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狐は静かに犬を喰う part3

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東風オリジナル小説

 この作品はTRPG「アリアンロッド」でのオリジナルキャラクターのお話です。
興味ないかもしれませんが、このお話だけでも楽しめるかとも思います。
「アリアンロッド」は菊池たけし氏およびF.E.A.R.の著作物です。


狐は静かに犬を喰う part3

 目の前には、明け放たれた地下室への階段。
 クランはこれでもかというくらいに胸を張って自慢する。やはりパーティー内に知性キャラは必須なのだろうか。なんとなく肩身が狭く感じる。
「元気出せよフェネック。俺だってバカだけどこいつよりもしっかりしてるぜ」
 パレットの気休めがなぜか胸に突き刺さる。しかし、そんなことを考えている暇はない。まだハスキーというギルドマスターに、シバというサムライも相手にしないといけない。
 地下室を下りていくと、段々と冷たい空気が流れてくる。まるで氷漬けの空気だ。涼しさはさらに度を増していき、寒さに変わる。周りは変わらず石畳の簡素な空間が続いており、それがさらに寒さに拍車をかける。
「寒ぃな、フェネック。ほんとにこんなところに人がいんのかよ」
「でも、らすぼすはちかしつにいるってのがそうばだし…」
 後ろを見ると、パレットとクランが歯を鳴らしながらついてくる。そんなに寒いのなら上で待っていてもいいだろうに。しかしここまで来たのなら仕方ない。私は自分のマントを脱ぐと、双子にかけてやる。
「ほら、これであったかくなるでしょ。この先は危ないかもしれないから、それ着ておくといいよ」
 私が笑顔を見せると、二人は少し戸惑う。まあ確かに私も寒い。しかし、この双子が震えている姿を見て、どうやって耐えていられるだろうか。暖かさに顔をほころばせる彼らを見ていると、寒さも吹き飛ぶというものだ。
「――ずいぶんと人情のあることをしているな、〝アサシンダガー〟よ」
 冷たい空気に突き刺すような言葉が私の耳に入る。瞬間、私は振り向きざま短剣を数本放つ。少し遅れて向こう側の石の壁に数本の短剣が突き刺さるが、人影は見えない。
「おかしい…確かこっちから声がしたはずなのに…」
「――くっくっく、声に気を取られるとはなんとも腕が落ちたじゃないか。最初見たときは何かの間違いだと思っていたが…」
 また、違う方向いから声がする。というよりも、いくつかの場所から断続的に声が響いているという感じだ。なんとも反共した音が耳にうるさい。
「その声、シバだね。あんたにも用はあるけど、ギルドマスターからあるものを取り返したいんだ。そいつの居場所を教えてもらおうか」
「――ほう? 私の名を聞いたか。しかし、ギルドマスターなら目の前にいるではないか、ほれ」
 そう声が響くと、目の前に知らない男の死体が現れる。どうやら特徴から察するにギルドマスターのレトリーという男のようだが、なんとも無残に切り殺されている。縛られた上で何回も切りつけられている。
「…殺したの?」
「いかにも。この男はもはや不要だったのでな。目的のものも手に入った」
「ああもう、うるさいっ! その変な声の出し方をやめなさい!」
 私はありったけの数の短剣を、双子に当たらない程度に全方位にむけて放つ。すると、さすがにかすかに移動するような気配と音がする。
「そこかっ!」
 私が叫んだ一瞬のうちに、私は数方位に残影(アフターイメージ)を飛ばして短剣で切り刻む。瞬くうちに射程内の敵を無尽に切り裂く、私の奥の手、フリッカースラッシュ。
 その斬撃は氷の粒よりも強く明滅しながら周囲の氷をほぼ全壊させていく。そして、いぶりだされた犬のサムライは私に一瞬で距離を詰め刀を振り下ろす。
「 「フェネック!」 」
「こっちにくるな! 避難してなさい!」
 双子が叫ぶが、私はそれどころではない。とりあえず巻き添えをくわないようにしなければ。私の忠告通り逃げてくれるとありがたいのだが。
「――~っ、重い一撃だねえ」
「そうでもないさ、まだ片手だ」
 私は両手の短剣で彼の振り下ろした刀を受け止める。シバは嬉しそうに目をたぎらせながら、こちらを見ていた。やけに楽しそうだ。
「ふふ、ふ…まさか〝アサシンダガー〟をこんなに早く屠る機会が来ようとは。恨みはないが、前から邪魔だったのだ。いくら同じ組織の者とて遠慮はせぬぞ」
「なに? それはどういう――」
 聞こうとして、横に弾かれる。そのまま壁まで吹き飛び、私の肺は全力で空気を吐き出す。骨が悲鳴をあげそうだ。
 シバはたたきつけられた私に追いうちをかけるようにして距離を詰める。そして、瞬間的に十字を切るようにして二度斬りつける。その動きはよく訓練されており、そこらへんの悪徳ギルドの剣士などという技ではあり得なかった。
「十字連撃(クロススラッシュ)…? うそ、だっ!」
 私は腕の力のみでくるりと一回転し、そのままシバの斬撃を回避する。一撃目はなんとか完全に避けきれたが、二撃目を回避した後、私の右肩から血が噴き出る。
「ほう、さすがは〝アサシンダガー〟だ。致命傷は防いでいるな」
「うるさい。そのアサシンなんとか、って、何の話よ! 私に関係ないでしょうが!」
 そういうと、私は肩から服を破り、斬られた箇所にきつく巻きつける。しかし、彼の力量はこれではっきりとした。かなりの剣豪であることは間違いない。まともにやり合ってこちらの勝ち目は低いだろう。
 シバは笑ってこちらを見る。余裕綽々のようで、非常に腹立たしい。
「ふん、どうやら〝表の方〟のようだな――私の知っているあれは、これほどまでに逃げ腰で弱い奴ではなかった」
 シバは刀を両手に構える。こちらに興味をなくしたというところか。忌々しいが、それに対抗できるすべを持たない。万事休すかもしれない。
 しかし、転機は訪れる。突如、シバに向かって何かが飛んでくる。
「これは――ちっ!」
 シバは素早く飛び退く。そして、飛んできた方を見ると、パレットとクランが何やら動いている。
