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   空と海

    0・木曜日
 赤く美しい夕日が周囲を燃え舐めるように照らす。雲も、空も、ビルも。そして河原も。
 夕日、高架下、河原。とくれば、これは喧嘩における三大条件である。夕日を乱反射する川の水面。向かい合う二人。飛び交う拳。寄せては返す血しぶき!
 熱い場面の中、そこにはやはり制服の違う男が二人。
 一人は無傷で立ち、もう一人が傷付き膝を屈していた。
「も、もう止めてくれ!」
 男の一人が悲痛の叫びをあげる。
「バカか? 喧嘩ってのは食うか食われるか。どちらかが戦えなくなるまでが喧嘩なんだよ」
 対する男は耳を貸そうとはしない。
「頼む、頼むから…俺にもう殴らせないでくれ!」
 男は涙目で目の前で膝をつきている男に懇願に近い声をあげる。
「はん! さぁ、どっからでもかかってこい!」
 跪くような恰好の男は見上げながら鼻血を拭い立ち上がる。
「う、打てねぇ…こんな隙だらけの野郎をこれ以上は…俺にはできねぇ。俺の良心が咎める。むしろここで殴ったら負けな気がする」
「なんだ。来ないのか? 俺に恐れをなしたか?」
「お前…」
 相も変わらず無防備に近い構えをする男の顔面に、もう一人が握った拳が入る。ぷぎゃっ! と悲鳴を上げ仰け反る男に、更にそのボディを膝で蹴り上げた。
 まったく抵抗という抵抗を見せることもなく後ずさる男。
「なかなかやるじゃねぇか。だが、そんなんじゃ俺は倒せねぇぜ」
 頼むから倒れてくれ。と明らかに顔に出ているのを余所に、男はキザに口元を拭いながら言い捨てる。
「こ、こんな弱い奴、初めてだ。ってか、もう帰りたい」
「ど~した、ど~した!」
 さらに無謀とも思える挑発する男の眼は痛いほどまっすぐだ。
「そうか、お前だったのか。お前が…噂は本当だったんだ。お前があの伝説…」
 大きく構える男、あたかも鳥が大きく羽ばたこうと両手を広げている。格好から見ればどこかの漫画のワンシーンのようでさまになり、男なら誰しもが憧れるような“俺最強”的な構え、ではあるが、どこからどう見ても隙だらけであり、リアルにおいて殴ってくれと言わんばかりな格好である。
 しかし男はそれを平然と、そして自信に満ちた気をまとい、一切の迷いなど微塵も感じさせることもなく、喧嘩相手の男に向い構えているのだ。一般的な生物に置いて、自分に危険が及んでいると、つまり相手の防御・反撃を想定した時に起こる脳の危険信号で自分を昂ぶらせ相手へ攻撃する。相手のアクションが重要になってくるのだ。
 しかしどうだろう。この男の構えは喧嘩、しいては戦いにおいて不向き極まりない。それなのにさもそれ以外ないと言わんばかりに構え続けるこの男は、ある種違う意味で危険信号である。なんとなく、“殴ったら負け”のような感じを相手に抱かせる。
「お前があの…非暴力・不服従の“蒼天のガンジー”」


   1・金曜日
 五月雨 青空(さみだれ あおぞら)
“蒼天のガンジー”
の異名を欲しいままにする男!
決して非暴力・不服従を唱えているわけではないが、
欲しいままにする男!
別に本人は普通に喧嘩しているつもりだが、
欲しいままにする男!

