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人限 ~MELTYKISS外伝~

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人限


この小説は、東風と籠龍の作品、「MELTYKISS」と「RED MOON」と世界観を共有する企画小説です。
一話読み切りの上、完全に外伝小説なので本編未読でも問題はあまり無いかと思われます。


「どこかの片田舎編」





 月明かりを反射し、水の刃が閃く。
 圧縮され、1本の線となった水の刃が横に薙ぎ払われる。背後で木々が切り倒される音が地響いた。
 上半身を酷く前傾させ、水の刃を交わした男は濃紺の外套を翻す。

「私は命ずる、水よ圧き刃となれ」

 魔女の瞳が月明かりに青に煌めく。男は、〝水刃の魔女〟に対して円を描くように走りながら背面に左手を回した。男の背中には円筒が括りつけられている。その円筒は、まるで矢筒のように11本の柄が飛び出していた。柄の後ろには矢羽に似た羽が四枚取り付けてある。その内の1本を男は円筒より引き抜いた。木の柄は僅か30cm程度。残りの60cm程は金属で出来ている。その得物の外見は、短い槍、もしくは大きい矢に似ていた。右手には腰から抜いた金属製の投擲器が握られている。
 水の満たされた小瓶の蓋を〝水刃の魔女〟が開け放った。小瓶の中から水を追い出すように振り出すと、その水が圧縮されて1本の水の刃が線のように伸びる。

「薙ぎ払え」

 命令が発せられた瞬間、水の刃が横に薙ぎ払われる。男は先程よりも深く、片膝をついて体勢を落とした。頭上を水の線が恐るべき速度で通過する。それと同時に立ち上がり、その手にしたミサイル(飛翔武器)を投擲すべく助走に入った。だが、男と〝水刃の魔女〟との直線上に立ち塞がるもう1人の魔女。〝風害の魔女〟。

「私が命ずる、風よ猛り狂え!」

 暴風が真っ向から男へと叩き付けられた。風圧で一瞬視界が歪んだと思った時には男は尻餅をついて転倒している。風圧に立ち向かうようにして身を起こすが、その間に〝水刃の魔女〟が新たな小瓶を手にしている。手にした小瓶の蓋を開け、振り上げる。

「私は命ずる、水よ圧き刃となれ」

 水が頭上へと舞い上がる。

「振り下ろせ」

 空を貫くように水の刃が起立すると、そのまま倒れるように男へ目掛けて振り下ろされた。水の刃が暴風圏に入る前に、〝風害の魔女〟は暴風を消す。〝水刃の魔女〟が生み出した水の刃を暴風で散らさぬように、という理由だ。男は暴風が収まった瞬間、〝水刃の魔女〟に対して垂直に駆け出した。背後で水の刃が風を切る音がして、男の息子は縮み上がった。冷や汗が吹き出て動悸が早まる。
「ちょこまかと動くんじゃぁないよ!」
 舌打ちを混ぜながら〝風害の魔女〟が男へ向けて怒声を上げる。こうしている間にも2人の魔女が殺そうと狙っていた標的が逃げていく。その焦りが〝風害の魔女〟を苛立たせていた。男は立ち止まり、右手の投擲器にミサイルを据え付けると、身体の捻りを利用して僅か2歩の助走で擲(なげう)った。投擲器の作用で加速度が跳ね上がり、どれほどの怪力で投げようとも到達出来ない運動エネルギーを与えられたミサイルが末尾を落ち着き無く震わせながら〝風害の魔女〟へと飛来する。

「私が命ずる、風よ噴き降ろせ!」

 当然ながら、〝風害の魔女〟は迎え撃つ。男が投げ槍の準備をしていた事は丸解り。既に備えている。身体を横へとずらしながら、呪文を唱えると男と〝風害の魔女〟の間に暴風が地面へと叩き降ろされた。超局地的下降気流が男のミサイルの軌道を強引に曲げる。結局、ミサイルは〝風害の魔女〟の足下より1mも前に深く突き刺さった。

「私は命ずる、」

 深く地面を貫いたミサイルに多少の戦慄を憶えながらも、〝風害の魔女〟は〝水害の魔女〟へと視線を交わした。水の刃が形作られいく中、男は思考を巡らせる。どうやって一撃を加えるのか。次の水の刃は縦か横薙ぎか。横薙ぎだとしたら、薙ぎ払われる位置はどの辺りか。首、腰上と来たら、次は足辺りか。

