It collapsed away.

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≪1:いつものふうけい≫



陽の国の小さな町・オフィーリエ。
今日も、町の大人の声が響く。

「こら!!お前ら悪戯ばかりしやがって!!今日という今日は捕まえてやる!!」

住宅街を走る髭の男。
彼が追う先には、数人の子供達。

琥珀色の髪の、幼い少女は、一団の最後尾で、転びそうになりながらも懸命に走っていた。

「アイリス!!手、出して!!」

少し前を走っていた、金髪の少年が、少女に促す。少女が手を伸ばすと、少年はその手を掴んだ。

「転ぶなよ!?」

「うん!!」

「ギラン!!アイリス!!早くしないと追い付かれちゃうよ!!」

「うん!!急ぐぞ!!」

子供達は、更にスピードをあげて走っていく。

遠くから、男の悔しそうな声が聞こえた。

≪2:ひみつきち≫



住宅街から少し離れた、小高い丘の大きな木の上。
そこには小さな小屋の様な物があった。
子供達の、秘密基地だ。
子供達は、先程ギランが仕掛けた悪戯について話していた。
見振り手振りをつけて話すマット。
ニコニコと笑っている、一番小さなチェシア。
男の子達がやった悪戯を笑いながら聞いているエイミィとエミリィ。
マットの話に突っ込んだり頷いたりしているギラン。
兄の服の裾を掴んでいるアイリスを、トミィがからかい、アイリスが泣きそうな顔になり、ギランがそれを慰める。

それは、いつもと変わらない光景で、その場にいる子供達が、ずっとあると思っていた日々だった。

≪3:おかあさん≫



正午が近くなり、兄妹は一旦家へ帰る事にした。

「お母さんただい……」

ただいま、と言い終わるか言い終わらないかのうちに、ギランの体が浮く。服の首根を持たれたのだ。

「おかえりなさい、ギラン。」

そして、ギランの目の前には、怒りのオーラを発しつつ、爽やかな笑顔を浮かべている母親の顔があった。

「ベッケンバウアーさんが来てるわよー?何でもあんたに話があるって。」

ギランがギクリとする。

「あんた、またベッケンバウアーさんちの庭にねずみ花火撒いたでしょう?」

「ご…ごめんなさい。」

ギランは、ようやく聞き取れるくらいの小さな声で謝る。私じゃなくてあの人に言いなさいよ、と母親が呆れたように言い、ギランを降ろす。


あの人だってあんたが謝ってくれればそれでいいって言っているのよ?と母親はため息をつく。

「……まあ、今回はそれだけじゃないみたいだけど。」

「どういう事?」

「とにかく行ってらっしゃい。」

母親に促されたギランは、渋々、ベッケンバウアー氏の向かう居間へと向かった。

≪4:ふあんなこと≫



ベッケンバウアー氏に謝りに行ったギランは、長い事彼と話をしているようであった。

「……お兄ちゃん達、何の話をしているの?」

しびれをきらしたアイリスが、母親に尋ねる。
能力についてよ、と母親が返す。

「…能力を使う事の重大さについて。」

「……どういう事?」

「貴方達が能力を使う事でカノッサ機関に目をつけられないか、という事よ。」

貴方は隠しているから問題は無いけど……ギランはよく能力を使ってしまうでしょう?と母親は言った。

「だから、心配しているのよ。お父さん達も、町の皆も。」

アイリスは、不安げにうつむいた。
もし、自分の能力も皆にばれてしまったら、と。

「じゃあな、ギラン。あまり悪戯をするんじゃないぞ。」

「じゃあね、ベッケンバウアーさん。」

「……どうもすみませんでした。ほら!!ギランも謝る!!」

「わっ!!何すんだよ母さん!!」

しかし、いつものやりとりで、その不安は忘れてしまった。

≪5:こわれたともだち≫



"その日"、アイリスは母親とアップルパイを焼いていた。
ギランや、友達と一緒に食べる筈だった。

事件が起きたのは二時を過ぎた頃。
突如、数発の銃声と叫び声が聞こえた。

「……おかあさん…」

母親の方を見たアイリスを、母親は、駄目よ、と制する。

「ギランが気になるのは分かるけど今外に出たら……」

バンッ!!

