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東風オリジナル小説

 この作品はTRPG「アリアンロッド」でのオリジナルキャラクターのお話です。
興味ないかもしれませんが、このお話だけでも楽しめるかとも思います。
「アリアンロッド」は菊池たけし氏およびF.E.A.R.の著作物です。


狐は静かに犬を喰う part1

 故郷(グラスウェルズ)の風が吹いている。空は透き通るように白く、今にも雨が降り出しそうだ。しかし、変わらず太陽は大地を照らし、私の門出を祝ってくれている。
「狐の嫁入りってやつ?」
 なんとなく、そんなことを思う。しかし、広がる白い雲のかたまりは強風のせいか移動が速く、すぐに晴れてしまいそうだ。
「旅立ちには…いい、かな」
 背中のバックパックを持ち直す。その中には数日分の食料と着替え、それにいくばくかの持ち合わせ。つまり、ちょっとした旅支度だ。
 風が強いために、纏っているローブを少しだけ深めにかぶり直す。
これから私は自分の国を捨てる。
 数日前までは私はこの大陸に名だたる白竜王国、グラスウェルズ王国の名のある貴族の家の一人だった。綺麗なドレスだって着ていたし、豪華なベッドに何不自由ない生活が私を包みこんで守ってくれていた。
 そんな幸せの中事件は突然に起こった。なんと家が没落してしまったのだ。
 親は突然の事件でいろいろな立場、場所からの糾弾、追及、迫害によってそのまま帰らぬ人となってしまった。残された私には両親の他に血縁はおらず、そのまま国を追われるような形となって旅に出ることになった。
「父さん、母さん、待っててね。私、絶対に父さんたちの汚名を晴らすから」
 そう、私だけが両親を信じてあげられる。私だけが両親の真相を追えるのだ。
 貴族の一人旅だが、私の家は厳しかったためにそれほど世間知らずがいきなり箱から出されたような状態ではないことだけが唯一の救いである。いっぱしに戦闘訓練――とはいえ偏りがあるのだが――も受けていたし、昔から好奇心だけは人一倍強かった。
 それも高じて私の胸は期待の方が大きい。この大陸ですら学校の教科書でしか知らない地名がたくさんあるのだ。いろいろなところを回ればそれだけ両親の事件に関する手がかりも手に入るというものだ。
 なだらかな丘を下りながら、私は少し小走りになる。
「おい、そこのガキ」
 と、突然声をかけられ立ち止まる。振り返ると、なにやら荒っぽい男が三人ほど私の後ろに立っていた。
「はい? なにか用ですかね…」
「なにか用ですかね~っじゃねーだろ! ここいら一帯は俺ら〝ディドックスの犬〟の縄張りだぜ? 犬の縄張りに勝手に入り込んで、ただで済むと思うんじゃねえぞ?」
 見たところ獣人(ヴァーナ)が三人。狼族(アウリル)特有の耳を動かしながらこちらの品定めをしている。一丁前に片手剣なんか振り回して、いかにもという雰囲気だ。これはどうやら逃げられそうにないかもしれない。
「あ、ああー。そうなんですか? すいません、すぐにどっか行くんで~」
「ちょっと待てオイ」
「無視するなんていい度胸じゃねえか。通りすがりの竜人(ドラゴネット)さんよ?」
 その言葉にぴくりと反応する。連中、なかなか鋭い目を持っているようだ。おそらく私の顔半分を覆うほどの奇妙な紋様が竜人のものであることに気づいたのだろう。こういった紋様っが身体に現れる竜人はアンスロックと呼ばれる。しかし、彼らにばれてしまったとなるとますますやりづらい。

「まあ、身ぐるみ引っぺがして金目のモン取ってくだけだから。兄ちゃんの命まで取ろうとはしねえさ」
「えーっと…それは困るな。旅が続けられなくなるじゃないか」
