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作品について
- 「七つの大罪」(時々、「小市民の七つの大罪」とも表記される)は1933年、フランスに亡命中だったクルト・ヴァイルが作曲した「歌付きバレエ」で、同じく亡命中だったベルトルト・ブレヒトが詞を付けています。ブレヒトとヴァイルは「三文オペラ」や「マハゴニー」などの舞台作品で共同作業を行っていましたが、「七つの大罪」は2人の最後の共同作品となります。
- 作品のジャンルは「歌付きバレエ」と言うことで、物語を説明する歌に合わせて踊り手がパントマイムのような演技を行うことを前提に曲が作られています。物語はルイジアナから出てきた娘がアメリカ各地を巡り、金もうけを阻む「七つの大罪」(不正に対する怒りや恋人に対する愛情などの人間の自然な衝動)を避けて、稼いだお金で故郷に小さな家を建てると言うものです。「七つの大罪」を避けるため娘は一人二役をして理性(アナI、歌い手)と感情(アナII、踊り手)に分かれて、感情に流されるアナIIを理性的なアナIが仕切る形で物語が語られ、アナIの歌の合間には故郷に残した家族の金もうけを讚える賛美歌のようなコーラスが入ります。家族は父母と兄弟ですが、なぜか母親役はバスが当てられています。
- 初演時にはヴァイル夫人のロッテ・レーニャ(「
007/ロシアより愛をこめて
」(1963年)でボンドを靴に仕込んだナイフで襲った恐いおばちゃんをやった人)がアナIを歌っています。
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
、
テレサ・ストラータス
、
ブリジット・ファスビンダー
、
アニャ・シリヤ
、
ジュリア・ミネゲス
のような純粋なオペラ歌手から、
ウテ・レンパー
や
ギーゼラ・マイ
のようなどちらかと言うと舞台やミュージカルの人、カンツォーネ歌手のミルバ、ロック・ポップの
マリアンヌ・フェイスフル
などが録音を残していて、クルト・ヴァイルの作品の中では比較的ポピュラーな物となっているようです。
台本について
- オペラ対訳プロジェクトのリブレットでは省かれていますが、「七つの大罪」にはそれぞれの詞の前に粗筋めいたト書きのようなものが付いていることがあります。初演時の演出に沿った物らしく、日本で出版されている「ブレヒト戯曲全集」の「七つの大罪」にも採用されていますが、これはブレヒトの手による物ではなく、初演の演出家たちが書き加えた物のようです。
低音版と高音版について
- 「七つの大罪」はヴァイルの死後、
1956年に夫人のロッテ・レーニャが初めて録音を行っている
のですが、この時、レーニャは高音を出せなくなっていたため、指揮者のブリュックナー=リュッケベルクによってオリジナルから4度音程を下げた版が作られました。ギーゼラ・マイやミルバの盤もこの低音版に基づいた物です。この低音版のスコアが正規のものとして出版されたため、後に元の音程で歌われるジュリア・ミネゲスやウテ・レンパーらの物が出てからは一応、高音版が本来の正規のものとして扱われているようです。歌い手によって曲の調が変わると言うのはポピュラーやカラオケではよくあることですが、クラシックの作品では珍しいことだと思います。
アナの旅路について
- 故郷のルイジアナを出てアナ姉妹はアメリカの7つの都市(1つ目の都市は名前が出てきませんが)を巡りますが、歌の通りの順番(ルイジアナ→メンフィス→ロス・アンゼルス→フィラデルフィア→ボストン→ボルチモア→サン・フランシスコ→ルイジアナ)だと、アメリカ大陸を西の端から東の端へへと往復する形になります。作詞者のブレヒトは地理的なことにはこだわりがなかったようです。
「飽食」のメニュー
- 4つ目の大罪「飽食」ではダイエットに苦しむアナに家族がルイジアナに帰ったら食べられるご馳走のことを歌って励ます歌詞があります。
- 1つ目の「Hörnchen」…昔出ていたCDに付いていた訳詞では「クロワッサン」となっていたのですが、クロワッサンだと何となくフランスっぽく感じるし、通販でドイツパンを扱ってる店で「角塩」の名前で売られていたので、自分の訳では「角塩パン」にしてみました。日本でもそのまま「ヘルンヘン」の名前で売っているところの方が多いみたいなので「ヘルンヘン」の方がよかったのかも。ブレヒトの翻訳では第一人者の岩淵達治先生の訳では単純に「パン」でした。でも、輸入版のDVDで手に入る貴重な「七つの大罪」の映像化作品では「カニ」。これはおそらくWHオーデンによる英訳に従ったものと思われます。残りのメニューも英訳の通り「ポークチャップ、スイートコーン、チキン、蜂蜜がけビスケット」に変えられています。歌はドイツ語のままなので、ここはちょっと違和感があります。YouTubeに2009年の宮崎国際音楽祭での「七つの大罪」の映像が日本語字幕入りであったのですが、そこでは歌詞が「すし」に変えられていました…。
- 3つ目のアスパラガスについて、「三文オペラ」で主人公が死刑執行前の最後の食事にもアスパラガスを所望していて、ドイツでは非常にポピュラーな食材のようで、もしかしたらブレヒトの好物だったのかも知れません。
英訳について
- 輸入版のCDには割りと3カ国語(例えば原詩ドイツ語で英訳・仏訳が付いてるとか)でリブレットが納められていることが多いですが(逆にリプレット付いてないことも多いですが…)、「七つの大罪」の場合も英訳リブレットが付いてくることがあります。英訳はなぜか20世紀最高の詩人の1人
WHオーデン
だったりします。この訳は原詩の意味を伝えるよりも、ヴァイルの曲に合わせて歌えることを目的に作られているので、翻訳の参考にするのは、ちょっと微妙だったりします。
マリアンヌ・フェイスフル
の歌っているCDでは、この英訳バージョンで歌っているので、興味のある方は聞いてみるとよいかも知れません。
最終更新:2019年06月01日 09:20