 ワックスで逆立った金髪。耳に開けたピアス。ズボンからぶら下がるチェーン。ネクタイはダラリと首からぶら下がり、カッターの前はだらしなくはだけている。
どこからどう見ても、十人が十人口を揃えて言うであろう不良スタイル。誰もが気後れしてしまいそうなそんな格好とは裏腹に、天使のような澄んだ瞳が唯一浮いた存在だった。また百五十㎝という、男性としては小さい部類に入ることが彼の尖った部分を丸く見せていた。金髪は金髪でもゴールデン・レトリーバーのような存在だと思うのが一番近いだろう。
ちなみに、彼のあだ名は“ソラ”
☆   ★   ☆
 ソラは学校に向かって歩く。もちろん朝だ。一見、不良。二見、不良だが、ソラは無断欠席はもちろん、無断で遅刻もしたこともなかった。
 ソラの歩く通学路。通っている十六夜高校(いざよいこうこう)の生徒も多く歩いているが、避けられそうな外見のソラを誰一人として避けて歩く者はいない。気軽にあいさつしてくる者もいる。
 そしてソラは神社へ続く石畳の階段の脇に着く。
「おはよ。今日も時間通りだな。ソラちゃん」
「よっ! カミちゃん。元気~?」
 声をかけてきた神代にソラは気軽に片手をあげる。神代は「その呼び方はやめろ」と黒縁の眼鏡を上げながら、背を預けていた階段の手前に建っている鳥居から離れ近づいてくる。ソラとは対照的なザ・模範生といった恰好の男だ。
「お~い。ソラっち。おっは~」
「ニシちゃん。滑り込み、セーフ」
 走ってきた錦野とフゥ~! とお互い指さしながら朝の挨拶。
「うむ。また守屋の奴は寝坊か」
 腕時計を見ながら神代は唸った。誰が言い出したわけでもないし、決めたわけでもなかったが家の方向が同じ彼らは朝、決まった時間に鳥居の前に集合していた。
「いいんじゃねぇ~の。モリちゃんだもん」
 錦野と戦うふりをしてじゃれ合っているソラが言った。
その言葉に、そうだな。と諦めたように神代は首を振ると学校へと足を進める。
「しかし、聞いたぞ。昨日の喧嘩のこと」
 歩いていると唐突に神代が呆れ冷めた感じで口を開く。
「なになに? ソラっちまた喧嘩したの?」
 錦野はこれ以上にないまでに野次馬根性丸出しの好奇の眼差しを向けてくる。
 そんな二人の視線を一身に受け、ソラは右足をガードレールにかけ、前を開けていたブレザーを脱ぎ華麗に肩にかけると遠くを見つめて一言。…まぁな。
「で、で、で? 勝った? 勝った? 勝った?」
「楽勝とはいかなかったぜ。だがまぁ~、今回の奴も、俺様の気迫に恐れをなして、逃げて行ったがな!」
「出ました。ソラっちの聖人殺法っ!」
 褒めるな、褒めるな。と両手を軽く上げ満更なさげに錦野の褒めちぎりを抑える。その様子に通り過ぎる生徒達もクスクスを笑っている。
 ソラが不良のレッテルを貼られない理由は大きく分けて二つある。その一つが彼のこのノリの軽さや無邪気さが、周囲に悪以上に“ヤンチャなおチビさん”というイメージを与えるからだ。
 そしてもう一つは…
 周囲の空気が明らかに凍る。
 クスクス笑っていた周囲は急に彼らから慌てて一歩離れる。
 足音が聞こえた。走ってくる足音。
 青ざめる神代が気付いていない錦野の襟を掴み、緊急脱出と言わんばかりにソラから離れる。
 近づいてくる足音。ソラも気付いた。
 周囲は皆、心の中で合掌した。
「この足音は…おぉ~う。俺のウ~…ッグブ!」
 満面の笑顔で振り返ったソラの目前には綺麗な膝があった。特にこれといって対応できることもなくソラは突如現れた膝を顔面で受け止め倒れた。
「ソラっち~。だ、大丈夫か! …いつものことだけど」
 心配そうに様子を窺う錦野、ソラは白目をむいているのを見ると、その元凶に視線を向ける。
 そう、これがソラが不良と思われないもう一つにして最大の理由。存在。
 海原 シエル(うなばら しえる)その人だ。長いブラウンの髪、鋭い切れ長の目、外国の血を連想させる筋の通った鼻、百七十を裕に超える長身。女性の持つ“可愛さ”を一切排除し、その全てを“美しさ”に注ぎ込んだような彼女は、飛び膝蹴りの際に乱れた制服や髪を直していた。
「ウミ~! おっはよっ~う!」
 さっきまで白目をむいていたソラが復活、半分飛びあがるようにして立つと、三回転してウミの前に跪く。
「ああ~。今日という日はなんて素晴らしい日なんだ。今日の君は俺が見た中で間違いなく一番美しい。その瞳で見られたら俺の鼓動はハチドリ並に上がっている。お前と同じ空気で呼吸していると思うと俺の肺を通る血液が沸騰寸前まで沸きだっている!
