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Crash re mound … Part1

  この作品は、籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
一応こっちのほうが本編となってますがそっちの方も見ると世界観が上手く補完できると思います。


Part1.Training and training!! 

xxx side

 母の顔を、覚えていた。記憶の中の母は常に上を向き、前を向き、私を気にかけて堂々と生きていた。
 私は常に彼女を誇りに思い、それと同時に私自身に何も力がないことが悔しくてたまらなかった。どうにかして母に追いつきたい一心で、私はがむしゃらに生きようとしてきたが、母の後ろにしかいなかった私にその力はない。
 幾度とない挫折の折、私は父の存在を想う。
 なぜ、母の隣にいないのだろうか。いなくなってしまったのだろうか。
なぜ、私の頭をなでてくれないのだろうか。

God side

世の中には魔女がいる。加えて言えば、人狼もいる。彼らは普通の人間と一定の距離を保ちながら、しかし彼らに近いところで自身の身分を偽って暮らしている。
彼らは魔法を使い、異常な生命力で、強靭な肉体を持っている。そのために人間たちは異端警察、聖騎士隊を作り出し、彼ら〝異端者〟を排除しようとした。しかし、人間という枠を越えた魔女や人狼たちは、それらに大きく反発している。自分たちは何も悪い存在ではない、と。自分たちも同じ人間であるのではないのか、と。
しかし、魔女も人狼も、中には悪しき考えの者がいる。
 人間の弾圧を憎んだもの、自分の力に溺れたもの、それら多くは未だ人間たちの恐怖の対象そのものとなっている。
 そしてまた、〝大神〟という、人狼と魔女を創り出した祖とも呼べる者も存在している。その大神は様々な名で呼ばれ、諸説とともに走り抜けていくような、幻の存在ではあるが、広く魔女や人狼たちの間ではその恐怖と絶大な力の大きさを称してこう呼ばれている。
〝 赤い月(レッドムーン)〟と。

Luna side

 相手が来ることを確認して、即座に身をかがめ、息をひそめる。しかしその時に俺の腰についている剣がかちゃりと音を立てる。しまったと思った瞬間、すぐさまその場を離れる。
「そこっ! 氷柱(フェウ)っ!」
 すぐに声が飛んでくる。そして、その次に飛んでくるのは無数の氷だ。五十センチはあろうかとも思える大きな氷柱が俺に向かって飛んでくる。その鋭利な切っ先は速度を落とすこともなく俺の体めがけて飛んでくる。
「ちっ! 単発でそんなかよ!」
 毒づきながら、俺は足をばねのようにして跳ね、その場所から離れる。すぐに俺のいたところの地面はえぐられ、何本もの氷柱が立っている。
「これはまだまだ…」
 ふと後ろから声がかかる。その声に振りかえることなく俺は手にしていた木の棒で後ろを薙ぐ。しかし、手ごたえは感じられない。
「ヴェア! そっちは?」
 木々をぬうようにしてルーナが近づいてくる。
「ルーナ、気をつけろ。威力は低いけど氷柱がたくさん降ってくる。気を抜くと怪我するぞ」
 忠告し、再び草場に身を隠す。相手に見つからず、そして自分が早く相手を見つけることが必要だ。慎重に音をたてず、周囲を見渡す。
 木々はどこまでも続いており、この森がどれだけ広大であるかを彷彿とさせる。それでも、この森ですら俺たちは通り道の一か所でしかないことを考えると、先のことを考えることをやめたくなってしまう。
「…っと、今はそんなことを考えてる場合でもないか」
 思考を止め、今は目の前の事態に集中する。今は氷の魔女であるルピスが俺たちのために模擬戦闘を行っている。俺は人狼なのだが、あまりにも力の使い方を知らなすぎているらしい。それに、傍らのルーナも魔女なのだがいかんせん攻撃力に欠けるようだ。ということで、じゃあ修行をしようという話になったのである。
