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空と海…3

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 空と海   

   5・火曜日
 翌日の昼休み。そこにはあってはならない光景が…
「ソラちゃん…き、今日はお弁当食べてるんだ…」
「それは…いいことですよ! な?」
「そうそう。数少ない自分のお弁当の味を噛みしめろよ」
 自分の席で一人自分のお弁当を食べているソラに神代達三人は彼らなりに励ましていた。
 ソラの気の落とし方は尋常ではなく、生気を感じられない。そして五分に一度の頻度で授業中だろうが何だろうが、発狂したようにメールを打っていた。目の血走り方が異常であり先生も注意を躊躇ったほどだ。からかっていいレベルを完全に超えていた。
「俺に構わないでくれ。一人にしてくれ」
 涙目で訴えるソラ。
「おいおい。大げさだぞ! たかがウミに無視されてるだけだろ? むしろいつもの暴力がなくて清々するじゃないか?」
「あぁ、ウミが俺を無視する~」
 錦野の言葉にさらにソラは落ち込んでしまう。慌てて錦野は謝るが、ソラの背中は小刻みに揺れ始め、次第に大きく。そして最後は、「うあわあ~!」と叫びながら走って教室を走り去った。
「あれは病気だわ」
 ソラを見送り神代が呟いたのを守屋が静かに頷いていた。
☆   ★   ☆
 パンを齧るウミ。その前で居た堪れない様子でお弁当を食べる雪梨。
「あの~…」
「黙って食ってろ」
 ウミの静かに言い捨てる。素直に「はい」と黙るしかない。
「うあわあ~! ウぅ~ミぃ~っ!」
 勢いよく教室に入ってくるソラに教室にいた数人がふいた。皆、昨日の惨劇は知っている。恐ろしくてビクビクし話題にしないだけだ。そんな彼らを一切に無視し、ソラはウミに縋りついた。
「俺の話を聞いてくれ~」
「触らないでください。汚れます」
 発言、行動なしにしてみれば学校一の女子と名高い彼女の爽やか笑みが逆にソラの心臓を抉る。
「じゃあ、せめてメールだけでも返してくれ」
「そんなもの目が腐ります」
 今初めてウミを見ればなんと麗しい女子か。と思うだろうが、実際を知っている者達にとってみれば鳥肌物だ。
「ごめん。申し訳ありませんでした。俺の不徳が致すところです。ただ信じてくれ。ホントに何もないって!」
「もう話さないで、耳が腐ります」
 土下座するソラに冷たく言い放つ。
「言ってくれ。どうしたら許してもらえる?」
「アハハ、おかしい。許すも許さないも。私は怒ってすらない」
 取り付く島もない。
「なんだよ! 怒ってるんだろ!」
 だんだんソラの声も大きくなってくる。
「怒ってなんかいない。だって君と私はまったくの無関係だもの」
「そ、そんな言い方…あんまりじゃないか!」
 ついにはソラが立ち上がり怒りだした。完全な逆ギレです。
「た、確かに俺に非があったよ。俺が悪いよ。でも説明したとおり、あれは何もなかったんだ。そんなに怒ることないだろ!」
「だから、私は怒ってないって言ってるでしょ!」
 ウミの気が昂り立ち上がる。睨みあう二人。身長的にウミがソラを見下ろす感じになる。
「怒ってるじゃないか! 不満があるなら直接言ってこいよ! ぶつけろよ! 遠まわし怒ってんじゃねぇ。女々しいぞ!」
「私は女よ。女々しくて何が悪いのよ! 逆ギレしてんじゃないわよ。あんた本気で謝る気あるの?もう勝手にすればいいでしょ! あの小娘と仲良くやれば?」
 教室中の空気が氷点下に域に達しているのを構わずに、二人は怒鳴り合う。おそらく二人の口喧嘩は初めて見る。全員、心の中で“帰りたい”と思ったが動けなかった。
「っ! わかったよ! 勝手にするよ。お前はそのままグジグジしてればいいだろ! もうウミなんて知らないも~ん!」
 そう捨て台詞を吐くと、泣きながら教室を走って出て行った。
「あ…ちょ、ソラ……私も、知らないもん!」
 こうしてこの日、今朝から五分おきに来ていたソラからの謝罪メールはぴたりとやんだ。
☆   ★   ☆
錆麦高校剣道場。今日も荒木は仮面を被り正座し黙祷していた。
 これは習慣。己を律し、周囲を律し、厳しくあり続ける。そこに甘さが入り込む余地などあってはならない。心身共に鍛えなければいくらその道を極めようが半人前だ。これ剣の道だけではない。より高みを見たければ自らを追い込むしかないのだ。
 まあ、その厳しすぎる荒木の指導が顧問や、同期達を遠ざけ、今では剣道部は荒木一人となっているのだが。
 剣道場に誰か入ってくる。前のようにこっそりとではない。おそらく以前の男ではなく…
「何用だ? 鮫島」