 おうっ、ウミ! 朝一番のチューッ!」
 大きく両手を広げ、ビヨ~ンと飛びあがりウミに飛び込む。が、直前で頭を横から掴まれたソラはそのまま横のフェンスに顔をめり込ませた。
「うぬ~。なんて刺激的…そこが痺れ、キュー…」
 網状に顔をめり込ませているソラの頭をさらにウミの手がめり込ませる。
「ウガー…痛い痛い痛い! ウミー! もう無理。俺の顔が…俺の顔がところてんみたいになっちゃう」
 ウミが手を離した時には、ソラの顔には赤く網の模様がしっかりと刻まれていた。
 再び倒れるソラ。ウミはあまりの惨劇に凍りついている周囲に目を向ける。皆一斉に後ろを向く。それを確認したうえで、倒れ込んでいるソラの顔を鷲掴みにすると、軽々とソラを担ぎあげる。
「おはよ」
 周囲に視線を向け、短くウミは言うとソラを持って歩き去る。
「お…俺、愛されてる~!」
 そう言うソラの顔は至福な、そして満面の笑みが浮かぶ。
 ソラが不良と思われないワケ。ウミの毎日の仕打ちにより、ソラへの憐みが皆、強すぎるから…
☆   ★   ☆
「あんなののどこがいいの?」
 朝の惨劇後。授業が始まる少し前。
 一年二組の教室で天宮が後ろ向きに座りながら、優日(ゆうひ)に言う。まったく理解できないと言った感じに。
「いいでしょ。別に。ミヤには関係ないでしょ!」
 活発そうなショートカットの少女の天宮に、ウェーブのかかったセミロングの髪の少女の優日は頬を膨らませながら口を尖らせる。
「そりゃそうだけどさ~。でもなんでよりによって、あの学校一凶悪と恐れられるシエル先輩の彼氏なの?」
「だ~か~ら~、さっきから言ってるじゃない」
「はいはい。助けてもらったんでしょ? でもそれとこれとは別」
「お礼言いに行きたいって言ってるだけじゃない!」
「うっそで~い! そんな言い方じゃないぞ~。あわよくばお昼でも一緒に食べませんか的なこと考えてるだろ!」
 ビシッと指でおでこを指される優日は、あう~と反論する気配はない。図星と見える。
「まったくあんたって、たまに大胆に行動を起こすよね。でもさ、やっぱ止めた方がいいって。相手がシエル先輩じゃ。私の部活の先輩でシエル先輩と仲いい人いるんだけど、その人の話ではシエル先輩、中学の時は悪達の間では相当名を馳せてたらしいよ。チョーッ喧嘩に強くて、ついた異名が“大海の女豹”だって。ありえないって、まあ、若干納得できるけど」
 二人の頭にシエルのイメージが浮かび、思わずため息が出た。
「気が滅入るわ~。んで? 昨日何があったって?」
「だから~…」
 またか、と言った感じに優日は話し出す。

 昨日・下校時間・河原の歩行者用のロード。昼間は散歩の人が多くいる所だが、時間なだけに誰もいない。
 優日、ガラの悪い他校の生徒に絡まれ中。
「なあ、遊びに行こうよ~」
「いい加減にして下さいよ!」
 まったく一人で帰っている時に限ってとは、本当についてない。基本的に男という種類の生物が苦手な優日にとって、軽そうな笑いを見せる男は恐怖以外に何物でもない。必死で泣きそうなのを我慢しているのだが、それが相手には逆効果らしくさらに強く迫ってきた。
「お願いします。ホント、止めてください」
「絶対楽しいって! 行こうぜ!」
 ついには手を掴んで強引に引っ張ってきた。怖くて声が上がらない優日を救ったのは高々と響いた笑い声。
「わ~はっはっは、は~っはっはっはっは~」
「あん? 誰だ?」
 声の主が現れないので周囲を見渡す男と優日。聞こえ続ける笑い声を頼りに二人の視線が横を流れる川へ…上流から黒い塊が。
「話は全て聞かせてもらいましたぞ!」
「なんか流れてきた?」
「女の子に強引に迫るとは…その不埒な悪行三昧退治てくれよう!」
 流れてきた物、いや者は優日達の前まで流れてくると起き上がり、川から上がってきた。
「なんて登場の仕方してくるんだよ」
 戸惑う男を余所に流れてきた奴は優日と男の間に割り込む。
「お嬢さん、逃げな!」