「ああん? 男だろーが、なんとでも働けば金なんていくらでも出せるって」
 男たちが剣を構えて近づいてくる。これはもう戦闘開始だろう。仕方ない。
「わかった。しょうがないけど、あんた達のせいだからね…!」
 そう言って、私は着ていたローブを宙に投げ捨てる。風上から投げたそれらはそのまま風下に立っていた男たちにかかり、一瞬動きを止める。
「っくそ! だが丸腰の手前ぇなんかに!」
「それは、どうかな」
私は右手を軽く握り、その拳骨の中にふっと息を吹きかける。
「…?」男たちは意味不明の顔をしている。
 しかしその拳をぱっと開くと、私の手からは短剣が出てくる。それもただの護身用などではない。切っ先は長く鋭利で、完全に人を殺めるためのそれだった。
「種も、仕掛けもございません♪」
 言いながら男の一人に駆けていき、すり抜けざま舞うようにして一閃して腰を切りつける。
「があっ! ん、だと…」「お、おいっ! くそっ!」
 一人が血を吹き出しながら倒れる。それを見てもう一人がすぐに駆け寄り私に切りつけてくる。しかし、その斬撃は私には届かない。
「こっち、こっちだよー」
 そう言って、今度は男の背中を切りつける。彼は私の残像に気を取られて攻撃をしたようだ。そのまま倒れ込んでしまう。
「ちっ…残影術(アフタームーブ)だと? えらく上等な技を持ってるじゃねえか。兄ちゃん」
「そうかな?」
 そのまま残った一人に向かう。このまま逃げるならよし、向かってくるなら容赦はしない。そのままざくりといくだけだ。
「でも、俺も引けねえ…行くぜっ!」
 男は私が向かってくるのを見て、剣を構えなおす。その構えはゆっくりと頭の上から筋力にまかせて振り下ろす剣技――スマッシュだ。
「へえ、いっぱしの剣士ってわけか…」
「片手剣に短剣が勝てるわけねえだろっ!」
 私に駆け寄りながら叫ぶ。速い。どうやら狼族ならではの走力を持っているようだ。なかなか侮れない。
 男は剣を振り下ろす。私はそれを短剣でかすめながら完全に避ける。しかし、右手は剣にかすった反動で大きく跳ねのけられる。
「っしゃあ! これで終わりだ!」
「そっちじゃないよ」
 男は、動きを止める。そのまま震えて、剣も落としてしまう。ゆっくりと視線を私から自分の脇腹に合わせると、そこには一本の短剣が刺さっている。
「なん、でだ…よ」
「一本の短剣に集中しすぎ…目の錯覚っていうのかな」
 そのままバタリと地面に倒れる。三人とも傷は深いが致命傷にはしていない。そのうち助かるだろう。最後の男を覗き込むと、まだ意識を保っている。なんとも根性のある男だ。
「狐みてえに化かす兄ちゃんだな…名前は、なんて言うんだ」
「名前は、ヒミツ。でも私、兄ちゃんじゃないよ」
 ゆっくりと髪をかきあげる。確かに私はつくりのいい男性のような顔付きではあるが、れっきとした女だ。私の言葉に男は顔をしかめて明後日の方を見る。
「うへっ、マジかよ…女なんかに負けるなんてよ」
「なんか、とか言われるとムカつくな…でもまあ、これに懲りたらこんなことしないほうがいいね。また私みたいなのに返り討ちにあうよ?」
 そう言うと、睨まれてしまう。どうやら彼なりのプライドがあるようだ。
「やめられねえな。こんなオイシイ仕事。それに、うちのボスが黙っちゃいねえだろうしな…いつか借りは返す」
 ここまで言われたらとどめを刺すべきなのだろうか。しかし、立ちあがり、風下に落ちているローブを拾うと再び纏い、歩き始める。
「この、狐女め…覚えてろよ」
 その言葉を最後に、私は次の街へと向かった。


 メルトランド王国は鉄壁の城塞のファリストル城は、屈強なグラスウェルズ軍にも負けることなく国境を死守していた。私の目的はまず国を出ることである。そのためにもこのファリストル城を越えることは必須である。
