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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~ 第十章:グレーランド進行へ

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 前回までは……
 ヴァン・ホーテンの能力により捻じ曲げられた情報が《アンナマリア》の卒業生たちをアルタニスが集う村へ導く。そのことに気づくアンナマリア達であったが、一足遅く。初めの一団が人狼たちの餌食をなってしまった。しかし、《アンナマリア》側も逆にヴァンの能力を利用し奇襲に成功。それに乗じヴァン・ホーテンを亡きものとした。双方に精神的な傷を負いながらも、着々と戦いの月は昇り始めていた……

第十章:グレーランド進行へ



《アンナマリア》では来訪者に驚いていた。
 グレーランドを越えるのに、魔女達はグレーランドを歩くようなことはしない。魔女の力に反応しグレーランド付近から《アンナマリア》へ移動する場所があるのだ。アンナマリアの力によってグレーランド自体が彼女の世界(結界域)となっており、オリスの空間移動と同じようなことが可能になっている。加えてその結界によりオリスの空間移動を妨げている。そして降り続ける灰によって波を肌で感じ力を得ている人狼達は、そこでは力を極限までに抑えられてしまうのだ。
 その移動によって来たのは魔女、それも少女が二人。
 グレーランド付近での惨劇を受けた生き残りの魔女。幼いグレーシアと、少女の頃を抜けきらないライであった。
 二人は出される料理で空腹を満たしていた。
「よく、ここまで辿り着きましたね」
 様子を見ている教頭・ダニアが口を開いた。大食堂には今、グレーシアとライの二人とアンナマリアにダニアのみ。食事を運んできた者はすぐに出ていってしまったので、今ではガランとしている。
「はい。生き残ったのは私達だけです」
 ダニアにライが食事の手を止めて言った。ライは《アンナマリア》からの連絡は変更させられていたこと、村に人狼が集まっていたことを話す。ライが話すにつれグレーシアの表情は暗くなり、その目には涙を溜める。
 ライはそんなグレーシアの肩にそっと手を置き抱き寄せた。
「よく生き残ってくれましたね。悲しみの多い近頃ですが、あなた方が生きていていただけたことは、私に大きな喜びをもたらしました」
 温かに微笑むアンナマリアは車椅子で近づくと、グレーシアとライに手を置いた。その手は全てを包んでくれるかのように暖かく、身を強張らせる二人に安堵と脱力を与えた。
「ゆっくりと休息をとってもらいたいのですが、もうすぐ戦いが始まります。それまでの少しの間、部屋を用意させますので休んでください」
「あ、あの!」
 ゆったりと言うアンナマリアにグレーシアが口を開いた。
「ああの。人狼達と戦うんですか?」
 彼女の瞳は不安の光に溢れていた。人狼に襲われ師匠を殺されているのだ。無理もないことだが、アンナマリアは「はい」と素直に答える。
「ごめんなさいね。本来ならば、あなたぐらいの子は避難させているのですが時間が足りないのです。だから……」
「私は、逃げません。どうか私にも手伝わせて下さい。私、魔法はまだできませんけど、食事を運んだり、怪我を手当てするぐらいならできます。お願いです! 手伝わせて下さい。私もお役に立ちたいんです」
 グレーシアは堰を切ったように話したので、ライすらも面喰った。大人しい彼女がこんなに決意を露わにしたのは珍しいのだろう。彼女は言い終わらないうちにドンドン声は小さくなり、目は涙ぐみ、上目遣いで顔を赤らめる。しかし、そこには一歩も退かないという決意があった。
