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赤き姫の横暴日記

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東風オリジナル小説


赤き姫のわがまま日記


「まったくばかげてるわ」
 少女は大通りを歩きながらつぶやいていた。長い旅路を終え、やっとのことで街にたどり着き本日の寝床を探していたところ、なんと全ての宿が貸し切り状態なのだ。
「しょーがないんじゃないすかねえ…」
 傍らの従者は諦めたように呟いている。少女は、顔まで深く被った赤い頭巾を従者の方へと向ける。
「そもそもあんたのせいよ、ちょっと宿に泊ってる人皆追い出しちゃってきてよ。暴力行為も許可」
「ええ、俺かい! 客が迷惑すんでしょーが、もういいから野宿にしましょうぜ!」
 奇妙な首輪をつけた従者は少女の無茶な要求を断りながら、辺りを見回す。当たりに野宿できそうな場所はたくさんありそうだ。
「ローグ! おいローグ! この私を誰だと思ってるの? 細切れにされたくなかったらさっさと客を細切れにしなさい!」
「なんでアンタはそうバイオレンスなことしか言わないんだ!」
 二人がそんなことを言いながら町を歩いていると、なにやら人だかりができている場面に出くわす。中心では、女の叫び声や男の罵声が聞こえる。どちらも穏やかな雰囲気ではなさそうだ。
「なに? なんの声かしら? ちょっと、アンタ見に行ってきなさいよ。たいして役にも立たないアンタもそれくらいならできるでしょ」
「へいへいへいへい…もう逆らうのもメンドくせーわ」
 従者――ローグが人だかりに入っていく。もちろん、赤いフードの少女はしっかりとその後についていく。
 見ると、数人の荒っぽい男たちが、若い女性と老いた男を強引に引っ張り続けている。
「おらおらあ! いつまでも俺たちが甘いとでも思ったか? ああん? なめてっと終いにゃ痛い目見んぞ?」
 荒っぽい口調で一番体の大きな男が老いた男に向かって叫ぶ。
「やめて、くれ…その子はワシのために働いてくれてたんだ…体が弱いワシのために、一生懸命…」
「だったらこれからも働いてくれるだろうなあ! お前の家みたく織物なんてしょうもない稼業じゃなく、もっと実入りのいい商売になるぜ? いい身体してるみたいだしなあ?」
 男たちは若い女の身体をなめるように見ていく。その視線だけで、周囲の人々も当事者たちもどんな仕事をさせられるのかなんとなくわかってしまった。
「ローグ、あれは何かしら? 見ているだけで不愉快なんだけど?」
「あれはー、人さらいですかねえ。嫌ですねえこんなご時世に」
 少女は従者の腹を肘で突きながら、睨みつける。
「違う、んなこたわかってるわ。助けてやりなさいって言ってるの」
「俺っすか! 関係ないじゃないっすか!」
 しかし、少女は尚も従者を睨みつける。ローグは諦めたようにして前に出ると、男たちに静止するよう声をかける。
「あー、キミたち、暴力はいかんデスよ。暴力は何も生まないすよ?故郷のお袋さんが悲しむから荒っぽいことは止めたマエ」
 完全に棒読みだったが、それでも男たちはその言葉が気に入らなかったようだ。完全に標的をローグに絞っている。
「あー、お嬢様? これでどうすればいいっすかねえ…――って!いねえし!」
 少女はローグが男たちの気を引いているすきに、老人と女性を連れて逃げてしまっていた。
 後に残るのは男たちとかわいそうなローグのみ。
「あのアマ…覚えとけよおおおおおおおお!」
 叫びながら、ローグは男たちとの追いかけっこを始めた。