「ほらほら! 手を抜くと死にますよっ!」
「――っ、確かに容赦なく修行してくれとは言ったけど、いきなりこれはレベル高すぎだろっ」
 俺は目の前にいるルーナを腰に抱える。そしてそのまま飛来する氷柱から逃れるようにして全速力で森を駆け抜ける。時折囮用の威力の低い氷柱と本命用に用意した殺意たっぷりの氷柱を混ぜながら撃ってくるのでたちが悪い。まさしく今の彼女は絶対零度の魔女〝冷嬢のルピス〟なのであろう。
「でも、打倒レッドムーンを考えてるんならまともな修行方法じゃ勝ち目はないよ。殺されるくらいの勢いで強くならないと」
 傍らに抱えているルーナがこちらを見ながらつぶやく。こんなこと言う彼女も、ある程度の魔女には対抗しうる力は持っているのだが、いかんせん人を傷つけることには向かない風の領域の魔女である。今この場に降り注ぐ氷柱を放っているルピスに独力で勝つのはかなり難しいだろう。
「お前も勝てねーだろーがっ!」
「ヴェアも勝てないでしょうがっ」
 情けない言い合いになってしまっている。どちらも彼女に勝てることができない、ということでこうして二人でルピスを倒そうということになったのだ。
 しかし戦闘に入った瞬間、彼女は人が変ったように魔法を連発してきたのだ。
「くそっ…レッドムーンよりもルピスの方が強いんじゃ――」
 そこまで言おうとして、氷柱が頬のすぐ横をかすめていく。
「…やっぱ死ぬって」
 走りながら、俺は走馬灯を見ている気分になる。
「こらこら、諦めないのー」
 ルーナは必至に俺を説得する。そこまで言うんなら、まずこの状況をどうにかしてほしい。
「わかった、わかった。私がルピスの魔法をどうにかするから」
「できるのか?そんなこと…」
 半信半疑である。だがしかしこのまま逃げ続けてどうなるというわけでもない。
「…頼むぞ、ほんとに」
「まっかせなさい」
 ルーナは右手でVサインを作ると、俺に抱えられていた状態から一気に跳躍して木の上に上がる。風の魔女というだけあって、身軽に飛んでいく。そのまま木々の中に消えていき、気配を消す。
「さ、どう出る…?」
 相変わらず氷柱が降り続いているが、数秒の後にすぐに動きが変わる。
「我が名の下に命じる、雪よ彼の者を吹き飛ばせっ!」
 頭上からの声とともに、雪が降り注ぐ。先の氷柱のようなものとは違い、視界全体を覆うようにして俺を包みこみ、そのまま雪崩のようにして流しだす。
「ちっ、逃げるばっかじゃダメか」
 そう呟き、俺は一瞬にしてその雪崩を左手で払う。そのまま雪は勢いをなくし、俺の前から消え去ってしまう。そのまま雪は逆に俺を飲み込もうとしていた時とは全く逆の勢いで木々の間を流れていく。
「…――っ!」
「そっちか」
 森の中から、確かに誰かが息を呑む音が聞こえる。その音のする方へとすぐに跳躍し、邪魔な大木を薙ぎ払う。
「さてルピス! 反撃開始だァっ!」
 獣のように吠えると、倒れた大木の影からすぐに人影が俺に向かって飛んでくる。
「氷の爪(レイ・シィーム)」
 金属質の音と音が重なり合う。俺もまた自分の手から獣の爪を出し、彼女のそれにぶつける。そのまま地面まで降りると、一気に突き飛ばす。
「へぇ、なかなか…」再び俺に突撃しながら、ルピスが呟く。そのまま先ほどと同じようにして俺にぶつかるが、今回はそれだけでは終わらない。
「我が名の下に命じる、氷の爪よ、彼の刃を包みこめ」
 彼女の持つ氷の刃が、俺の爪を包んでいく。段々と俺の爪は凍っていき、彼女の魔力に侵食されていく。
「っくしょ…、離せこら…! くそっ」
 彼女から必死に離れようとするが、足場も腕も凍り始めているために、力も入らない。これは本格的にやばくなってきたかもしれない。
「妾が命ず、真空よ彼の者の魔力だけ引き裂けっ!」
 その時、ルーナが後ろに立ち、こちらに手の平を向ける。
 彼女の風は的確に俺の腕や足で固まっている氷だけを破壊していく。後に残るのは、自由な俺と、ルーナの方を見ているルピスだけ。
「チャンスっ!」