 とりあえずは作戦を練るためにもその付近の街、ルコーンへと足を進める。
街はにぎわっていた。国境を越える者はもちろん、そういった旅人を客として扱っている商人や店も多い。なにより最近領土が増えたせいだろうか、勝ちどきで活気ある雰囲気に包まれている。
 故郷を出てどこへ行くのか。もちろんあてがないまま来たわけではない。このままこの大陸――アルディオン大陸の栄えある国々を回っていこうと考えたのだ。
「まずは…資金集めかな」
 いくら蓄えがあるとはいえ無駄遣いはできない。金に関しては計画的に考えていかなければならないだろう。
「定職もないわけだし、やっぱアレかな?」
 そう言いながら私は人通りが一番多いところに来ると、おもむろに短剣を取り出す。もちろん今度の短剣はおもちゃのようなかわいいデザインのものだ。
 そのままくるくると短剣を回すと空に投げ、もう一本短剣を取り出す。そして短剣をまた放り投げ、また取り出しては放り投げ、最後には八本の短剣が私の手を通りながら宙を舞っている。
「ほお、ジャグリングじゃないか」「あのお兄ちゃんすごーい」「こりゃまた…」
 周囲の人が私に気づき、ぐるっと円を描くようにして取り囲んで見入る。そして次には私はその短剣を投げながら踊りだす。いろいろな体勢から投げては受けとり、また投げ…の繰り返しだが、見ている人たちは拍手を送ってくれる。
 家で学んだことだが、決して宴会芸などではない。一応これらの芸当も戦闘術がメインであり、こうやってパフォーマンスに使うのは私個人の応用である。
 半刻ほど、休んだりまた投げたり踊ったりを繰り返すうちに、ある程度のおひねりはたまってくれた。
 こうやって資金を集めながら情報もまた集めていく。街を転々としていけば、そのうち私が望む情報も得られるかもしれない。
「お兄ちゃん、すごいね!」
 子供が一人、声をかけてくる。その後ろにも何人かの子供のグループがたむろしている。どうやら皆で遊んでいた途中で見入ってくれていたようだ。
「ありがとう。君も頑張ればできるかもよ?」
 先ほどの荒くれ男たちと違って「兄ちゃん」という呼び名を訂正しないことには一応理由もある。女の一人旅はなにかと危険だし、なにより没落貴族の娘がなにやらよからぬことを考えながら旅をしているというのも聞こえが悪い。
 街中では基本的には「兄ちゃん」で通す方が無難なのだ。
 私が答えてあげた子供は喜びながら仲間のもとへ走っていき、「きれーなお兄ちゃんだったー」と騒ぎながら去っていく。
 子供は好きだ。なにがいいって、無邪気でかわいい。ちょっと悪戯好きなところもいいし、感情を素直に表現できるところもかわいい。
 子供たちを目で見送ってにこにこしていると、足がちょんちょんと叩かれる。
「…ん? 誰もいない…い?」
 振り返り、そこに誰もいないことを不思議に思い、そのまま歩きだそうとすると足下に子供が立っていた。今度は女の子だ。しかもすごく泣き出しそうな。
「ねえ…たすけてほしいの」
「へ? と、突然? どうしたの…?」
 しゃがんで、女の子と同じ目線になる。こうしたほうが子供は話しやすいと聞いたことがあるし、安心もするだろう。
 女の子は人族(ヒューリン)で、おそらく十四、五歳か、というくらいだろう。こんな人通りの多いところに一人でいるなんて信じられない。
「あのね、パレットをたすけてほしいの。パレットがどこかにいったの…」
「パレット? って、誰? お友達?」
 尋ねると、少女は首を横に振る。どうやら違うらしい。
「パレットはおとおとなの。いっしょにたびしてたけど、いきなりきえて…」
 パレット君はどうやら彼女の〝おとおと〟であるらしい。つまり、お姉ちゃんとしては迷子の弟が心配だということだ。
