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グリムズ

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 初めに
 メローズ・シリーズはお伽噺を読んだ作者の完全な妄想の産物です。作中で出てくる組織、人物、世界は全てフィクションです。そのようなことは一切、文献などには無いまっかな嘘っぱちです。
 素晴らしいお伽噺をこういったことに使用し、作者の方々に深くお詫びいたします。


グリムズ



籠龍

0、 スカーレット

 ドイツのハンブルク。スウェーデンから南下してきた赤ずきんはドイツの港湾都市として栄えるハンブルクへ来ていた。
 多くの河川により数多くの橋が象徴的のこの街を歩く赤ずきん。粗末の服にマントを羽織り、頭には彼女の名前の象徴である赤頭巾が被られている。バスケットを片手に歩く彼女の容貌は、そんな粗末な格好にもかかわらず擦れ違う者全てが振り返るほどに美しかった。
 しかし彼女の顔つきには冷たい物が感じられた。それは見るもの全てが背筋に寒気を覚える程のものである。ゆえに振り返った者達は、彼女を見るとすぐに視線を戻した。
 彼女がこの都市に来たのは無論観光ではない。どこか知らぬ世界より来た“狼”を狩るために来たのだ。
 港湾都市であるハンブルクは長い航海を終えた船員達の疲れを癒す場として、レーパーバーンと呼ばれる歓楽街があった。だから通りには男達に、遊女の姿が多い。
赤ずきんはレーパーバーンの通りを歩く。彼女の美貌に幾人もの男共が近づいてくるが、彼女に触れようとする時に発する彼女のただならぬ殺気に男共は怖気づいた。彼女は目を伏せ、気分が悪いかのように若干顔を青くしながら黙々と歩いていた。
そんな喧騒より少し外れた場所に彼女の求める目的の場所があった。そこに着いた赤ずきんは視線を上げる。その瞳は恍惚の色を浮かべ、ウットリと濡れる。
「おぉ、神よ。祝福あれ。我、迷える狼達の導とならん」
 そう言うと、赤ずきんは舌舐めずりをして建物の中へと入っていく。


1、 ヴィル・グリム


 僕は正直、兄に比べれば小心者である。体格などはさほど変わらないが、喧嘩早い兄・ヤーコブに比べて、僕は目が合うだけで謝ってしまう。
 そんな僕はこんな野蛮なレーパーバーンなんかに来たくなんかなかった。僕はこんな喧騒の五月蠅い場所ではなく、もっと地方を回り伝承などを集めるのが好きなのだ。それなのにヤーコブと来たら僕を連れまわすなんて。
 そんな理由で僕は、レーパーバーンの隅でできるだけ目立たないようにいるのだ。
 こんな場所で一瞬時間が止まったように皆の息が詰まったのはほどなくしてのことだった。歩く者の視線が一点に向けられた。
 そこには赤い頭巾を被った少女がいた。その人はとても美しく思わず僕も他の野次馬と同じように息を飲み、目を見張った。それくらいに美しい。彼女ほどの美しい女性は僕はベルリンでも見た事がない。しかし、同時に彼女からは冷たい何かを感じ取れた。それは背筋が凍り、腹に石を詰められたかのように重く感じさせた。
 すぐに視線を逸らそうと思ったが、若干周りの野次馬共と同じなのが癪に障ったので僕は視線を逸らさなかった。正直胃に穴が開きそうだ。
 少女はすたすたと歩いて行く。僕は興味で追いかける。まるで夢遊病にかかったかのようにフラフラと歩く彼女を追いかけるのは簡単な事であった。
彼女は少し離れた場所まで歩き、廃屋のようなボロボロの建物の前に立った。まるで魔女やら悪魔やらが住み着いていそうな場所に僕は思わず生唾を飲む。が、彼女はそこを少し見つめた後で一切の躊躇いもなく入っていった。
「うわ! アカン、アカンぞ~!」
 若干、訛りながら僕は声に出していた。久しぶりに訛った気がする。
 どう考えても、その廃屋はよからぬ雰囲気がする。
 あのような美しい少女がそのような場に足を踏み入れるなど、断じて許せるものではない。初めて彼女を見たが彼女には可憐であって欲しい。
 僕は取り敢えずノロノロと入口まで歩み寄る。待てよ。待て待て。僕は今、何をしようとしているんだ? まったくの赤の他人。しかも素性も何も知らぬ少女を追って奈落へと転げ落ちていこうとしているのではないか? これではまるで以前、英国で聞いたうさぎを追い掛けていった少女の話ではないか。
 いやいや、決して入口まで来て足の震えが止まらないとか、そのような理由で言っているわけではないのだ。知性的にだな……
 僕は知性的に少女のこの後の展開をインスピレーションしてみた……
 噂では最近ここには、化け物が出るとか……そう言えば、ハンブルクに着いてすぐ最近、若い娘が消えるって話も聞いた。勇気ある者が何度かこの建物に入っていったが、数日後八つ裂きになって発見という話も聞いた。
 ……うん。僕一人では無理だ。誰か呼んでこよう。
 僕はそう自分に言い聞かせると踵を返した。