 ダニアは品定めするかのように眼鏡を直しながら二人を見、アンナマリアは彼女をしばらく見つめてニコリと微笑むと頭を撫でた。
「わかりました。あなたにもしっかりと働いていただきます。ですから、それまでしっかりと休んで力を付けてください」
 その言葉にグレーシアは力強く頷いた。
「私も! 私も頑張ります。あの時は逃げましたけど。もう逃げません」
 隣のライも負けじと言うと、アンナマリアはゆっくりと頷く。
「では部屋に案内しましょう。その前に、あなたは顔の怪我の治療を」
 ダニアが淡々と言うと人を呼んだ。怪我とはライの顔である。頬の所が抉れたように赤く裂けているのだ。血はないが痛々しかった。
 グレーシアとライは二人にお礼をしてから食堂を出る。
「生徒達は戦闘の用意はできていますが、不安がっています。まともに戦えるかどうかわかりません」
 ライ達が消えた後でダニアが言うのを聞き、アンナマリアは顔を顰める。
「それでも、乗り切らねばなりません。不安なのは皆同じです」
「そうですか? 私は楽しみです。私も久しぶりに戦闘に参加いたしますから。血が騒いできますよ」
 珍しく軽口を叩き笑みを浮かべるダニアにアンナマリアはクスクスと笑った。
「期待していますよ。ダニア。あなたは私が教えた中でも一番、優秀で、おてんばな生徒でしたからね」
「先生。私があなたと共に生きてきた百年は、この時のために準備期間です。まだ時間はあります。あなたもお休みになってください」
 ダニアが向けるその目はまるで若い生徒のように輝いている。それにアンナマリアは頷くと、一瞬の炎と煙と共に消えた。


 部屋に来たグレーシアとライはそれぞれにベッドに横になる。少女の身で荒野を歩き、休むこともなくこの《アンナマリア》に来たのだ。疲れでクタクタだった。ウトウトとしかかっているライだったが、グレーシアが近づいてくるので身を起こした。
「どうしたの? グレー」
「隣に眠っていい?」
 小さなグレーシアの問いかけにライは頷くと、彼女はライの隣に横になった。そばに来て気付いたが、彼女は震えている。
「目を覚ましたら、人狼がいるような感じがして……怖いの」
 震えるグレーシアをライは抱きしめ、身を寄せ合う様にして眠りにつく。
 規則正しいグレーシアの寝息が聞こえ始めた頃、ライは起き上がった。彼女は大きく伸びをしながら立ちあがる。目を覚ましたライの目は血のように赤い。
「あぁ~。疲れた。目の色を変え続けるのは疲れる」
 誰に言うでもなく呟く。
『ほぉ~。珍しい。そして懐かしい波長だ』
 声が頭の中に聞こえてくる。しかし、彼女はまったく驚くことはなかった。
「どう? 順調?」
『そうとは言えないかな。一人やられているしね。それから向こうと連絡が取れないんだが、何か知っているかい?』
「私が知るわけない」
 冷たく言い放つ彼女は、先ほどまでのライと同一人物とは思えないほどである。
『まぁ、いいか。エアロ様も動いているが、君の助けがいる。と言うのも、なかなか結界を突破できないんだよ。君の魔法で頼むよ』
「能書きはいいから、さっさと場所を言いなさい」
『おぉ。噂以上の娘だね。さすがだよ。ではお願いするよ。シャシャ・ランディ』
 シャシャは黒い髪を掻きあげながらニヤリと口元を歪ませた。


 生徒達は忙しなく動きまわる。まるで恐怖に震えるのを誤魔化そうとするかのように、何かを見つけては働いていた。それを裏付けるかのように彼女らの目には恐怖の色が濃くあり、とても戦えるような顔つきではない。
 アムネリスはそんな彼女らに何と声をかけてよいのかわからず、ただ廊下を歩いている。すると、周囲の魔女達が息を飲み、止まるので視線を移すとそこにはレントが近づいて来ていた。