 彼女は寂しそうにうなだれている。私はため息をつくと彼女の頭を撫で、立ちあがる。
「よし、一緒に探してあげる。お嬢ちゃんお名前は?」
 この街には一日くらいいるつもりだった。なので、まあ迷子くらい探してあげてもいいだろう。子供一人、すぐに見つかるはずだ。
 私が答えると、少女は花が咲いたようにして笑いだす。
「わたし、クラン。おねがいね、おねえちゃん」
 すぐに彼女のその言葉に反応する。今、確かにこのクランという少女は私のことをお姉ちゃんと呼んでいた。一応男装はしているし、身ぶりも口調も取りいって女性らしくはしていないつもりだ。なぜわかったのだろうか。
「ま、まさか…」
 私はとっさに自分の胸に手を当てる。そこには女性としては絶望的なほどになだらかな感触があった。
「…なワケないか。なんでばれたんだろう」
 私は自分の体に絶望しつつもクランの手を引いて歩き出した。
「ん?旅してたって…キミみたいなちっちゃな子が弟と二人旅?」
 ちょっと危なすぎるだろう。弟が迷子になっただけでここまで取りみだすような子だと、いろいろと不便も多いだろうに。
「パレットがぜんぶやってた。わたし、べんきょうばっかりでほかになにもできないから…」
 下を向きながら悲しそうに話す。
「ああ、ああ、ごめんごめん。そういうつもりで話したんじゃないんだけど。それじゃあパレット君を早く見つけないといけないね」
 クランは小さくうなずき、私についてくる。うーん、妹がいたとしたらこんな感じなのだろうか。
 ともかく、彼の弟を探さなければならない。とりあえず、子供の足では街を出るほど遠くにも行けないだろう。となると、ただ単に迷子なのかそれともなんらかの事件に巻き込まれたのか。
「おねえちゃん、なまえは…?」
 立ち上がった私に、クランが見上げて尋ねてくる。名前を名乗る相手など、この旅にはいないだろうと思っていたが、こんないきなり聞かれるとは思っていなかった。
 私は笑顔を作り、クランの頭をなでながら言った。
「私の名前は…フェネック」


 空に赤みがさすまで探していたが、クランの弟――パレットを見つけ出すことはできなかった。少しだけ深いところまで探してみたのだが、やはり影も形も見えてこない。
「さすがに…おかしいね。街を出る姿すら見られてないとは」
 ここの出口には一応人が立っている。国境付近の街だし、簡易型ではあるが一応監視塔のようなものも建っている。そこで聞いてみても、やはりパレットはいない。
 いくら見つけにくいとはいえ、子供が一人でぶらついていたら目立つ。
「つまり…そうか、子供一人じゃない?」
「フェネック?」
 クランがゆっくりと私を見上げる。私はそのまま顔を上げ、クランの手を引いて足早に歩き出す。
「ねえクラン、パレットがいなくなったのっていつ頃?」
「え、いつだったかな。たぶん、あさごはんたべたあとだとおもう」
 ということは朝のうちだろう。私が街に着く数時間前といったところか。そうなるとかなりの時間が経っている。どこかの事件に巻き込まれたのだとしたら、ただごとではない。
 酒場に入る。夜もそろそろ始まりだしたのか、酒を片手に笑い合っている人が多くいる。あまり子供を連れて入りたくない場所だが、こういう場合は仕方ないだろう。そのままカウンター席に座る。
「お、珍しいな…娘連れの旅人なんて」
「やだなあ、妹ですよ妹。まったくおやっさんは…」
 ははは、と笑って受け流す。くそう、そんな年齢に見えるのだろうか。もう少し変装を若々しくした方がいいのだろうか。そんなことを思いながらミルクをふたつほど注文する。周囲を見渡すと、冒険者やグラスウェルズの兵士っぽい人が多い。面子を順々に見ていくと、ここはやはり国境沿いだということがわかる。