「あなたたち大丈夫?」
 路地の裏で、少女は老人と女性を介抱していた。二人は心底うれしそうに感謝の意を伝える。よほど絶望的な状況だったのだろう。
「先ほどはありがとうございました…本当に、命を救われた思いです」
「お連れの方は大丈夫なんでしょうか、追われてしまいましたけど」
 女性の方がローグのことを気にするが、少女は手を振って微笑む。
「大丈夫、アイツは人のために死ねるような奴じゃないから。それよりも、さっきはどうしたの? 襲われてるみたいだったけど、皆誰も助けようとしなかったけど」
 少女が尋ねると、女性は泣きながら事情を説明する。
「実は町一番の商人が法外な金利を掛けて、この街を牛耳っているんです。町の警察もその商人に逆らえなくて…」
「ふうん? それで、あなたはその商人からお金を借りたのね…」
「はい、そうなんです…」
「そんなの全面的にアンタたちが悪いじゃない。借りたもんは返しなさい。それが当たり前だわ」
 しれっと少女は告げる。呆気にとられている老人と女性をよそに、興味をなkぅしたような表情の少女はそっぽを向いて歩き始める。
「もっとおもしろいことかとも思ったけど…宿を探さないといけないんだから、余計なことに時間使わせないでよ」
 少女はぶつぶつと呟きながら歩きだす。
「宿なら、先ほど言った商人が数日間は貸し切ってますよ」
 少女は立ち止まり、その赤いストールをさながらマントのように翻し、燃えるような瞳でぎらりと睨みつける。
「…で、その商人はどこにいるわけ?」


 町一番の大豪邸。そこに、目的の人物は住んでいるらしい。
「まあ、一番の金持ちならデカいとこに住むのは当たり前よね」
「で、なんで俺も一緒なんスか」
 少女の隣には、ローグが立っている。顔中痣だらけで、どこか疲労困憊の様子であるが、彼女に忠実につき従っている。
「あら、ローグ。ここに住んでる商人をぶちのめせば今夜はスイートな宿に泊まれるのよ。光栄じゃない?」
「スイートに泊まるために商人ぶっ飛ばすアンタは天才だな…仕方ない、俺もたまには品のいい部屋で寝てみたいしな」
「あら、あなたは野宿でしょ」
「俺だけ別扱いかい! 俺これからのこと手伝う必要ないじゃないすか」
 少女は、後半はローグの言葉も聞かずに、豪邸の屋敷を蹴り飛ばす。
 たちまち警備用に雇っているであろういかつい男たちや、獰猛な目をした犬が集まり、少女とローグを囲む。
「あらあら、よくもまあこんなに集めたもんだわ」
「集めたのはアンタですけどな」
 ローグが言うが、少女は意に介さない。
「おまえたち、何者だ! ここがどこかわかって来てるのか!」
 警備の人間たちが怒気を含んだ声で叫ぶ。
「わからずに扉蹴り飛ばしたりするわけないじゃない。ここの家なんだけど、ちょっと拝借しようと思ってきたんだけど?」
 少女が頬に手を当て、柔和な笑みを浮かべる。その笑みに不気味さを感じて周囲の警戒は一層強くなる。
「それじゃ、頼むわよ、ローグ」
「とほほ…また俺かよ…」
 少女が少し後ろに下がる。ローグは諦めたよな声を出しながらも、しかしその瞳は完全に据わっている。少女が指を軽く鳴らすと、突然ローグがうつむき、震えだす。
「鎖をといてあげる。ここにいる全員ぶっ飛ばしなさい」
 その言葉が終わる瞬間、ローグを警戒していた人間の大半が壁に激突していた。ローグは、軽く手を開いたり閉じたりしているだけだ。
「な、なんだこの連中…化け物か!」
 警備の人間が声をあげるが、ローグは数秒で他の犬やら人やらを薙ぎ払っていく。その力たるや人のそれをゆうに超えている。
「ローグは国によって極限までに鍛えられた優秀な兵士――〝王守〟(おうかみ)なのよ。一般人が数百人かかっても倒せるわけないじゃない」
 少女は赤いストールを翻す。その時、警備の人間の一人がストールに刻まれている紋章を目にし、京学の表情を浮かべる。
「あああ、あれは…このグリム王国の紋章だ! そんでもってあの赤いストール…? もしかして第三王女〝赤ずきん〟ルージュ姫か!」
 その名を口にすると、少女――ルージュは髪をすくい上げて叫んだ男に微笑む。
「いかにも。私はルージュよ。王守を連れて国内を旅していたら宿がないですって? 私が来る町にスイートな宿がひとつもないなんて馬鹿げてるわ」
 周囲の男たちは言葉を飲み込む。
第三王女ルージュ――その異常な横暴さと好奇心から、臣下はおろか、血縁からも恐れられているという唯我独尊の赤き女神。
「わかったなら、さっさと貸し切ってる宿を開放しなさい。私の貸し切りに変更するのよ」
 誰もが諦める。権力に屈して、などという問題ではない。彼女に反抗すること、それすなわち暴力的に抹殺されるということだからである。
 しかし、それでも諦めない男がいた。この豪邸の家主である、台証人であった。彼は手近な犬を三匹、ルージュにけしかける。
「王女! いくら貴女の存在が強いといってもたかが小娘! いかようにでもしてやるわああああ!」
 犬が統率された行動で、牙をルージュに向ける。ローグは慌ててその犬を止めようとするが、間に合わない。
「やめろお前ら! ルージュ様に手を出すことは許さんぞ!」
 叫ぶが、間に合わない。そこに響くのは、商人の笑い声だけだ。
 静寂が辺りを包む。その透き通るような静寂を破ったのは、ほかならぬルージュであった。
「たかが小娘? ちょっと言ってる意味がわからないわね…」
 商人は、大笑いの口を、そのまま驚愕の表情へと変える。
「王族は王守を従えるだけの実力を持っていなければならない。そうなれば、自然とその力量は予測できるんじゃないかしら?」
 ルージュは片腕だけで三匹の犬を掴み、地面にたたきつけていた。その力はすさまじく、たたきつけたところの床が陥没し、穴といってもいいくらいに犬たちは深くたたきつけられている。
「さて、これでもまだ続けるのかしら? 私も、たまに運動したいから構わないんだけど」
 ルージュが笑みを浮かべる。犬たちを見ながら自分の力に酔いしれているその表情は、さながら地獄からやってきた悪魔そのものである。
 商人たちが戦意を失ったのは、言うまでもないことである。


