"後宮からの誘拐"

対訳

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あらゆる種類の拷問が(動画対訳)





訳者より

  • 皇帝ヨーゼフ2世の依頼を受け、ドイツ語で歌われるオペラとして1782年の初演からウィーンで大ヒットした作品、当時関心の高かったトルコを舞台とした、ところどころにトルコの軍楽の片鱗を見せる活気あふれる音楽が印象的です。オーストリアはそのほんの100年ほど前まではオスマントルコの圧迫を受けていましたので、遠い別世界のお話というわけでもなく、虚実取り混ぜてどこかリアリティを感じられるところもあったのでしょう。またこの当時はトルコ風の音楽が大流行していて、モーツァルトにも有名な「トルコ行進曲」はじめそのような曲がいくつもあります。
  • さて、イスラムの国を舞台とした、しかも人質の救出というストーリーを見ると、どうしてもつい先頃あったイスラム国の日本人人質事件を思い出してしまうのですが、このお話では寛大なトルコの太守の計らいで人質たちは救出されます。そこで注目すべきはその太守のこんなセリフ、愛するコンスタンツェ救出に失敗して共に捕えられたスペインの貴族ベルモンテに向かって語りかけています。コンスタンツェを捕えたのはたまたまでしたが(海賊が捕えたのを買い取ったので)、このベルモンテの父親とは因縁の関係だったのですね。
  • 「そなたの父 あの野蛮人にわしは自分の国を捨てねばならなくさせられた そして奴の限りのない貪欲さはわしから命よりも大切な恋人を奪い去ったのだ 奴はわしから名誉、富、あらゆるものを奪った 要するに奴はわしのすべての幸せを破壊したのだ そしてそんな男の一人息子が今わしの手の中にある!もし奴がわしの立場なら 奴はいったい何をするだろう?」
  • 「お前たち一族の本質なのか 不正なことを為すのは そなたはもう事が決したように思っておるが? そなたは思い違いをしておるぞ わしはそなたの父をあまりに嫌っておるが故に あやつのやり方に倣おうとは思わぬのだ そなたは自由を受け取り コンスタンツェを連れて故国へと船を走らせ そしてそなたの父に言うのだ そなたはわが手のうちにあったが こう告げさせるためにわしは自由にしたと 苦しめられてきた不正に対して善行で酬いることが 悪行を悪行で報復するよりも一層大きな喜びであるのだということを」
  • 酷い目に遭ったことに対し復讐で返すのではなく、寛大さですべてを許す、そのこと自体が大きな喜びだというのですね。このイスラムの人質事件に限らず、何か凶悪事件があるたびに当事者でもないのに応報刑を主張する人がたくさんいるこの国ではなかなか分かって貰えない思想なのかも知れませんが、良く考えて見るとなかなかに深い台詞です。もし前日譚でこの太守セリムがベルモンテの父から受けた酷い仕打ちが物語となっていたら恐らくもっと印象深かったはずですが、台詞でさらっと言ってしまうがためにあまり印象に残らないのがとても残念なところではあります。
  • 用意されていたリブレットは恐らくオリジナル台本のものでしょう。台詞の部分はジングシュピール(歌芝居)の常でこの通りにされることはまずないですし、CDなどではこの台詞は大幅に短くされているのが普通ですが、オリジナルがどのようであったかを知る意味ではこれで訳してみるのも意味があるかと思います。登場人物それぞれにあちこち長い台詞があり、結構読み込むと面白いですし。幸いなことに1990年頃に音楽の友社から出版されていたアッティラ・チャンバイ編の名作オペラブックスの一冊にこの「後宮」があって、そこでは(微妙に表記が違うところはありますが)この台本通りのリブレット対訳が掲載されておりましたので(訳者のクレジットはありませんでしたが恐らく海老沢敏氏の訳)、そちらを大いに参考にさせて頂きました。このシリーズ、そういったテキスト面の充実は素晴らしかったのですがとうに絶版のようですので、このようなお粗末な訳でもネットに載せて置くのは意味があるのではないかと思っております。けっこう皆、長い地の台詞を喋らされているので、オリジナル通りにやるとドイツ語ネイティブでないと演じる方も見る方もきついのではないかと思いますが...
  • オペラのタイトル邦題は私はあまりこだわりはないのですが、ドイツ語のニュアンスからやはり一番「後宮からの誘拐」がしっくりくるのでこれにすることにします。Entführungには辞書によると「駆け落ち」の意味もあり、これもなかなか捨てがたかったのですが(後宮からの駆け落ち)ちょっとニュアンスがずれるように思いましたので却下。もちろん最近はこちらの方が使われるのが増えて来た「後宮からの逃走」を否定するものではありませんが。

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@ 藤井宏行

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最終更新:2015年05月01日 19:28