2、 ヤーコブ・グリム


その廃屋には化け物が出るらしい。
 そんな面白い話を聞かされて調べないなんてバカだぜ。
 俺はそのボロボロの木製の入口を押す。扉は音もなく開いた。俺はランタンを片手に中に顔をのぞかせ誰もいない事を確かめると歩き出す。埃臭いのと同時に鼻を突く鉄の臭いに、思わず顔を顰める。踏み出した足に何か変な感触。ランタンの光に照らされた床が赤かった。大量の血だ。
「なんじゃこりゃ! 血か? おいおい。乱交パーティかよ。しかも全員初物ってか?一体、何人の乙女をぶちぬいたんだ?」
 誰も聞いてないので独りで笑うしかねぇか。俺はその血を元を探すとそこには奇麗にぱっくりと切断されて死んでいる野郎達がいた。
「んだよ。おっさんかよ。見て、損したぜ! しかし、喧嘩か? だったら、俺の出番か!」
 堪らなくゾクゾクしてきた。この背筋が震えるのが堪らなく好きだ。俺は死骸を調べる。切り口は奇麗な物で、俺は今までこれほどまでに断面が美しいのは見た事がない。つまり、何で斬られたのか見当もつかない。未知の道具を使う奴か、それとも噂通りの化け物か。しかし本当に絵本や童話の中にいるような化け物が相手なら、それはもう俺の専門じゃない。そっちは弟のヴィルが専門だ。
 弟は前々から伝承なんかに興味を持ち始めた。そして近年よく聞く不可思議な事件との関係性。化け物どもの危険性について示唆し、よく本にまとめていた。大学で教鞭を取る俺に、よくヴィルはそのことについて話に来たことがあった。俺はその言葉を鼻で笑ったが、今はあの貧弱な弟の知恵がありがたい。
 俺は殺されている奴の切断面から顔へランタンを移してさらにそう感じた。
「これは……なんとまぁ~」
 なんともその顔は不細工な面をしていた。俺が生きてきてこれに近い物を見たとするならば、教会に飾られる聖画。大天使ミカエルが悪しきサタンを倒さんと剣を掲げる、まさにサタンそっくりである。
 これを化け物と言わずして何と呼ぶか。ヴィルがいたらさぞ興奮しただろう。彼の言い続けたことが今証明されたのだから。第一、この不細工さ。もし化け物ではなく単なる異形に過ぎないのであれば、俺は神を信じることを止める。
「って事は、こいつを殺したのはミカエル様かい?」
 俺は唾を吐き捨てながら視線を奥へ向ける。その時、奥から獣のような、しかし確かに女の声の叫びが木霊して聞こえてきた。空間を切断せんとばかりに張り上げられた叫び声。その後に、木霊が大きくよく聞き取れなかったが確かに人の言葉が聞こえた。ギリギリ聞こえたのが「地獄に業火に焼かれるがいい」とかなんとか。後から聞こえる複数の悲鳴。
 その迫力に俺は思わず身を震わせ、硬直させた。


