"イェヌーファ"

目次


物語の背景

  • モラヴィア山中の水車場。この水車場は、この地方の富裕な製粉業者ブリヤ家が所有しているが、先の当主はすでに他界し、現当主は若いシュテファン・ブリヤ(シュテヴァ)である。一人息子シュテヴァは、金髪のハンサムな顔をしているが、子供の頃から祖母に甘やかされたため、本当は弱い性格を高慢な態度で押し隠しているような若者に育ってしまっている。シュテヴァには義理の兄弟ラツァがいるが、シュテヴァの母がブリヤと再婚した時の連れ子であるため、ブリヤ家との血のつながりはない。黒髪のラツァはブリヤ家の一族から冷遇されて育ったため、それに対して屈折した感情を抱いている。
  • ブリヤ家の祖母には、シュテヴァの父のほかにも、娘としてコステルニチカがいる。彼女は、ある男(トマシュ)にいったん嫁いだものの、夫には先立たれ、夫の先妻の子であるイェヌーファを養女として育てている。壮年の男達が皆他界してしまった中で、一族の大黒柱は他ならぬコステルニチカであり、彼女の権威は、キリスト教への信仰心の強さにより更に助長されている。なお、コステルニチカとは彼女の本名(ペトロンナ・スルムコヴァー)ではなく、彼女の信心深さからついたあだ名であり、チェコ語でコステルが教会を意味することから、「教会おばさん」というような意味である。
  • 養女イェヌーファは、リンゴのような頬をした器量良しで頭も良く、コステルニチカは彼女の将来に大きな期待を寄せている。彼女はイェヌーファを実の娘のように育てているが、しつけは旧来の道徳に従った厳格なものである。
  • しかし、年頃のイェヌーファは、金持ちでハンサムなシュテヴァ(彼女の従兄弟に当たる)に誘惑されて恋人になってしまい、結婚前にもかかわらずシュテヴァとの子供を身ごもってしまう。しかも、折悪しく、シュテヴァに町の徴兵事務所から呼び出しがかかり、彼は徴兵検査に出かけてしまう。もしも、彼が徴兵されてしまえば、結婚式を挙げることもできず、彼女は未婚の母とならざるを得ない。これは、守旧的な村の道徳からすれば、自殺に追い込まれかねないほど大きな罪である。
  • 彼女はシュテヴァが徴兵されないことを祈って、鉢植えのローズマリーを育てているが、不吉なことにそのローズマリーまで残らず枯れてしまった。