 静かに荒木は気配のする背後に声をかけた。
「よくわかったな」
 相変わらず嫌らしい口調だ。
「何用だ?」
 荒木は目を開け鮫島の方を向くと再度口を開く。
「夜高の奴らに今日、仕掛けるぜ…前、呼べって言ったろ?」
「…夜高の連中は謝罪してきたと聞いたが。それでは筋が通らんだろう」
「か~。わかってねぇな。お前は、喧嘩ってのはどっちかが売っちまえば、いやでも始まっちまうんだ」
 納得いかない荒木に構うことなく鮫島は歯を剥き笑う。
「…で? 来るのか、来ないのか」
「私は無力な者をリンチすることは我慢できない…が、それとこれとは別だ。共に行かせてもらおう」
 ゆっくりと荒木は立ち上がる。
☆   ★   ☆
 彼女は貪るようにして食す。一切の森羅万象を無視するかのように、目の前にある物を何構うことなく、まさにそれは一騎当千の如し勢いで食す。
 まるで底の抜けた器を水でいっぱいにしようとするように、手を止めることなく、味わうということを知らずただ行動するのみ。
 一時間食べ放題のケーキバイキングでウミは食べる。
 彼女の周りは活きた闘志の渦巻く修羅場と化している。和気あいあいな感じの場所であるここも、今日はその一角だけは異様な空気が流れていた。周囲も目を合わせない程度に様子を窺い警戒しているのがわかる。
「もう、止めた方がいいって…」
前に座っている雪梨がオズオズと言いだすがウミは聞く耳を持たず、一睨みするだけ。
「そんなに食べると太るよ」
 さすがにこの単語には反応して手を止めた。口の中の物を飲み込み、手についたクリームを舐めてから水を飲んだ。そしてそれとなくテーブルに置いた携帯を見る。
「ソラ君からメール来なくなったね」
「あんな奴知らん! どっかで野垂れ死んでしまえばいいんだ」
「またそんなこと言って。素直に許せばいいのに」
「なっ! 元はと言えばあんたらの変な計画とやらの…」
「あああ―――――…」
 両手で耳を塞ぎ目をつぶり声を出す雪梨。完全な「聞きません」と意思表示だ。ウミは額を摩り溜息を吐く。
「ホントに…イライラするっ!」
 そう呟いて皿に山盛りになっているケーキに再度手を伸ばす。
「だいたい、なんでそんなに怒ってるわけ? 彼の性格からして多分変なことにはなってないって…いや絶対。絶対に!」
 ウミの刺すような睨みに雪梨は両手を振り回すようにして慌てて訂正する。その様子に再度、溜息をついた。
「別に…私だって疑ってるわけじゃない」
「じゃあ、なんで怒ってるの?」
「……私はあいつの家に行ったことがない…」
「はぁ?」
 ブーと頬を膨らませ恥ずかしそうに呟くウミに、雪梨は口には出なかったが「何言ってんだ? こいつ」とオーラが出ていた。雪梨でなければ殺されている。
「あいつの家族がいるときは何度か行ったことはあるが…親がいなくなってからは、一度も家に入れてくれたことがない。なのに」
「自分は入れないくせに、後輩の子は家に招待した?」
 うぅんと身を縮こめるウミの反応が答えを語っている。正確にはソラが招待したのではなく、半分強引に優日が押しかけたのだが、そんなことはウミには関係ない話だった。
「要するに嫉妬か」
「…っ! ち、違う」
「嫉妬か!」
「違う~!」
「嫉・妬・かっ!」
「……まぁ、そうだけど」
 珍しく折れたのはウミだ。
「だって、不公平だろ?」
「言えばいいんじゃない? そうやって」
 半分白けた感じに最善と思えることを雪梨は言う。
「それは無理」
 腕を組みながらウミは即答した。
「私から、そんなことをあいつに言うなんて恥ずかしくてできるわけがない!」
 言いきった。
 疲れきった感じで雪梨は時間を見る。
「早く、ソラ君来てくれないかな~」
 ウミに聞こえないように雪梨がボソリと言った時、扉があくベルの音。振り返ればソラではなく錦野がいた。
「はあ? なんで錦、あんただけなのよ!」
 怒り混じりの雪梨の声に気付いた錦野が近付いてくる。
「ウミ。たぶんソラっちがえらいことに巻き込まれてる!」
「「はぁ?」」 
 ウミと雪梨の目が点になった。
☆   ★   ☆
 夕日が目にしみる。商店街を歩く二人。
「ねぇ、聞いた。今日ついに五月雨先輩がシエル先輩にキレたらしいよ。昼休みに」
一緒に帰る天宮は隣の優日にしゃべる。
「なんか、悪いことをしたよね。先輩に」
「悪いってもんじゃないわよ」
「でもこれで、奪いやすくなったわね」
「あんた、最近怖いこと言うわね、ってどこ向いてんのよ!」
 明後日の方向を向いて親指をたてる優日に、素早く白けた目で突っ込む天宮。エヘヘっと笑う優日はホントに幼く見える。
 アハハハと顔を見合せて笑う二人の脇の路地からゴミを撒き散らして何か飛び出してくる!