 その瞬間を逃さない。俺は、一瞬でルピスの背中に回り、彼女を羽交い絞めにすると、喉元に詰めを突き立てる。
「あ、うぁ…う、」
「おっと、魔法使おうとしたら、きゅっといくぞ」
 その言葉を聞くと、ルピスは観念したかのように目を閉じ、両手を挙げて降参の意を示した。
「やっ――たあっ! 二人がかりとはいえルピスに勝てた!」
「ふぅーっ、しかし疲れた…こりゃしんどいわ」
 俺とルーナはその場に崩れ落ちる。それを見てルピスは優しげに微笑みながら俺たちを見比べる。
「攻撃向きでないルーナの魔法を搦め手(からめて)として、ヴェアが近接戦闘で囮役プラス攻撃役って感じか。うん、いいんじゃないかしら」
 今の戦闘を彼女なりに分析してくれている。まあ、戦力の配分的にそれ以外考えられなかったのもある。そもそもルーナがルピスを足止めしてくれればもっと落ち着いて攻めていくことができたのではないだろうか。
「それにしても、ルピスもかなり強いねー。旧式の魔法と新式の魔法を両方使い分けながら戦うなんて、かなりの使い手だよ」
「そうね、私も勉強してないわけじゃないからね。あなたに習って旧式の魔法は結構掘り下げてきているの」
 二人の魔女が先ほどの戦闘で盛り上がっている。本気で殺気立っていた気もするのだが、そこはそれ、今は仲の良い姉妹のようでもある。
 ちなみに新式の魔法というのは現在のほとんどの魔女が使っている形態の魔法で、命令する事象の名を呼んでその事象に対して様々なことを命令する、という長ったらしい呪文を必要とするものなのだ。
 反対に、旧式の魔法というのはあらかじめ決められている配列の呪言を口にすることにより、その効果を発揮するものである。こちらの方が、短い呪文で大きな威力の魔法を撃つことができる。ただし新式の魔法は少ない魔力によって器用にものを操ったりすることができる分、使用している者が多い。
「それにしても、両方の魔法使うとあれだけ器用な戦闘ができるんだな…正直ホントに殺されるかと思ったよ…」
 俺がうなだれながらそう言うと、ルピスは自慢するように胸を張る。
「まあ、こういう戦い方もある。っていう紹介も兼ねてるけどね。あなたたちの追いかけているレッドムーンもこういうことするんじゃないかしらね。彼はほとんど神に近い力を持っているから」
「神に近いんじゃない…彼が〝神〟そのものなのよ、ルピス」
 ルーナが強調するようにして訂正する。レッドムーン――俺達の追いかけている大神は、何かと俺たちと縁のある存在だった。俺が人狼になったきっかけというのもそもそもレッドムーンと出会ってのことであったし、ルーナもルーナでレッドムーンに対しては何か秘められた過去があるようだ。その真相を知っているわけではないが、彼女は時折今よりもさらなる昔を見ているような表情をする時がある。
「レッドムーンは確かに、こんなもんじゃない。たとえ私たちが三人がかりでも手に負えるかどうか…」
「そうそう、だからもっと強くならないとね。ヴェアもルーナもやっと強くなってきたところだし…」
 ルピスがルーナの頭を撫で、落ち着かせる。こういうとき、ルピスは助かる。俺だけだと、どういうことを言ってやればいいのかわからないときがあるからだ。
「それじゃあ、次の街へ行きましょうか。いくら鍛えながら旅してるといっても、私はベッドの上で寝たいですし…」
「次の街? っていうと…商業の街かな?」
「そう、そうなの。だから早く行きましょう? 買い物もできるし、宿も結構あると思うし…」
 ルピスがちらりとこちらを見る。まあ、確かに、先日まで氷の豪邸――もとい、お城で住んでいた冷嬢のルピスである。男と野宿など、考えられないだろう。
「そんじゃあ、行くとしますか…」
 俺は、二人の前に出て林道を歩きだした。

Hound side

「遅かったか…」
 付近の森林が、何かおかしいという報せを受けて飛んできたのだが、どうやら行き違いになってしまったようだ。森林は凍ったりやけに不自然な突風や竜巻が起きている、というところでぴんときた。
「ヴェアに違いねえ」