 国境沿いだということは、荒っぽい連中もいるだろうに。
 軽く舌打ちをしながら、私はクランの頭を撫でる。まさかこんな小さな子を誘拐するとは思えないが、なんとも嫌な予感がする。
「パレットって、何か特別な事件に巻き込まれたりしてないよね」
 何気なくそう聞いてみた。しかし、クランの返答は意外とすぐに返ってきた。
「うーん、パレットがもってたきれいないしがすごくにんきだった」
「―――っ!その、石…って、どういうこと?」
 思わず立ち上がってしまう。大声にならないように後半は声を小さくしながら再び椅子に座る。クランはきょとんとしながら私を見るが、こっちはそれどころではない。
「えっと、なんか…パレットはたびのとちゅうでみつけたっていってた」
 そういえばこの姉弟はなぜ子供二人で旅をしているのだろうか。何か込み入った理由がありそうだったので聞かないでいたが、なにかしら弟を探しだす手がかりになるかもしれない。
 聞いてみると、そのことに関してもクランはすぐに答えてくれる。
「へいしになって…おかねかせいで、せいかつしないといけないから」
「えと、両親…とかは?」
 うつむいて、首を横に振る。ああ、この子も私と同じだったのか。親をなくし、どうにか自分の人生を探さなければいけない段階なのだろう。そのために勉強をしたり、旅をしているのだろうか。
「メルトランドにいけば…って、パレットはいってたけど」
「そう。なんでだろう…メルトランドね」
 そっちの方は今の誘拐事件とは関係なさそうだ。とりあえずは、そのパレットが持っていた〝きれいな石〟というのが原因であるようだ。
「その石には、私も用があるからね…ちょっとこれからは荒っぽく捜索していこうかねえ…」
 くるりと後ろを見ると、まだまだ宴は始まったばかりと言わんばかりに盛り上がっている。その中でひときわ忙しそうに走り回っている女の子を呼びとめる。
「ねえ、そこのお嬢さんちょっといい?」
 軽く手を上げると、テーブルを片づけていた女の子が笑顔でこちらに来る。
「どうしたの? お兄さんここらじゃ見ない顔だね。今日ここに来たの?」
「ん、まあそうだね。それよりも聞きたいことがあるんだけど――」
 普通にお兄さんと呼ばれることで安心する。やっぱり私の男装が悪いわけではなさそうだ。少女はクランと私を見ると不思議そうな表情をする。
「えっと…? お兄さんたち、兄妹で旅してるのかな?」
「んーまあそんな感じなんだけど…もう一人弟がいてね、その子が迷子になっちゃったんだよね」
 一応クランとパレットの兄ということにしておく。そうした方が動きやすいだろうし、ややこしい事情を話さなくて済む。
「あら。それじゃ大変じゃないですか! これから暗くなるし、不安じゃないですか?」
「そうなんだ。君なにか知らない? 酒場だといろいろ話も集まってくるでしょ」
 情報収集はまず酒場から、と言っていたのは誰だっただろうか。
「うーん、あんまり聞かないけど。でもお兄さんみたいに子供連れの人はいたかな」
「それ、それ教えてくれる?」
「へ? いや…詳しいことは覚えてないけど、店の前を通って行ったよ。昼ごろだったかな。方向的にはあっち、だったかな」
 そう言いながら店の外に出て、町はずれの方向を指す。おおまかな位置でもわかると助かる。少女に軽く礼を告げると、クランを連れて歩きだす。どうやら手がかりは掴んだようだ。
 移動中、気になったので聞いてみる。
「クランは、旅してるんでしょ?襲われたりしないの?」
「パレットがたたかってくれるから。わたしはずっとうしろでさけんでる」
「叫んでる?」
 思わず聞き返す。悲鳴でもあげているのだろうか。
「てきがくるところとか、てきのよわいところとか」