 ここに来た時と同じ、銀の縁の白い鎧に身を纏う姿はまるで彼自身から光が出ているようである。腰には返された魔剣・ネスティマを帯びている。彼は真っ直ぐアムネリスへ近づいてきた。
「お~い。ムネ~……パンツくれよ!」
 軽く手を上げて来たレントのその美しい顔面を問答無用でグーパンした。地に伏したレント。
「な、なんで殴られたんだ? あ、そうか。まず先に俺のパンツから渡しとくのが礼儀ってもん……」
 起き上がりズボンに手をかけようとしていたレントに二発目のグーパンがきた。
「何すんだよ! 何が不満なんだよ? えぇ?」
「全部よ。全部。この変態!」
「ふざけんな。誰が変態だ。俺の生まれた国では戦地に向かう前に親しい奴と、身につけてる物を交換して相手の無事を祈る風習があるんだよ!」
「だからって、なんで下着なのよ!」
「一番、身につけてるだろ! よこせ!」
「イ・ヤ・よ!」
 場違いな程に大人げない言い争いを、それもガンガン響く大声でしている二人に周囲の生徒、そして先生ですら呆れ、そしてその表情に笑みが浮かべた。
 話し合いの結果、腕に付けているブレスレットを取りかえることになった。レントは騎馬の国メゾリアの特徴的な柄が染色されたリストバンドを。アムネリスは雪の結晶の形が連なるブレスレットを交換する。
「無くすなよ。無事に戻ってきたらまた返し合うんだからな。無くしたら縁起が悪いからな!」
「あんたこそ、無くさないでよ。珍しい物なんだから」
「先生~。場違いですよ~」
 いつまでも続くレント達の会話に、見ていた生徒の一人が呆れ過ぎて口を挟んだ。「でも」とアムネリスが顔を向けると、先ほどまで暗い顔をしていた皆の顔から生気が漲っていた。いつものように目を輝かせ笑みを浮かべていた。
 レントもそれを見ると満足そうに頷くと、踵を返していく。
「じゃぁな。ムネ~」
 去っていくレント、アムネリスは追おうとしたが自分の持ち場があったので諦めた。レントの背を見送りながらリストバンドを触り笑みが漏れた。
「なに笑ってるんですか~。室長!」
 ずっと見ていたリアナとクルタナが体当たりするようにアムネリスにぶつかってくる。いつものように明るい彼女達。
「何でもないわよ! 早く自分の持ち場に戻りなさい!」
 若干、顔を赤らめながら言うアムネリスの言葉に、皆笑いながら慌てた感じに自分の持ち場に戻っていった。


「はやはや~。お礼を言わなきゃいけないですね~」
 レントが廊下を歩いていると、いつの間にか後ろにシャローンが現れていた。
「あなたのそれは才能ですね~。怯えていたあの子達が一瞬で元気になりました」
「それでも……みんな戦える顔はしてない」
 レントは珍しく顔を暗くする。
「勝機はあります。グレーランドさえ死守すれば、私達は負けませんよ~」
 シャローンはいつものように笑顔を向け、丸い眼鏡を押し上げながら近づいてくる。彼女の顔はいつもと変わらぬ穏やかな笑み。レントに違和感を覚えさせるほどに変わらぬ優しげな表情であった。
「不思議な人だな。あんたは。俺が見てきた中でそんなに平常心でいられるのはあんたぐらいだ」
「そうですか~。これでも余裕がなくなっているんですよ~。あなたの方こそ、他人を気遣えるだなんて、大したものですね~」
 レントとシャローンは並んで歩く。
「グレーランドは守りきれるのか?」
「グレーランドに降りしきる灰は、人狼達の能力を絶ち切るまではいきませんが、極端に抑えることができるんですよ~」
「俺も一緒に行くべきか?」
 レントの言葉にシャローンは首を横に振る。
「いえいえ。あなたはここにいてください。ここに残る生徒達にあなたの元気を分けてあげてください。大丈夫ですよ~。あと二日です。あと二日必ずグレーランドで止めてみせますからね~」