 うんうん、と自分の考えを肯定する。すぐ隣にはその森を眺めながら眉間にしわを寄せている青年が一人。
「おう、どうしたマタギ。そんな顔してちゃルックスのいい顔が台無しになっちまうぞ」
「いえ…もとからこんな顔ですから。それに、男前ならハウンドさんには負けますって」
「まぁーなっ! お前にゃ悪いけど俺もそう思ってたわ、悪い。俺がウィンクしたら街の女どもが皆ついて来ちまうから困っちまうぜ!」
 ばんばんとマタギの背中をたたきながら上機嫌に話してみせる。マタギは首を振りながら、森の中に入っていく。
「とっとと調査しちゃいますよー? ただでさえヴェアさんたち歩くペースが速いんだから、ここでちんたらしてたらまた遅れを取りますから」
「おう、そうそう。さっさと調査しないといかんな! ところで何から探したらいい?」
 その言葉に、マタギはぴたりと止まって一回だけこちらを見るが、すぐに歩きだして行ってしまう。
「まったく…今回はヴェアさんたちの追跡のために来たわけじゃないのに、なんでこんな調査しないといけないんだか…」
「何言ってんだ! 何が来ようとまず一にヴェア、だろ! あいつは第一級異端者に指定されてるんだからな!」
「魔女や人狼はほとんど第一級異端者ですよっ! …まったく、同じ異端者ならあの氷の魔女、あいつ絶対ぶっ殺すのに…」
「ん? 何? なんだって?」
 マタギに追いついて、声をかける。マタギはなんでもない、とふてくされたように呟いて、そのまま歩いて行ってしまう。
「――しかし、今回はまた難儀な仕事になりそうじゃねえか?」
 俺は、マタギに聞こえないように、ぽつりと呟く。
「この先の、メルカトルって街にいる魔女の捕獲、とはなあ…」

Luna side

 街は、賑やかだった。子供たちが走る声はもちろんのこと、喧騒や怒号も響き、街全体が祭りでもしていうかのように感じられる。
「うわ、すごい人の数だな…俺が住んでる街以上の人ごみじゃないか?」
「そうね、確か商業の街――メルカトルというところだと思うわ。私も来るのは初めてだけど、これで通常の街並みみたいね…ほんとに、お祭りしてるみたい」
 ヴェアもルピスもこの人の量に驚いている。かくいう私も、これほどの人間が叫んだり走ったりしているところを見るのは初めてだ。魔女というものはあまり人の多いところには行きたがらないものだが、ここまでくるともうどうで良くなってしまいそうな気分になる。
「まあ、とりあえず飯でも食うか? そのついでに宿を探せばいいわけだし」
「そうね、それじゃあ道でも聞いて…」
 ルピスがそこまで言いかけた時、通りの隅の方で明らかに他とは色の違う怒号が上がった。
「おいそこのお前! 今ここの売り物を盗んだだろう! 魚が一匹足りないぞ!」
「し…知らないです。なんでアタシ? 他にもお客はいっぱいいるじゃない…」
 どうやら物盗りのようだ。確かに、これだけ大規模な商店通りであれば、少なくはないだろう。誰もがその日食べるものにありつけるとは限らないだろうし。
 店主の男は、目の前の少女に対して威圧的な視線で睨みつけている。対する少女のほうは、ちらちらと周囲を気にしながら店主へ必至に抗議している。
「物盗りみたいねえ…あんな小さい子が?」
「んー、まあこういう時代にこういう場所だ。ないとは言い切れないだろうな」
 二人も同じような感想だ。しかし、目の前でこんな光景を広げられてもあまり嬉しいものではない。
「や、やめて…盗ってないって言ってるでしょ。はなして」
 店主が段々と力づくになっている。少女の腕を取り、どこかに連れていこうとしている。おそらくは、ここの街の自警団かその類の場所なのだろう。
「いいか、お前が呪われっ子なのはわかってんだ。お前みてえな奴は一回しょっぴかれないと懲りねえんだ!」
 聞きなれない言葉に、ぴくりと顎がはねてしまう。どうやらルピスも同様の感想を覚えたようで、ちらりと私の方を見る。
「呪われっ子ね…ルーナ、どう?」
「可能性は、あるかも。こんな大きな街だし…一人くらい隠れてても上手く誤魔化せそうな気がする」
