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"利口な女狐の物語"


目次


翻訳について

  • 今回は『利口な女狐の物語』を訳しました。これはもちろんチェコ語です。私は、ヤナーチェクのオペラが好きなので、参考書でチェコ語の文法を独学したのですが、ドイツ語ほどには理解していません。(ドイツ語も十分理解しているか怪しいですが・・・)
  • そのため、単語を一つ一つ辞書で引いて何とか訳しましたが、モラヴィア方言なので、辞書に無い言葉が多く、多くの単語は類推できるのですが、一部まったく意味不明の箇所もあります。その場合には、いくつかの英訳を見比べて訳しました。したがって、その部分は英訳からの重訳ということになります。(ちなみに、google翻訳も使ってみたのですが、思った以上に訳してくれるので重宝します。)
  • とりわけ、第3幕冒頭の密猟者ハラシュタの歌は、思いっきり方言で、ほとんどチンプンカンプンです。一方、神父や校長先生は、さすがにインテリらしく「標準語」(?)です。あと、雄ギツネも標準語っぽいのが御愛嬌です。主人公の女狐ビストロウシュカと森番はモラヴィア方言だと思いますが、そんなに分かりにくくはありません。このあたりの方言の使い方が、チェコ人にとっては、とても面白いのではないかと思われます。

ヤナーチェクのリブレットについて

  • 今回の翻訳は、物語の筋に沿って、発言者の意図をできるだけ理解しやすくすることを主眼にしました。もっとも、自分自身、原語に当たるまでは、セリフを正確に理解していなかったのですが、訳してみると、意外なほど一貫したことを言っていることがわかります。ヤナーチェクが日常会話の音程まで詳細にメモして作品に生かしていたことは有名な話ですが、原作の新聞連載小説をリブレット化するに当たって、彼は、相当円熟した手腕を示しているように思えます。
  • ヤナーチェクのオペラは、「音楽は良いが、ストーリーが分からない」と言われることが多いように思えるのですが、あるいはその一因は翻訳にあるのかも知れません。とりわけ日本語の字幕では、そう感じる場合が多いです。DVDでは英訳を参考にする場合も多いと思うのですが、英訳は意訳しすぎの箇所が多いことに気が付きました。もちろん、拙訳も意訳が多いのですが、できるだけ意味が変わらないようにはしてみたつもりです。意味が完全に変わっていたら、それは申し訳ないですが誤訳ですので、ご容赦ください。
  • なお、専門家による日本語訳としては、「日本ヤナーチェク友の会」の「対訳と解説」が市販されています。私は、まず自分で訳してみたかったので、この本を読んでいないのですが、こちらはチェコ語をきちんと理解されているプロの先生の訳ですので、興味のある方は、ぜひこちらも読んでみてください。

キツネが演じる愛の情景

  • ヤナーチェクのオペラは、どれも本当に素晴らしい音楽だと思いますが、『女狐』はオケ単独の間奏曲が多く、そのような場面の多くに、リリカルで美しい音楽がつけられています。しかし、この作品の白眉は、何と言っても第2幕後半の「雄ギツネの求愛と結婚式の場面」でしょう。一見素朴ながら、ソロ、合唱、オケが絡み合わさり、きわめて美しい音楽となっています。
  • ところで、雄ギツネは女性によって演じられるので、私は、この場面を視聴すると、いつも「宝塚歌劇」を連想してしまいます。演じられる内容も、少女マンガ風のハッピーエンドですから、よけいにそう思えてしまいます。とはいえ、最後に急いで結婚式をあげるなど、ユーモアも随所に散りばめられています。いずれにせよ、ここで描かれているのは「理想の愛のユートピア」でしょう。

「理想の愛」と「苦い現実」

  • 理想の愛をキツネ達が演じるのとは対照的に、この作品に登場する人間の男達の世界は、苦い現実を表現しているように思えます。訳しながら、あらためて思ったのですが、男達は作品全体を通して、ほとんど女性の話題しか口に出しません。その点、とても一貫しているのですが、その内容は、「実らない片思い」(校長)とか、「若い頃に女に裏切られた」(牧師)とかいう女性がらみの苦い話ばかりです。森番も、結婚した頃の楽しい思い出を歌うものの、今や生活に疲れ果てている感じです。
  • 動物達のユートピア的情景と、人間達の現実とのコントラストが、この物語を理解する上での一つの重要なポイントだと思います。

女狐と森番

  • 第1幕の冒頭、森番は子供の女狐ビストロウシュカをつかまえてきます。しかし、女狐に対する森番の感情は動物に対するものを超えて、人間の女性に対するかのような愛情を抱いてしまいます。
  • したがって、演出は何らかの形で、そのことを観客に分からせるべきだと思います。そうでないと、例えば第4場(第2幕)の居酒屋の場面で、居酒屋の主人がからかった時に森番が激怒しながら言うセリフ(「何で忘れちゃいけないんです!」)の意味がわからなくなってしまいます。ここは、音楽のほうでも、印象的で激しいモティーフが森番の心のうちを浮き彫りにします。
  • 森番は、第5場の最後でも、第3幕の冒頭でも、ずっと女狐のことを追い続けます。しかし、女狐が死んでしまってからは、そのショックで心境が変化したのか、人が変わったようになってしまい、森の中で全曲を締めくくるモノローグを歌います。

森番はヤナーチェク自身か?

