"ジョコンダ"

対訳

自殺!(動画対訳)


訳者より

  • 管理人さんが今年(2023年)、マリア・カラス生誕百年を記念したアクティビティを色々立ち上げて居られるのを見て、私もひとつ参加させて頂こうかと思っておりました。となれば彼女の録音の中でも私は少なくとも3本の指に入ると思っている1959年盤のポンキエッリ「ジョコンダ」、まだ対訳がなかったところでもありますし気合いを入れて訳そうかと春頃から少しずつ手掛けたのですが、台本の難しさにひたすら時間を要し、とうとう暮れも押し詰まったこの時期の公開となってしまいました。とは言いながらヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」や「オテロ」「ファルスタッフ」でその緻密な台本の言葉選びに痺れていた才人アーリゴ・ボーイトの手になる台本はこのオペラでも素晴らしく、音を聴きながら原語と訳詞を睨みながら対訳を作り上げていくのは今回も実にスリリングな体験でした。
  • いくつかの録音を聴き比べながらこの作業をしたのですが、飛びぬけて魅力的だったのはやはり1959年のカラス/ヴォットー/スカラ座の録音。この複雑怪奇な人間模様の織りなす世界を実に見事に表現しています。第1幕での母親チエカとの神々しささえ感じさせる母子愛の表現、第2幕での恋敵ラウラとの鬼気迫る対立の描写、しかし母の恩人であったと気付いたとき、ラウラの危難をとっさに救うことを決意、あとから現れた恋人エンツォにあえて悪者を装うしたたかさ。第3幕では夫のヴェネチア高官アルヴィーゼに殺されそうになったラウラを「ロミオとジュリエット」のジュリエット作戦で救おうとするときの葛藤、第4幕で自らを犠牲として愛する2人を救おうとする気持ちとまだ愛するエンツォへの未練との板挟みの表現(ここで有名なアリア「自殺」が歌われます)。恋する二人とお別れするときの聖女のような姿が、引き続いてのこの愛憎劇をすべて自分の横恋慕のために仕組んだ悪漢バルナバとの鬼気迫る対峙とあっけない死の幕切れ。猫の目のようにくるくると変わる歌姫ジョコンダの複雑な人間性を歌の力だけで表現し尽くすカラスの技量に惚れ惚れするしかありません。
  • この録音ですばらしいのはカラスの名唱だけでなく他のキャストとのコンビネーション。主役級はすべてカラスより若い新進気鋭の歌手を揃えておりますが、ジョコンダの声としっとりと溶け合う母親役のイレーネ・コンバネーゼ(1937?生まれ)、色気溢れる美声で悪のバルナバを見事に演じきったピエロ・カプッチルリ(1929生まれ)、一本気な性格とちょっと無分別なイタリアン・テナーの役柄がものすごくピッタリとくるエンツォ役のピエル・ミランダ・フェッラーロ(1924生まれ この人だけカラスと同世代ですね)、この人は立場的に主人公と複雑な感情のぶつかり合いが避けられない恋敵ラウラ役を実に巧い性格描写で演じきっているフィオレンツァ・コッソット(1935生まれ)、冷徹ですが実は癖のあるヴェネツィアの高官にしてラウラの夫役のイーヴォ・ヴィンコ(1927生まれ)のスタイリッシュだが実は圧のある歌。録音当時20~30代の歌手を集めて歴史のあるスカラ座が老練の指揮者アントニーノ・ヴォットー(1896年生まれ)のドライブの下、このオペラの新しいスタイルを作り上げようとしたひとつの金字塔ではないかと。
  • マリア・カラスには1952年にも同じヴォットーの指揮で入れたモノラル録音がありますが、こちらは伝統的なイタリアオペラのスタイルを踏襲している感じで、歌は美しいもののドラマ作りの深みはいまひとつ足りないようにも感じます。
  • 私の作った対訳がどのくらいお役に立てるかはわかりませんが、この1959年のカラス/ヴォットー盤、天才ボーイトの紡いだリブレットをしっかり読み解きながら聴くことでその凄さが二倍にも三倍にも味わえると思っています。いつの日か管理人さんに動画対訳を作って欲しいオペラのひとつです。

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@ 藤井宏行

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ジョコンダとは

  • ジョコンダの75%はかわいさで出来ています。
  • ジョコンダの9%は汗と涙(化合物)で出来ています。
  • ジョコンダの8%は世の無常さで出来ています。
  • ジョコンダの7%は赤い何かで出来ています。
  • ジョコンダの1%はミスリルで出来ています。
最終更新:2023年12月22日 19:52