「ふん、餓鬼共め。浅はかな考えを持ちよって…」
 シバはすぐに下段の構えを取る。おそらくルコーンの街でも見た音速衝撃波(ソニックブーム)が飛んでくる。やばい、彼らを守らないと――。
「隙あり、だよ! このクソ野郎!」
 パレットがシバの後ろ出る。そして、そのまま油断したシバに全力の三連撃を打ち込む。岩が砕けそうなほど強い衝撃の後、パレットはすぐに下がる。よく戦況を見据えている。いい動きだ。
「フェネック、うしろにとんでっ!」
 クランの声で、私は足を浮かせる。すぐにシバが大猛撃(オンスロート)の構えで周囲を薙ぎ払う。その破壊力は、私のフリッカースラッシュの比ではない。氷も地面も崩れた壁も、その全てを飲み込み砕くほどに圧倒的な力だった。
「そのまま、みぎまわりにおんみつして、あんさつじゅつでっ!」
 クランは小声で私に言う。どうやら何か策があるようだ。ここは彼女の策に乗っかろう。どうせ一人では勝てない相手だ。信じるのもいいかもしれない。
 私は走りだす。しかし、彼女の言うとおり隠密しながらではあるが。大猛撃(オンスロート)の衝撃で舞い上がった粉じんと氷の粒で身を隠し、気配と音を絶ちながら私は彼に近づく。その間に、シバは私以外の標的を見つけていた。
「おいガキ…よくも私に三発も入れてくれたな…」
「はっ! おっさん、修行が足りねえんじゃねえの?」
 パレットは相手を挑発しながら距離を詰めていく。シバは大きく息を吸い込むと、改めて中段の構えを解き、今度は下段の構えとなる。
「さっきの小僧はどこにいった? お前の相手などその後で十分だ」
「三発も入れられてんのに強がりか? いい年こいて負け惜しみはよくねーぜ」
 シバは、何も言わず刀を振りはらうその瞬間、彼の怒気が周囲に満ちる。パレットはその怒気の重さに押し潰されそうになり、動けなくなってしまう。そして、そのまま刀で地面を砕き、パレットの足場を崩して転倒させてしまう。見事な早さの技だ。私はすぐにパレットを助けようとするが、クランがシバの前に出ていた。
「なっ…クラ、ン?」
 正直、背中が冷や汗でいっぱいだった。部屋の寒さとは別に凍りつく思いだ。
 シバは、転倒して彼の重圧を受けているパレットを放って、そのままクランを捕まえに歩きだす。
「君も、死にたいのか…」
 しかし、クランはおびえた様子もなく 呟く。
「パレット、いまがちゃんす」
 その言葉に、シバは慌てて振り向く。しかし、時遅しすでにパレットは完全にシバの不意を突いてシバの体に一撃を打つ。
「…へっ、残念だったな。俺にああいう小手先のもんは効かねーぜ。んで、お前にも同じようなもんくれてやるよ…」
 パレットはにやりと笑いながら、しかしその場に倒れる。転倒や重圧はすぐに回復できても、受けたダメージまでは軽減しきれなかったようだ。
 しかし、勝機は見えた。
「…なん、だと? 体が、動かない――」
 シバの体全体が麻痺している。おそらく神経に作用する気功でも放ったのだろう。なんにせよチャンスだ。クランもこちらを見て合図する。
 私は一気に距離を寄せ、両の短剣で人間の急所をためらうことなく突き刺し、そのまま時計回りにえぐる。
「――がっ、はっ!」
 シバは声にならない悲鳴を上げ、そのまま倒れる。私は彼を見下ろし、刀を足で壁のほうに蹴りつける。
「アンタ、何者なの? 諜報員にしちゃ偉く戦闘向きだけど…どこの組織?」
 尋ねるが、シバは笑いながら私を見つめるだけで何も話そうとしない。
「アンタ…竜輝石、持ってるわね。盗らせてもらうわよ」
 そう言って、私は彼の懐から石を取り出す。その石は、きらきらと美しい輝きを放ち、見た者を魅了するような輝きを放っているが、私の追い求めるそれとは全く別のものだった。
「――ちぇっ、これじゃない…」
 私が呟くと、まだ意識があるのかシバが口を開く。
「ははっ、私の手柄を横取りとは…肝の小さい坊主だな…」
「私は坊主じゃない。女だ」
 私がそう言うと、シバは目をまるくして私を見る。しかし、納得したのか唖然とした表情でそのまま天井を見つめる。
「ふん、どっちだろうと同じだ。呪われた二人組、が…」
「なんだって? よく聞こえないよ?」
 しかし、聞き返しても返答が返ってくることはなかった。尋問のためにもすぐに殺す必要はなかったかと後悔もしたが、すぐにその思いを振りはらう。私よりも数段上の実力者だ。下手して手加減していれば、私の方が死んでいたかもしれないのだ。こういう時は命あってのモノ種というものだろう。
 立ち上がり、クランとパレットを見る。
「お、フェネック。やったか? すげーだろ、俺とクランのコンビネーション」
 パレットがクランの肩を借りながら私に笑いかける。
「そうだね~確かに驚いたよ。縮地法(ブリンク)に三段連撃(トリプルブロウ)、麻痺拳撃(スタンアタック)まで使うなんて。意外にちゃんとした冒険者なんじゃない」
「はっはっは! そうだろうそうだろう」
 パレットはご機嫌だ。傷が痛むだろうが、歩けないほどではないらしい。それほどの鍛えぬいた体力を持っているのも、また修行のたまものであろう。
「クランもよくやったね。びっくりしちゃった。あれじゃ本当に一人前の軍師(フォーキャスター)じゃない。あそこまで熟成してるなんて…」
「―――?」
 クランはよくわからないといった風に首をかしげる。おそらく自分の才能に自覚なしに、戦闘中は無意識に行動してしまっているのだろう。もう少し大きくなれば更に上手く扱えるようになるだろう。もしかすると国専属の軍師すら凌ぐかもしれない。
「クランっ! すげえってことだよ! 喜べよ」
「う、うん。ありがとう、フェネック」
 双子はにこにこしながら私を見上げる。
「あ、そうだ。これ返すよ。あのサムライが持ってたけど…」
 私は思い出して、竜輝石をパレットに渡す。
「ああーっ! ありがとう! これ本当に大切なモンなんだよ!」
 パレットは、喜びながらそれを受け取った。私はといえば、旅に出ていきなり探し物が見つかるかと少し期待していた分だけに、どっと疲れた気分だ。早く街に戻って休みたいものだ。