「水よ圧き刃となり、薙ぎ払え」

 水の刃が、今度は足首の高さで薙ぎ払われた。男は背中から引き抜いたミサイルを地面に突き刺してその上へと跳び乗る。水の刃がミサイルを真横に切断した。ミサイルの上半分が地面に落ちるのと同時に、男も一緒に地面へと両足をつけている。その間にも男の左手は3本目のミサイルを引き抜き、右手は投擲器を握り締めていた。

「    が        水      大気を満たせ
  私     命ずる、     よ
     は        風      天駆け昇れ  」

 2人の魔女の呪文が同時に完成した。男は投擲器にミサイルを据え付けたが、間に合わない。暴風が男の背中を突き飛ばすように叩き付けられて男は前へとつんのめった。2人の魔女と男の間で暴風が渦を巻いて上空へと駆け昇る。急激に押し上げられた湿気った大気が積乱雲を生み出した。摩擦で放電が雲間に走り、雨特有の湿気た臭いが辺りに蔓延する。
 上へと吸い込まれそうになる暴風に抗いながら、男の右手は投擲器と据え付けたミサイルを握って離さない。僅かな交戦時間ながら、男は2人の魔女がコンビプレーに慣れている事に気付いていた。そして、攻撃役は〝水刃の魔女〟。補助は〝風害の魔女〟。だからこそ、隙が出来る事に男は賭けた。本当に隙と呼べる隙なのか。あったとしても、その僅かな時間で倒せるのか。
 風害の名に恥じない、大規模な現象は着々と進行する。やがて、小粒の雨が降り始めた。

「私は命ずる、」

 生み出された積乱雲で奇跡的に隠れなかった月の光に〝水刃の魔女〟の瞳の色が瞬く。呪文を切り替えた。男は暴風の中、ベストの体勢を模索して動く。高空へ押し上げられ、大気から溢れ出した水が〝水刃の魔女〟の呪文で圧まり始めた。男は、身構えながら1人の魔女の事を考えた。
 今何処にいるのかも解らない、魔女。黒く長い髪。聳え立つトンガリ帽子。漆黒の外套。
 男から大切なものを奪った、この世で唯一憎悪している魔女。
 その魔女を意図的に脳裏に浮かべ、自ら興奮状態へと強制的に導く。血液の供給量が増大し、瞳孔が異様に開く。
 感覚の鋭敏さが増した。
 まるで、生き物のように暴風が揺れ動いた事に気付く。それは、僅かな緩み。だが、間違い無く〝風害の魔女〟は暴風の手綱を緩めた。暴風が沈静へと向かう間、男は残る暴風の影響で、体勢に僅かなズレを生じさせながらも、左足を、助走の一歩を踏み出した。

「水よ」

 左足に右足が追従し二歩目を刻む。右足を踏み締め、助走の三歩目へ。左足を最初よりも大きく出した。重要なのは、跳ねてはいけない事だ。地面に動力を伝え、全身にエネルギーを蓄える。

「圧き」

 右足が再び追従。四歩目だ。踏み込む。体勢は完全に持ち直した。
 視界の端に、再び瞳を輝かせて〝水刃の魔女〟に追従し、追い越すように呪文を口走ろうとしている〝風害の魔女〟の姿が見えた。
 男の行動を悟り、妨害しようとしているのだろう。

「刃と」

「私が命ずる、」

 2人の魔女の呪文が耳に滑り込む。まだ早い。こちらが、まだ早い。そう信じて踏み出す。
 大きく左足を。五歩目。最後の助走。

「なりて」

「風よ」

 全身の機能凡てが、ミサイルを投擲する為だけの装置のように駆動し、連動した。
 ミサイルを擲つ。
 〝風害の魔女〟は目を見開いた。自分の呪文が間に合わない事を悟ったのだろう。それでも呪文を止めないのは悪あがきか。
 問題なのは、〝水刃の魔女〟の呪文が発動するのとどちらが早いのか、だった。