 シャローンが窓から空を見上げると、暗くなり始めた空には満月が上がろうとしていた。禍々しい程にまん丸な満月にシャローンは目を細める。
「いい夜ですね~。命をかけるにはいい夜です」
「ああ。だが一つ残念なのは。命をかける者達が若過ぎることだ」
 レントは彼女の隣から空を見上げ、ポツリと呟いた。
 月が上がる。それは戦いの狼煙。
 人狼達が攻めてくる……




 グレーランドより少し離れた村であった場所。人狼達がアジトとしている場所だ。そこでもグレーランドを越えるための準備を整えていた。昨夜、魔女達から受けた傷は大抵癒えている。
「ねぇねぇ。爺々~。どうして僕らはわざわざグレーランドに進行するんですか~?」
「あのシャシャ・ランディが結界を解くまで待てばいいじゃないですか?」
 二子、黒髪のドランと白髪のグランが親譲りの黄色い瞳をビートに向けて尋ねた。ビートはいつもは見せないような柔和な笑みを浮かべ、単眼鏡を直しながら優しく二人の頭を撫でて答える。
「ようか、二子よ。確かに結界内ではこの老輩らの力は制限されてしまう。そう、不利じゃ。あの中でまともに力を使えるのはアポロぐらいじゃろうて。だからと言って、ただシャシャの成功を待っているわけにはゆかぬのじゃ」
「「どうしてですか?」」
「老輩らが動かなければ。あちらは奇妙がる。こちらに策があるのではないかと思案し警戒してしまう。下手にそうなってしまえば、シャシャが動きづらくなってしまうじゃろ? こちらに意識を集中してもらわなければ。そう、老輩達にできることは、今はあちら側に者達が動きやすい状況を造ってやることだ」
「つまり僕らは囮と言うわけですね!」
 閃いた! と言った感じに弾けるように言うドラン。一方でそれはとても危険な気がすると、思案顔にあるグラン。顔のそっくりな二人だが正反対の対応にビートは愉快そうに顎を撫でながら笑み、二子を眺めていた。


 マーブルは何とか士気を持ち直した人狼達を見ながらひっそりと腰を下ろす。
「それで? どうだった?」
 紙きれを持って歩いてくるガルボにマーブルは言うと、ガルボは頭を掻きながら隣に来て腰を下ろす。
「どうにも。調べさせてみたが正確かどうかはわからない」
 紙切れには大まかなグレーランドと思しき場所の地図がある。まだヴァンが生きてきた時の情報で、魔女達のみ使用できる空間がありそこを使えばグレーランドを越えることなく《アンナマリア》へ辿り着けるのだ。だが、その場所はグレーランド内のどこか。ということしか把握できていなかった。今、ガルボがしていることは地形などを把握する力のある人狼におかしな場所がないか捜させていた。
「グレーランド自体が火竜の領域。中に干渉しようとするだけでも力が削がれるそうだ。火竜の波がそこら中を支配しているが……一か所だけは違う波の場所があった。ここだ」
 ガルボは指差したのはグレーランドに足を踏み入れたすぐそばの場所であった。
「ここだけ、違う魔女の波があるらしい。まぁ、そう見せかけられているのかもしれんし、地図自体があっているかどうか疑問だが」
「構わんさ。仮にそうでもあったらもうけものだ」
「見つけた所でどうなるとも思えんがな。魔女しか使えないのなら私達が見つけても意味があるのか?」
 ガルボの問いに、マーブルは思案した顔で空を見上げる。
「うむ。それは俺にはわからん。ただ、ルックの能力自体が魔女の物と近い。だったら使えるのではないかと考えている。そうでなくても我らが必死に越えようとしているのを相手に見せつける必要があるだろう」
「ルック……ねぇ。ダースといつも一緒にいる奴だな。うん。そうだな。確かに目標を決めることは必要だ。それにそのルックの事がうまくいくのであれば、それこそ私達にも月が回ってきたというものだ」
「当座の目標はそこだな。では行こうか、友よ」
