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Blancheur … Part2

  この作品は、籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
一応こっちのほうが本編となってますがそっちの方も見ると世界観が上手く補完できると思います。


Part2.An old tale

Hound side

「俺はここで何をしているんだ…」
 ひとりでに言葉が口から出ていた。なぜ俺はこんなことをしているのだろうか。
「ハウンドさん、お疲れ様です。食料とか調達してきましたよ」
 マタギが温かいスープを持ってきてくれる。町の出店で売っていたものらしい。凍える体に染みいるように熱いスープが流れ込んでくる。
「あぁ、あぁうめえ。やっぱり人間まず食事だな」
「それで、ハウンドさんは何かわかりましたか?」
 マタギが期待して聞いてくる。しかし、それには何の返答もすることができなかった。
 数時間前、どこかに隠れてヴェアの野郎を待ち伏せる、と提案したのはこの俺だった。しかし、どうにも町の中は民家ばかりで、頼みこんでも入れてくれなかった。
「んでもって仕方ないからって、なんで雪をかぶって待ち伏せしてるんだ? 俺は…」
「え。だってそれ、ハウンドさんが自分から言ったことじゃないですか?」
 そうなのだ。『森で隠れるなら葉っぱや土をかぶる! つまりアウトドアで隠れるならその土地の背景に合わせてカモフラージュすればいいのさっ! 任せときなマタギっ!』と豪語しながら、本拠地の宿を勢いよく出て行ったのはこの俺だ。
「すまん、これは俺の失敗だ。さすがにそろそろ感覚が麻痺してきそうだ」
「ていうか、雪の中に埋もれて五時間も潜ってたら現地の人間でも普通死んでますよ。ハウンドさん大丈夫ですか」
「おいおい、これくらいで死んでたら世紀の軟弱者だぜ。男たるもの、この状況でさらにかき氷をオーダーするくらいの勢いがないとな!」
 親指をびしっと立て、マタギに笑いかける。
「なら、ハウンドさんのためにかき氷持ってきますね」
「すみませんごめんなさいそろそろ死んでしまいそうです」
 結局、宿に戻ることになった。その道中マタギはにこにこしながら、調査の経過を報告する。
「そういえばここの街の人に聞いたんですけど、この辺りに幻の城が出てくるらしいですね」
「幻の城?なんだそれ」
「どうもはっきりしないんですけどね。僕が聞いた話によると、ある時間帯になると、雪山の方にぼんやりとお城のようなものが出てくるらしいんですよ。でも、町の人とかが見に行ってみるとその白は消えてて、跡形もないそうです」
「ふむ…それだぜっ。ヴェアの居場所はそこに決まってる!」
 確信した。そこしかないだろう。以前戦っていた時にも、魔女がどうこう言っていたし、その雪山の幻の城も魔女によるものに違いない。
「いや、まだ決まったわけではないですけど」
「いいや、そこに決まってる。よし、んじゃそこに張り込むとするか。そうだな、俺が先行してヴェアを取り押さえよう」
 一番にヴェアを叩くのはこの俺だ。それだけは譲らない。マタギはしばらく考えていたが、観念したかのように嘆息し、俺を見る。
「まあ、いいでしょう。それなら僕の部下も何人か潜ませますよ。ハウンドさんが中に突入して合図があったら即座にこっちも入り込みますから」
「わかった。その時は、おそらく魔女もいるだろうな…おまえはそっちの方を頼む。ヴェアは完全に俺に任せろ」
「…やれやれ、本当にヴェアさんを追いかけまくってますね。まかりました。それではヴェアさんはお任せします」
 よし、これで俺とあいつとの決闘のおぜん立ては整った。あとは、その噂の城とやらに向かうだけだ。
 ふと、山の方を見上げる。そこには何もないようにしか見えないが確かに言われてみれば、なにかがあるような、そんな気がしてきた。

