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狼の森の少女

                                 ビアンカ・ストーリア


 ここは森の奥へと延び入る路、遠くからは木こりが樹に斧を打ち込む軽い音が響き渡ってくる。夏の陽射しはきらきらと煌めく木漏れ日となって、木立の間を縫う路に鹿の子模様を描き出していた。
 光に彩られた路を幼い少女が独り、鼻歌交じりにスキップしている。緑のワンピースに白いエプロンを着け、ウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪の上には深紅の頭巾がちょこんと乗っている。
 少女がスキップする度、手に提げたバスケットを覆う布がふわりと舞い、古そうなワインのボトルと焼きたてのパンが覗くのだった。

 不意に、少女の行く手の茂みが揺れた。
「誰か居るの?」
 少女は怪訝な表情を浮かべた。この辺りには、森の奥に独り住む少女の祖母と、その祖母へのお使いに来る少女以外は滅多に来ないはずだ。
「君を待っていたのだよ。あかずきん」
 村一番の腕を持つ猟師が怪しげな笑みを貼り付けて茂みから出てきた。
「あら、猟師のおじさんだったのね。私はてっきり狼だと思ったわ」
 少女は屈託無く笑った。
「この森には狼より余程恐ろしい魔女が居るのだ。俺はそやつを始末しに来たのだよ」
 猟師は銃を弄びながら、少女に鋭い視線を向けた。
「あら、そうなの。せいぜい狼に食べられないように気をつけてね。私はおばあさんに届けなくてはいけない物があるから」
 少女は、全く心配などしていないというような声音で言うと、猟師から視線をそらし、森の奥へと歩を進めようとした。
「何も知らないのだね」
 立ち去ろうとするあかずきんに銃口を向け、猟師はひどく冷淡な声を発した。
「なにがかしら」
 少女は立ち止まると、振り向くこともなく淡々と答えた。
 しばしの沈黙。その場に吹く風が、いやに肌寒く感じられるようだった。その沈黙を破ったのは猟師だった。
「この森に住む魔女というのは、おまえのばあさんなのだよ」
「あら、そうなの。でも、おばあさんには指一本触れて欲しくないわね」
 振り返った少女の表情は、まるで感情を閉め出してしまっているようだ。とても年相応には見えない。猟師は背中に冷たいものが流れる感覚に襲われた。
「おまえも相当危険と見える。ばあさんの前におまえを始末する必要があるらしい」
 言うが早いか、猟師の指が引き金に掛かる。
 少女は目を見開き、バスケットの上に掛けてあった布を広げると猟師に向かって投げ、素早く背後の木立へと飛び込む。はたして少女の狙い通り、布は猟師の視界を遮った。視界を遮られた猟師が撃った銃弾は、少女の身体を掠めただけだった。
 布が二人の間を遮れなくなったときには少女は既に木立へと消えていた。
「森の中で俺から逃げられると思っているのか?」
 猟師が声を荒げるが、実際にそうだろう、追跡を得意とする狩人から幼子が逃げるのは不可能と言っていい。少女にもそれは分かっている。しかし、それはあくまで普通の人間だった場合だ。
「あなたなんかでは、この森の中で私を捕まえることはできない」
 少女は木立の合間を右に左にと、巧みに走りながら、首から提げていた角笛を吹き鳴らした。
 甲高い澄んだ音色は森の奥深く、隅々まで広がった。
「そんな物を吹いても無駄だ」
 少女の小さな背中が猟師の目に入ってきた。
「この角笛の意味をあなたは知らない。それが、あなたが私を捕まえることができない理由よ」
 少女は立ち止まって、あろう事か猟師の方に振り返った。そしてその表情は得意げであった。
「馬鹿だな」
 猟師は残虐な笑みを隠そうともせずに猟銃を構えると、引き金に指を掛けた。
「馬鹿はどっちかしら」
 少女が悪戯っぽい笑みを浮かべた直後、少女の背後、猟師の真正面の茂みから、白い毛並みが精悍な狼が一頭現れた。
「狼だと・・・・・・しかし、一頭ならどうということはない」
 呻る狼と対峙しながらも、猟師は怯むことなく銃の照準を狼に変えた。
「あら、誰が『彼一頭』だと言ったかしら?」
 少女がわざとらしく首を傾げる。直後、周りの茂みという茂みから狼たちが姿を現した。その数は二〇頭にも及ぼうかとしていた。
 猟師が銃を撃つが、狼はそれを易々と躱し、鈍い光を放つ牙を猟師の首に突き立てた。
「・・・・・・やられたな」
 猟師は最早絶望ともあきらめとも取れぬ呟きを漏らした。
「だから言ったでしょ? あなたに私を捕まえることはできないって」
「おまえは一体何者なのだ」
 止めどなく血が流れ出る首筋を押さえ、猟師はあえぐように言葉を吐き出した。
「私? この森の狼の化身」
 淋しそうな笑顔を浮かべた少女が言う。猟師の首から流れ出る鮮血は少女をの森を深紅に染め上げていくのだった。

                                             終?
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