「では、奴らのケツをひっぱたいてやるか!」
 お互いに牙を見せ笑いながら立ち上がる。見上げた空には満月が掛り始めている。


「グレーランドでは、俺達の力は全然使えないって聞いたか?」
 華麗なステップを披露するダースが、同じようにステップする正面のルックに言う。ただいまスパーリング中。互いに華麗なステップで相手の攻撃をかわし、突き出す。戦闘前の準備運動に体を動かしているのだ。
「らしいな~。あ、固~。能力使うなよ!」
 殴ってくるルックの拳を硬化した体で受け止めるダースに、手を押さえながら嘆くルック。
「へっ! 悔しかったらお前も能力を……あ」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
 言うや否やルックは人狼になっていた。
「L(ルーメン)」
 ルックの人差し指から光が出てきた。情けなく悲鳴を上げながら飛び逃げるダースにルックは問答無用とばかりに光を放ち続ける。
「おまっ! この野郎、俺が光はダメだって知ってるだろ。卑怯者」
「聞こえんな~。フハハハハ~。LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL」
 アクロバットな動きを披露しながら、光線を避けていくダース。なんとなく兄のアポロに似ていた。

 ―――★   ☆   ★―――

 まだ光線の熱で湯気が体からあがっているダースは放心状態で座っている。ルックは調子に乗り過ぎたことに反省しながらパタパタとダースの顔を仰いでいた。
「しかし、冗談はさておき。グレーランド内での進行は危険過ぎると思うが……あぁ~、もうこりゃ祈るしかねぇかな」
「そうだな。俺達にできるのは、シャシャのためにもできるだけ派手に気を引きつけることだ。大丈夫かな~。あいつ」
「フンッ。大丈夫だ。俺達が鍛えたんだ。大丈夫だよ」
 いつもはハッキリと口にするルックであったが、今回ばかりは少し口ごもり力のない不安げな色を見せていた。敵地のど真ん中に彼女は今いるのだ。心配しない方がおかしかった。そして、彼女が成功するかどうかで自分達の《アンナマリア》攻略に大きく繋がる。そんな大役を背負うシャシャに、何もしてやることができない二人は深く落ち着かない気持ちになっていた。
「信じろ。シャシャを。そしてエアロさん達を」
 ルックは言ってはみたが、すぐにダースと同じように深くため息をついた。
「あぁ~もう! なんでグレーランドなんてあるんだよ。卑怯じゃねぇか。あそこは俺達人狼だけ力を抑えられるんだぞ。反則だ」
 グレーランドに降りしきる灰。これにより大気中の波を肌で感じ取っている人狼達の感覚を覆ってしまうのだ。故に力を存分には発揮できない。一方で違う方法で波を力に変えている魔女達にはそれは影響しないようになっていた。
「そうだな。あの中で力を使えるのはアポロさんぐらいじゃないか?」
 アポロの覇長と呼ばれる全てを遮断する防護壁。ダースやルックにはあれがどういったものなのかは知らないが、全ての物を通さないとだけ認識していた。しかしアポロの力は防護壁を造ることではない。彼の覇長とは能力者自身の〟最適化〟であった。自身を常に最適な状態に置く能力である。そのための一つが彼の周囲に発生する防護壁なのである。
 能力を制限されてしまう二人が長いこと無言でいると、急にダースが「そうか!」と飛びあがる。
「ルック。俺にとてもいい案があるぞ」
目を輝かせているダースに、逆に目を点にしながら呆けるルック。ダースはルックの返しも聞かずに彼の手を掴み立たせると走った。


 村に聞こえていた遠吠えが止んだのは月が上がり始めての事だった。