Luna side


 すこし来るのが早すぎただろうか。いや、そうは思わない。
 いつ来たって同じだろう。ルピスは私を追い返すはずだ。
 ルピスは私を許してくれるだろうか。その前にルピスが危険な目に合わないだろうか。
 レッドムーンも動いており、聖騎士もヴェアを追っている。常に異端警察の目は光っており、また先日の炎の魔女もまたあれで懲りたとも思いがたい。私たちは筋金入りの逃亡者なのだ。そう、まさに迷惑をかけるだけの。
 ルピスは数年前、私が行き倒れそうになったときに拾ってくれた。
その時まだ私は”目覚めたばかり”で、今の形式の魔法ではなく旧式の魔法しか扱うことができなかった。右も左もわからない、力も抑制されて、運命とどう立ち向かえばいいかすらわからないときに、ルピスは時に説教し、時に怒り、時に泣いてくれた。
親、というよりかは手のかかる姉――実質的に生きているのは私の方が長いのだが――のような存在であった。それだけに、今回もすぐに助けてくれるだろうと踏んでここに来た。
しかし、その期待はさすがに彼女に頼りすぎていたための虚像だと気づかされた。
「やっぱり魔女はいつだって一人ぼっちか」
 ぽつりと呟くが、今いる部屋には他に誰もいない。隣の部屋を与えられたヴェアは私のことを気にしていたが、さすがに一人にしてくれと頼み込むと渋々了解してくれた。また、ルピスにもう一度事情を話しにいくといってルピスのもとへ行ってしまった。彼にはメンタル面で負担をかけっぱなしである。
 彼もまた、私といる限りいらぬ追っ手に悩まされるかもしれない。おそらくヴェア一人ならば、ただ聖騎士から逃げているだけでどうにかなる。力の扱い方を知れば、人狼の力を狙う魔女や異端警察も相手にならないだろう。ただレッドムーンは、確実に私を目標として動いているだろう。今はまだ各地の魔女を狩っているが、そのうち私の情報もどこかから流れていき、レッドムーンは私を追いかける。
 レッドムーンは魔女も聖騎士も話にならない。ましてや異端警察など、例え束になってかかろうと相手にならないだろう。レッドムーンをヴェアに近付けること自体が無意味である。むしろ彼は私よりもより強力な――できることなら、ルピスのようなパートナーとともに力を蓄え、万全の状態でレッドムーンを倒してほしい。
「結局、お荷物さんは私か…」
 気が重くなる。魔女も万能ではないのだと、こういうときに切実に感じてしまう。自分の生まれつきの性質とはいえ、戦闘能力の薄い風の領域の魔法に強いだけでは、満足に戦場へとたつこともできない。
 力が抑制される前の前世紀であれば、風の魔法であってもある種その力のルールを打ち破ってでも非常識な魔法を扱うこともできた。しかし、今は文字通り小さな魔女である。
「迷惑をかける前に、去るべきか…」
 目を細め、窓の外を見据える。まだ日没には早い。今から風の魔法で突き進んでいけばふもとの町までたどり着き、夜中も歩いていればもうひとつくらい山を越えることができるだろう。
 逃げる生活はもともと慣れっこである。私がここから消えることができれば、ルピスも事態を察してくれる。彼女自身が動いてくれなくても、他に戦闘能力の高い魔女を紹介してくれるかもしれない。
 身支度を整え、荷物を抱えると、私は扉を押す。
「あ、その前に…私の身代わりでも置いていきますか」
 すぐにばれてしまっては私が追い付かれる可能性がある。それでは意味がない。集中してすぐそこにあるベッドを眺める。じわじわと瞳が魔力によって侵食されるような感触を味わいながら、私はそこに向かって命令する。
「妾が命ず、空気よ私の虚像を作り出せ」

