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とろろ

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     養殖とろろと魔法使い                双天



私は歩いていた。割れた地面、壊れた建物。他には何も見当たらない。私は探し続けた。見落とさない様、注意深く。見つからないで欲しくもあった。でも見つけてしまった……。
彼女の周りにはたくさんの人間がいた。もう逃げられない。
ごめんね、 と呟いて私は彼女に託した。
そして私は―――。



僕は目覚めた。頭上の目覚まし時計がやかましい。奴を止めると僕は起き上がった。夢を見ていたようだ。昔の記憶、なのだろうか。目覚めが悪い……。
無意識に僕はネックレスの金属プレートを指でこすっていた。
レイン=セイム。僕の名前が刻まれたそのプレートは触れていると何故か落ち着くのだった。

「おはようっす。」
午前九時。僕は魔法生物研究所に出勤した。
「おはようレイン。」
一人の人間が近づいてきて言った。
「おはようクリム。」
クリムは僕のたった一人の助手だ。
「助手増えないかな……できればもっと有能な奴。」
「ひど……。私だって実験体頑張ったのに。」
数年前に僕達は身体に魔力を流し込み、肉体強化をする新しい魔法の基礎を作った。
おかげで研究室を与えられた。でもそれ以来、僕達は大した結果を出せていなかった。
そんな訳で助手は増える事は無く、僕達は二人だけでの研究の日々を送っている。
「何か情報は?」
「リヴァイアサン、アレイド付近でまた目撃情報一件。」
今研究しているテーマ、「リヴァイアサン」。
様々な場所に現れては破壊の限りを尽くすリヴァイアサンについては二つの説がある。
魔法王国マグナの度重なる魔法実験によって生まれた魔法生物兵器リヴァイアサン。
機械帝国ノイズが技術を結集して作り上げた生物型兵器リヴァイアサン。
二つの説を巡って魔法王国と機械帝国の間に戦争が起きている。負けた方がリヴァイアサンによる被害の全責任を負うということだ。
僕達の勤務する研究所は二国の中立の立場を取る独立国に属している。
リヴァイアサンの正体を突き止めて国の戦争を終わらせるのが僕達の役目だ。
「アレイド、か。」
アレイドは六年前リヴァイアサンが破壊した街だ。そして僕の生まれた街でもある、らしい。
僕にはアレイドにいた頃の記憶は無い。
ただ、姉がいたことは覚えている。姉はアレイドがリヴァイアサンに襲われた時、行方不明になった。
記憶がないということは思い出したくない、思い出してはいけない何かがあるのではないか?
例えば、もしかしたらもう、僕の姉は。
僕が考え込んでいるとクリムが言った。
「レインてさ、悩んでいる時いつもネックレス触ってるよね。」
手元に目をやると、また無意識に指でプレートをこすっていた。
「集中できるんだよ!いいだろ別に!」
「怒らなくても……。」
「明日アレイド行くぞ!準備して来い!」
「え?ええ!?今日は?」
「適当に仕事して帰宅!以上!」
こうして僕らのアレイド行きが決定した。

「魔法都市アレイド。魔法生物の研究が盛んだった町である。特に『とろろ』に関する研究は魔法王国でも群を抜き・・・」
「昨日とろろにちゃんと餌やったか?」
「え?やったよ……レイン先帰っちゃったし、ていうか話途中だったんだけど。」
「アレイドがとろろの養殖に成功してたっていう話って本当なのか?」
とろろ。変身能力のある魔法生物だ。変身は姿だけで無く能力までも本物と同等となる。その為とろろを見つけるのは非常に難しく、繁殖方法も未解明だ。しかし一匹でもいれば様々な利用法が考えられる。
そのとろろを養殖し、兵器として使う実験が行われていたという噂がある。
「……知らないよ。」
「僕は本当だと思うけどね。」
「何で?」
「あの実験は禁忌になって研究自体出来なくなっただろ?成功してえらい事になったから禁忌になったんじゃねーの。」
「えらい事って?」
「え?今の信じた?」
「……。」
僕達はアレイドにやって来た。でも……。
「廃墟しかないな。」
「廃墟しかないね。」
廃墟しかないのだ。リヴァイアサンは様々なものからエネルギーを奪い生きている。それは魔力だったり、機械の燃料だったりする。人がいない、魔法都市の廃墟に用は無い筈だ。
目撃情報はガセネタだったのだろうか?
また無意識にプレートをこすっていた事に気付き、プレートから手を離し、顔を上げるとクリムが周りをきょろきょろと見渡していた。
「どうした?」
「水の音がしない?」
「排水溝とか残っているんじゃないか?」
「少しづつ音が大きくなっているけど?」
「はあ?」
僕は耳を澄ませる。確かに水の音が聞こえる。そして確かに音は少しづつ大きくなっている。背後の廃墟が吹き飛び、それは現れた。
「……ッ!」
「なにあれ!?」
それは僕達の方に向かってきた。僕は呪文を詠唱し魔法で身を守ろうとした。しかし魔法が発動しない。
無理やり魔法を発動させようとすると魔力のほとんどが身体の外に流れ出てしまった。
そして僕は目の前が真っ暗になり、倒れ、気を失った。