第1幕

  • 夕方。枯れてしまったローズマリーを小川に流しながら、シュテヴァの帰還を祈るイェヌーファ。そんな彼女に、祖母は早くじゃがいも剥きの仕事をするように促す。目もろくに見えなくなったとこぼす祖母に対して、近くにいたラツァが割って入り、実の孫であるシュテヴァばかり可愛がったことを彼女になじる。イェヌーファはそんなラツァの態度を叱るが、シュテヴァを待ちわびる自分の心を見抜くラツァの言葉にどきりとさせられる。実はラツァは、イェヌーファを子供の頃から愛していたが、一族の日陰者としての劣等感から、その思いを屈折した形でしか彼女に示すことができないでいる。そこへ羊飼いヤノが走って来て、イェヌーファにもっと読み書きを教えてくれとせがむ。そんなイェヌーファの親切さと頭の良さをほめる祖母だが、思い悩むイェヌーファの気持ちは相変わらず晴れない。
  • 水車場の親方の老人がやって来てラツァに話しかける。この老人はブリヤ家の使用人として、水車場で働く若者や見習いを監督する立場である。ラツァは鞭を削るためのナイフを研ぐように親方に依頼し、親方は快く引き受ける。イェヌーファに対するラツァの恋心を見抜いた親方に、ラツァは本心を打ち明け、自分がローズマリーの鉢植えに虫を入れて枯れさせたのだと自嘲的に語る。親方は、もっと素直に彼女に接するように彼にアドバイスするが、ラツァは耳を貸さず、シュテヴァさえ徴兵されればイェヌーファと彼の結婚もご破算だと叫ぶ。
  • しかし、すでに情報を入手していた老人は、シュテヴァは徴兵されなかったと大声で告げる。落胆するラツァと、大喜びするイェヌーファ。
  • さっそく遠くから新兵たちの合唱が聞こえてくる。その先頭に立つのは、徴兵を免れた嬉しさのあまり、ぐでんぐでんに酔っぱらったシュテヴァ。彼は、楽師まで引き連れて歌い踊っている。
  • 喜んだ水車場の見習いや村の若者達が出てきて、みんなで声を合わせて賑やかに歌い踊る。
  • 相変わらず先頭で羽目を外すシュテヴァをイェヌーファは諌めるが、シュテヴァは酔いに任せて自分がどれほど娘達にもてるか吹聴し、イェヌーファも踊りの輪の中に引きずり込む。ますます放埓になっていく音楽と踊り。
  • その騒ぎを手で制止しながら、コステルニチカが進み出る。シュテヴァの態度を見かねた彼女は、1年間シュテヴァが断酒しない限りは、シュテヴァとイェヌーファの結婚は認められないと言う。驚く人々の中で、独り愉快そうなラツァ。
  • 彼女の峻厳すぎる態度を、群衆は非難し、祖母さえもそれに同調するが、コステルニチカの決定は誰にもくつがえせない。「どんな恋人も苦難を耐えねばならない」と慰めにもならないリフレインを歌いかわしながら、イェヌーファとシュテヴァを残して人々は舞台から去って行く。
  • 絶望のどん底に突き落とされながらも、イェヌーファは努めて冷静にシュテヴァに自らの窮状を訴える。しかし、他にも女はいると言うようなシュテヴァの態度にいらだったイェヌーファは、ついに自殺すらほのめかす。シュテヴァは、「りんごのような頬」を持つイェヌーファは誰よりも綺麗だと言うが、相変わらず誠意に欠けた態度のままである。
  • その一部始終を見て、シュテヴァが真剣にイェヌーファを愛していないことを確信したラツァは、ますます嫉妬に苦しめられる。今さらのように彼女に優しい態度を取ろうとするが、イェヌーファに「シュテヴァのほうがましだわ」と拒絶される。その時、「シュテヴァのお気に入りのりんごの頬が無くなったらどうなるんだ?」という危険な考えが、ラツァの脳裏をかすめる。
  • ついにラツァはイェヌーファへの気持ちを抑えきれず、彼女を抱きしめようとする。しかし、逃れようとするイェヌーファの頬を手に持ったナイフで傷つけてしまう。激情から覚め、「ぼくは何をした?」と自問しながら、イェヌーファに「ずっと好きだった」と告白するラツァだが、彼女は叫び声を上げて建物の中に逃げ込む。
  • 彼女の叫びに驚いて、祖母と水車場の親方が飛び出してくる。動転したラツァがその場から逃げ出す一方、水車場の親方はイェヌーファを追って建物の中に入り、気絶した彼女を介抱しようとする。
  • 事件を脇から見ていた女中のバレナは、あれは事故だったと証言するが、親方は腹立ちまぎれに「わざとやったな!」と逃げていくラツァに呼びかける。