Lupis side


 部屋で一人で考え事をしていると、扉をたたく音がして私は顔をあげる。
「誰?」
「あー、俺だ。ヴェアだ。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな。さっきのことについてなんだけど」
 その声はさきほどルーナが連れてきた人狼、ヴェアのものだった。
「…どうぞ、開いてますから」
 そう言うと、ゆっくりと扉が開かれ、その向こうからヴェアがすまなそうな表情でやってくる。おそらく彼もまた大神とルーナのいさかいに巻き込まれた一人なのだろうか。
「ああ、悪い。なんかしてたら邪魔したかな」
 どうやら先ほどのことでいろいろと話しづらいようだ。無理もない。彼らの旅の目的をばかなことだと叫んで一方的に退室してしまったのだ。むしろ私のほうが居心地が悪い。
「いえ、別に。少し考え事をしてただけですから」
「そうか、なら悪いんだけど俺と話をしてくれるかな…まあ、ルピスが取り込み中なら後にするけど」
「いえ、構いませんよ」
 ちょうどいい機会だった。この人狼の彼にも話を聞いておきたいことがある。
「それで、何かありますか?」
「あー、と。そうだな…ルーナのことについて知りたいんだけど」
「え、そちらも…ですか?」
「ん? まさかそっちも?」
 奇妙なやり取りとなってしまったしまった。しかし、お互いに知りたいことは同じのようだ。私は、彼とルーナが過ごした時間のことを――つまり、ルーナが私のもとを旅立ってからのことを聞きたかったのだ。
 それに気づくと、少し笑いがこみあげてくる。ヴェアのほうもおかしくなってきたのか、笑いをこらえるようにしているが、少し口元が緩んでいる。
「あ、それじゃあ私から話しましょう、知っている限りですがね」
 そう言うと、私は語りだす。彼女との思い出を。
 始めは、ただ単に逃げている途中で拾ったにすぎなかった。まだ聖騎士などは存在せず異端警察が猛威をふるっていた頃、数十年前のことである。追われ続けて疲弊していた私は、おそらく寂しかったのだろう、行き倒れていた彼女を助けた。
 彼女は眼を覚ましても、なかなか口を利いてはくれなかった。そのとき理由はわからなかったが、どうやら何かに巻き込んでしまうと思ったようだった。そのまま私の魔法の領域下であるこの雪国まで逃げることができ、数日かけてこの城を魔力で創り出し、幻という仕掛けを施した。
 そこまで安全なところまで来たのか、彼女はところどころではあるが様々な事情を教えてくれた。
 自分は力ある魔女の生まれ変わりで、百五十年の時を経て転生したのだ。だから、あいつもきっと転生しているらしいのだ。だからそいつを倒さなければいけないのだ、と。
「あいつって?」
 そこでヴェアが口をはさむ。
「大神…レッドムーンのことよ。とはいっても、その頃はまだレッドムーンなんて伝説に残ってる程度の印象だけで、私は信じることができなかった」
 それでも彼女は熱心に私に話し続けた。あまりにもその話が詳細すぎることと、彼女自身の熱意で、結局は信じることになったのだ。
 そこから彼女は、今の魔法の形式と昔の魔法の形式が若干違うことに気が付き、がむしゃらに現在の魔法を勉強した。
 百数十年前までは、それぞれの魔法には名前がついており、その名前を口にすることで魔法は効果をあらわすというものだったらしい。しかし現在の魔法は事象、物体に語りかけ、魔力を与えることで好きな命令を与えるというものだった。
「昔の魔法はもう使えないのか?」
「いいえ、そんなことはないですよ。ただし、今の形式の魔法の方が少量の魔力で器用に魔法を行使することができるので、そちらの方が主流となっていますね。反対に旧式の魔法は名前を呼ぶだけで行使可能なのですが、魔力の消費が大きいのです。もちろんそれに見合っただけの効果はありますけど。それに魔法を行使する方法も全然違うから無理に扱おうと思う人はもうほとんどいませんね」
 つまり、旧式の魔法は絶大な威力を持った大砲であり、現在の形式の魔法は扱いやすく便利な小型の拳銃型であるということだ。
 彼女は、そのふたつを学ぶことで来るべき敵に備えようとしていたらしい。しかし、元来の才能が風の領域に特化していたので、彼女は苦悩することになる。
「どうして?あいつの風の魔法は、かなり強かったぞ。相手の魔力を反射したりしてたし」
「そう…やっとそれができるようになったんですね」
 ふわりと、私は笑みをこぼしてしまう。無理もない、相手の魔力を利用する魔法など、氷や炎の領域の魔法であれば初期に扱える。