母親が話している最中に家の扉が開いた。父親だった。

「ギランは!?」

「出かけたきり……!!ねえ、何があったの!?」

「機関の奴らだ!!……ギランを狙って……」

両親の話している事は、多少なりとも理解出来た。
しかし、それを一番分からせたのは――


「……エミリィ…マット…エイミィ……チェシア……」


恐らくそれを伝えに行こうとしたのだろう。
外に倒れている傷付いた友人達の姿だった。
そしてその中には、アイリスが密かに想いを抱いていたトミィの姿もあった。

「……うそでしょ…?」

アイリスは、体から力が抜けるのを感じた。

≪6:わたしの、おかあさん≫



アイリスとその家族は、ひとまず家の中で息を潜めている事にした。
ギランが生きている事を信じての行動だった。

アイリスの脳裏には、先程見てしまったトミィの死体が浮かんでいた。
その為か、家の異変にもすぐには気付けなかった。

呼ばれる声でふと我に返ると、辺りには黒い煙と赤い炎が立ち込めていた。
機関が、兄を誘き寄せる為に家に火をつけたのだ。

父親が何か言う声が聞こえるが、足がすくんで動けない。


「アイリス!!」

母親の悲鳴が聞こえる。
はっとして見上げれば、燃え盛る柱の一本が崩れて此方に倒れてくるところだった。

アイリスは、死を覚悟して目を瞑った。


……いつまでたっても衝撃がこない。


うっすらと、目を開けると――




そこには、柱の下敷になりかかった母親の姿があった。

≪7:それは、くずれさった≫



「あ……うぁ、あああ……」

「アイリス……早く、逃げ、なさい……」

母親が苦しそうに言う。
しかし、アイリスは、動く事はおろか、状況を把握する事すら出来なかった。

「おかぁ…さ……かあ、さ……っ、おか……さ……」

目を見開いたまま、血だらけの母を呼び続ける。

「アイリス!!」

父親が駆け寄り、アイリスを抱きかかえる。

「あ、あああ…あ…」

アイリスは、ただ呆然と、母の姿を見ていた。


ガラガラガラッ!!

手近な窓が勢いよく開けられ、炎の勢いが増す。

「アイリス……お前だけでも……!!」

父親が、アイリスを窓から外へと投げるように逃がす。

「お父さん!!お母さん!!」

地面に転がり、アイリスは叫ぶ。

しかし、無情にも、家は炎に包まれ、瞬時に崩れた。

≪8:Side-G.≫



「……何だよ、これ……っ」

小高い丘の大きな木の上の秘密基地に隠れていたギランは、家に戻ってきて呆然とした。

焼け落ちた瓦礫の山。

その前に座り込んで、虚ろな目をしている妹。

「アイリス!!無事だったのか!?なあ!!父さんと母さんは!?」

妹の肩を揺さぶる。

アイリスは、虚ろな目をギランに向けた。

「あなたは…だぁれ…?……アイリスって、わたし……?」

「…おい…何言ってるんだよ……」

俺が分からないのか?とギランは尋ねる。

アイリスは、それには答えず、おうちがやけた、と泣き始めてしまった。
まるで、そこにギランがいないかのように。

「……そんな。」

ギランは、愕然として膝をついた。

(……俺の所為だ……俺の所為でこんな……!!)

そう思った瞬間、少年の心にある決意が浮かんだ。

≪9:さよなら≫



「おい!!君、大丈夫か!?何があったんだ、この町で!!」

不意に声が聞こえた。
見上げると、修道服を着た若い神父が立っている。

「機関が……町を襲ったんだ……能力者の俺を狙って……」

「そうか……君の名は?俺は、カクタス。エメリオで神父をしている。」

「……ギラン。」

「そうか。ギラン、これから君はどうする気だ?」

「機関に、投降する…。これ以上、皆に迷惑をかけられないし……」

そうか、とカクタスはため息をついた。

「なあ…妹を助けてやってよ。」

妹?と呟き、カクタスはアイリスを見る。

「アイリスって言うんだけど……記憶をなくして……」

そうか、と、カクタスは言った。
ギランは、カクタスに、アイリスの事を教えた。電撃を操る能力者な事も、何もかも。

そして、彼に告げた。自分や、オフィーリエの事は決して教えないで欲しい、と。

「じゃあ、俺は行くよ…。妹を頼む。」

「……嗚呼。」

ギランは、機関の人間がいるであろう方向へと歩き始めた。

いつか、機関を抜け、妹を守る、と、その心に誓い。

≪10:エピローグ≫



――それから十年後、とある場所……

機関を抜けた彼は、カンパニーの一員との戦いに敗れ、傷付いた少女を助けた。

彼女の髪は、琥珀色で、電撃を操る能力者で、名前は

アイリス、といった。

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最終更新:2009年11月21日 13:01