 遠吠えの正体は親友であるヴァンを殺されたポポロンである。ポポロンは泣きやむと、しばらくヴァンの亡骸に視線を落としそのままフラフラと立って歩き出す。まるで中身がなくなってしまったかのようなフラフラとした様子に周りの者は声をかけれなかった。
 彼はゆっくりではあったが真っ直ぐと一人の男の元へ辿り着く。ブラウンの髪をした男。アポロである。
「もう。大丈夫なのか?」
 いつもよりも低い声でアポロはポポロンに尋ねる。彼なりに気遣っているのだろう。短い期間であったが二人で旅をした仲である。
 アポロの問いにポポロンは無言でコクリと頷いた。お世辞にも大丈夫そうな顔はしていなかったが、「そうか」とアポロは優しげに笑い言う。アポロが座るように促すと、彼は素直に腰を下ろした。虚ろな瞳は地面に向けられたまま。
「お前の気持ちを思うと、胸が裂けんばかりだよ」
 少し戸惑いながらも言ったアポロの言葉に、ポポロンは反応して視線を上げた。その虚ろな目にはメラメラと炎がおこっていた。
「俺の気持ち? 今の俺の胸の中は怒りと憎しみでいっぱいだ。一人でも多くの魔女を殺してやりたい。特にヴァンを殺したあの女を……あいつに誓った。あいつの死を、魔女共百人の魂で送ってやると」
 その言葉にアポロは静かに頷いた。
「だからアポロさん。お願いがあります。マーブルさんに、頼んでもらえませんか?」
 オズオズと口を開くポポロンにアポロはその続きを黙って待つ。
「ヴァンの能力は必要です。重要です。今の俺の〟支配の目〟よりも。だから、わかってます。あいつの能力を引き継ぐべきであることぐらい。でも、引き継げば今の能力を失う。それでは魔女には勝てないんです。お願いです。俺は今の能力が必要なんです。我儘なのはわかってます。でも今の能力のままでいたいんです。そのことマーブルさんに頼んでもらえないですか」
「……ポポロン。俺は思うんだが。ここの規律は確かにマーブルが決めているし、従ってはいるが……あくまでも俺達は烏合の衆。軍隊じゃない。規律は所詮心得だ。お前は自分がそうしたいのならすればいい。満足して死ななきゃ。お前の人生じゃないぞ」
 アポロは軽くポポロンの肩を叩きながら立ち上がる。
「さぁ、いくぞ。そろそろ出発だ。百人か。骨が折れそうだ。俺も手伝おう」
 歯を見せて笑うアポロに、ポポロンの顔にも笑みがこぼれた。そんな時、遠くからアポロを呼ぶ声が。見ればダースとルックであった。


「その昔、大神は全てを創りあげました」
 ここは《アンナマリア》の図書館である。見上げるほど高い本棚が大量にあり、そこにぎっしりと詰め込まれているさらに大量の本。そんな場所に囲まれた机の一つにラルドックは古い本を脇に積みながら講義を受けていた。彼を教えているのは彼の正面に腰をおろしているブラウンの髪に翡翠色の大きな瞳をした娘。ルディアナであった。この歳のわりに幼く見える小さな先生は、魔法の才能はないが学問のほうでは詳しかった。
 今は世界の始まり方について教えてもらっていた。
「そんな時に大神が誤って創った雌雄がいた。それが人間だっていわれているわ。初め、大神はそれらを放っておいた。彼はあくまでも観察者。弱肉強食の環境下において弱い者は滅びるのは当然だからよ」
 ピシッと指を立てかたる彼女は、いつもよりも自信ありげに言っている。彼女から教わることのほとんどが、ラルドックにとっては新鮮で初めてな物ばかりであった。ラルドックのいるバグラチオンではもっぱらジャンヌ信仰を用いられており、祈っている。ラルドック達の聖騎士はそのジャンヌ信仰の一番の徒であると言っても過言ではないだろう。と言っても、レントなどの信仰心のない者達もいないことはない。
 そのジャンヌ信仰では、人間は選ばれた種であり、それゆえに世界に覇を唱えることができあらゆるものの頂点に君臨するのだと教えられる。
