事を進める。ギャズ、お前はポイントマン。補助にダンが付け。
火力支援はネルソン、お前だ。頼むぞ。通信はコーダ。ソープ、後ろを警戒。ゲイツ、お前は今日のメインだ。バレットを取り落とすなよ」

口ひげを蓄えた、チームの指揮官が作戦を説明する。
彼はキャラガ少佐。米軍特殊部隊「デルタ・フォース」の実戦部門の指揮官である。
作戦は極めてシンプル。イラク首都に潜入してサダムを狙撃、殺害。その後はLZまで徒歩で移動、ヘリで離脱する。
それだけの任務だが、難易度の高さは折り紙つきだ。

首都を警備する革命防衛隊は精鋭。狙撃後の速やかな離脱が求められる、極めてデリケートな作戦。
だが、それを可能にするだけの技術が彼ら――デルタ・フォースには確かにある。
そのデルタフォースの中でも、各分隊のエースを集めた、オールスターチーム。狙撃の腕を買われ、ゲイツはここにいた。

ゲイツに与えられた任務はひとつ。

『一発で、サダムを仕留めろ』。

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【March,19.2004. 00:58(現地時刻)】

「ゲイツ、今日のディナーは何だと思う」
「どうせいつものマズいシチューと固いパンでしょう」
「いや、違うな。俺は信じてる。だって俺たちは、今から悪魔を狙撃して殺すんだ。きっと最高級のディナーで、大統領が手ずからサーブしてくれるさ」
「賭けてもいいです。有り得ない」

サダム私邸から約1.2km、小高い丘の上。草むらに伏せた状態で、ガムを噛みながらグリッグ軍曹が軽口を叩く。
不真面目なように見えるが――その実、彼は海兵隊時代に1.6kmの長距離狙撃を成功させるなど、当代を代表する凄腕のスナイパーである。
そのグリッグが、大一番の任をゲイツに譲ったのは――狙撃手同士にしかわからない、本当に小さな差異によるものだった。

的に当てるだけならば、グリッグは今だに米軍随一だ。
だが、ここ一番、というところでの勝負強さ、凄み、対応力――そういったものは、ゲイツに僅かに劣る。
『老兵は、ただ去るのみ。コイツがいりゃあ、まず大丈夫だ』とは、グリッグ自身の言葉である。


その態勢に入って、すでに一時間。
口以外を微動だにさせず、ゲイツはずっと照準を覗き込んでいた。
サダム私邸、その廊下の窓。たった一つ、狙撃が可能なその地点を、サダムが通りかかるのを待つ。
時間にして、およそ5秒弱。その、僅かな時間に弾丸を送り込む――そんな、針の穴を通すような作戦だった。

使用される狙撃銃は、バレットM82A1。
.50口径の対物狙撃銃であり――最大射程、2.5kmを誇る、ゲイツの相棒。
このライフルを使う彼は、まさに『どこにでも手が届く』魔弾の射手と化すのだ。

その『魔弾の射手』の横で、グリッグは双眼鏡を覗きウォッチャーを務めていた。
じっと、サダム私邸の窓を、注視している。豪奢な作り、防弾であろうガラス。.50口径弾でなければ、貫通は難しいだろう。


周囲では、デルタの隊員たちが油断なく警戒していた。
アサルトライフルを手に持ち、暗視装置を携え、言葉を発することもなく。

この、頼れる仲間たちの布いている、警戒円。この中が、今世界で最も安全な場所だ。
敵対国の、最も警戒が厳しい区域に身をおいていても、ゲイツとグリッグはそう確信していた。

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「……! ゲイツ、目標視認。射撃可能域に入る。3秒前、2秒前……レディ」

グリッグがサダムとその近衛を視認し、速やかにゲイツに伝える。射撃の可能な位置に到達。
瞬間、ゲイツの集中力は最大限まで拡張される。
風の流れが読める。ちりちりとした焦燥を抑え込み、指先と目だけが存在するような感覚。

「オウケイ、オウケイ……そのまま、いい子だ独裁者……」

す、と動きをトレース。
風、コリオリ力、重力、弾道、タイミング、積み重なった経験。
全てのサインが、ゴーサインを出した。必殺、必中を確信して、ゲイツはトリガーを引いた。

「――よくやった、ゲイツ。完璧だ」

轟音と共に、超音速で弾丸が疾駆する。コースは完璧。確実にサダムの胸を破砕できる、と、ゲイツもグリッグも確信したその一撃は――




―――≪当たらねェよ≫

そんな、聞こえるはずのない幻聴。
二人が必殺を確信した弾丸は、どこか狂ったような笑みをその顔に貼りつかせた、サダムの近衛によって『弾かれた』。
弾丸に対してまっすぐに、手を突き出して、くつくつと、肩を震わせる。

通常なら、.50口径ライフル弾の直撃に人間の手が耐えられるはずはない。貫通し、サダムに被害を与えていておかしくない。
だが、見事に弾丸は弾かれていた。誰に被害を与えることもなく――これは、如何なる奇術か。
見れば、サダムが走り出そうとしていた。

「少佐、弾丸が弾かれた。理由はわからないが、目標の殺害は無理だ」

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冷静に状況を伝え、二弾目と三弾目を、正確にサダムの頭部にポイント、発射する。
本来絶無であったはずの、二の太刀と三の太刀。
人一人殺すには、十分すぎる銃弾の数だが、その悉くはあの狂った近衛によって弾かれる。

「弾かれた……!? どういうことだゲイツ、あり得な――くそッ!」

在り得ない、在り得たの話ではない。ゲイツがそう言うのなら、そうなのだ。

「――ケースB。撤退を開始する。LZは予定通り、HQに連絡しろ、ケースBだとな!」

半秒あったか無いかの逡巡の後、キャラガ少佐が指示を出す。その声が、どこか遠くで聞こえるように感じながら――
ゲイツは、未だにスコープから目を離せなかった。
何の冗談だ、これは。一体俺たちは、どこにいる。ここはもしかしてコミックの中か? じゃなければ手の込んだTV番組の仕込みか。

銃弾を弾いた、あの近衛。彼が≪空を飛んで≫こっちに疾走してきている、などと。

「見られた! ヤツが――来るぞ!」

再び引き金を引く。人体をばらばらに引き裂けるだけの破壊力を持った.50口径弾が、まるで通用しない。
少しだけ煩わしそうに手を振ると、わずかに態勢を崩しただけで、いとも簡単に銃弾が弾かれる。

その状況にいち早く気づき、応射を開始できたのは、デルタチームを褒めるべきだろう。
瞬く間に火線が近衛に集中し、なんとか進行を食い止める。

「ゲイツ、急げ! バレットは放棄しろ、走るぞ!」

M21――対人狙撃銃で正確な射撃を叩き込みながら、脇に居たグリッグがゲイツの身体を叩く。

――作戦は失敗した。次の目標は如何に犠牲を出さずに、国に戻るか。
小高い丘を走り抜ける。LZはバグダット郊外、ここから約2.2kmの距離。

当初、サダムの暗殺による混乱に乗じて抜け出す手はずだったその距離は――事ここに至って、最早絶望的なまでの距離だった。

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