 あまりにキラキラした目で見られてドキッとした優日はこの目の前の者の存在に気付く、よく見れば同じ学校の制服だ。そして金髪で身長が小さいと言えば、十六夜高校には一人しかいない。
「あ、ありがとうございました」
 優日は深々と頭を下げて逃げるように背を向け走った。
「お前の相手は俺さ!」
 背中越しに噂で聞いたぐらいしかないがおそらく、五月雨青空の声が聞こえてきた。
☆   ★   ☆
 授業終了を知らせるチャイム。お昼休みで皆、思い思いに集まり机をくっつけ、お弁当を開ける。
 ウミは青いナプキンを広げ、お弁当をあけて食べ始める。何の不思議もなく。何の迷いもなく。さも当たり前のように…ソラのお弁当を。
「また今日も彼の奪ってきたの?」
 呆れた感じでウミの前に座っている雪梨が言った。
「違うわよ。お弁当を借りてきただけよ。そしたら(今日も)偶然に中が入ってただけ」
 ウミはサラリと言いのけながらたこさんウィンナーを頬張る。
「ほんっと、愛されてるね~。ってか、相思相愛? 妬けちゃうよ~。こっちが恥ずかしいわ」
「別に私はあんな奴は何とも思ってないわよ。あいつが勝手に私にくっついてくるのよ」
「はいはい。そう言えば昨日も二人で手つないで帰ってたよね」
 雪梨の言葉にウミは少し顔を赤らめる、箸でつまんでいた卵焼きがお弁当へ落ちた。
「な、な? ちが…違うわよ。あれは握力を測ってただけ!」
「でも、いくら恥ずかしいからって、見つかった瞬間にソラ君を川に投げ捨てることないじゃない。可哀そうよ。そのまま流れて行っちゃったし」
「握力を測った後に、投げの練習しただけよ!」
 箸をタクトのように振りまわし面白いほどに慌てふためく姿は、大人びて見えるウミを幼く見せる少ない一コマである。雪梨はその様子を楽しむように見ていた。
「そう言えば、私の後輩であんたに興味があるようなことを…ん? あれ、ソラ君じゃない?」
 教室の窓から見える渡り廊下の所に視線を向けた雪梨が、そこにいるソラを見つけた。
「誰かといっしょ…あれ?」
 視線を元に戻した雪梨の視界にはすでに空になったイスと開けっぱなしのお弁当だけがあった。
☆   ★   ☆
「ソラちゃん。今日もお弁当は波にさらわれたのか?」
 机に伏せているソラに神代が近付きながら言った。毎日、ウミにお弁当を取られることを海にちなんで「波にさらわれた」と言うようになって早、一年ちょっと。
「ん? あぁ。いいよ。別にあいつのために作ってるようなもんだし。こうでもしなきゃ、俺の作った物なんて食わないからな」
 起き上がりながらソラは窓の外を見て言う。開けられた窓から入ってくる風が気持ちいい。
「そうだな…ただ、言ってることはカッコいいんだが、泣いてたら台無しだぞ」
「うぅぅ…俺のお弁当ぅ…」
 ハンカチで滝のように流れている涙を拭くソラだった。
「ソラっち、やっぱ今日も取られたんだな」
 見れば錦野が立っていた。
「俺、パン持ってんだよ。やろうか?」
「おお! マジか? くれ」
 錦野はおもむろに自分のカバンをあさる。
「ちょっと硬いけど大丈夫だよな?」
「歯には自信があるぞ!」
「お前、ちょっと味気ないが“フ”から始まるパン好きか?」
「フランスパンはジャパンの次に好きだ!」
「じゃ、はい」
 そう言って取り出したパンをソラに渡す。「おう」と言いながらソラはパンの取っ手を受け取ると、一見してラケットのような形のパンに齧り付く。
「そうそう。この歯応えが堪らない…って、ゴォラッ! 歯、折れるわ! 全部、インプラントになるわ」
 自分でも一〇〇点満点を付けたくなるノリ突っ込みをしながら、錦野から受け取ったフライパンを返した。
「そんなことより、早く購買に行った方がいいぞ」
 一連の流れを冷静な眼差しで見ていた神代が言った。ソラもそうだなと頷き立ち上がる。
「おいおい、待て待て。もっと今のボケ伸ばそうぜ! 短すぎるだろ。俺、これだけのために家から持ってき…」
「お疲れさまでした!」