どのくらい時間が経ったのだろう。気が付くと僕は暗闇に横たわっていた。身体に当たる硬く冷たい感触から石の床の上に寝ているのだろう。
魔力が少し回復しているのを感じ、僕は呪文を詠唱して周りを照らす為の火球を作る。
「熱ッ!」
目の前でクリムが飛び退くのが見えた。前髪が焦げている。
「レイン、起きたんだ。急に倒れたからびっくりしたよ。」
「ああ……時々あるんだよ。」
僕は魔力はかなり多い方だ。しかしどういう訳か魔法を使うと突然魔力が無くなってしまう時がある。今回の様に倒れる程魔力が流れ出てしまったのは二度目だ。大抵は魔法が発動しなくなったり、不必要な魔力が多少流れ出てしまう程度だった。
「ここはどこだ?」
「魔法生物の研究所の地下室だよ。魔法で移動したんだ。ここは崩れて無かったみたい。」
クリムは魔法で空間を飛ぶ事が出来る。クリムがいなければ僕は死んでいただろう。
「レイン、さっきのって?」
「リヴァイアサン、だろうな。本物を初めて見たよ。」
「やっぱりそうなんだ……。」
リヴァイアサンは半透明の巨大な蛇のような奴だった。あんな奴に暴れられたら魔法王国マグナも機械帝国ノイズもひとたまりもないだろう。
「周りを調べたんだけどね、出られるところがないよ。結界魔法で隔離されてる。結界があるからその魔力が目印になってここに飛んで来れたんだけどね。」
「外に出ればリヴァイアサン、かといっていつかは出なきゃなんねえ。……?お前、結界を目印にここへ飛んできたって言ったか?」
「うん。とても強力な結界だから分かり易かったんだよ。」
おかしい。そんな筈は無い……。結界は内側を保護する物だ。それには見つからない方が良い。これほど強力な結界魔法ならクリム程度の魔道士が認知できる筈が無い。まして中に入れる筈が無い。つまり、魔力を発しているのは結界では無い。
「魔力が一番強いのはどこだ?」
「え?あっちだけど?」
僕はクリムの指差した方に走り出した。