 風の領域は、相手を傷つけるもの――炎で燃やしたり、氷で凍結させたり――といったことよりもむしろ、移動速度を速くしたり空を飛んだり、物を運んだりといったところだろう。風の力に戦闘能力を求めるのは、酷というものだ。
「もちろん、疾風や暴風などを操れば攻撃することも可能ですが、それも簡単なことではありません」
 私が教えたのは、基本的に風に向いている魔法。空を飛ぶことや物を運ぶことなのだが、それを彼女は良しとしなかった。それら呪文書をかなぐり捨てて、なんとか風の領域を攻撃に転じさせる方法を学ぼうとした。
「私は反対しました。平穏に暮らすことを考えれば、この城の中で一生暮らせるだろうと。しかし、彼女はついに私のところから出て行ってしまったのです」
 そこから私と彼女は時折しか会わなくなった。彼女は顔を見せれば呪文書を一冊、私の書斎からくすねていってしまう、困った子だった。しかし、再開したときに見せる彼女の明るい表情が、それを容認させてしまうのだ。
「彼女は笑顔で私に言いました。『疾風を使えるようになったぞ』と。もちろん簡単なことではないです。それこそ魔女が数年を浪費してやっと扱えるようなものですから。しかし彼女はそれを三か月でこなしました」
 並大抵のことではない。勉強するなんて優しい言葉では申し訳ないほどに彼女は風の魔法で攻撃することを学んだのだ。
「すべては、レッドムーンのため、か…」ヴェアが呟く。
「そう、彼女はただただレッドムーンのためにと魔法を鍛えていました」
 そして、久しぶりに出会えた時、彼女はレッドムーンの人狼を伴い、私にレッドムーンの討伐を告げに来た。
「私は泣きたくなりました。彼女はまだレッドムーンを倒す気であり、それをついに実行に移すにまで至っているということ」
 いくら彼女が風の魔法を極めても、結局不向きなものを無理やり使っているだけなのだ。旧式の魔法のように、ありったけの魔法を込めればどうにかなる、というような楽天的なシステムでもない。
 このまま彼女がレッドムーンに出会えば、死んでしまう。
「…ここまでが、私の知っているルーナです。私は彼女とレッドムーンを会わせるわけにはいかない。どんなにあの子が私を恨もうとも、それだけは譲れません」
 そう。それは私の決意なのだ。彼女はさながら、しっかりしたようでどこか危なっかしい妹のような存在だ。彼女を見つけたときから、私はこの子を守ろうと決めたのだ。
「そうか…教えてくれてありがとう」
 ヴェアは長く考えた後に、そう告げた。
「私は、あなたと出会ってからの彼女のことが知りたいの。教えてくれる?」
「ああ、それは構わない」
 そう言うと、今度はヴェアが語りだした。
 まずは自分が人狼になったきっかけから、と言って彼がレッドムーンと出会ったときのことから、異端警察に追われてルーナの住む森まで逃げてきたこと。そこから彼女と出会ってレッドムーンの力を受けた人狼だとわかり、炎の魔女が来て、戦い、そしてなんとか勝つことができたということ。
 そして、やっとのことでこの私の城までたどり着いたのだということ。
「…今のが、俺があいつに出会ってからの全部だ」
 ヴェアはまっすぐ私を見ている。彼の言っていることに嘘や虚言は混ざっていない。それだけはわかる誠実さを持っていた。
「俺のこと、恨むか?俺が行ったからルーナをレッドムーン討伐のために旅立たせちまったわけだし」
「…いえ、それはヴェアさんのせいではありません。運命というものは、えてして誰の予想も外れたところに降ってくる雪のようなものです。むしろヴェアさんはその被害者でもあります」
 問題はルーナだ。私が断ったからといって引き下がるルーナではない。ここからどうやってルーナを説得すればいいか考えると、骨が折れてしまいそうだ。
「ヴェアさん」
 私は、ヴェアを呼ぶ。彼は気まずそうに反応するが、私が先ほど言った言葉で、幾分救われたようだ。ルーナのことを気負ってくれているのはとても安心する。
「ありがとうございます。私も少し気が落ち着きました」
「あ、ああ…俺もあいつのことが知れてよかったよ」
 微笑みを交わす。そして、私はもうひと仕事しなければならないだろう。すっと立ち上がって彼を見る。
「それではヴェアさん。私と一緒に彼女のところまで行ってくれますか。話すことがありますから」
 彼は了承し、部屋を出た。私もそれに続いて部屋を出る。
 部屋を出る時に外を見ると、もう日が落ちかけており、雪が降り始めていた。