 もしかしたら――そんなことを思った次の瞬間、いきなり目の前の騒動に割って入る人間が出てきた。
「ちょっと、二人とも。落ちつけって」
「ヴェア?」思わず名前を呼んでしまう。なぜか、目の前の物盗り騒動にヴェアが飛び込んでいた。
「なんだアンタ? 部外者はどっか行っててくれよ…」
「いやいや、魚が盗まれたんだろ…? なんかあっちにいる奴がくわえてるんだけどさ」
 ヴェアが指す方向には、黒猫が一匹魚を口にくわえて走っている。それを店主とヴェア、少女の三人がじーっと見送っている。猫はそのまま魚をくわえて街路へと消えて行ってしまう。
 残された店主はばつが悪そうな表情をしながらこちらにゆっくりと振り向き、少女に「よかったな、これで無実だ」と呟くと店の方へと戻って行ってしまう。
「あいつ…謝りもせずに…」
「いいんです! 疑われるようなことしたの私だから…」
「っていってもお前、何もしてないのに疑われたじゃないか」
 ヴェアはなおも食い下がっている。目の前の少女はそのままうつむいてしまい、口ごもっている。なんとも人付き合いの苦手そうな子だ。
「まあまあヴェア、落ち着きなって。とりあえず誤解は解けたわけだし。これにて一件落着でいいんじゃない?」
 そうする義理もないのだが、自然と助け舟を出しに向かっていく。ヴェアも、私たちが寄って行くとそのまま流されるままに少女を見てあきらめのため息をつく。
 ルピスは、その少女に駆け寄ると、彼女の手首を取る。
「な、なん――」
「いいから、あなた怪我してるじゃない。こういう時は頼っておきなさい…」
 ルピスが少女の袖をまくると、そこには様々な痣がつけられていた。見ているだけで痛々しくなるようなものばかりで、どうにも気分が悪くなる。
 しかし、私はルピスと目を合わせる。これは間違いない、と。
「君、魔女だよね?」他人には決して聞きとられないようなほどの声で、彼女に呟く。
 その言葉を聞いた彼女の表情は一瞬で凍りつき、そのままこちらを見る。ひどい形相だ。怒りと恐怖と悲しみがないまぜになったような顔。
「…あなたたちも、私を捕まえに来たの?」
 震えるような声で、彼女は言葉を絞り出す。どうにか逃げようとしている様子だ。しかし、私は特に気にした様子もなく、そのまま淡々と続ける。
「大丈夫、私はあなたを捕まえに来たわけじゃないから。ちょうどここに居合わせて、偶然あなたを見つけただけ」
「嘘っ…ならどうして私が魔女だってわかったの? 下調べして、また捕まえに来たんでしょう…」
「また、ってどういうこと…? あなたを捕まえに来た人が他にいるの?」
 そこまで聞いたところで、周りが騒がしくなってきた。どうやら通行人にとって私たちは〝珍しい集団〟に見えるようだ。
「むむ、なんか面倒くさそうだね…ちょっと静かなところないかな」
 そう呟くと、ヴェアが顔を近づけて、私に耳打ちする。
「とりあえずその子連れて移動しよう。どこかの酒場でもいいし、とりあえず座れる場所の方がいいだろ」
 その意見には賛成だ。とりあえず少女の手をひいて歩き出す。ヴェアもルピスも、その後に続いていく。
少女は何の抵抗も示さなかった。
 そして、そのまま歩くこと十分ほど。私たちは町の隅のほうにある酒場に入ることにした。
 中に入ると、まるで掃除などしていないかのようなすすまみれの床に、申し訳程度に何箇所かテーブルが置いてある。入った瞬間に踵を返して出ていきたくなるような場所だが、場合が場合だ。込み入った話をするならむしろほこりまみれの方が都合がいいこともあるだろう。
「注文お願いー」
 私は適当にアイスコーヒーを頼む。ルピスは冷たいお茶を、ヴェアはお腹がすいていたのかスッパゲッティ――とはいえここの食事が衛生的に良いのかどうかはわからない――を頼んだ。そして、件(くだん)の少女はオレンジジュースを頼んだ。
「こう歩きっぱなしだと、やぱり喉乾くわね」
 ルピスが出されたお茶をひといきに飲み干す。いきなり冷たいものを飲み込んで大丈夫かとも思ったが、そこはそれ氷の魔女として耐性があるのだろう。