「どわっ? 何? バカトモじゃない!」
 出てきたのは茶髪の男子、友崎だ。
「どうしたの? 友崎君。血出てるよ」
 優日が指摘するように友崎の鼻から血が出ていた。血が出ているだけではない、制服は乱れ息は切れている。尋常ではない。
「お? おぉ、バカテンに優日じゃねぇか。まぁちょっとあってな…って、誰がバカトモだ!」
 友崎が出てきた路地から荒い複数の足音が聞こえてくる。
「くそ。あいつらしつこいぜ!」
 路地から出てくる学生服に身を包む男達。見るからにガラが悪い。優日と天宮の目が点になっている。
「おい、なんか夜高の奴ら増えてるぞ。仲間を呼んだのか?」
「こいつら、もしかしてバカ?」
 男のスカポンタンな発言に天宮が思わず漏らしてしまう。
「だとこぅらぁっ! 関係ねぇ。こいつらまとめて捕まえろ!」
 当然のことながら怒りだし向かってくる男達。
「「ギャァー!」」
 捕まえようと走ってくる男達に優日と友崎はほぼ同時に天宮を掴んで走って逃げる。
「ゴメン! 私、嘘つけないか…あ」
 走りながら謝る天宮は前からも来る学生服の男達。つまり挟まれたということ。
「あ…もう無理」
「もう! ミヤちゃん。いつも簡単に諦めないでよ」
「こっちだ。走れ」
 友崎に導かれ三人は細い路地に入っていった。
☆   ★   ☆
「ホントにそこにウミが…?」
 意気消沈するどころではない暗雲が立ち込めるソラが歩きながら錦野に縋りつくように訊ねる。
「間違いないって。雪っちが携帯で知らせてくれたもん」
「ユキちゃんが…」
「まあ、さしずめ罪滅ぼしとでもいったところか」
 神代と守屋はソラ達の一歩後ろを歩いている。
「でもソラさん。これはある意味チャンスかもしれないですよ。あの凶暴な女豹から、おしとやかな後輩団子に鞍替えです」
「モリちゃんは黙ってて…でも、ウミに会ったらなんて言えば」
 大きなため息をつくソラ。さっきから溜息しか出ない。
「これはもう、いきなり抱きついてチューしかないですね!」
「守屋。お前は黙って…」
「それだ! モリちゃん、天っ才! その方法しかないな」
 いきなり元気になったソラは手で唇を拭っている。
「でもウミは暴れると思うから、みんな動きを封じてくれ!」
「「「それは不可能だ」」」
「さあ、行くぜ! 俺に続け。いいかみんな。勝負は一瞬…」
 上機嫌で進んでいくソラの携帯が鳴り、出た瞬間に笑みが消えた。漏れてくる声は男の声で、大声で話しているらしく離れていても聞こえてきた。
「トモ。落ち着け。今どこだ? …わかった。今から行く」
 短くそう答えるとソラは不思議そうな顔をする三人に向く。
「悪い。急用ができた。ウミに謝ってきてくれ」
「ソラちゃん。喧嘩か?」
 神代の問いにソラは小さく頷く。
「最近、うちと砂漠が喧嘩したって聞きましたけど、それで?」
 守屋の問いにも頷く。
「ウミにはこのことは言うなよ。いいな」
 踵を返し走り出すソラ。
「おいおい、ソラっち。止めた方がいいって。砂漠の奴らって言えば容赦ないので有名だもん。警察かなんかに…」
「バカ野郎! あいつは俺を頼ってきたんだよ! 後輩に頼られて答えないで何が男だ!」
 一喝してソラは振り向くことなく走り去っていく。
「あらら、行っちゃったよ。どうする?」
「錦。取り敢えずお前はウミにこのことを伝えろ。ソラちゃんが一人で砂漠の連中の中に突っ込んでいったってな…後もう一つ別にあるんだが聞いてくれるか?」
 耳元で神代の指示を受け「わかった」と錦野は頷くと、急いでウミ達のいる場所へ向かおうと走りだす。
「さて、じゃあ、俺らは俺らで動くぞ。守屋」
「俺に命令するんじゃねぇよ。神代」
 二人は肩を並べて歩き出す。
☆   ★   ☆
 逃げる逃げる。必死で走る追われる三人。
「ああ、無理。もう無理。走れない!」
「ミヤ。しっかりしてよ」
「お前。もし捕まったらどうなるか分かってるのか? それはもう筆舌には表せない極悪非道の限りを尽くされるんだぞ。まあ、最悪。子供の三人ぐらいは覚悟だな」
「怖いこと言わないでよ! だいたいそんな話じゃないし!」
「そうよ。そんなことしたらいきなり方向性が変わったってクレームが殺到よ!」
「いや~。そこら辺はうまく隠して回避するだろ。前例がある」
「…さすがに二ページも無駄にはしないわよ」
「そうよそうよ」
 と言いつつも優日と天宮の走るスピードが増した。
「おい、こっちだ」
 友崎の指示で壊れたフェンスを潜る。その向こうには廃車がいたるところで山のように積んであった。
「や~っと、捕まえたぜ!」
 走っていた三人。急に出てきた者が優日の手を掴んだ。卑しく笑う男だ。思わず優日の口から「うわ」と声が漏れる。
 同時に隠れていたもう一人が気を取られている友崎の頭を殴った。よろけ膝をつく友崎。
「うぅ、誘導されてたのか…」
 頭を押さえながら呻く友崎に殴った男は笑みを浮かべる。
「おい、ちゃんと女つかんどけよ。又井」
「一人に一人だろ。そっちの女をさっさと捕まえろよ。平目」
 平目は笑みを浮かべたまま天宮の方を向いた。
「う~ん。逃げきれるかな? ユウ」
「あう~。男子に掴まれてる…気持ち悪い」