「へえ? 当てずっぽうとかじゃなくて?」
「うん…けっこうてきかくにしじしてる」
 えっへんと軽く胸を張って自慢する。そんなものなのだろうか。意外と彼女は軍師(フォーキャスター)か学者(セージ)向きなのだろう。勉強もしているらしいし、普通に戦闘面の心配はないようだ。
「弟ってばそんなに強いんだ? 二人だけでしょ?」
「うん。むかし、せんせいにおそわってたからすごくつよいよ」
 そんなことを話しながら、街はずれに着く。人の気配はなく、中心部よりも喧噪や明かりは少ないのだが、怪しげな雰囲気だけははっきりとこちらの方が大きい。
「ん、見られてるね…」
 なまじ人の気配がないせいだろうか、建物の影に隠れているような気配がぴしぴしと伝わってくる。勘ではあるが、複数の人間からの視線を感じる。
「クラン…いざとなったら逃げるんだよ。私は戦えるから」
 傍らの少女に呟く。彼女はこくりとうなずくと、ゆっくりと私の後ろに隠れる。
 それにしてもパレットの持つというきれいな石は何なのだろうか。もしかしたらそれは私が求めているものかもしれない。この大陸に数えるほどしかないと呼ばれる奇跡を起こす伝説の品、竜輝石。
「それさえあれば、お父さんも…」
 その呟きは背後の雑音にかき消される。砂を踏みしめる音、複数の人間の吐息、そして、刃物が空気を切る音――。
「そこのお前。死にたくなければ子供を置いて帰れ」
「…なにさ、いきなり」
 振り返ると、黒装束の人間が三人くらい。暗闇に隠れているところにももう二人くらいはいそうな気がする。
「お前を倒す理由はない。そこの子供に用があるだけだ。しかし邪魔するならば…」
 そう言いながら刀を構える。遥か東の方にある国から来たサムライと呼ばれる人だ。後ろにいるのは同じくニンジャと呼ばれる盗賊(シーフ)のような集団だ。なかなか手だれ揃いのようで、やりにくそうだ。
「こんなかわいい女の子をさらおうだなんて、お兄さんたち趣味悪いよ。そういうのが好きなタイプ?」
 おちょくろうとしたが、黙って武器を構えられる。どうやら挑発も効かないようだ。なんにせよ、無傷では返すつもりもないらしい。
「…仕方ないか。クラン、隠れてるんだよ?」
 クランは黙ってうなずくと、私から離れて物陰に隠れる。それを見たサムライの男は、神妙に笑うとすっと中段の構えをとる。
 私は近くの石を二つほど拾い、両手に持つ。
「ふん、そんなもので我らが追い払えると思うなよ? こちらはこの数だ。いささか正々堂々とは離れてしまうが、事態が事態ゆえ――」
 私は石を宙に投げる。そのまま踊るようなステップを踏みながら相手を見据え、落ちてきたものを再び掴み取る。両手には石ではなく鋭利な短剣が握られているた。
「――フ、そうか。相手に不足なしといったところだな」
 そう言うや否や、男の姿が闇に消える。気付いた瞬間には、すぐ隣まで来ていた。振り上げた刀をそのまま振り下ろす。しかしそれを間一髪避けて後ろに飛ぶ。
「速っ…! 先手必勝ってやつ…?」
まさに戦闘感覚(コンバットセンス)だ。ひやりと汗が頬をつたう。一瞬のことに反応で来たのはこちらも訓練のたまものだ。動きを読み取られにくい独特のステップに、鍛えた足腰が成す超回避(ドッジムーブ)は、私の十八番だ。
「ふむ、踊り子か。やりにくい相手だ…しかし、いつまでも避けてられるかな」
 そう言って、次は下段の構えをとる。いちいち変幻自在な構え方をしてくるのがなかなかやりづらい相手だ。そうこうしているうちに左右に危険な気配を感じる。
 身をかがめると、頭の上を短剣が飛んでいく。どうやらさきほどのニンジャが武器を投げたようだ。牽制のつもりだろうが、そんな攻撃は喰らわない。
「油断したな?」