「んー、やっぱりスイートな宿にスイーツな食べ物は欠かせないわね」
 ルージュは、貸し切った宿で一人パフェを食べていた。商人の屋敷をほとんど半壊状態にして町の人々の歓喜と恐怖を同程度受けた後、彼女は町一番のスイートな宿に通されたのだ。
「ルージュ姫、そろそろ次のところに行きませんかねえ? もう三日もここにいるじゃないっスか。宿の人も迷惑してますって」
 首輪をさすりながら、ローグが言う。しかし、ルージュは話を聞いているそぶりも見せずにパフェを頬張り、満面の笑みを浮かべている。
「はあ、やれやれ。東の街には、和風庭園とかいうスイートな宿に和菓子とかいうスイーツがあるらしいんですけどねえ~」
 ローグがぽつりという。その言葉を聞いた瞬間、ルージュは持っていたパフェを勢いよく壁に投げつけ、赤いストールをひったくるようにして自分の身にまとわせる。
「何してるの? 早く次の街に行くわよ。スイートな宿にスイーツな食べ物。そして面白いことが私を待ってるんだから」
 ローグは嘆息しながら、ついて行った。
 赤き姫と、野獣のような従者が諸国を周り、なんやかんや横暴と我が儘と自己中心的な行動によって、結果的に悪人っぽい人を成敗していくことは、この後数百年にわたって語り告がれていく。
 しかし、この姫と従者にはそんな大それたこと、わかりようのないことであった。
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