 最後まで言わせることなく、神代が錦野を抑え厳しく放った。それにシュンとなる錦野。
「あ、そうだった。俺、委員会の集まりがあるんだった」
 錦野は思い出したように言うと、教室を急いで出て行った。
「あいつ本当にこのボケだけに出てきたんだな…」
「まったく、貴重な時間を無駄にしやがって」
 そう言いつつ二人は購買へ向かう。

「何この台車?」
「いや~。一気に距離を詰めたほうが恥ずかしくないかな? って思って。あ、来た」
 購買へ行くには渡り廊下を通らなければならない。もちろんソラと神代も例外ではない。何やら変な会話を聞きながらも、神代は無視した。
「なんだろう? さっきから見られている感じがする」
 ソラが渡り廊下を歩きながら呟く。
「まさか俺に恋した幽霊? まさか俺に惚れたストーカー? まさか俺を愛してしまった刺客? …」
「どうしても自分が好かれているのが前提らしいな。だが、あながち間違いでもなさそうだ。たぶんその視線はあれだ」
 神代が指さす方からガラガラとキャスター音が聞こえた。振りかえるソラ。
「先輩! 昨日はありがとうございました! あ…止め方考えてなかった…ミヤ」
 顔を真っ赤にした女子がすぐ傍までいた。台車に乗って。助けを求めて振り返った女子の目に、遥か遠くで転んでいる友人を見る。台車は勢いが止めることなく衝突した。小さいソラは「あぁ~」と宙に舞う。
「うむ、これはお前に一目惚れした殺し屋と言った所だな」
 窓から落ちそうになっているソラの襟を掴みながらいたって冷静に、そして楽しそうに小さく笑みを浮かべながら台車から降りる女子を見て言った。

「ホンット~にすいません。すいません。すいません」
 土下座する勢いで謝られてもされた方が困る。
「いやいや、別に気にすることはないぞ」
 ぶつかってきた子とその友人にソラは言う。
「いえ、気にしますよ。助けてもらった人を殺しかけるなんて。恩を仇で返すような物です」
“ような”ではなくまさにそのものだが、ソラは口に出すのはやめた。
「すいません。あまりの緊張で恥ずかしくて」
「まあ、そんなに謝るな。そりゃ、俺も昨日の助けた子に窓から落とされたのは驚いたが、な~に毎日が同じ日常じゃつまらないからな。そんなことより、昨日はあれから何事もなく帰れたか?」
 ソラの言葉にコクコクと頷く。
「あ! そうだ。自己紹介してませんよね。すいません。私は、優日っていいます。優日月美(ゆうひ つきみ)です」
「おお! 俺は五月雨青空だ。空と月なんて運命感じるな!」
「そうですね!」
 すでに二人の世界と言った感じで意気投合している。
「いや、感じないでしょ」
「いや、感じるなよ」
 蚊帳の外の天宮と神代もある種、意気投合している。
「月見とか、うまそうな名前だよな。月見団子ってなんであんなにうまく感じるのかな。お前の呼び名“夕日団子”でいいか?」
 唐突に失言を発するソラ。
「ちょ、お前、初対面に近い女の子にそれはないだろ」
「先輩ちょっとそれは可哀そうですよ。ねぇユウ?」
「…いや、全然構わないです!」
 ――…いいのかよ。ってか、なんて笑顔しやがるんだ…――
 振りかえった優日の顔は言葉では不可能なほどに満足感溢れる笑顔をしていた。
「五月雨先輩は…」
「ソラでいいぞ」
「ソラ先輩はお昼は?」
 ようやく本題に入った。
「これから購買に行く所だ」
「それは先輩ラッキーですね。実は私、今日お弁当食べきれないくらいに作っちゃって、一緒に食べません?」
 お弁当をいつもウミに奪われるという情報は、すでに天宮から入手済みだ。
「マジか! それは助かる。君は天使だ。大天使だ。いや女神だ」
 その喜びように、優日は隠すこともなく天宮に振りかえりピースサインをしてみせる。
「やったぜ! 昼飯代浮い…」
 背中に悪寒を感じたソラの言葉が止まる。
「その好意と、行為は嬉しいけどゴメン。無理っぽい」
 急に謝るソラに疑問を持った周囲も、数秒後に把握する。