3、 ヴィル・グリム


 赤い頭巾を被った少女。恐らくは彼女の叫び声を聞き、僕は暗く細い通路をランタンを手に歩く。先ほどまで聞こえていた少女の声も、叫び声も聞こえなくなっていた。手足の震えが止まらない。兄のように度胸が欲しいと思ったことはたくさんあるがこういうときは特に思う。
 兄はベルリンの大学の教授でよく生徒から「グリム先生」と質問を受けている。と言うのも、ヤーコブは事件があればすぐにフラリと旅感覚で出ていってしまうのでまともに授業をするのが少なく、生徒達も単位のために大変らしい。僕もよく大学に行くが兄がいた所を見るのはまれだ。そんな時は似ている僕をヤーコブと間違えられ生徒達に追いかけられるのだが、何度説明しても信じてもらえず困っている。
 僕が震えながら歩いていると明かりが見えてくる。ランタンの明かりを消し、そちらへ向かって進む。震える歯と歯のぶつかる音に自分でビクビクしながら空間へ出ると、そこは散々な状況であった。
 複数の転がる異形の死体。まさに悪魔と呼ぶにふさわしい様である。それらはバラバラになり、床を血で染めていた。
 胃の中の物がこみ上げるのを我慢できず、床にぶちまけながらもその部屋を見渡す。部屋はまるで何かの儀式でもする場であるかのような、中央に祭壇のような物が置かれた場所であった。
 その祭壇に影を見つけ、僕はゾッとした。慌てて駆け寄るとそこには四肢を穿たれた少女。少女は一糸まとわぬ姿のままそこに置かれていた。すでに光を失った瞳が天井を見ている。
「おい。しっかりしろ」
 少女は先ほど僕が見た赤い頭巾の子ではない事にどこか安心しながら僕は少女に声をかける。全身の痣や、汚れる陰部はここで何があったのか物語っている。少女の口からは小さく何度も声が漏れる。それは耳を近づけようやく聞き取れる。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて……」
「安心して。今、助けてあげるから」
 僕は四肢に刺さった杭を引き抜こうとしたがビクともしない。困り思案していた時、初めて気配に気づいた。啜り泣く声が聞こえる。
 僕は驚き視線を向けると、部屋の端っこに身を丸くする影があった。
「よかった。助けるのを手伝ってくれ」
 僕の声は無視された。僕は祭壇を一旦おり、影に近づくとそれは赤い頭巾を被っている。僕が追いかけてきた少女である。無事であることに安堵しながら、丸くなりながら啜り泣き、自分を抱きしめるように手を回し体を震わせる少女の元へ。少女は僕の存在に気付かない。無理もない。こんな惨劇の場だ。僕も倒れてしまいそうだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。おばあさん、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。お父さん、ごめんなさい。私は悪い子です。私は悪い子です。私は悪い子です」
「大丈夫かい?」
 まるで僕が見たときとは違う少女に戸惑いながら、僕が声をかけると少女は飛び上がるほどに驚き怯え涙に濡れた奇麗な碧眼で僕を見た。
「やめてっ! やめて、お願い。打たないで。痛いのはイヤ。言うことを聞きますから。もう言いつけを破ったりしないから。私、いい子でいるから……」
「大丈夫だよ。僕は……僕は、殴ったりなんかしない。僕は君を助けたい」