先程まで僕たちがいたのは通路だったようだ。しばらく走ると淡い光が見えた。
その先には部屋があった。
そして部屋は見えない魔法の壁で入れない様になっていた。
淡い光の光源であるその壁は目に見えるほど強力な魔力を放っていた。
「これは結界じゃない…封印だ。」
いったい何を封印してあるんだ?僕は無意識にプレートをこする。
「レイン!あれって……?」
クリムが袖を引っ張っている。
僕が部屋の中に目をやるとそこには巨大な、半透明な、蛇がいた。
「あれ、リヴァイアサン……?」
「リヴァイアサンは外にいるはずだろ?」
でも、その姿は先ほど見たリヴァイアサンそっくりだった。
「ここにいるのはリヴァイアサンです。ここへ来てはいけません。すぐ離れて下さい。」
不意に部屋の中からかすれた声がした。淡い光に照らされて、一人の人間が現れる。
床まで届くほどの長い髪、汚れた白衣。この人間は研究員のなれの果てなのだろうか?
「何してるんだこんな所で?」
僕は現れた人間に、反射的に、問う。
「……すぐに、離れて下さい。来ることができたなら帰る事も出来るでしょう?」
「リヴァイアサンがいる。安全になるまで待ってくれ。」
「リヴァイアサンならここに居ます。早く遠くへ……。」
そいつの髪がずれ半分程、やつれた顔が見える。女のようだ。
「リヴァイアサンは一体だけじゃないらしい。外にも居るんだ。」
「!……外に……。ではあちらは駄目になってしまったのですか……。」
そう言った女の目に涙が浮かぶ。
「何の事だ?」
「……。マグナとノイズでリヴァイアサンに対する見解に違いがあるのは知っていますね?」
「互いが互いにリヴァイアサンの責任を押し付けてるやつだろう?それが何だ?」
「リヴァイアサンの正体は……変身したとろろです。」
「は?」
とろろ?とろろなら一匹だけ僕の研究所にもいる。生態の研究用だ。だけどとろろはあんなに巨大じゃないし、危害を加えなければ無害な生き物だ。
「二つの説は両方正しいのです。今外にいるのは天然のとろろです。ノイズは機械でとろろの魔力を増幅させ・操り・兵器として利用しようとした。しかし暴走し制御不能の怪物が出来上がってしまった。ここに封印されているとろろは養殖されたとろろ。私達アレイドの研究員はとろろの養殖に成功しました。しかし習性が少し変わってしまった。養殖されたとろろは互いに引き合い一つの巨大な個体に融合しようとする。それを知った我々アレイドの研究員は巨大なとろろを作り、ノイズのリヴァイアサンに変身させました。そして二体のリヴァイアサンを相殺しようとしました。しかし、我々のとろろもまた暴走し、アレイドを破壊してしまった。今は私が魔法で封印しています。もう一体の、ノイズのリヴァイアサンは私の同僚の魔道士が封印を引き受けました。でも、今その一体が外に居るのなら……もう彼は……生きてはいないのでしょう……。リヴァイアサンの封印には膨大な魔力が必要だから。」
 女はそう言った。信用していいものか、どうか。
「そんな、リヴァイアサンがとろろ?それに二体も?」
僕が考えているとクリムが困惑した顔で言う。
「信じられないな。なんであんたは一人でずっとリヴァイアサンを抑えて来られた?もう一人は駄目だったんだろ?そんなに魔力がもつはずねえだろ。無理をすればあんたも死んでいた筈だ。」
僕は女に言ってやる。研究し過ぎで頭変になったんじゃないのかこいつ、と思った。
「……。私は妹に吸魔鋼の付いたネックレスを託しました。妹が魔法を放つとき妹の身体から流れ出た魔力が私の放魔鋼へ送られて来る。私はその魔力を使って……。」
吸魔鋼。魔力を吸う金属。しかしそれは空想だ。
「吸魔鋼と放魔鋼を作るのに成功した奴はいない。」
「レイン=セイムが……私なのですが……アレイドがリヴァイアサンに破壊される少し前に開発に成功しました。私の名前が刻まれていますから……それに実際魔力は送られて来ていましたし……遺品として妹は持ってくれていると思います。」
「え?」
「は?」
クリムと僕が同時に驚きの声を上げた。
「それは!?」
女が叫ぶ。
僕は無意識にプレートをこすっていた。
「あなたは、リュビアなの……?」
女は髪を掻き上げる。
今度ははっきりと全体が見えたその顔を僕は知っていた。
「姉ちゃん?」
僕の唯一残っている過去の記憶、姉ちゃんの記憶……。そしてそれをきっかけに様々な記憶が蘇り始める。
「リュビアッ!」
「レイン姉ちゃん?」
僕は全てを思い出した。記憶を失い、唯一持っていたのがネックレスのプレートだった。刻まれていたのは姉ちゃんの名前、レイン=セイム。
僕を保護した人間がその名を僕の物だと思い込み、僕はレインになった。
でも僕はレインではなかった。レインの妹のリュビアだった……。
その時地響きが鳴り始め部屋が揺れ始めた。
「ここから早く離れてリュビア!その通路は魔法が掛かっていない!残っていたのは元々頑丈な作りだっただけ。私がいるこの部屋ならリヴァイアサンが来ても大丈夫だから!」
「姉ちゃんを置いて行けって言うのか!?」
「私はリヴァイアサンを封印し続ける義務がある!」
「……どうせ姉ちゃんが死んだとき封印は解ける!」
「……でも……でも、リヴァイアサンを倒せる方法なんて無い!」
姉ちゃんの言うことは正しい。何か方法は無いか?
僕は無意識にプレートを握りしめている事に気付く。
このプレートが吸魔鋼だったなんて・。
そのとき、僕はふと気付く。
「姉ちゃん、この吸魔鋼は魔法を撃つ時流れ出た魔力を吸う……?」
「そうだけれどリュビア、あなた、何を?」
「……三人とも助かる方法を思い付いた。」