第2幕

  • 約5ヶ月後、水車場の近くのコステルニチカの家の中。あの事件後すぐにイェヌーファは、コステルニチカに自らが妊娠した事情を告白し、驚いた彼女は、イェヌーファを自宅の一室に住まわせる。昼間は部屋の鎧戸を閉ざし、村人には「イェヌーファはウィーンへ行った」と嘘をつく。こうした事実上の軟禁状態の中、イェヌーファが赤ん坊を産んでから8日が過ぎている。その一方、子供の父親であるシュテヴァは、叔母の家にまったく姿を現そうとしない。妊娠のことを知らないラツァは、自分が怪我をさせたイェヌーファのことを思い、悔恨と共に変わらぬ愛を抱いて、何度となくコステルニチカの家を訪問している。(ここまで第2幕が始まる前の出来事)
  • 夜。居間に出てきたイェヌーファは聖母マリアの聖画に祈りを捧げながら、寝室にいる赤ん坊の様子に聞き耳を立てている。そんな娘の様子に苛立つコステルニチカは、イェヌーファの仕出かした不始末に愚痴をこぼす。
  • 体調がすぐれないイェヌーファにコステルニチカは睡眠薬入りの飲み物を与え、イェヌーファは寝室に去る。コステルニチカは、死んでくれと心に願っていた赤ん坊が元気で成長していることに憤懣やるかたない様子。
  • 脅迫に近いコステルニチカの手紙を受け取ったシュテヴァが、ようやく家を訪ねてくる。コステルニチカは母子の顔を一目見るようにシュテヴァに勧めるが、彼はためらい、「お金は払うから、その子が自分の子だと広めないでくれ」と叔母に頼む。コステルニチカは、そんなシュテヴァの態度に怒りながらも、プライドをかなぐり捨てて、イェヌーファ母子と結婚するよう、ひざまずいて彼に頼む。うろたえるシュテヴァだが、あの事件直後、頬が傷ついたイェヌーファを見た時から、もう愛は醒めてしまったと告白し、コステルニチカのことも「魔女のように恐ろしい」と語る。しかも、彼はすでに村長の娘と婚約したと言う。余りの事にコステルニチカが発する叫び声に、寝室のイェヌーファの発するうわ言が重なり合う。
  • 二人の叫びに驚いて逃げ出したシュテヴァ。落胆したコステルニチカの前に、入れ替わるようにラツァがやって来る。変わらぬイェヌーファへの愛を語る彼に、コステルニチカはイェヌーファの妊娠と出産を告白する。驚愕したシュテヴァは「ぼくはシュテヴァの息子を引き取らねばならないのか?」と口に出すが、その発言を決定的に誤解したコステルニチカは、イェヌーファとラツァの結婚をうまく進めるために、とっさに「子供はもう死んだ」と嘘をついてしまう。
  • ラツァが去った後、コステルニチカはその嘘の辻褄合わせを迫られる。ドラマティックなモノローグの果てに人格が崩壊した彼女は、ついに「神様にあの子を委ねよう」と、赤ん坊をショールでくるんで、家の外に飛び出していく。
  • 誰もいない居間に、眠りから覚めたイェヌーファが起き出してくる。赤ん坊がいないことに気付き半狂乱となるが、やがて母親が水車場に連れて行ったのだと自らを納得させ、子供の無事を聖母マリアに祈る極めて美しくリリカルなモノローグを歌う。
  • 窓を叩く音に驚いてイェヌーファが家のドアを開けると、コステルニチカが戻って来るが、赤ん坊は一緒にいない。コステルニチカは、子供は病気で死んでしまい、その間イェヌーファは高熱を出して寝ていたのだと嘘をつく。
  • 激しい悲しみと失望に襲われるイェヌーファ。シュテヴァが全てを金で片付けようとしたことを聞き、さらにショックを受ける。そんなイェヌーファに、コステルニチカはラツァの愛は本物だと伝える。
  • ラツァが登場し、イェヌーファとの再会を喜ぶ。イェヌーファは「自分の人生は終わった」と嘆くが、ラツァは彼女を抱きしめ、「ただぼくのものになってくれれば」と結婚を申し込み、ラツァの真心に打たれた彼女はそれを受け入れる。
  • コステルニチカは自分の思惑通りに事が運んだことに喜ぶが、子供を殺した罪の意識は、すでに彼女から正気を奪い始めている。冷たい風が窓を開けて流れ込んだ時、彼女は幻覚の中で自分を見つめる死神の姿を見る。