  • この森番の歌を含む最終場面は、初演前のリハーサルの際にヤナーチェクがつぶやいた言葉に基づき、彼の葬儀の際に有志により演奏されています。この終曲に作曲家自身がこれだけ思い入れを持った理由の一つは、森番の姿に自分をダブらせたからではないかと私は思います。
  • おそらく、女狐は「女性」一般の象徴であり、森番は男性の抱く情熱の象徴なのでしょう。ヤナーチェクは、それまでのオペラで、そうした情熱の持つ破壊的側面も描いてきましたが、『女狐』で最後に何事かを理解するのは、情熱的に行動する森番だけで、すでに諦めてしまっている校長や牧師は、その「何事か」に到達することはありません。

森番が悟ったこと

  • では、この最終場で、森番は何を理解したのでしょうか?彼は、森の美しさを讃え、森に産まれた新しい生命に目を見張ります。そのために、「自然」とか「輪廻」とかが、この作品のキーワードとされることが多いのですが、私は、あえて言えば「生命を再生させる愛と情熱の肯定」が、この作品のメッセージなのだと思います。森の中で、命が脈々と受け継がれていくことを理解した時、森番の心に希望がよみがえってくるというのが、この物語の最終場面だと思います。

映像の『女狐』

  • 上記のように、女狐と森番の関係を描くことは、このオペラのストーリーの面白さを伝える上で、欠かすことができないと思います。フェルゼンシュタインのベルリン・コミッシェオーパーの有名な演出(1965年ノイマン指揮。ドイツ語歌唱。DVDも市販されています)は、マックス・ブロートのドイツ語訳にしたがい、そのあたりをかなり表現しています。ただし、ブロートの翻訳は、森番の意中の女性をテリンカにするなど、一貫性を持たせようとするあまり強引な改変も目立つ「改作」ですので、その点は「やりすぎ」と言えるでしょう。
  • 現在DVDで見られるものとして一番個人的におすすめできるのは、パリ・オペラ座の公演(2008年11月、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、アンドレ・エンジェル演出)です。これは、第1幕で軽いタッチで森番とビストロウシュカの接点を描いているので、その後の森番の気分が何となく分かります。この演出は、ビストロウシュカと雄ギツネのシーンが擬人化されて洗練されているほか、人間達の世界にもペーソスを感じさせますので、私のイメージには合っています。(不満な面もありますが。)なお、好みの問題ですが、演出面に関しては、私はあまり動物っぽくない擬人化した演出のほうが好きですね。

CDの『女狐』

  • CDでは、ヴァーツラフ・ノイマン指揮のチェコ・フィルの録音(1979~80)がスタンダードな演奏で、私は、他のどれを聴いても結局これが一番いいような気がします。(もっとも、私がヤナーチェクを聴き始めるキッカケになったのが、このCDだったので、スリコミ効果なのかも知れません。)指揮者も歌手達もチェコ人ばかりの「純チェコ製」で、さすがに充実しています。これだけチェコ語がきれいだと、ヤナーチェクの歌唱メロディーがいかに言葉と密着しているか、おぼろげながら感じることができます。
  • もう一つ有名なCDは、近頃亡くなったチャールズ・マッケラス指揮のウィーンフィルの録音(1982年)で、一般的には、こちらのほうがスタンダードかも知れません。女狐はルチア・ポップですし、決して悪くはないはずなのですが、何となく臨場感に欠ける感じがして、私にはイマイチに感じます。この頃のウィーンフィルの響きが、良くも悪しくも、今一つヤナーチェクの音楽としっくり合っていない感じがします。でも、こんなことを思うのは私だけかも知れません。とはいえ、マッケラスは、ヤナーチェクを世に知らしめた立役者ですから、決して悪いということではありません。私は、彼の演奏ではパリ・シャトレ座のDVD(ハイトナー演出)のほうが良いと思います。この映像は演出も面白いと思いますが、個人的には、さきほどのオペラ座のほうが洗練されていて好きです。
  • 最後に、CDでもう一つ推薦したいのは、「2003年ブレゲンツ音楽祭のライブ録音」(ウラジミール・フェドセーエフ指揮ウィーン交響楽団。発行元ORF)です。これは何の気なしに聴いてみたのですが、素晴らしい演奏です。まずは指揮のフェドセーエフの音楽の運びが素晴らしいと思うのですが、歌手も実に情感を込めて歌っています。とりわけ良いのが森番を歌うペーター・コールマン・ライトで、全曲を締めくくるモノローグが、とても感動的です。第2幕の居酒屋の場面も聴かせます。少なくとも、上記の二つの場面については、これまで聴いたどの音源よりも良いかも知れません。部分的にはイマイチな所もあるのですが、それはオペラには付き物なので、全体的には快心の演奏だと思います。これこそ映像もセットでDVDにしてほしいぐらいですが・・・。もっとも、CD自体あまり見かけないのですが、この音源はヤナーチェクの音楽が好きな方は、必ず押さえておくべきでしょう。

ヤナーチェク・オペラにおける『女狐』

  • 最後になりましたが、ヤナーチェクのオペラは傑作ぞろいですが、どちらかというと暗い話が多いですね。その中で、「女狐」は音楽も明るく、親しみやすい作品です。彼の作品の中で一番入りやすいと思いますので、興味を持たれた方は、ぜひ聴いてご覧になってはいかがでしょうか。
2010年11月
Wしるす


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@ wagnerianchan



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