目の前に広がるのは荒れた海。リヴァイアサンに深く地面を抉られ、アレイドは海の水が流れ込み沈んでしまっていた。
僕に続いて、姉ちゃんがクリムの魔法によって現れる。
「あなたは今でも、いつも無茶な事ばかりするのね。」
姉ちゃんが呆れた様な、しかし心配する様な顔で言った。
「育ての親が無謀な人だったからね。」
僕は言い返す。
最後にクリムによって送られて来たのは、姉ちゃんが六年間封印し続けた、リヴァイアサンだった。
天然とろろと養殖とろろ、それぞれから作り出されたノイズリヴァイアサンとマグナリヴァイアサン。二体が対峙する。
姉ちゃんが、六年間少しづつ溜めた僕の魔力を解放する。その間に二体のリヴァイアサンは互いが互いへと襲いかかる。
二体のリヴァイアサンが衝突し融合し始める。
姉ちゃんは魔力をまとめると魔法でリヴァイアサンを抑え込む。
僕は足に魔力を溜める。溜めて、溜めて……跳躍する。魔力で強化された脚力で、高く、高く……二体のリヴァイアサンの真上まで。
そしてネックレスを外す。
身体が落ち始める。
僕は落下し、リヴァイアサンに衝突する……直前でネックレスを離す。
リヴァイアサンは元はとろろだ。とろろは魔法生物だ。魔力が無ければ死んでしまう。
僕のネックレスは吸魔鋼だ。姉ちゃんの開発した魔力を永久に貪り食らう金属だ。僕はこの六年間、魔力を食われ続けていた。魔力が安定しなかったのもその所為だ。
しかし、食われていたのは魔法を撃った時だけだ。つまり吸魔鋼は触れた魔力しか吸う事が出来ない。
僕が体内の魔力を吸われる時、それは魔力が途中で途切れず体内から吸魔鋼まで繋がってしまっていたのだろう。
肉体強化の魔法は魔力が体内で作用する。魔力が吸われる事は無い。
手から離れたネックレスがリヴァイアサンに触れた。
とろろは水分の多い魔法生物だ。その身体は半分液体の状態で非常に柔らかい。
それはリヴァイアサンになっても同じだ。
むしろ、重力の影響で水分が下に引っ張られてしまい、リヴァイアサンの頭部はとろろよりも柔らかい。
ネックレスはリヴァイアサンの体内に沈んでいく。
リヴァイアサンの体内には魔力が渦巻いており、それが巨体を保っている。体内からであれば吸魔鋼はその魔力に触れ、吸う事が出来る。
リヴァイアサンの放つ魔力が弱くなっていく。
そして吸魔鋼に完全に魔力を奪われたリヴァイアサンは崩れ去り、僕はリヴァイアサンの残骸とともに海へ落ちて行った。



リヴァイアサンは消え去った。姉ちゃんの証言によりリヴァイアサンは魔法王国マグナと機械帝国ノイズ、双方の責任という事になり、戦争も収まった。そして僕はレインからリュビアになった。
「おはようクリム。」
「あ、おはようレイ……リュビア。」
「あたしの名前いつになったら覚えてくれるの?」
「んん……そんな急には……レ……リュビア話し方とかも変わり過ぎだし。」
「そう?」
「『僕』が『あたし』になったり、口調も前はもっとぶっきらぼうで……。」
クリムはかなり混乱しているようだ。
そんなクリムにあたしは言った。
「今日からまたレインに会えるから大丈夫だよ。」
「え?」
研究室に入るとそこには姉ちゃんがいた。
「おはようレイン。」
姉ちゃんが言う。
「おはようレイン姉ちゃん。今日から姉ちゃんも僕の助手なんだよな~。」
「え?ええ??二人ともレイン?それに今、『僕』って……?」
「「レインは二人で一人みたいなものだから」」
僕と姉ちゃんが同時に言う。
「ね!」
「な!」
「もう訳わかんない……。」
「そのうち慣れますよ。さあ吸魔鋼を改良しますよ、クリムさん!海から拾うの大変だったんですからね!」
「旧式の吸魔鋼は触れた魔力を全部吸っちゃうんだよな。その所為で僕は二回も倒れたんだぞ!」
「ごめんごめん、試作品なんだもの。でもそのおかげでリヴァイアサン二体分の魔力を全部吸ってしまえたのだから良いでしょう?」
「納得いかねえ!」
そんな訳で助手が増え、今日から僕達は三人で研究の日々を送る事になった。

                         終わり

おまけ 当時最初と最後に入ってた挿絵? 今見るとものすごくひどい。
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