第3幕

  • 第2幕から3か月後の雪解けの季節。イェヌーファとラツァの結婚式の朝。第2幕と同じコステルニチカの部屋には、ようやく生気を取り戻したイェヌーファが、羊飼いの女に手伝われて身支度をしている。一方、病気を患っているコステルニチカは落ち着きなく部屋を歩き回っている。同じ部屋に祖母とラツァもいる。
  • 結婚式の招待客として村長と村長夫人が現れるが、村長はコステルニチカの様子に同情し、イェヌーファとともに彼女を慰める。コステルニチカは、長生きなどしたくないとつぶやくが、イェヌーファの結婚にだけは素直に喜びを表す。村長の妻は、イェヌーファの衣装の質素さを非難するが、コステルニチカは自慢の嫁入り道具を見せるべく、彼女らを隣室へと案内する。
  • イェヌーファとラツァが二人きりになる。ラツァの妻になるのはふさわしくないと語るイェヌーファに、ラツァは自分こそ彼女への罪を償いたいと答え、二人はお互いへの愛を確かめ合う。イェヌーファに勧められた通りシュテヴァも結婚式に招待したラツァは、彼に対する嫉妬をも克服したと語る。
  • シュテヴァと、その婚約者である村長の娘カロルカが登場する。イェヌーファは、シュテヴァとラツァの異父兄弟どうしを仲直りさせる。シュテヴァは、まだ彼と結婚するかは分からないと軽口を叩くカロルカに完全に主導権を握られている様子である。
  • 隣室に行っていた人々が部屋に戻って来ると、コステルニチカはシュテヴァの存在に嫌悪感を示す。ラツァはイェヌーファの決めたことだからと弁解する。
  • 女中のバレナと数名の少女たちが現れる。彼女らが心を込めて素朴な合唱を歌い、花束を手渡すと、イェヌーファは感激する。時間に遅れないように教会への出発を促すラツァ。二人は祖母からの祝福を受け、コステルニチカからも祝福を受けようとする。しかし、コステルニチカが二人に祝福を授けようと手を上げた瞬間、外から人の騒ぐ声が聞こえてくる。「子供が殺された」との声に動揺するコステルニチカ。
  • 羊飼いヤノが部屋に飛び込んできて、産着にくるまれた赤ん坊が氷の下から見つかったと皆に話す。シュテヴァ、コステルニチカ、祖母を除く全員が驚いて戸外に飛び出していく。
  • うろたえるコステルニチカを心配して祖母は声をかける。シュテヴァもようやく外に出ていくが、そこでカロルカと鉢合わせになる。
  • イェヌーファは戸外で遺品を見て、発見された赤ん坊は自分とシュテヴァの子だと大声で叫ぶ。ラツァは彼女を落ち着かせようとするが、うまくいかないまま全員部屋の中に戻ってくる。
  • イェヌーファの発言を誤解したある婦人が、子供を殺したのは彼女自身だとわめき、人々は彼女に石を投げろと叫び、リンチにかけようとする。それに対して、ラツァは決然と、彼女に触れる者はただでは済まないと啖呵を切る。その時、意を決して、コステルニチカが犯人は自分一人だと告白する。人々が驚愕する中、彼女は、赤ん坊を氷の穴に入れて殺したことを説明する。カロルカは、シュテヴァがこの事件に責任があることに気付き、婚約破棄を通告し、母とともに自宅へと帰っていく。羊飼いの女は、シュテヴァはもう二度と結婚できまいと、彼にも罰が下されたと語る。
  • イェヌーファは、人々が見守る中、コステルニチカのもとへ歩み寄り、彼女を起き上がらせる。彼女の前途に待ち構える苦難をイェヌーファが指摘すると、彼女は取り乱すが、彼女を誰も非難できないとイェヌーファは人々を諭す。そんなイェヌーファの態度に、コステルニチカは目が覚めたように、「私が愛していたのは、お前以上に私自身だった」と思い至り、心から娘に謝罪する。「お前から力を得て、この苦しみを耐えていきたい」と語るコステルニチカは、村長に連行され、村の人々とともに退場する。
  • 誰もいなくなった部屋に二人きり残されたイェヌーファとラツァ。ラツァにも立ち去るようにイェヌーファは勧めるが、彼にはそんな気持ちは全くない。裁判所に出廷して人々の好奇の目にさらされても良いのかとのイェヌーファの問いかけにも、彼は「それすらも耐えてみせる」と力強く答える。ラツァの揺るぎない愛に圧倒されたイェヌーファは、あらためて自らの大きな愛を告白し、苦難の中にも希望に満ちた幕切れの和音が鳴り響く。


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最終更新:2016年02月14日 14:43