Vere side


 部屋につくと、ルピスはごくりと喉を鳴らした。やはり、もう一度ルーナにレッドムーンの探索をやめさせるよう言いに来たのだろうか。話してみたが、彼女はやはりいい人のようだ。炎の魔女のような性格の魔女は、やはり一握りなのだろう。ただ、そういう彼女なだけに、反対されるのはルーナも辛いだろう。
 彼女はゆっくりと扉をノックする。しかし、返答はない。
「おかしいですね。いないのかしら」
「俺が部屋を出たときは確かにこの部屋にいたけどな」
 もう一度ノックする。反応はない。
「仕方ないですね…ルーナ、開けるよ?」
 ことわってから、ルピスは扉を開ける。俺も覗き込むと、ルーナは部屋に置かれたベッドの中で横になっていた。時折ゆっくりとその布団が上下している。
 ルピスは安心したように息を吐いてから、こちらを見て小声で話す。
「…寝てたみたいですね。後にしましょうか」
「待ってくれ」
 しかし、俺はどうに不可解だった。
「ルーナって、あんなに小さかったか?」
 俺の問いかけに、ルピスは眉をひそめる。確かに、意味のわからない質問だろうと俺自身も反省する。
「確かにルーナは、成年する前の少女くらいの外見ですら幼く見えるのは仕方がないかと…」
「そうじゃない。俺には見えるんだが――」
 言う前に嫌な予感が、冷たいものが背中をなでるような感覚に襲われる。
「あのルーナは、今までのルーナよりも魔力が異常なまでに小さい」
 少ししてからルピスははっと口を押さえ、すぐに寝ているルーナのところに駆けよる。俺もまた部屋に入り、ルピスの隣に立つ。
 普通に見れば、どこからどう見てもただルーナが寝ているようにしか見えないが、俺には魔力が以前の十分の一すらないように感じる。
「忘れてました。ルーナの魔法――風の魔法は、こういった”攻撃以外の魔術”の扱いは抜群に優秀でしたね」
 そう言って、ルピスはじっとルーナを見る。その瞬間、俺はちくりと体の中に刺さるものを感じる。
 その痛みが顔に出たのだろうか、ルピスはすぐにこちらを見て、あっと声を上げる。
「…失礼しました。ヴェアさんは人狼でしたね」
 ルピスはそう言いながら手を俺の額に置く。そのまま目を閉じ、少しの時間がたった。再びルピスは目を開ける。
「はい、これで私の魔力によって暴走することもないでしょう。ついでに、私の力でヴェアさんが魔女の魔力で見境なく暴走するのもある程度抑制しましたから、しばらく大丈夫です」
「あ、ああ…そんなこともできるのか」
「ようは、いろんなことの応用です」
 ぴっと人差し指を立てて微笑む。まるで教師のようだ。
 再びルピスはルーナに視線を戻す。先ほど感じた魔力の高まりを覚えるが、今度は痛みのようなものはない。ルピスの顔を見てみると、彼女の瞳は透きとおった青玉色をしていた。
「我が名の下に命じる、氷よその幻を打ち砕け」
 その瞬間、ルーナのもとに水のような氷のような粒子が収束し、ルーナの身体に付着したかと思うと一気にルーナの身体全体が氷となってはじけ飛ぶ。
「こ、これは…どういうことだ?」
 思わず叫んでしまう。しかし、ルピスは静かに考え込み、信じられないものを見たかのようにして目を見開く。
「まさか…ルーナ、あなた…」
 ルピスはすぐに踵を返して部屋を出る。俺もそれを追って部屋を出る。走っていくと、そのまま外に出て周囲をあわてた様子で見回している。
「ルピス、どうしたんだ?あのルーナはどういうことだ?」
「…私のもとからルーナが旅立った理由はもうひとつあります。あの子は自分の問題に他人が関わることが許せないみたいで、私のもとにいるとレッドムーンとの戦いに私を巻き込んでしまうから、自分はここにいないほうがいい、と」
「まさか、でも…」
「あなた自身も知ってるでしょう。先ほど炎の魔女との戦いの話を聞かせてもらいましたが、そのときに彼女は自分を囮にしてあなたを逃がそうとした」
 俺の脳裏に、あの時のルーナの顔が浮かぶ。張りつめた風船のような、すぐに泣き出してしまいそうな表情それでも彼女は常に能天気な声を出していた。
――大丈夫。私はヴェアを逃がすよ。異端警察からも、聖騎士からも、もちろんどんな魔女からもヴェアを逃がしてみせる。
「…っ! くそ! あのばか!」
 そう言って走り出す。魔力は、まだ少しだけ感知できるようだ。不幸中の幸いとも言える。
 しかし、少し走ったところで足を止める。振り返ると、ルピスが俺とはまた違った方向を見ていた。
「どうしたんだルピス!早く追いかけないと。ここらへんまで聖騎士が追いかけてたらやばいぞ!」
「いえ、もう既に…」
 言いかけて、ルピスは口をつぐむ。どうしたのだろうか。
「なんでもありません。ヴェアさんは先に行ってください。私はちょっと準備することがありますから」
 そう言って、俺とは全く違う方向へとルピスは行ってしまう。
「なんなんだよ…」
 俺は、仕方なくルーナの気配の後を追った。
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