名も無き記憶


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助骨が軋む痛さで意識は覚醒し、それと同時に小さな悲鳴を上げた。
顔をあげて辺りを見渡すと一面焼け野原で、色んな人が倒れていく。
赤い花を咲かせる人や、滝のように血を溢れさせる人。
建物が緩やかに倒壊していく様を──はただ見つめていた。
 正面を見れば人が死ぬ様、後ろを振り返れば人が死ぬ様。
……助けを呼ぶこともできず、縋りつくところもなく、ただ死を待つばかりでここにいては助からない。

穴の空いた小さな体に千切れそうな手足を引きずって、比較的無事な教会に避難する。
教会の中はいたって傷ついておらず、誰もいなかった。
教団によるレコンキスタ<領土再征服運動>というのだから教会には手を出さないのだろう。
──は立ち上がって、歩いているつもりなのだろうが、地面に倒れた。
呼吸がうまくできない。
手足が動かない。
目がよく見えない。
頭がぼうとして、何も考えることができない。
教会で死ねるのなら、と少女は思った。
だって、カミサマの下で死ねるのだから。
血みどろの体で、千切れそうな手足を引きずって、この痛みを背負って生きていく世界ならば、死んだほうがましだ、と。

「──ぅ」

小さな悲鳴をあげながらも、地を這いつくばりながらも前へと進む。
神は信仰していないが、全知全能の神なら叫び位は聞いてくれるだろう。この無様な人間の。

「カミサマ、あなたは、何を望んでい、るのです、か」

まともに呼吸ができない体で精いっぱい声を上げる。
なんでもいい、私が生まれながらに罪を背負っているのならば、それも背負います。
懺悔でもいい、私の命はもうすぐ消えるのだから、消えるまでにせめて聞いてほしい。

「──カミサマ、わたしは、あなたが、憎いです」

這いずりながら、気力を振り絞って声を出す。
──は懸命に進んだ。

この体に残るものは主に対する憎悪のみ。
にくい。ニクイ。憎い。
そんな言葉しか頭には思い浮かばず、他の言葉は考えられない。
やっと手に入れた平和な日常。
やっと手に入れた優しい家族。
やっと手に入れた心からのトモダチ。
すべてを奪ったアナタが憎い、同じ世界にいるのならば絶対に許さない。
──でも、カミサマなんて人々の精神の拠り所、在処、最後の楽園。
そんな夢想に憎しみを募らせても、私はどうすればいいのだろう。

「──ごふっ」

主の足を両の腕で掴んだまま──は吐血した。
主の足にかかる赤い血は、虚ろな世界にとてもよく映え、美しかった。
罪を背負って死ぬなんて滑稽だ。
憎しみを抱いたまま死ぬのなんて虚しいだけだ。
……こんなのは、望んでいない。

 もう、よく見えない。
この世界に執着すればするほど、ココロが悲鳴を上げる。
血で染まった口を袖で拭いて、体に力を入れた。
──まだ、過ごしていたい。
  平和な日常を
──まだ、一緒にいたい。
  抱きしめてくれる家族と
──まだ、話していたい。
  心から語り合える友達と。

でも、この世界は歪んでいて、思い通りにはいかなかった。
暗転する世界。
痛みだけが鮮明に主張して。
無垢な心が流した血の意味を、何も知れずまま。



姉様は教えてくれた、泣きたいときは泣いていいものなんだって、姉様だけが教えてくれた。
唯一、血のつながった姉さんが教えてくれて、本当によかった。

「もう死ぬか?」

ふと、声がした。

「お前は終わりか?」

暗転した瞳で、必死に声の元を探したけど、この目では何も見えないのだとわかった。
──は必至に体を動かして声の方向に体を向ける。

「まだ生きていたいなら、世界から逃げればよかったんだ、──は」

あぁ、と心の中で呟く。
もし、願いが叶うのなら、そうしたい。
なんでそんなことに気がつかなかったんだろう、簡単なことなのに。
──大切な物を守りたいだけなのに、わかってくれなかった。
小さく微笑んで、体の力を抜いた。
ゆるやかに憎しみや想いなどどうでもよくなってくる。

体が浮く感覚もどうでもいいや、と



~記憶の一時的昏倒


ふと目を覚ますと、見慣れないところに寝ていた。
窓からは心地よい風が吹いて、程よく潮風の香りがする。
賑やかな喧騒がメロディーのように奏でられていて、今まで自分がいたところではないとよくわかった。