「貫け!」



 貫いた。



◆◇◆




「しっかりしなさい!」
 焦燥を隠せずに叱責の声を上げる〝風害の魔女〟スプライトに、〝水刃の魔女〟スコール・ラバーは呻き声を上げた。
 男の投擲したミサイルが左肩を貫き、背中へ貫通している。まだ呪文の影響で降る霧雨が湧き出すスコールの血を緩やかに洗い流してゆく。スプライトは自分の外套を破り、傷口に当てて血を押さえながら小さなネズミを、使い魔を呼び出した。
「いい? 直ぐにペッパー医師を呼んできて頂戴。大至急よ」
 小さなネズミは頷くと、とてつもない速度で駆け出した。それを見届けると、スプライトはスコールへと視線を戻した。
「ごめんなさい、スプライト」
 痛む傷口に顔を歪めながら謝罪を口にするスコールに、スプライトは首を横へ振った。霧雨で濡れた頬を押し流すようにスプライトは涙した。
「私の方こそ。私があなたを守らなきゃいけないのに。ごめん、スコール」
「あの男は?」
「大丈夫。倒したわ。あなたのお陰よ」
 スコールにミサイルが突き刺さる瞬間、圧縮された水が降り落ちたのだろう。地面に無数の穴が空き、男もそれに撃たれて地に伏した。空いた穴の深さは泥で判別出来ないが、それでもアレだけ泥が跳ね上がったのだ。貫かれる直前、ギリギリでスコールの呪文が完成したのだろう。スコールが弱弱しく笑い、スプライトが笑顔を返した。
「私達は負けない。そうでしょ?」
 スプライトの脊柱をミサイルが貫いた。
 スコールは何が起きたのか理解できなかった。したくもないというのが本音であったが、理解が及ぶ頃にはスプライトは痙攣を終えて動きを止めていた。泥を踏み締める音が近づく。スコールはスプライトを殺された怒りや悲しみ憎しみよりも恐怖を一番に感じていた。息が荒くなり、恐怖と霧雨で冷えた身体が痛覚を忘れさせる。泥を這って、スコールは逃げようともがいた。
「圧縮された水はまるで槌でブン殴られたみたいだったよ」
 男、ガリガ・リソーダはスコールを無視してスプライトが致命傷である事をまず確認する。
 そして、5歩で泥中を這うスコールに追いつく。
「最初に頼んだだろう。あの人狼に敵意は無い。諦めてくれるなら、どちらも死なずに済む」
 見下ろす。手には、鉄槌と鉄杭。
「僕が本当に殺したいのはたった1人なんだ。その為に鍛えてきた。投擲の技もそいつを殺す為のものなのに、この様だよ」
 自嘲。興奮を落ち着けるように深呼吸をガリガは繰り返した。
「そう。殺したいのは1人だけだ。君じゃない。だから」
 ガリガは思わず震えた。自分が何をしようとしたのか。
 震える手で、鉄槌と鉄杭を腰に戻した。


「だから、僕は君を殺さないよ」



◆◇◆



「遅かったわね」
 懐中時計を片手に、背中のまである銀髪を揺らしてシラユキ・ホワイトフロートは入り口に立ったガリガを見据えた。目を細める。
「ずぶ濡れね」
「まあね」
 ミサイル筒を外し、雨と泥と血で汚れた濃紺の外套を脱ぎ捨てて、寒さで震えながら暖炉の前に陣取った。暖炉の遠赤外線で全身を水気を飛ばしながらクシャミを1つする。
「やだ。移さないでよ?」
「魔女を2人も相手にした僕にもっと何か無い訳?」
「ご苦労さま」
「……どうも」
 一言だけの労いに釈然としない顔を浮かべながら、ガリガは暖炉の中で揺れる火を見つめた。何も無い小屋だ。シラユキの隠れ家の1つらしいが、本当に何も無い。木製で落ち着く雰囲気なのはいいが、台所やベッドに机まで仕切り無く1つに空間に全部があるのはちょっと落ち着かない。時折に身じろぎをしながら、ガリガは水分が乾いていくの感じた。暖炉の火が揺れ、燃料が小さく爆ぜる音以外は暫く無音が続く。
「あの人狼、逃げれたのか?」
 そもそも、ガリガが魔女2人と交戦し、その内の1人を殺す破目になったのは1人の人狼と1人の娘を逃がす為だ。恋仲となった2人の駆け落ちを手伝う。だが、人狼を憎む魔女に彼は追われていた。それもその筈で、その人狼は元々は〝大神〟側として魔女と敵対していたのだ。恨まれて当然と言えるのだが、こっ恥ずかしい事に恋が彼を替えたという訳である。そして、主旨替えというのは悪い事じゃない。新たな事に気付く事は罪ではないのだ。だから、シラユキは請け負った。中立の立場として、彼らを逃がす為に尽力したのだ。
「勿論よ。ちゃんと、恋人と一緒に、ね」
 そりゃよかった、と呟き、ガリガは暖炉の温かさに目を閉じる。
 今日は、ひたすら疲れた。もうどうでもいいや。寝ちおう。
 ガリガは深い溜息をついて、暖炉の前で大の字に寝転んだ。やがて高イビキが、ガリガの口から漏れ出す。シラユキはガリガのイビキを五月蝿そうに聞きながらガリガを見下ろした。果てしなく苦笑に近い笑みを浮かべて。

「ご苦労さま」



 もう一度、労いの言葉を掛けると毛布を放るようにガリガの腹にのっけてやった。
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