"ジューリオ・チェーザレ"

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ヘンデルのオペラについて

  • 「ジューリオ・チェーザレ」は、ヘンデルの「英雄オペラ」の代表作です。歴史上の人物や事件に題材を採っていますが、史実と異なる点も多く、大部分はフィクションとお考え下さい。
  • ロンドンでヘンデル・オペラを楽しんでいた貴族達は、イタリア語が分からず物語に関しては簡単なあらすじ程度の理解だけで、後はもっぱら歌手(イタリアから高額のギャラでスカウトした「外タレ」)の美声と歌唱技巧を楽しんでいたと言われています。(英語の対訳付き台本も売っていましたが、どの程度ちゃんと読まれていたかは疑問)
  • 台本はすでにヨソで使われた古いものを、言葉が分からない聴衆のために長いレチタティーヴォをカットするなどして、退屈しないよう工夫していました。
  • つまりヘンデル・オペラは、イタリア語ネイティブでない私達日本人にとっても、ある意味都合良くできていると言えます。
  • ヘンデル・オペラは「オペラ・セリア」という様式で書かれています。これは、レチタティーヴォ部分でサッサと物語を進め、続くアリアでは劇進行を止めて、その状況での人物の感情を歌でたっぷり聞かせるのが主眼です。そのアリアは、AとB二部分の歌詞と音楽しかありませんが、実際はABAと演奏(いわゆる「ダ・カーポ・アリア」)され、二度目のAでは歌手が自由に装飾をつけて歌う慣習でした。
  • また台本は、主要な配役が各幕で2~3曲程度のアリアを偏りなく歌うよう、うまく「配分」されるのが通例です。要するにオペラ・セリアは、劇よりも歌を優先する美学が最も徹底しているオペラ様式だと言えます。
  • なので必ずしも全曲盤にこだわらず、「ヘンデル・アリア集」で美味しいアリア部分を聴くだけでも、オペラ作曲家ヘンデルの魅力は相当部分味わえると、個人的には思います。ですが、「このアリアは物語のどんな部分で歌われるのだろう?」「この歌の人物はどんなキャラなのか?」と知りたくなることもあるでしょう。それがわかるとお気に入りのアリアが、さらに魅力的になるのは間違いありません。その一助になればと、今回対訳に挑戦してみた次第です。

「ジューリオ・チェーザレ」台本の見どころ

  • タイトル役がチェーザレなので、つい彼を中心に考えてしまいますが、実際一番興味深いのは、相手役クレオパトラの心の動きだと思います。つまり当初は美貌を武器に、一種の「戦略」のためにチェーザレを陥落させたクレオパトラが、気がつくと本気になっていて、戦いに行く彼が無事であって欲しいと真剣に願い、もう生きて会えぬと悟ったあかつきに絶望して嘆き悲しむくだりです。美しさも女王という地位も、ここでは何の力も持ちません。ただただ愛する人を思い、しかしその相手と断ち切られ苦悩する一人の女性がここにいます。そして、死んだと思っていたチェーザレと再会した時の、ほとばしる喜び・・・!ヘンデルはクレオパトラに対して、ポップで明るい旋律から深遠な和声までを駆使し、音楽によって女心を見事に描き出しています。やはりヘンデルも台本を読んで、クレオパトラに一番深い共感を寄せつつ作曲したのではないでしょうか。
  • 一方チェーザレは、恋をしたり戦闘で窮地に陥ったりしながらも、メンタル面では比較的安定した「大人の男性」という印象です。
  • 脇筋の、ポンペーオの復讐を誓うコルネーリアとセスト母子は、精神的にどん底状態にありながらも「いつかきっと・・・」と、かすかな希望の光に思いを託す姿が感動的。
  • 訳していて一番面白かったのは、軽薄・残忍・好色のトロメーオですね。本当にどーしようもない王だと思いますが、ここまで性格が極端だとかえって爽快です。彼の曲がアリア集に録音されることは滅多にないので、これは全曲盤ならではの楽しみだと思います。

おことわり

  • 台本は古いイタリア語で、辞書で【古】【文】【稀】の表記がある語義も珍しくありませんでした。従って本来は文語・古語調に訳すべきなのでしょうが、読みやすさ・分かりやすさを優先して、ごく普通の現代日本語で訳出しています。また、とりたてて美文調にしたり、文学的に表現することもしていません。(できません・・・笑)そのへんのニュアンスは、ヘンデルが付けた音楽から味わっていただければと思います。
  • 台本では、登場人物全てが互いに「tu」(親称・・・現代イタリア語ではいわゆる「タメ口」)で話していて、古いイタリア語の敬称「voi」は使われていません。しかし対訳では、人物の上下関係に応じて適宜「丁寧語」や「敬語」を使いました。
  • アリア部分は「A」「B」だけになっているので、ダ・カーポ後は再度「A」に戻ってください。

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@REIKO
最終更新:2010年07月14日 20:05