「起きたか」

見計らったように男の人が入ってきた。
掠れた視界に移るのは、パンと水、コンソメの匂いがするのでスープもあるのだろう。
食欲をそそる視覚的刺激と匂いで、お腹が小さくなった。

「食べるといい」

その言葉を聞きたかったといわんばかりに、私は手を伸ばした。
パンは香ばしくて、外はぱりぱりなのに中はもちもちとしてて、お水はとても澄んでいる。
スープは体の芯から温めてくれるようで、知らず知らずに涙を流しながら食べていた。
男の人も優しく微笑んだままで、よく見えない目を合わせると嬉しそうに頷いてくれる。

「……うぅっ、ひぐっ」

私は小さく嗚咽を漏らしてしまった。こんなに温かいのは久しぶりで、忘れていたような気がしたから。
男の人はそんな私を優しく抱きしめてくれた。お母さんや姉様のようにふわふわでいい匂いはしないけど、ぶっきらぼうでも優しく包んでくれた。
甘えるように私は泣いてしまった。
どのくらい泣いたのかもわからなくて、気がついたら部屋が夕日色に染まっていた。

「体がよくなったら、外を見て回るといい。ここは何よりもきれいだから」

ちょうど涙を拭いたときにそう言われた。
優しく微笑んだままの男の人は、ちいさく私の頭を撫でて出て行った。



    澄んだ音がした。
石が落ちるというよりも、もっと軽くて高貴な音。
二人は息を止めて、音の出所を見つめた。
そこには、小さくもキラキラと輝く宝石が落ちている。
挫けそうになるほど練習して、何度も失敗して成功した初めての成果。
自分が持つ何かを使えるようになったのだ。

「やったーーー!!」

男が飛び上がって歓喜を上げる。

「できましたわーー!!」

つられて少女も声を上げた。
地面に落ちた宝石を手にとって、二人で喜んだ。
その喜びは永い間忘れていた気持ちを呼び起こすような気がして、とても嬉しかった。
それだけ思いを募らせて、努力した証しだったのだから。

その後、二人でその宝石を質屋に売り、その日の晩御飯がいつになく豪華にだったのは言うまでもない。



私は養子という設定でこの街に住んでいる。
私を引き取った男の人は2年間という条件で一緒に生活してくれた。
この前にやっと私の力が発現したということは、今までいた世界とは違う世界に身を置くことになる。
私もそれは重々理解していたし、私を引き取ってくれた──もそれが条件の一つだといっていた。
この2年間、本当に様々な事を学んだ。
生活術、社交術、最低限の医術、言葉遣いに身の振り方。それにいずれ必要になる戦闘術も。けど戦闘術は──(男の名)譲りなので見る人が見たら一発で分かるらしい。
2年前のことで私の記憶が中途半端に違う世界に置き去りになっていることはわかっているし、取り戻そうとも思わない。

「今までお世話になりましたわ」

この言葉遣いは──(男の名)が、「こうしていれば間違いない!」との一点張りなのでこのしゃべり方でいるようにしている。髪型はショートに前髪を揃えて切る。分け合って茶色に染めているのは気にしないとして、このシャツに短いホットパンツはどうかと思う。
──(男の名)は「これなら失敗しない!」というし、そうなんだろうと思う。
……少し恥ずかしいけど。



「俺も放浪するからさ」

「野たれ死んだのを見つけても、お墓は作りませんので覚悟してくださいまし」

いつものやりとりで冷たく返す。
この男は調子に乗せると何をするか分からないのでこのくらいで丁度がいい。

「はっ、死なないように気をつけるさ」

手をヒラヒラと振って愛想笑いを返してくる。
2年前に命を助けるという条件とある条件で、2年間衣食住を提供し、生きるために必要なことをすべて教える。という約束をした。もう一つの条件は、2年が過ぎたら私と──(男の名)は互いに別れて世界を回るという条件も結んだ。この2年間は本当の親子のように過ごせて本当に居心地が良かった。お父さんやパパ、と一度も呼んだことはないが、本当に暖かった。
別れの挨拶もいつものように簡単に済ませて、私と──(男の名)は別れた。
私には名前がなかったが、──(男の名)がこう言って名前をつけてくれたのを今でも覚えている。

「お前は無邪気なまま、そのままでいるんだ。そうすれば微笑ましいくらいにもう一つの世界が迎えてくれる。なぁ?“天爛”」

天爛、それが私の名前になった。──(男の名)は最初に出会った日の時と同じ顔で私の頭を撫でてくれた。
これが、このもう一つの世界で最初に手に入れた、大切な物──
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