「嘘だっ! うぅ……あぁ……男なんて、男なんて。嘘つきだ。みんなみんな信じない。狼に酷いことされた私を助けてくれなかったじゃないか! 助けるなんて言って、また私に酷いことしたじゃないか。嫌だった。みんな嫌いだ! みんなみんな大っ嫌いだ! あっち行け。触らないで。あっち行ってよぉ。怖いよ。怖いよぉ」
 僕は怯える彼女に衝撃を覚えた。この目の前の少女が一体どんな体験をしてきたのか。それは僕にはハッキリとはわからなかったが、それでも酷い経験をしてきたのは理解できた。怯えた瞳に震える華奢な体躯。僕は今まで感じた事がない程に、この目の前の少女を助けたく思った。
 僕はそばに落ちていたマントを手に取ると、そっと少女の肩にかけた。
「嘘じゃないよ。僕は君を殴らないし、君に酷いことなんかしない」
 僕はできるだけゆっくりと言う。彼女の視線は僕に向けられるその瞳の彼女はさらに幼く見えた。しゃくり上げながら見上げる彼女はとても可愛らしい。
「……ホントォ?」
「もちろんだよ」
 僕は彼女の前に屈みこんで笑いかける。相変わらず怯えた顔を見せる彼女だが、先ほどよりはだいぶ落ち着き始めたみたいだ。
 その時、背後の祭壇の少女の絶叫が室内に木霊する。
 振り返れば、祭壇の上で仰け反っている少女。お腹が膨らんでいた。苦しそうに悶え、訳の分らぬことを叫ぶ少女。僕は近づく勇気がなかった。お腹は次第に大きくなり、何か中で動いている。
 そしてついにそれは少女の腹を突き破り姿を現す。ふわーっ! と声をあげて飛び出してきたのは幼く、おそらくは十にも届かぬ小さな影。
「げっ、少女の中から少女が出てきた?」
 僕は口を押さえ、恐らくは今にも吐きそうな青い顔をしていただろう。あり得ない現象を調べ、追いかけてきた僕だがこのような現象に直に立ち会うことは初めてだった。意識が遠のいていきそうだったが、背に感じる少女の存在が僕を我に返す。
「なんじゃなんじゃ? なんじゃこれは?」
 出てきた少女の影が舌足らずな言葉遣いで声を上げる。
「うげ~。なんじゃ、この白くて、ネチョネチョしてて、ヌルヌルする気色の悪い物は? 久しく実態を持ったというに……うぬぬぬ。不愉快じゃぁ~。グレイ。グレイはどこにおる?」
「ここに」
 出てきた少女の言葉に、いつの間にか現れた灰色の髪をした男が傍らに立つと少女にコートを被せた。このまま赤い頭巾の少女と共に逃げてしまおうと思ったが、僕にはその光景に圧倒され身動きが取れなくなっていた。
「もう! 一体、これはどういうことなのじゃ? お主に任せておったではないか。ええい。妾は不愉快じゃ」
「私が悪かった」
「うぬぬ。おぬしはいつもそうじゃ」
 ぷぅ~っと頬を膨らませ怒って見せる少女。
「マイ・マム。あなたのそのように怒った顔も魅力的だ」
 グレイと呼ばれた美麗な男は、少女の怒りを楽しむかのように喉を鳴らした。少女は諦めたように首を振ると、初めて僕らの存在に気づく。
「なんじゃ? 人間か? グレイ。侵入者ではないか。何をしておる」
「あれらは、この惨劇を引き起こした張本人です」
 転がっている異形の者達を指してグレイが言うと、少女は嬉しそうに目を輝かし僕を見る。
「違います違います違います。僕じゃないです」
「そのように謙遜致すな。どれどれ。妾にうむの力見せてみよ」
 少女の言葉と同時に、隣のグレイと呼ばれた男が消え僕らの前に来ていた。
「ふん、ただの人間か」
 グレイは赤い頭巾の少女を庇う僕に手を振り下ろす。
「助けて。兄さん!」