 私はコーヒーを飲みながら、少女の方を見る。
「ジュース飲む前に、名前くらいは教えてくれてもいいんじゃない? こっちのヴェアはあなたのこと助けてあげたんだし」
 そこまで言うと、さすがに少女のほうも言い返せない。助けてもらったのは事実なのだし、名を明かさない理由もない。
「私は、セイ…助けてくれたことにはお礼を言うけど、なんで私が魔女だってわかったの?」
 セイと名乗った少女は、ジュースを飲みながら私たちに問いかける。そこで、ルピスと私は彼女の瞳をじっと見ながら一瞬だけ、瞳の色を変える。私は透き通るような翡翠色に、そしてルピスは綺麗な青玉色。
 私たちの瞳の輝きを確認すると、セイは少しだけ驚いた表情をして私たちを見つめる。
「――あ、お姉さんたちも魔女、なの? …驚いた。親以外に魔女って初めて見た…」
「お母さんも魔女だったの?どんな人?」
「えっと、お母さんは髪が長くて…背が高くて…奇麗な人で、」
 まどろっこしい。ききたいのはそういうことではない。
「名前は?できれば二つ名とか」
 私が妙に変なことを聞き出そうとしているせいか、ヴェアはおかしな目でこちらを見ている。ちょっと待ってくれ。今はとりあえずこれが大事なのだ。
「お母さん…名前はデーヴァ。〝天圧のデーヴァ〟だったかな」
 私は、その名を聞いた瞬間に顔をしかめる。もちろん、知り合いだった。彼女の顔を見たときから、どこか見覚えがあるような感覚を覚えていたのだ。
「デーヴァ…デーヴァね。やっぱりあいつか。あなた、どことなく彼女の面影があるわ」
「あなたお母さんを知ってるの?」
 驚いたように私を見る。確かに私は、外見上はほぼ成人前の少女のような姿をしている。しかし、私の今の姿は、本来は魔力をおさえられた大魔女〝破滅のアーク〟という存在の転生した姿なのである。現在の姿になるまでには数十年の月日を要し、その間の記憶はほとんどないに等しいが、彼女の母親がまだ若かった頃からも考えてみるとずいぶんと生きてきている。
「デーヴァは面白い人だったよ。うん、いい奴だった。どれくらいいい奴だったかというと、人が寝てる最中に私が取っておいたお菓子とか食べちゃうし、頑張って習得した魔法を勝手に自分の私利私欲のために使おうとしたり、自分のご飯を落としちゃったからってこっそり私のご飯取ろうとしたり…」
 記憶をまさぐると、なんとも黒いものが腹の中で渦巻いてくる。本当に、いい魔女だったのは覚えている。覚えているのだが、彼女についてはこういったことしか思い出せないのだ。
「…それ、本当にいい奴なのか?」ヴェアが呆れながら私を見る。確かに、自分の言ったことを改めて考えてみるとそのとおりだった。
「あ~、名前は聞いたことあるわね…確かに凄腕の魔女だっていう話はあったと思う」
 ルピスもうろ覚えではあるが、一応その名前を知っているようだ。確かに、デーヴァは実力のある魔女の中では言わずと知れた私の仲間であった。大魔女ルーナの腹心の一人にして、自由奔放、多趣味で多彩でいつでもお気楽な性格だった。彼女に悪戯されても、その子供のような小動物のような笑顔で謝られると、、なんとも許さないわけにはいかない気持ちになってしまうのだ。
 しかし彼女も一児の母となっている。魔女は基本的に寿命は長いのだが、人の男と子をなすのは人生もかなり中盤にさしかかってきてからだろう。なんだか時を感じてしまう。
「やっぱり、母さん、有名なんだ」
 セイは少しはにかんだような表情をしながら手元のジュースを飲む。喉がからからだったのだろうか――それとも緊張の糸がやっと緩んできたのだろうか――ごくごくと勢いよくジュースを飲みほす。
「で、あなたは…ええと、お母さんのファン?」
「どうしてそうなる。確かにデーヴァは異常なまでの魔力を持ってたけど――」
 私ほどではない。そう言おうとして、言葉を切る。私がアークの転生した姿であるということは、ヴェアにも言っていないことなのだ。まあ、ルピスは薄々感づいてはいるだろうが。