 違いはあるがラルドックは訂正などしない。黙ってルディアナの説明に耳を傾けていた。
「ある時、このライズバーグ大陸の北端にその人間が逃げてきた。案の定、弱く戦うことを知らない人間は数を減らしてた。絶滅も時間の問題だった時、大神は彼らに憐みを感じてしまったの」
「なぜだ? 今まで何も思わなかったのに」
「諸説あるけど、彼らは他の生命にはない物があった。芸術性よ。高い芸術性を持った彼らに大神は興味を持った。そこで大神は彼らに力を与えた。ここで力を授けられた人達は受憐者(ヘセドリアン)と呼ばれている」
「ヘセドリアンねぇ~。それで男が人狼、女が魔女になったわけか」
 ラルドックの言葉に、ルディアナは首を振る。それを見て、ラルドックはよくわからないとばかりに、頭を掻いた。
「ヘセドリアンは力を貰ったけど力を使いこなせなかった。それに争うことをしない人たちだったそうよ。だから大神が使い方も教えたの。そう言った人達が今のアルタニスの祖と言うことになるかな」
「魔女は?」
 ラルドックの問いに、慌てない慌てないと言った感じに手を振り答える。
「大神は初め男女ともに教えていたけど、どうしても女の方は力を発揮できなかったの。それは力の使い方が与えられた時に男女で変異してしまったからだと言うわ。だから男と同じようには力を発揮できなかったの。だから最初は人狼達が大神を崇め、自らをアルタニスと呼んで大神に仕えていた。でもそんな時に大神が一人の女の子を拾うの。赤ん坊だったその子の名前はアーク。人狼や大神の中で育った彼女はついに女の変質機関から力を出す方法を見つけたの。それが魔法と呼ばれる物のさきがけになったってわけね」
「なるほど。大神の元に集まる人狼と魔女」
「そのアークって言うのは、私達魔女の中では憧れも憧れ、いやいやそれを通り越してすでに神格化すらしている唯一の存在〝大魔女〟の二つ名の持ち主なの」
 なぜかよくわからんが、自慢げに胸を張るルディアナを横目に、今までの話を頭の中で整理するラルドックは浮かんだ疑問をぶつける。
「初めは同じアルタニスであった人狼と魔女はどうして袂を分かつようなことになったんだ?」
 ルディアナは少し目を伏せて答えた。
「大魔女様によって人狼と同じくらいに魔女も増やした頃、ライズバーグの南から侵略者が来た」
「侵略者?」
「元はヘセドリアンと同じ人間であったけど、彼らは厳しい生存競争を生き抜いた者達。あなたを含め、今のオーム達は彼らの血を多く受け継いでいる。彼らはヘセドリアンと区別されて、征服者(コンキスタドル)と呼ばれた。コンキスタドルの進行で次々と侵略された。ここで大神と、大魔女の間で意見が分かれたの。ヘセドリアンを守護すべきだと唱える人狼を肯定する大神の庇護に対して、あくまでも神としての役目、観察し続けるべきであるという大魔女の不干渉は相容れなかった。大魔女の言葉を使うのであれば、心というものを持ってしまった時点で、彼は大神である資格を失った」
 寂そうに語るルディアナにラルドックは黙って見ていたが、ルディアナが口を開かなかったので、彼が口を開く。
「そのせいで大神と大魔女が対立。それに応じて人狼と魔女の縮図になったわけか」
「そう。大神と大魔女はその戦いで消滅した。人狼と魔女も数を減らし、コンキスタドルはヘセドリアンを制覇したわ」