 天宮の声は優日に通じていない。参ったと言った感じに後ずさる天宮の前に、一人立ちはだかる。
「お、おめー、いい一体どういうつもりでー」
「こういったことは感心しないな」
 そいつは奇妙にも黒い狼の仮面を被っている者。
「荒木っ! てめー、裏切るぅっ…!」
 又井が凄む前に、素早く荒木が彼の目前に木刀の切先を向けた。
「私はこんなことをしに来たわけではない。行くがいい。非力な者達よ」
 荒木の隙を見せない木刀に竦んだ又井と平目に、友崎は起き上がると天宮、優日を連れて奥へと逃げる。
「逃げろ逃げろ。貴様らには興味などない」

「遅かったな」
 迷路のように続く廃車の間の道を進んでいった三人に向けて言われた言葉。それと同時に友崎が後方に飛んだ。
「待ちくたびれたぞ。夜高の屑」
 初めは壁かと思ったがそこには人が立っている。鮫島猛。錆麦高校の不良たちのトップだ。鮫島は凶悪そうに口を開けている。彼の前蹴りを受け激しく噎せ返る友崎。
 鮫島の後ろには錆麦高校の生徒が少なく見積もっても二十人は立っている。彼はあまりの迫力に立ちつくす優日と天宮を素通りし悶える友崎をさらに蹴り、踏みつける。友崎は体を丸めることしかできない。
「や、やめて!」
 天宮が友崎の体を覆い庇うようにして割って入った。
「お、おい、止めろ!」
「うっさい。あんたは黙ってな…あ、ユウ?」
 楽しいショーでも鑑賞するように薄ら笑いを浮かべる鮫島の前に、優日が立ちはだかった。なんでこんな行動をしたのか。言ってみれば反射だった。親友の天宮を守ろうとした行動だ。
「なんだ? 俺様にたてつくのか? そんなことしたって障子紙程度にしか役にたたねぇぞ!」
 大きく振りかぶられた拳。それは優日にはまるで岩にしか見えない。そんなものが自分に向かって振り上げられている。足がすくんで動けなかった。目を堅く瞑る。歯の一本や二本は覚悟した。
 一秒・二秒…拳は優日にはぶつかってこない。目を開ければ拳は阻まれていた。まるで滑り込むように間に割って入った男。
「待たせたな。お前ら!」
「「「ソラ先輩」」」
 ソラが鮫島の拳を左手で受け止めながら右の親指を立てる。
「んだ? 邪魔なんだよ!」
 自分の拳を止められたことへの怒りで顔を赤らめる鮫島は体を回転させると、回転蹴りをソラに放つ。避けれる距離ではない。否、避けれたとしても避けることはできなかった。咄嗟に背を向けた瞬間。ソラの背中に衝撃。後ろ、振り返ったので前にいた優日を抱きしめるようにして友崎達を飛び越えて吹き飛ぶ。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
 ようやく勢いがなくなった頃に守るように腕で包んでいた優日に訊ねる。優日は突然のことで呆然と頷きながら涙を流していた。
「涙を拭け。怪我がなくてよかった」
「で、でも…先輩。ごめんなさい…」
「謝るな。俺は大丈夫だ。早く、友崎とAを連れていけ」
 起き上がるソラはズカズカ近づき鮫島に向かい合う。
 百五十のソラに百九十の鮫島。まるで子供と大人だ。
「お前らの相手は俺がしてやるぜ! さぁ…」
 そう言ってソラは両手を広げて構える。
「どっからでも…」
 それはまさに鳥が羽ばたこうとしているような構え。
「かかってこい!」
 そして完全に無防備な構えだ。蒼天のガンジーだ!

   間

「なかなか、お前ら。やるじゃねぇか。そんなに俺の必殺技、スーパーナチュラル・ロイヤルデストロイヤーが食らいたいらしい」
 顔中血塗れのソラは袖で拭いながら言った。
「しぶてー。殴ってる手が痛くなるぜ」
「ヘヘヘ。ちげーねぇや」
 木製のバットを持っている又井と平目が笑いながら言う。ソラは総勢二十を超える錆麦高校の連中にほとんどリンチに近いことをされ未だ立っているのだ。流石にこれ以上殴ったらやばいと他の者達は顔に出ていた。が、又井や平目はもちろん、鮫島はそんなことは一切考えていなかった。どこまでも冷血にソラを見る。
「あのままじゃあ、ソラ先輩が死んじゃうよ」
「でも、俺らが出ていってどうこうできるわけじゃない」
 物陰から飛び出そうとする優日を友崎と天宮が止める。
「おらおら、さっさとぶっ倒れろよ!」
「助けてくれって叫んでみろ!」
 又井のバットを腹部に平目のを左肩に受け、ソラは後ずさるが地面に拳を付けなんとか踏み留まる。
「そりゃ…そりゃあできねぇ相談だぜ。お前らにはわからねぇだろうな。俺なんかに憧れてくれてる奴がいる。俺なんかに涙を流してくれる奴がいるんだ。そんな奴らの前で情けねぇ負け方はできねぇ。そんな奴らに弱ぇ背中は見せられねぇんだ…っく!」
 顔を上げたソラの顔面に鮫島の大きな拳がめり込む。吹き飛ばされそうになったのをソラは踏みとどまり弾き返す。
「きかねぇぞ。お前らの攻撃なんてきかねぇ。軽いんだよ。お前らのそんな中身のねぇパンチなんざ。軽すぎて羽みてぇだぁ!」
 再度、拳を振り上げる鮫島の後ろで悲鳴が上がった。振り返れば手下の何人かが倒れていた。その上に髪を靡かせ立つ女。
「ウミ…あいつら言うなって言ったのに」
 ボソリとソラは舌打ちしたが、鮫島達には聞こえていない。なぜなら彼女の登場に驚いているからだ。
「大海の女豹だ…」
