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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~ 第十一章 グレーランドの激突

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…



第十一章 グレーランドの激突



「いいか。今日、この日、この夜を覚えておけ。今宵あの忌々しい魔女共の喉笛を噛み切ってやれ。昨日は奴らに多くの者の命を奪われた。だが今宵、奴らには何も与えるな。奴らから奪え、全てを」
 グレーランド付近に集まる人狼達の先頭でマーブルが怒鳴る。その後より大地を揺るがす程の人狼達の雄叫びが響いた。
「進軍だ!」
 おお~。と人狼達は大地を揺らし進み始めた。それを満足そうに眺めるマーブルは一点を見て、目を点にする。
 そこではアポロ、ダース、ルック、ポポロンの四人が密着した状態でチョコチョコと進んでいた。
「な……何してるんだ?」
 呆れを通り越して涙が出てきそうになったマーブルの問いに、答えたのはダースであった。
「マーブルさん。聞いてくれよ。俺の名案を。兄貴はグレーランドの影響を受けない。だったら覇長の中でなら俺達も力を制限されることはない。ってことだぜ!」
 だから、今まさにいつもより一回り大きく張ったアポロの見えない障壁内に四人が入っているのだ。正直狭過ぎて身動きができていない。
「バカだ。救いようのないバカだ」
「ドラン。可哀そうだよ。これでも精一杯の案なんだから」
 彼らの隣と二子が軽蔑の眼差しを隠すこともなく過ぎ去っていく。
「んだとぉ? このチビ共、戻ってこい! テメー等後でゼッテー泣かしてやるからな。覚悟してろよ」
 狭いながらに体を動かし泣きながら中指をたてダースに、マーブルは首を振り溜め息をつく。
「どうでもいいが、今はまだ外にいてもいいんじゃないか? 早く行け。遅れるぞ」
 頭を抑えるマーブルに、一理あるとアポロの障壁内から次々にダースやルック、ポポロンが出て行き、走って仲間達を追いかける。その様子を見ながら、マーブルとアポロは目を合わせ、軽く笑うと彼らの後を追いかけた。

★   ☆   ★

《アンナマリア》大食堂で避難したパルアス組以外の生徒と先生達が手を取りあり黙祷していた。その中にレントもいる。
「外に出るときはどうするの?」
 静かな時がしばらく過ぎた時、アンナマリアがいつも座る食堂を一望できる所から静かに皆に語りかける。
[人(オーム)のように、魔女であることを隠して歩きます]
 目を閉じたままの他の魔女達が声を揃えて言う。レントも彼女らに合わせて言った。これはパルアス組の子供たちが寝る前に全員で言う言葉である。よく寝る前のお話で劇をするレントは、この言葉を耳にたこができるほど聞いていたので覚えてしまっていた。
 これは誓いの言葉、祈り言葉である。
アンナマリアはさらに続ける。
「眠るときはどうするの?」
[影のように、息をひそめて眠ります]
「人狼が現れたらどうするの?」
[友のために、手を取り合い戦います]
 そして一拍置いてからアンナマリアも合わせ全員が声を揃える。
[我らアンナマリアの誓いをたてし者なり。我らは友であり、同士であり、姉妹である。我のために他は力を貸し、他がために我は命を貸す。全ての姉妹たちにアンナマリアの加護があらんことを……]
 そしてレントの隣に腰をかけていたリアナやクルタナ達が小声で、「そして私達の友であるレントにも」と付け加えていた。その言葉にレントは笑みを浮かべ彼女らに「我が友達にも剣と楯の加護があることを」と口にした。
 しばらくの黙祷の後、アンナマリアは目を開け、指示を下した。
「では皆さん。結束の時です。この《アンナマリア》は設立以来最大の危機を迎えていると言ってもいいでしょ。昔、〈禍の月〉と呼ばれる戦で、アルタニス達の牙と爪により多くの魔女達が命を落としました。それから百五十年。大神は塩の塊から自らの体を創り直し再びこの世を覆い尽くさんとしています。今こそ私達は一丸となり、堅牢なるグレーランドの大地でアルタニス達を弾き返すのです!」
 アンナマリアの言葉に皆が目を上げ胸に手を押し当てる。
「すでに指示は行き届いていますね。各先生方に従い持ち場に付きなさい。シャローン先生、ダニア先生。ではお願いします」
 アンナマリアの言葉で食堂内の者達は一斉に立ち上がると、食堂を出ていく。言われた教員の元に集まり持ち場へ向かう。
 そしてシャローン、そしてダニアの元に集まった者達は、ついにグレーランドへ向かった。