4、 ヤーコブ・グリム


 俺は目の前の野郎の振り下ろされる拳を掴んだ。
「おいおい。俺の可愛い弟になにしようってんだい?」
 野郎は怪訝な表情を向ける。俺はそんなことを気にすることもなく、掴んだ腕を引っ張り殴りつけようとしたが、うまくそれを潜り距離を取った。祭壇の上の小娘は目をキラキラさせていやがる。奴らを見た時、俺の直感が叫んでいた。こいつらは人間ではない。危険だ逃げろと。
俺は後ろで丸くなる赤い頭巾に目を送る。どうもヴィルはこの娘が気に入ったらしいが、俺にはわかる。この娘からは血と死の臭いがする。同じだ。前の奴らと同じ雰囲気を全身から溢れだしてやがる。
「おい、娘。いつまでそうやって丸くなってんだ? 猫被ってんじゃねぇ!」
 ったく、何なんだよ。こいつらは?
 俺は前に立ついけすかない余裕を醸し出す灰色の髪の野郎に殴りかかった。ヴィルと違って、俺は喧嘩で負けた事なんかない。特に俺のカウンターパンチには定評があってだな。それはすでに神の域とすらいわれるんだ。これが。
 軽いステップを刻むと鋭い拳が空を切る。軽い感じで躱す野郎にたたみかけるように連打すると、相手は軽く手を出してきた。来た……カウンター。
 俺の渾身の、しかも最高のカウンターパンチが野郎の顔面を捉えた。いつもならこれで終わりだ。
 拳をどかした俺を、顔を傾けた野郎は冷ややかに見ていた。
「私が悪かった。君を侮辱的にも人間だと甘く見ていたようだ」
 野郎の顔が煙のようにユラリと灰色に歪み変わる。そこにはお伽話でしか聞いた事も見た事もなかった灰色の人狼が立っている。灰色の煙のような物を纏う奴に俺は背中に冷たいものを感じる。こいつは物が違う。
「狼?」
「おおかみ……」
 俺の呟きに後ろでボソリと女が言ったのが聞こえた。同時に顔を上げる気配がするが、そんなこと今の俺には気を向ける余裕すらない。
 それは見たからではない。感じ取ったからだ。
俺は横に飛びのいてた。灰色狼が煙と共に音もなく攻撃してきた。俺はちびりそうになりながら何とか避けたが、俺の後ろにいた女は……
「ぐぅ……」
 苦痛に口から灰色狼の声が漏れる。突き出していた腕が宙を舞い落ちる。
「おばあさんおばあさん。どうしてそんなに鋭い爪をしているの?」
 赤い頭巾の女が先ほどの怯えた様子から一転し、冷たく背筋を震わせるような目をしながら自らのマントを持ち立っていた。
 腕は女のマントで斬られたらしい。その断面から見れば、恐らく転がる異形の奴らもこのマントの餌食になったんだろう。
「おぉ~おぉ~。男は囮で接近した所を女が仕留める。なるほど理にかなっておる。見事じゃ」
 祭壇の小娘が拍手をしながら喜んでいる。
「名を名乗ってみよ」
「人は私を“赤ずきん”(スカーレット・フード)と呼ぶ。貴様は何者だ?」
 先ほどまででは想像もつかないような冷たい言葉でスカーレットは言う。
「うむむむ。妾か? そうじゃな。うぬらのわかりやすいように言うのならば、妾は神じゃ」
「神? 神神神神神……神狼(じんろう)」
 スカーレットはマントをはためかせ、神を言ってのけた罰当たりな小娘に向かう。マントが振り下ろされ切断するかに見えたが、その二人の間に先ほどの灰色狼が割って入ると、その鋭利なマントを素手で掴み捉えた。
「所詮はただの布だ」
 灰色狼が元通りに戻っている斬られた腕でスカーレットに手を添える。スカーレットは勢いよく吹き飛ばされ壁にぶち当たった。
 ギリギリギリと耳を塞ぎたくなる音。それは吹き飛ばされ牙をむき出し威嚇するようにするスカーレットの歯軋りの音。手の添えられた上半身の服は弾き飛び、白くスラリとした滑らかな肌が姿を現す。お腹には手の跡がクッキリと残っている。
 チクショ~。いい体してるぜ!
 スカーレットは灰色狼に向かう。
「うぬは戦わぬのか?」
 そばで声がして俺は口から心臓が出るかと思った。そこには小娘。咄嗟に戦うポーズを取り、距離を取るのを面白がるように見ている。そして「こうかの?」と言いながら俺の格好をまねて構えると、「シュッシュシュ」と言いながら拳を突き出す。
「いかんの~。まだまだ力不足じゃ」
 充分な距離を取っていたつもりでいた俺は、理解できない衝撃を腹に喰らった。初めは撃たれたのかと思ったが、血は出ていない。俺には理解できることなく俺の体は宙に浮き、そして……


5、 スカーレット


 知らない男が神狼によって打ちのめされた。恐らくは拳の拳圧。
 赤ずきんはこの目の前の二匹の狼が今までのような連中ではないと理解する。
 マントをマジックでもするかのように彼女とグレイの間に広げると、片手をマント越しにグレイの胴に押し当て捻る。するとマントは捻じれ、先端が鋭くなりグレイを貫いた。貫通したマントはさらに伸び、それは神狼の元まで届く。
 先端が神狼に届いた瞬間。赤ずきんは後ろから何かが自分の体を貫くのを感じた。仰け反る体を見下ろすと、刺さっているのは自分のマント。
「良きかな。良きかな。赤ずきんよ。うぬの攻撃。良き戯れじゃ」
 神狼に突き刺すはずだったマントは、神狼の前の空間の亀裂を通り赤ずきんの背後から現れ彼女を刺している。
 茫然とする赤ずきんの顔をグレイが冷たく見下し、片手で彼女の顔を押しのけた。彼女の体は再度壁に衝突し崩れ落ちる。腹から大量の血が噴き出してきた。それを手で押さえる彼女は、意思では戦うことを望んでも体がそれを拒否していた。
「さぁ、グレイ。これからどこに行くのじゃ?」
「はい。取り敢えずはかかし達にフィレンツェの方で行動させておりますので、後々はそちらに行こうかと思います。しかし取り敢えずはマムの御身体の事を考え、ゆっくりとこの世界を見て歩くのはどうでしょうか。そうですね。ブレーメンなどは?」
「うむ。そうと決まれば出発じゃ!」
「それで、あの二人はどういたしますか?」
 グレイが倒れていたスカーレットとグリムを指すが、そこには二人ともいなかった。
「よいよい。あの者達には楽しませてもらったからな。今回は見逃してやれ」
「マイ・マムがそう望むのであれば」
 グレイはそう頭を垂れて言うと、二人の影はその部屋から消えた。