 ルコーンの街に戻ると、酒場のミネアが出迎えてくれた。私たちのぼろぼろの格好を見て軽く悲鳴を上げたことは言うまでもない。しかし、すぐに悪徳ギルド〝ディドックスの犬〟を壊滅させたことにより、街の人に歓待された。街の人々も、彼らには手をこまねいていたようだ。
 私たちは街の人、そして同じく〝ディドックスの犬〟に困っていたファリストル城のメルトランド軍にお礼を言われることになった。メルトランド軍など、どこから聞きつけたか知らないがいつの間にか私たち三人のことを把握していたのだ。
 そして、特別の計らいで国境越えを許してもらえるようになったのだ。もちろん、私たちが密偵でないことを調査してからの話ではあるのだが。
 とはいえ、没落貴族に子供二人という組み合わせなので、グラスウェルズ軍関係ではないことが伝わったのだろう、すぐに通してもらえた。
 ファリストル城を通る際、「ありがとう」という声が聞こえた気がしたのは、私の気のせいだったのだろうか。
 ともあれ、私は今、この広大なアルディオン大陸のまさしく真ん中、メルトランド王国の地に立っている。
 新境地(メルトランド)の風が吹いている。今、私は生まれて初めて自分が生まれた国を出たのだ。
「おーい、フェネック! 早く来いよ!」
「フェネック~、ひがくれちゃうよ~」
 遠くで、クランとパレットが手を振っている。彼らとももう少し旅を続けようと思う。いつか別れは来るだろうが、そんな先のことも忘れて今は旅を楽しむのもいい。なぜシバと呼ばれる剣豪が彼ら双子を連れ去ったのかも気になる。もしかしたら私の探し物に関係しているかもしれない。なんにせよ、私の成すべきことも、探し物も、明日の風が運んできてくれるだろう。
 そういえば、私の〝西風の女狐〟という名は、噂で広がってしまったようで、周辺の村では義賊のようにして語られているらしい。まあ、話が大きくなるまえにとんずらしてしまうに限る。
「ちょっと待ってよ! キミたちまだ怪我が治りきってないんだから! そんなに無茶しちゃダメでしょうが!」
「きゃー、フェネックがきたー」
「うははっ、おい! 逃げようぜ!」
 双子は、顔を見合せ笑いながら逃げていく。あれほど走るなと言っているのに。
「ふっふっふ、私の足を甘く見ないでよね…斥候で培ったこの私の速さ! とくと味わうがいい~っ!」
 そして私は走っていく。風と共に、笑い声と共に。

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