 サムライがにやりと笑う。瞬間的に私は悪寒を感じるが、その時にはもう遅かった。私のすぐ横で、火薬が破裂し炎と爆風が私を襲う。ニンジャの爆薬攻撃(ファイアクラップ)と呼ばれる攻撃だ。
 こういった街中での戦いのための小規模な爆薬だろう、ダメージを受けたのは私だけのようで、朦朧とする意識の中私は必至に意識を保とうと頭をおさえる。
「うぁ…な、なに…を、」
 視界が揺れている。いや、揺れているのは私の頭だろうか。もはやそれすらわからない。動きが全て雑になっていく。
「フ、そうやって呆けておればいい。いくら素早くても、それでは避けられまい」
「くっ…そっ!」
 瞬間的に全身に無理に力を入れ、奮い立たせる。振り下ろされた刀は私の左腕をかすめ、地面に刺さる。しかし私はまだ爆音に揺さぶられている。それでも両手の短剣を構え相手に切りかかる。しかし、今度もまた左右のニンジャが何か呟くと、地面が割れて私を揺さぶる。これもニンジャの奇怪な術――土遁の術(アースシェイカー)か。
「わっ、とっ…ととと!」
 頭は揺れ、体も揺れ、完全に混乱する。その時を待っていたのか、サムライの男は下段に構えた刀を離れた位置から一閃する。なんでそんな遠くから――そう感じた瞬間に、私の腹から大量の血が噴き出る。空気が切り裂かれていくような耳鳴りと共に、彼の放った音速衝撃波(ソニックブーム)がその空間ごと私を薙いでいく。
「実戦慣れしてないな…小僧。その油断が命取りなのだよ」
 そのまま地面に倒れ伏す。力は入らず、短剣が音を立てて落ちていく。視界が赤いもので染まっていく。それが自分の血だと認識すると、なぜか安堵したような感覚になってしまう。
「あっ…く、うううう…」
「さて、それじゃあすぐにその子供を連れて行け。ただし、傷は付けるなよ。あの人にとって大切なゲストだからな」
 声だけが耳に入ってくる。その後、クランの叫び声が聞こえる。離して、離してという声の後に――血だらけの私を見てしまったからだろうか――私の名前をしきりに叫んでいるが、すぐにその声は消えていく。連れ去られたのだろう。
 まだサムライの男はそこにいる。意味なく血まみれの私を見降ろしているのか、それとも何か思うところがあるのだろうか。あるいは、とどめを刺すのだろうか。
「お前…? アサシン――」
 その先の言葉は、意識が途切れてしまって聞き取れなかった。と言っても夢うつつの状態で、しばらくして足音が遠のいてしまったことだけは覚えている。どうやらあのサムライの男に生かされたようだ。なぜかはわからないが、殺すつもりはないらしい。
 私は、自分の血の温かさに包まれながら気を失った。


 目を覚ますと、知らない部屋のベッドで寝ていた。勢いのまま飛び起きると、腹部に激痛が走る。
「…あ、起きた? 大丈夫? まだ無理しない方がいいよ」
 隣で看病するようにして酒場の時にいた少女が座っている。腹部に目をやると、包帯がぐるぐると巻かれ、止血してある。どうやら手当てしてくれたようだ。
「あの後気になって…お城に帰る前にあなたたちの様子を見に行ったの。そしたらあなたが血だらけで倒れてたから…慌てて酒場に連れてきたんだよ」
「それは…ありがとう。迷惑かけたね」
 少女は首を横に振る。彼女にしてみればびっくりだろう。帰り道に人が血だらけで倒れているのだ。尋常ではない。
「急いで神官の人たちを呼んで手当てしてもらったけど…多分しばらくは動けないと思うよ。かなり傷が深くて、死ななくて奇跡だ、って言われてるから」
 心配そうに見つめてくる。もともと優しい性格なのだろう。彼女にこれ以上世話になるわけにはいかない。
「ありがと…それじゃあ、私、もう行くから…」
「ええっ! ダメだよ! 今言ったでしょうが、傷口が開いちゃうよ」