 誰かがポツリと言った。ざわつく周囲を鮫島が静めた。
「おいおい。ビビってるのか? 俺らは人数的にも勝ってるし、相手は女だ。勝てるぞ。女豹をやったとなれば砂漠はさらに名を挙げられる。かまうこたぁねぇ。一気にたたみかけろ!」
 鮫島の合図で各面々が思い思いの武器を手にウミに向かう。
「あぁんっ!」
 皆が気付いた頃にはウミの拳が男の顔を捉えていた。振り抜くと同時に男の後方にいた者達を巻き込み数メートル吹っ飛ぶ。
「私のソラに何してくれてるのよ!」
 唖然とする中、ウミは別の者の頭を掴んで廃車にぶつける。
「あいつに手ぇあげていいのは、この」
 振り下ろされる木刀をスウェーで躱す。
「私だけなのよ!」
 ウミはグルリと体を回転させると、その勢いのまま下から上へ拳を振り抜く。ウソみたいに男の体が宙を舞う。
「すげー。始めて見た。あれが、オーシャンズ・クローか」
 陰で友崎が感動していた。
「なにそれ?」
「ウミさんが、昔、得意としてた技だ。まぁアッパーだ」
 一騎当千の様子を見て改めてウミに畏敬の眼差しを向ける三人。を余所に、ウミは手当たり次第に暴れている。
 両側から又井、平目がバットを振りかぶってくるが、振り降ろされるより早くウミの拳が襲っていた。しかし彼らはフェイク。攻撃した後のウミを鮫島が狙っていた。丸太のような腕の豪快なラリアット。それを受けて強く地面に叩きつけられる。
 咄嗟に態勢を整えようとするがふら付いてしまう。それに追い打ちをかけるかのように鮫島の前蹴り。それはなんとかガードで踏みとどまるが、ウミの顔が苦痛で歪むのを見逃さない。
 そんな時…
「お巡りさん。こっちですこっち!」
 雪梨の声が聞こえてくる。その後に警察の制服姿が…
「こ、こら、お前ら何やってるんだ!」
 走ってくる。
 一同、一気にパニックになった。
「退け。逃げろ!」
 一斉に散っていく、あっという間に誰もいなくなった。
「うまくいったわね」
「遅いわよ」
 雪梨は満足そうに言いながら近づいてくる。
「そこのあんた達も来ていいわよ」
 ウミに呼ばれてオズオズと出てくる友崎、優日に天宮。近づいてわかったが、警察官の姿の男は…
「錦野先輩? 何て格好してるんですか!」
 警察姿の錦野に驚く三人。
「いや。前に劇で使ったんだよ。似合うだろ…そう言えばカミっちとモリっちは?」
「来てないですよ…そうだ、ソラ先輩は?」
 慌てて思い出したように振りかえると、ソラの姿はなかった。
「ソラ先輩、あんな怪我してたのにどこに?」
「追ったんでしょ。決着付けてないから」
「! そんな無理ですよ。シエル先輩、助けてあげてください」
 懇願してくる優日にウミは頭を掻いた。
「大丈夫よ。あいつは大丈夫。それに助けに行けそうにないしね」
 ウミの視線の先には敵が一人。
「あなたはさっきの…」
「私、荒木と申す。この時を待っていた」
 狼の仮面を被り木刀を構える。
「あらあら。喧嘩じゃ拝めない殺気ね。あんた、そりゃあ喧嘩じゃなくなるよ」
 軽く構えを取るウミめがけ木刀の切先をピクリとも動かさない。
「承知の上だ。私はさらなる高みへ行く。そのためには強き者でなくてはならない。強き者の血であらねばならない。それは、決して非力な弱き者の血であってはならないのだ!」
 荒木は一気に間合いを詰める。容赦なしの振り降ろし。ウミは半身になり躱すが、荒木の木刀は止まることなくウミにむかって切り上げられる。身を逸らし回避。それで休むことなく切りつけてくる。荒木の閃光のような太刀捌きは目を見張るものがあるが、それを躱し続けているウミもまたしかりだ。
 荒木の下段を狙った一刈り。ウミは飛びあがり避けながら、前転してそのまま踵を落とす。
 踵と木刀が交差する。勢いのある踵が勝り後ずさる荒木。それをウミは見逃さない。固めた拳を胴へ、それを木刀で受け止め後方へ飛ぶ。
「そんなお面じゃ、見にくいでしょ?」
 踏み込むウミの顔スレスレに突き出した木刀が通り過ぎる。まるで鞭のようなウミの手が荒木を襲う。
 仮面が割れ、後ろで束ねていた髪が解け乱れた。
 仮面を押さえ後ずさるが、手の隙間から仮面が砕けていく。
「お、女の人だったの?」
 荒木の素性が女であることに、男だと思っていた優日が素っ頓狂な声を上げた。
「ってか、あの二人、人間の動きじゃないって」
「俺、パンツしか見えなかった…」
 雪梨と錦野の素朴な感想。
「ああ、あんただったの。どっかで聞いた声だと思ったら」
 そんな中、ウミ一人が妙に納得した感じで言った。
「おのれ、海原シエル。貴様という奴は…」
 お互いに知っているような口ぶりだ。そんな時、急にパラパラと雨が降ってくる。
「あら、空が泣いてるわ」
「そうだな。直、終わるということだ。お互いに次で終わらせようではないか。打ってこい。オーシャンズ・クローをな。女豹」
「生意気なことを言う。狂剣士(ベルセルク)」
☆   ★   ☆
 警察官が錦野であることを知らない錆麦高校の連中は廃車置き場から逃げるべく走っている。散り散りになった中で一番デカイ集団の先頭をゼエゼエと又井と平目が走る。
「やっと来たか」