 ここまで言った時、ルディアナを呼ぶリアナの声が聞こえた。どうやら捜しているようであった。ルディアナはぴょんと椅子から降りると「じゃぁ! 授業はここまで。さらば!」と言って重そうな扉を開け出て行った。そんなルディアナに片手を上げて見送ると、残されたラルドックは一人思案する。考えているのは以前捜しあてた結界の解く方法である。結界を解くにはある条件をクリアする必要がある……らしい。ルディアナからの情報ではそうなっている。その条件を解くカギは何やら人狼や魔女達の話と関係すると踏んだ彼は、彼女に頼んで教わっているのだが。それはあながち間違いではないように感じられる。もう少しで考えがまとまりそうなのだ。しかし、そんな悠長なことも言っていられなかった。魔女達が騒がしくなっている。噂では人狼達が攻めてくる。近頃レントとまともに話していない彼にとって、情報は噂ぐらいでしかないのだ。
 早く結界を解き、秘宝とやらを持って逃げなければ。と焦り始めるラルドックは図書館の中で一人、髪をくしゃくしゃにしながら悩んでいた。


 百人程の教員達がアンナマリアの部屋に集う。最後のアムネリスの到着でシャローンが口を開いた。
「はいはい。ではみなさん。集まりましたね~」
 間の伸びたしゃべり方のシャローンに教員達は肩透かしをくらったようにガクッとしている。
「では今夜から戦いですからね~。気を引き締めてくださいね~」
「シャローン先生。あなたが一番気を引き締めてください」
 さすがにと言った感じに、ジルベルトがオズオズと挙手しながら言った。隣で傘をさしたイリスがコクコク頷きながら呟く。
「シャローン先生は凄い人だ」
 クスクスと笑い声が出る中で、教頭のダニアが咳払いをするとすぐに消えた。
「人狼達は今夜来るでしょう。グレーランドで力が制限されると言っても、あの者達はこちらが何もしなければ容易に越えてきます。結界がある以上、飛んでくることもできません。この有利な地を生かして人狼を食い止めるのです」
 ダニアの言葉が一句一句出るにつれて、教員達の顔も引き締まってくる。そんな中で、無表情のレイアスが手を上げる。
「ダニア先生。あなたのグレーランドからここへ転送する場所は大丈夫ですか?」
「あそこは魔女しか反応しません。それに場所も知られてはないはずです」
「そう言いきれますか? なにせこちらの情報は一時期漏れていました。それに人狼にどのような能力者がいるかわかりませんから」
 レイアスの言葉にダニアは渋い顔をして思案する。それから「確かにそうですね」と告げた。
「では、もし人狼達がそこを狙っているようであれば、破壊してください」
 教員達は頷く。それを見てダニアは「それから」と続ける。
「おそらく人狼が攻めてくるのは今日と明日の二日。そこで今日、あちらの戦力をできるだけ削いでもらいたいのです」
 ダニアが言っている戦力は人狼達の中でもアルタニスの事である。戦闘能力だけ見れば、他の裏返った人狼達の比ではない。
「そして出来うるのなら三獣士を」
 それは難しいと言わんばかりに、魔女達が呻いた。三獣士とはアルタニスの中でも戦闘能力の高い三人。アルタニス最鋭のマーブル。最速のガルボ。そして最強のアポロのことを指している。
「他二人は何とかなるにしても、大神に継ぎし者(デウス)は……」
 教員の一人が口ごもった。デウスとはアポロの通り名のような物である。教員達が目を伏せる中、一人の女性が名乗りを上げる。エキゾチックな服を着た女。ここ《アンナマリア》では結界学を教えるスカース・グラップズである。
「戦力を削ぐ。動きを封じておけばよろしいのでしょ? ならば私の出番ではないですか? 大神だって閉じ込めたのですから、彼ら三人を閉じ込めるのなんて屁の河童ですわ! まぁ、屁だなんてお下品な。失礼」
 口元を押さえながら愉快そうに笑うスカース。彼女の言葉には一切の虚言がなかった。確かな自信が溢れている。
「では、そちらはスカースさんにお任せいたしましょうか~。それ、進軍ですよ~。用意はできましたか~」
 シャローンの言葉で教員達が一斉に部屋を出て行った。
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