「あら、ソラ。偶然ね。こんなとこで何してるの?」
 ウミが近付いてくる。それだけなのに優日と天宮は背筋が伸びるような、腹の底から冷えるような感じがする。すごい威圧感だ。
「知らない子ね。紹介…」
「ソラちゃんの友好関係を邪魔する資格はお前にはないぞ」
 割って入るのは神代だ。こういった場面にソラを助けるのは大抵彼の役目になっている。
「邪魔なんかしない。ただ紹介してって言ってるだけじゃない」
「怖いんだろ? ソラちゃんが他の女に靡くのが」
「はぁ? 何で私が? こいつの友好関係なんて」
「見苦しいな。ちょっとかわいい子と話してるだけで焦るなんて」
 チクチク指すような神代の皮肉は的確にウミの急所を狙う。とうとうウミが怒り出した。
「意味分かんない! 別に私は焦ってない。だいたいあんたこそなんなのよ。そんなんだからホモとか言われるのよ。ソラなんて勝手にすればいい」
 そう言い捨てるとウミは子供っぽく引き返していく。
「おい! ウミ。カミちゃん言い過ぎだぞ。またな夕日団子!」
 優日に片手をあげると、ソラはウミを追って走り去った。
「夕日団子だって…いきなりあだ名もらっちゃった。エヘヘ~」
 走り去るソラを見送りながら優日は天宮に笑顔を向ける。
☆   ★   ☆
 所変わって錆麦(さむぎ)高校。
 不良高校で有名な学校の一つ。
 剣道場で正座する者が一人。素顔はわからない。黒く鋭い狼の仮面で隠されている。黙々と目をつむっている。が、そこに付け入るすきなど感じさせない。いつでも横に置いてある木刀で攻撃できるとでも言わんばかりのオーラを身に纏っている。
「ここは剣士として神聖な場所であると知っていて入るか?」
 目を瞑ったまま小さく言う。
「あんたが荒木かい?」
 男の声に、いかにも。と荒木は答える。
「私が荒木だ。何か用か?」
「レイン…ってのは知ってるよな?」
「レイン…か。噂だけならな。今では都市伝説のようなチームの名。存在も危ぶまれたほどのチームだ。噂では当時の中学生で構成され、その一人一人が他で頭になれるほどの逸材ばかりだったとか…くだらない作り話ではないか」
 うっすら笑みを浮かべる荒木、若干蔑みが入っている。
「皆が黒いレインコートを着ている。フードで顔を隠しているから、皆正体は不明の集団だ」
 男が荒木の後に続けるようにして言った。
「砂漠(錆麦高校の呼び名)の頭はってる鮫島。あいつは元・レインらしいな…」
「らしいな。興味はない」
「だろうな。あいつはホントに元・レインなのか?」
「知ってどうする?」
「あいつは知っているのかな? 彼の正体を、所在を。レインのリーダー格の男、レインマンの正体」
「バカバカしいな。彼は単なる巷の不良が作り上げた偶像に過ぎない。存在はしない」
「彼が現れる喧嘩場はいつも雨が降っていた。チーム・レインの名前の由来。青いレインコートの男・レインマン。彼は実在する」
「仮にいるとしても、知ってどうする?」
「さあ、興味本位かな?」
 男が近づいてくるのがわかった。
「だったら、直に鮫島に聞くがいい。私は興味がないと言ったぞ」
 男が間合いに入った瞬間。荒木は脇に置いた木刀を持ち薙いだ。閃光のような一閃。まともに当たったらただではすまないであろう攻撃。手ごたえはあった。
「つぅ~、手厳しいな。さ…荒木さん。じゃ、また来るわ」
 男の顔には節分で被るような鬼のお面を被っていた。仮面の男は左手をヒラヒラさせている。荒木の化け物じみた攻撃をバックステップと掌握で回避したのだ。並の反射能力ではない。
 男は仮面越しにもわかるように笑うと去っていった。
「レインマン…か。くだらん。守護者め」

 喧嘩の理由は些細なことだ。肩がぶつかったとか、彼女を取ったとか取ってないとか。そんなくだらない。そして小さな喧嘩が、波紋を呼び、類を呼び、友を呼んで大きくなった。
 乱闘。この状況を一言で言えばそうなる。
 夕日も暮れかけたころ、錆麦高校の校庭はそんな感じだった。戦況は圧倒的に錆麦高の有利だ。