 彼らの前に立つ者に足を止める。見れば十六夜高生が二人。口元をグッと結んでいる模範生のイメージを寄せ集めた男と、薄く笑みを浮かべるモデルのような甘いマスクの男。神代と守屋。
「んだ? てめーら。やるってのか!」
 人数的にも勝っていることなどから強気に出る又井。周りも先ほどウミに無様にやられ腹の中がムカムカしているらしく好戦的な目で二人を見ている。
「やるかやらないか。それを決めるのは俺達じゃない。お前達だ」
「何意味のわかんねぇーこと言ってやがるん…」
 木製のバットで殴りかかってくる又井だったが、神代の足がそれを妨げる。動いたのは確実に神代が遅かった、だが、神代の腰を回転させて出した蹴りがバットよりも速く又井の目前にあった。わずか数センチの所で寸止めしている。
「俺達と喧嘩してみるか?」
 大きく仰け反る又井に神代は冷たく言う。
「…ヘヘヘ。まさか、そんなわけないじゃないですか」
「そーっす。そーっす。やだな、喧嘩なんて野蛮なこと」
 いきなり下手に出てくる二人。神代の今の動きに他の者も苦笑いをしている。
「そうか…なら行け。二度と夜高(うち)には構うな」
 神代が首で促すと、その脇を卑しく笑いかながら二人が通り過ぎていく。瞬間、回れ左した。
「うちらがこれで引くわけねぇーだろうがっ!」
「このバカが! 死ねやっ!」
 神代の後頭部めがけて振り下ろされたバット二本。それは守屋が両手で掴んでいた。
「バカは、お前らだな~」
 相変わらず笑みを浮かべている守屋だが、彼に握られているバットは両手で持っているにも関わらず二人にはピクリとも動かせなかった。
「お、おおおめー! 俺らに手ぇ出してただで済むと思うなよ!」
「そぉーだ。そぉーだ」
 守屋が手を離したとたんにへっぴり腰で怒鳴り散らす。
「お前ら。面白いな」
 笑う守屋達を錆麦高校の者達が囲む。
「お、俺らの大将の鮫島さんが黙っちゃいないぜ!」
「鮫島さんはああ、あの有名なレインに入ってたんだ」
 完全に虎の威を借る狐だ。
 その言葉に神代と守屋は頭を掻く。
「んー。で、守屋。わかったのか?」
「さぁー。桜吹雪に聞いてみたが、あいつ元からおしゃべりじゃないからな」
「分かんなかったんだろ? まぁ、今回でわかったか」
「いやいや。ランクが低すぎるってこともあるぞ」
「んむー。まぁ、どこまで。という制限がなかったからな」
「おめーら。何ごちゃごちゃ言ってやがる!」
 いきなり話しこみだす二人に平目が怒鳴る。
「いやー。なんて言うか。思い出せないんだよな」
「鮫島なんて名前の男の存在がな…」
 守屋が考えるように顎に手を当て、神代が軽く手を叩く。
「? 何を言って…っ!」
 平目の言葉が詰まる。周りにいる者の息が詰まる。
 囲まれている…
 皆が皆そう言った瞳をしていた。
 周り一面を囲む存在達。神代の合図で出てきた者達。廃車屋根の上、ボンネットの上、地面の上を、思い思いの格好で立っている。ただ、ただ一つの共通点…
「レインコート…」
 誰かが言った。周りにいる者達が着ている共通の物。黒いレインコート。全員が全員羽織り、そしてフードを深々と被る。
 その時、雨が降り出す。何の前触れもなく。
「ああ、空が泣いている…」
 守屋の言葉を合図として全員が、空を見上げ靴を踏み鳴らす。
「「「…――我ら、無限なる天上の涙なり。
我ら、偉大なる天上の刃なり。
我ら、絶対なる天上の愛その物なり!」」」
 圧倒される光景。一寸の狂いもなく、乱れもなく。彼らは足をならし、声を揃える。
「お、おめー…お前…あなた方は…」
「懐かしいぜ。同窓会みたいだ」
「口で一言『解散』で終わらされたんだ。俺達の鋼の絆はその程度で切れるような代物じゃないだろ」
 戸惑いを隠せない周囲を余所に満足気に周りを見渡す二人。
「嘘だろ? マジかよ…本物? …レイン?」
 神代と守屋はおもむろにレインコートのフードを被る。
「初めまして。レイン・第一極(ウーヌス):代理人」
「同じく。レイン・第二極(ドゥオ):守護者」
 フードの中で不敵に笑うのがわかった。
☆   ★   ☆
 鮫島が一人で逃げている。他の奴らなんてどうなろうが知ったことではない。
「ん? んだテメー、殴られたりねぇのか?」
 鮫島の進行方向にソラが立っていたので、足を止める。
「人は、男はなぜ喧嘩をする?」
 ソラは自分の手を見ながら呟く。別に答えを待ってるわけではないようだ。呟き続ける。
「どうということはない。それが男という存在の道であるからだ。強さこそが生命の価値であるから。だからこそ、俺は自分に枷を付けた。強くなるために…あぁ、なんて悲しいんだ」
 広げた手を軽く掲げる。すると、まるでそれが合図であったかのように雨がシトシト降り始めてきた。
「空が…泣いている。お前が哀れだと。ウミを殴ったお前は俺が自分自身に付けた枷を外した…ケリをつけよう。来い」
「何ふざけた事言ってんだ? フラフラなヤローがよ。お前は泣きを見るんだよ! 女のケツに隠れてるような。屑が!」
「一つ言っておく……殴る時は全力で来い」
「…っ! テメー。なら望み通りにしてやるよ」
 大きな巨体が迫る。大きな拳が迫る。凄い威圧だ。凄い迫力だ。だがソラは一歩も動かない。