 起き上がろうとすると、すぐに抑えられる。仕方なく横になるが、なんとももどかしい。自分の無力さでクランまでもが連れ去られてしまった。その事実が私に重くのしかかってくる。
 貴族として生活してきたからだろうか、人に頼られることはあれど、武器をとって人を守ることはなかった。戦闘に関しても、良家の生まれで小さいころから訓練されていたし、自信はあった。しかし、あのサムライは私を遙かに上回っていた。
 おそらく、取り巻きのニンジャがいなくても正面から戦って私が勝てた可能性はごくわずかだろう。サムライの男はそのわずかな可能性を確実に潰しただけにすぎない。あの街はずれでの戦闘が数による敗北などではないということは、わかっていた。
「多分、あなたを襲ったのは〝ディドックスの犬〟っていう変なギルドの集団だと思う。グラスウェルズ軍とメルトランド軍両方を相手に、ここらへんで活動してる盗賊団みたいなやつらだよ」
「ディドックスの犬…あいつらか」
 聞いた名前だ。この街に着く前に絡んできたやつだったか。あんなすぐにのされてしまうような奴らから、私の腹をかっさばいたほど強い精鋭までいるのだ。ただの小悪党ギルドかとも思ったが、背景を見てみるとかなり大きいギルドのようだ。
「クランとパレットはそのギルドに連れていかれたわけか…」
 無意識に拳が震えていた。少女が心配そうに私を見る。
「あ、いや…ありがとね。助かったよ、えーと、」
「ミネア。私の名前だよ。城から来た女(レディ・キャッスル)って呼んでくれてもいいけど」
「ミネア、ありがとう…助かったよ。私の名前はフェネック」
 城から来た女――その名前にかすかな違和感を覚えながらも、治療してくれたことに礼を述べる。
「お兄さん、じゃなかったね。お姉さんか」
 おもむろにミネアが呟く。確かに、私は今薄いシャツを一枚着せられているだけだ。おそらく血だらけの服では衛生的に問題があったので、治療してから着せかえたのだろう。その時にわかったのだろう。
「ばれちゃったか。ごめんね、嘘ついてて」
「ううん、フェネックさんも何かあるんだろうし…誰にでも隠したいこともあるよ」
 理解が良くて助かる。とりあえず、あの姉弟を助け出さないといけない。このまま放置しておくわけにいかないし、竜輝石の手がかりもある。何より、このまま負けっぱなしは黙っていられない。
「さて…とりあえず、行くよ」
 私が痛みに耐えながら立ち上がると、驚いたようにしてミネアが私を止める。
「だから言ったでしょ? 下手に動けば怪我がひどくなるんだよ」
「そんなの関係ない…私、行かないと…」
 ゆっくりと歩き出す。うん、痛みがあるのはかえって神経が正常に働いている証拠だ。動く分にはまだ耐えられるだろう。
「…わかった。事情を知らないから強くは言えないけど、無理はしちゃダメだよ?」
「ありがとう。もし戻ってこれたら、今度はミネアの手料理食べさせてよ」
 そのままミネアの頭を撫でる。ミネアは少し力なく微笑み、私を見つめる。私は間に合わせの服を着ると、そのまま外に出ていく。
――ディドックスの犬。
 グラスウェルズもメルトランドも手をこまねいているギルドとは。まさか、いきなりこれほどまでに強い敵に出会うとは思わなかった。
「はあ。実戦不足に、油断か…言われちゃったなあ」
 そう呟きながら、ミネアの働いている酒場を出る。出る時に、主人に心配されたが適当に受け答えしておいた。目指すは、犬の根城だ。
「やれやれ…善意で始めた迷子探しがこんなに大事になるなんてねえ…」
 私はふっと顔を伏せると、狐のように素早く人ごみに紛れていく。
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