 そんな光景を楽しむようにして座って見ている者達。
「所詮は十六夜高の不良なんざ、砂漠に比べりゃぁ、坊ちゃんですぜ!」
「そう言ってやんな。あいつらも屑なりに頑張ってる方だ」
 卑しく笑い合う二人、又井(またい)と平目(ひらめ)はずっしり座る鮫島に媚うるようにいう。この二人は卑怯兄弟と呼ばれているほどに卑しく、サディスト。倒れて許しを請う相手にも平然と二人で暴力を振り続ける。そんなイカれ具合は鮫島が後ろにいることでさらに拍車をかける。
「ん? 荒木じゃねえか。こっちに来いよ」
 鮫島は目敏く帰ろうと剣道場から出てきた荒木を見つけた。荒木は無視して歩き続ける。その前に又井と平目が滑り込んでくる。ヒョロっとした二人だが異様なほどに目がギラついている。狼の仮面越しに冷たい荒木の目が捉える。
「どけ」
 その目に怯む二人。
「そう冷たく言うなよ」
 荒木の背後で声がする。咄嗟に布のケースに入った木刀を振るが、掴まれた。
「いいから見てけや! 今、面白くなる所だ」
 鮫島が荒木の木刀を掴み言う。緩んだ笑みを浮かべ、荒木を舐めるように見ている。
「子供の喧嘩などに興味などない」
「なら遊びに行くか? 今、終わらせてくる」
 そう言って鮫島は乱闘状態、否、今ではリンチに近くなっている喧嘩場の方を向き歩き出す。
 百九十を超える長身。制服越しにもわかる鍛えられ盛り上がる筋肉。鋭い三白眼。他者を完全に圧倒する存在感だ。
 彼が近付くことで喧嘩場の空気が変わった。
 鮫島の前蹴りで一人が吹き飛ぶ。衝突に近いその攻撃で受けた者は失神した。
「弱いな~。お前ら屑みたいに弱い」
 丸太の様な足で鮫島は次々を蹴り飛ばしていく。すでに敵は戦意を喪失しているにも関わらずまるでボールのように蹴っていく。その後を狙ったように又井と平目は倒れた者達を踏みつけていく。
「やめろ!」
 鮫島達を止める声。見ると茶髪の十六夜高校の生徒の一人だ。
「誰に意見してんだ? 鮫島さんだぞ、鮫島さん」
「殺されて~のか? あん?」
「そんなことは知ってる。だが戦意喪失した奴らをいたぶるのは屑の証拠だぜ」
 茶髪は鮫島の目を見て真っ向から言いのけた。
「お前がどれだけ強かろうが、昔、どんなに凄いチームにいようが、底が知れるぜ。それにこれは一年同士の喧嘩だ。あんたが出てくるのはおかしいだろう!」
「言いたいことはそれだけか?」
 鮫島の岩のような拳が茶髪の顔面をガードした腕の上から殴りつけた。空中に浮く茶髪。着地しよろける所に蹴りが飛んだ。まともに受けて倒れ激しく咳き込む。
「鮫島さん。もっと痛めつけてやりましょうぜ!」
「そうっす。こいつらにもっと恐ろしさを教えてやりましょう」
 又井と平目が茶髪の脇を抱えるようにして立たせる。
「放せ、この野郎!」
 茶髪は二人を振り払うと、鮫島を睨みつけ構える。大きく両手を広げる。まるで鳥が羽ばたくように。
「なんだ? なんの真似だ? こいつ馬鹿か?」
 隙だらけの構えに鮫島がおかしそうに笑いながら言う。又井も平目も声を上げて笑っている。しかし茶髪は大真面目だ。
「お前らなんか。先輩に敵うもんか」
 鮫島が蹴り込もうとした時だった。近くでパトカーの音が。
「この続きは今度にしようや。今度はその先輩とやらも一緒に」
 鮫島がそう言い残し背を向けた。
「命拾いしたな」
「運のいい奴だぜ」
 又井、平目も背を向ける。周りの奴らも思い思いに散っていく。
「どうだ? これから遊びに行くか?」
 鮫島が笑みを浮かべ荒木に言う。
「彼らは十六夜高校か?」
 鮫島を無視して荒木は問う。頷く鮫島に、荒木は少し考えたような仕草をしてから口を開く。
「次に喧嘩するときは私も呼べ」
 そう言い残し、荒木は背を向け歩き去った。荒木の視界の端に先ほどの仮面の男が見えた。おそらく通報したのは彼だろうが、あえて無視した。
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