 巨大で岩のような拳がソラの顔に衝突した。避けることもなくそのまま正面衝突だ。しかし…
 殴った鮫島にも異変がわかった。ソラは仰け反りもしない、引きもしない。ただ立っている。まるでパンチ自体なかったかのように立っている。鮫島にとっては壁に殴ったような感覚だった。
「なんだ? それがパンチか?」
 冷めたように言うソラは手を振り上げ拳を握る。握り締めた拳。同時に力を込められた腕が筋肉で膨れていく。制服にしっかりとソラの腕の形がわかる。
 そして鮫島は今日初めて恐怖した。それは異様としか言いようがない。どう考えてもソラの方が一回りも二回りも小さかったはずだったのに、ソラが拳を握った瞬間からどんどんソラが大きくなり圧倒されるほどに、自分が豆粒になったかと錯覚してしまうほどに巨大化した。
 もちろん実際にはそんなことはない。ソラは小さいままだ。なんと表現すべきか。そう、まさに存在感…であろうか。
 足がすくんだ鮫島が見上げる中、ソラは拳を振り下ろす。否、鮫島には見えなかった。拳が落ちるのを判断するよりも速く、拳が彼の顔面を潰していた。百九十を超える彼の巨体が地に落ちる。
「これがパンチだ」
 なんともあっさりした幕引きだった。圧勝というしかない。地面とキスをし、自分の撒き散らす血で顔を濡らす鮫島を見下しソラは言い放つ。
「今度、俺のウミに手ぇあげたら…殺すからな」
 雨でおりている髪を手で逆立てるとソラは踵を返した。
☆   ★   ☆
 雨に打たれ対峙する二人。
 軽く構えるウミに対するは上段に構える荒木。
 張り詰めた空気に優日達一同が見守っている。話してはいけないような、指一本でも動かしてはいけないような、そんな緊張感が支配するのに皆、身を強張らせていた。
 時間が止まったような膠着状態を崩し動いたのはウミ。間合いを詰め軸足で体を回転させる。そのまま回転に合わせて拳を下から上へ振り抜く…はずだった。
 荒木が動いていた。回転したウミの踏み込む足へ自分の足を滑り込ませ肩からぶつかるように接近。それでウミの勢いが軽減された。すかさず柄の部分でウミのこめかみを殴り、振り払うウミの攻撃を下がり避けながら木刀を振り下ろす。木刀はウミの左背中に当たる。
「浅かったか…」
 顔を顰め打ち据えた所を摩るウミに荒木は歯軋りする。今の一撃で倒すはずだったのにと。
「もう一回よ」
 明らかに目の鋭さが増したウミは構える。先ほどのように軽くではない。左拳は低めに、右拳はまるでキスするように口元の高さに。荒木も同じく構える。
 また始めに動いたのはウミ。まったくさっきと同じように動く。軸足を中心に回転する。荒木も同じようにぶつかって…
 体ごとぶつかりにいった荒木の体を、ウミの鞭のような左手が遮った。否、弾いた。
「そんな猿芝居が二度通じると思うな」
 ウミの右拳はすでにスタンバイしている。左手によって荒木は完全にバランスを崩していた。
 ……――来る、避けれない――……
 竜巻のような回転から繰り出される台風のような強烈な一撃。荒木は反射的に柄をぶつけていた。衝撃が木刀越しに伝わってくる。押し返せない。
 そのまま振り抜かれる。なんとか直撃をまのがれたが木刀ごと持っていかれた。完全に無防備。
 右を振り抜いた勢いで体をすでに捻っているウミ。左が来る…
 ……――あぁ、間に合わない、か――……
 荒木は木刀をしっかりと握った。
 ウミの痛烈な左拳は容赦なく荒木の胴を薙いだ。ぶつかった廃車の山が揺れるほどに荒木は勢いよく飛んだ。そしてずり落ちる。
「す、スゲー…ありえねぇ」
「化け物か?」
 あまりの戦いに友崎と雪梨は思わず声に出てしまった。が他も同じようなことを思っていたが声にならなかった。
「大丈夫? あんた達。怪我ない?」
 ウミの問いに皆全力で首肯する。
「っ・・・! どこを見ている~。まだだ」
 振り向けば木刀を杖代わりに荒木が立っていた。
「頑丈ね」
「うるさい! 黙れ。私はこの時のために強くなったのだ。この時のためだけにあそこを抜けたのだ。全ては貴様を倒すために!」
「はぁ? 別にあんたに恨まれるようなことしてないわよ」
「気にするな。一方的な嫉妬だ。同じ女でありながらどこまでも強い貴様は尊敬に値する。しかし、抱かずにはいられないこの焦燥感。つねに私は貴様の背中を見続けなければならなかった。全てにおいて私の前にいる。お前が現れてレインが消えた。お前が現れて青空さんが変わった。お前が! お前がレインから青空さんを奪ったんだ。わかっている。それが醜い嫉妬であることぐらい。惨めになるのは自分であることぐらい。でももううんざりなんだ! お前と青空さん、二人の並んだ背中を見続けるのは。これは、これは理屈ではどうにもならん問題だ! だから…」
 ふらつく体に歯を食いしばり切先をウミへ向ける。
「だから戦え。この私と…」
 ウミはしばらく荒木を見る。そして大きく溜息をついた。
「まぁ、そこまで言うんなら。戦うけど。容赦はしないわよ」
「無論だ。されてはこちらが困る。
 私は元レイン・第四極(クァットゥオル):狂剣士。いざ」
 先ほどと同じように構えるウミ。しかし今回は動かなかった。よろよろと近づく荒木を待っていた。