「けど、何? あなたもしかしてお母さんよりも強かったの?」
 セイが聞いてくる。私の外見が子供っぽいからだろうか、彼女は私に対しては普通に話しかけてきている。ヴェアとルピスにはやや話しにくいようで、少し上目遣いで距離を置いている。
「――あー、けど、けどね…アークには及ばないでしょ?」
 その名前のインパクトは大きかったようだ。セイもその名前を聞くと、納得したように身を引く。
「そりゃ…そりゃそうだよ、〝破滅のアーク〟なんて、比べるほうがおかしいよ。っていうかずるいよ」
 だてに始祖の魔女の通り名ではないということだろう。しかしなんとも、自分のことであって今の自分のことではないという現状にかなりの羞恥を抱いていた。
「なあ、アークって誰? そんなに強い魔女なのか?」
 ヴェアが横から入ってくる。そういえば、ヴェアにはアークのことを話してなかったような気がする。というより、やはり自分の自慢話になってしまいそうで気が引けるのだ。あと、今の自分の情けない力と無意識に比べてしまう自分も嫌いなのだ。
「アーク。通称、始祖の魔女といわれています。レッドムーンの魔力を一番に受けた、過去最強の魔女の名前ですよ。ちなみに彼女の二つ名で有名なのは〝破滅のアーク〟。彼女の砂風は周囲に存在する一切を塵に帰すといわれています」
 ルピスが説明する。間違ったことは言っていない分、何も言い返せない。むしろ私の代わりに言ってくれてありがとうと言ってしまいそうだ。
「…そういえば、このお兄さんは?魔女のこと普通に受け入れてるけど、誰なの?」
 セイは、やっとヴェアの方を見て疑問を口にする。一応、彼が人狼であること、レッドムーンのことや今までの旅の経緯を簡単に説明すると、セイは驚いた様子でヴェアを見ていた。
「人狼って本当にいたんだ…お母さんが小さい頃に『いい子にしてないと人狼に食わせるよ』って言ってたから、怪談話くらいにしか思ってなかった…」
 彼女は人狼を見るのは初めてのようだ。確かに、今の時代それほど人狼という存在はいないだろう。いたらそれこそこぞって魔女が集まってくるだろう。
「ねえ、お姉さんたち、今日泊まる場所はあるの? もしよかったらうちに来てよ!」
 願ったりな申し出だ。旅費もあまり無駄遣いはできない現在、同じ魔女のよしみで泊めてくれるというのなら素直に甘えるのが吉というものだろう。彼女の母親の話が宿代だというのなら、安いものだ。
「それじゃあ、甘えようかな。いい? ヴェア」
「ん、まあどうせどこかに泊まらないといけないわけだしな。泊めてくれるんならそれに乗っかろうぜ」
「そうですね。私も、彼女の家に泊まった方が何かと危険も少ないと思いますし…賛成です」
 最後にルピスの一言で決まった。その返事を聞いたセイは、にっこりと満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに席をたつ。
「お、おいおい。どこに行くつもりだ?」ヴェアが慌てて止める。確かにそのまま出ていきそうな勢いだ。
「今晩のご飯、うんと腕を振るうから。その買い出しに行ってくる! 後でさっきのお店の近くの広場に来て! 久々に誰かのためにご飯作るからね!」
 その言葉で、私はおやと疑問が脳裏に浮かぶ。
「セイ…変なこと聞くけど、デーヴァは?」
 そう聞くと、セイは一瞬だけ悲しそうな表情をしたがすぐに笑顔で隠し、そのまま店を出て行ってしまう。
「そうか…そうだよね、もう何十年も会ってないんだもの」
 私が転生の準備をしているときかもしれない。もしかしたら、私とレッドムーンが戦った直後かもしれない。それとも、なにか事故か、病気か…。
 なんにせよデーヴァという同朋はもうこの世にいないようだ。
 時の流れは残酷なまでに、私に代わり続けることの虚しさを見せつけた。空っぽになったオレンジジュースのグラスの中の氷が、からんと音を立てた。
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