 赤ずきんは重傷だったが、何とか一命を取り留めた。医者は奇跡だと驚いていた。絶対安静と言うことで今、彼女はヴィルの部屋で眠っていた。
 ヴィルが気を失っていたのから目が冷めると、彼女は血を流し倒れ、その原因であろう灰色の人狼と少女が話していたので、ヴィルは痛みを感じるお腹を我慢し赤ずきんを抱えて逃げてきたのだ。
「ったく。置いてけって言ったろ!」
 椅子に座るヴィルにヤーコブが吐き捨てるように言う。
「こいつらの戦いは見たろ? 化け物だ。関わらない方がいい」
「でも、兄さん。見捨てられないよ」
 ヴィルは赤ずきんの寝顔を見ると少し頬を赤らめる。
「兄さん。彼女が奇麗だからって、手を出したらダメだよ」
「お前は、バカか? こんな化け物、金を出されてもごめんだ。イエス様、マリア様に誓うね」
 小馬鹿にしたようなヤーコブの言葉にヴィルは少しいじけた感じに椅子の上で丸くなった。ヤーコブはそんなヴィルに溜め息をつく。
「まぁ、どちらにしてもこいつが元気になったら、さっさと別れろ。深入りしないほうがいい。今日の事も忘れろ」
「わかってるよ」とヴィルが冷たく言うと、それっきりヤーコブの声は聞こえなくなった。


 椅子の上で眠ってしまったヴィルが気付くと、ベッドにいた赤ずきんの姿はすでになくなっていた。少し落胆する気持ちはあったが、これで良かったのだと自分に言い聞かす。
 ヴィルはベルリンに帰るために荷物をまとめ駅へと向かうと、赤い頭巾に目が止まった。なんと赤ずきんが駅のホームに立っていたのだ。
 何か困っているらしく彼女はオロオロと、そしてキョロキョロとしながら立ちつくしている。
「どうしたの」
 困っている彼女を見ていたら、関わらないように言われていたのも忘れヴィルは話しかけていた。彼女はビクリと体を硬直させ、ヴィルを見る。さすがに顔は覚えていたらしく、警戒しながら上目遣いで見ている。
「また会ったね。その赤い頭巾は目立つからいいね」
 そうヴィルが言うと、彼女はオズオズと頭巾を取る。中から金髪の長い髪が流れ落ちる。それにヴィルは見惚れてしまった。
「それで、どうしたの? 何を困っているの?」
「……ブレーメン」
 充分に警戒をしてから彼女は小さな声で言った。
「ブレーメンに行きたい」
「ブレーメン……あぁ、君は字が読めないの?」
 彼の問いに彼女は顔を真っ赤にして、持っていた赤い頭巾で隠した。それが妙に彼には可愛く見えてしまう。昨日、化け物のように戦った子と同一であるとは思えない。
「偶然だね。僕も今からブレーメンに行くんだよ。よかったら、一緒にどう?」
 ヴィルの口から勝手に出ていた。後でヤーコブからの説教を覚悟しながら、もう少し赤ずきんといたいという彼の気持ちが勝ったのだ。
「僕が案内してあげよう」
 これに差し出される手を穴があくほどに見た後、彼女はコクリ頷いた。
「僕はグリム。ヴィル・グリム」
「人は私を赤ずきんと呼んでる」
「じゃぁ、よろしくね。スカーレット」
 顔を赤く染める赤ずきんに笑みを向けるグリム。
 そして二人はブレーメン行きの列車に乗りこんでいく。
(終り……なのか?)
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