 振りかぶる木刀。逆に荒木は後ろに引っ張られた。
「危ないもん振り回すなよ」
「っ! 守護者?」
 後で振りかぶった木刀を守屋が掴んでいた。
「離せ! 離せよ!」
「レインの名にこれ以上泥を塗るな」
「代理人…」
 荒木の前に神代が立っている。それで荒木も諦めたように崩れおちた。悔しさに歯を食いしばる。
「な~んか。ホントにみんな揃ったって感じだな。桜吹雪!」
「……私は、桜木だ」
「そのやり取りも久し振りに見るな」
「でも今は荒木って名乗ってるんだぜ。どっちか死んだのか?」
「失礼なこと言うな。どっちも生きてる。荒木は母方の方だ」
 間の抜けた会話。昔のままの会話に闘志も冷めてしまった。ふら付きながら荒木は立ち上がる。
「帰る。青空さんに合わせる顔もないしな…女豹。今日は貴様の勝ちでいい。だが、いずれ…」
「不意打ちぐらいしなきゃ、あんたじゃ勝てないわよ」
 不敵に笑うウミに荒木は小さく牙をむくように笑うと去った。
 ソラが来たのはすれ違うようにしてのことだ。
「ソラ先輩! 大丈夫でしたか?」
「ああ、お前も大丈夫か? ダメだぞ。これからはこんな無茶したら」
 一早く近づいてくる優日に微笑みかけながらソラは言うと、浮かない顔でまっすぐ端で座っているウミの元へ。
「怪我は?」
「ないわよ」
「見せてみろ」
「いいわよ」
「いいから!」
 そっぽを向くウミの顔にソラは顔を近づけると、ハンカチで顔に付いている泥を拭った。
「頬の所が痣になってる…なんでここに来たんだ!」
 溜息をついたあと、いつもよりも厳しい口調で咎めた。
「何よ。そんな言い方ないんじゃない? お礼を言えとは言わないわ、言われる筋合いもない。でも結果として私はあんたを助けたのよ(別に助けるつもりなんかなかったけど)」
「別に俺も助けてくれと頼んだわけじゃない。喧嘩には極力首を突っ込まない約束だろう!」
「はぁ~。大体あんたが喧嘩をするから私が尻拭いを…」
「俺の喧嘩で、俺のためにお前が怪我をしたんじゃ、俺は居た堪れないじゃないか」
 澄んだソラの瞳がウミを見つけた。まったく子供のように無邪気に、そして切なげに訴える。今にも泣きだしてしまいそうなソラの表情にウミが折れた。
「わかった。わかったわよ。私が悪かったわ」
「ほんと! わかればよろしい!」
 いつものように笑顔を見せるソラ。
「分かったが…私が助けてあげたことに変わりはない。それでお礼としてはなんだけど、一つ願いを聞いてもらうわよ」
 ウミのそっぽを向きながら口を開く。
「なんだ? 言ってみろ」
 首を傾げるソラに、ウミはしばらく黙っていたが少し下から見上げながら消えそうな声で言う。
「今日はお前の家の中に入れてもらうからな…」
「はぁ?」
「別にあんたなんかの家に行きたいとか言ってるんじゃなくて、他の人間は入れて私だけ行ってないのは不自然で、不条理だってことよ。だから今日は私はあんたの家に行って…」
 いきなりソラにとってはわけのわからないことを言われ、混乱していたが顎に手を当て少し考えると一言。
「いいぞ」
「はへ? いいの?」
「いいぞ」
「な、なんでよ? 前はあんなに嫌がってたじゃない!」
「ん~。まあ、いろいろあって、いろんな意味で俺の家も綺麗になったからなぁ。まぁ、気にするな。男の都合だ」
「そ、そうなの…ちょっ!」
「そうと決まれば、さっさと行くぞ!」
 言うやいなやソラはウミを抱きかかえる。
「んじゃ、そういうことだから。友崎、喧嘩はほどほどにな。モリちゃんとカミちゃんは夕日団子とAを送ってやってくれよ。じゃな~。また明日」
 そう言って、ソラはウミを抱きかかえたまま、夕日に赤く染まり帰っていった。
   6・水曜日
 昨日と同じように朝日が昇り、輝かしい朝だ。
 通勤する社会人。登校する学生。宙を舞うソラ。
「や~っぱり、朝はこうじゃなきゃ、シャキッとしないわね」
 拳を握るウミが笑顔で言う。周りのいつもの憐れむ目の中、美しい放物線を描きグエッと地面に落ちるソラ。
「おー。今日は高く飛んだな~!」
「あぁ~。ソラさん。まるで生きたサンドバッグだ」
「騒々しい日常に戻ってしまったな」
 錦野は手を合わせ、守屋は天を仰ぎ、神代は十字を切りながらいつもの光景に口を開く。
「ソラ先~輩! おはよ~ございま~す」
 優日と天宮が元気よく合流してきた。
「よう! 夕日団子。おはよう」
「おはようございます。シエル先輩」
「おはよう。優日さん」
 ぎこちない挨拶ではあったがそれ以上はなかった。「先行ってますね~」と言い優日と天宮は先に歩きだす。
「いいの? ユウ」
「いいの。だって~。昨日は完全に見せつけられたからね~。でもいつか、きっとソラ先輩に私のために拳を振らせて見せるもん」
 なぜか上機嫌で鼻歌交じりの優日に、天宮は付いていけないと頭をかかえ溜息を吐く。
「って、いつまで座ってるつもりよ! 遅刻するわよ」
 ウミが容赦なくソラの頸動脈を狙って腕を回す。
「うぅ~。苦じい~死ぬぅ~…でもいつもの対応だぁ…幸せぇ」
 いつもの光景。いつもの二人。永遠なる空と海。
おしまい
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