「狼煙を上げろー!」
 グレーランドを進攻してきた人狼達は口々に叫んでいた。この力を抑えられた地で、互いに奮い立たせるために。
 ガルボもまた叫んでいた。傍らに縋るドラン、グランもまた震えを抑えるかのように声を張っていた。ガルボは視線を二子に移す。グレーランドまで着いてきた子供達は今、過酷な状況下で懸命に歩を進めていた。彼らは一人前の戦士。そこらの人狼よりは戦力になる、そのように育てているとガルボ自身、自負していた。しかし口元をマスクで隠し疲れが見え始める二子を見るガルボの目には僅かな後悔の光があった。それは戦士としてではなく、親としてのものであった。ガルボはその念を頭から振り払うと叫び、歩を進める。
 目的の地を目指し進む彼らの地面が揺れたのは間もなくの事であった。
「流砂だ!」
 誰かの叫び声が上がる。そこには巨大な蟻地獄のような窪みができ人狼五人を飲みこんでいく。悲鳴が上がる。
「バカなこんな所に流砂などできるわけがない! 敵襲だ」
 ガルボは慌てふためく人狼達に咄嗟に叫ぶと、まだ飲みこまれるのに抵抗している二人の人狼へと走る。彼の脚力に流砂は関係なかった。まるで宙を駆けるかの如く走ると、二人を掴み救出した。
 視線を大神の方へ向けるガルボ。大神はまるで冷静に達観していた。が、周囲はさらにざわめく。見ればどこからか魔女達が現れ、今にも魔法を撃たんと構える。ガルボの耳に微かに大神の静かな声。「私の元へ」と聞こえた。
「主の元へ、円陣を組むのだ!」
 咄嗟にガルボは叫んでいた。彼は指示を下しながら大神へ向かう。彼に続き多くに人狼達が集まる。それと魔女達の放った魔法は数瞬も間がない頃だろう。炎が、氷が、雷が数多の魔法が魔女から発せられ、集まる人狼を襲いかかる。
「風の防壁(ヴィ・ゼラ)」
 大神は吐息を吐くかのように小さく言うと、人狼達と迫りくる魔法の間に風が発生し全てを相殺して見せた。
 呆気に取られている魔女に大神はさらに尻尾を振った。
「氷雨(グラキウィア)」
 大神を中心に大量の氷柱が発生し、魔女達に降りしきる。
「土さん土さん、私はお願いします。皆さんに温かな傘を」
 降りしきる氷柱が魔女を襲おうとした時、シャローンの言葉と同時地面が、盛り上がりまるで意思があるかのように魔女達の頭上を覆い氷柱を防ぐ。
「今だ、奴らは怯んだぞ! 攻めこめ」
 後方から来ていたマーブルが追いつくと同時に怒鳴る。後から来た者達は大神の周りに集まる者達を素通りし、雄叫び、怒鳴りをあげて魔女達へ向かう。
「奇襲は失敗でしたか~」
 その様子にシャローンは、あらあらとでも言うかのように呑気に言った。
「氷雨(グラキウィア)
 シャローン先生! 来ますよ」
 隣のアムネリスは魔法を放ちながら、シャローンに叫んでいた。
 グレーランドの戦いは幕を開ける。

★   ☆   ★

《アンナマリア》の広さにシャシャはウンザリしていた。歩いても歩いてもまるで牢獄のような石造りの壁があるのだ。息がつまりそうだった。
 魔女達の数は減らしたことを見ると、どうやらグレーランドの戦いは始まったようだった。急がなければ、シャシャの心の中にジワリジワリと締め付けるように広がる思い。
 シャシャは周囲を用心深く探りながら廊下を歩く。
「久しぶりだな。何かを探しているのかな? それとも誰か? どれ、相談相手になってやろう」
 角まで来た所でシャシャに声をかける存在がいた。その声は角の向こう側から聞こえてくる。
「エアロか?」
「ご名答。彼から君が来ていると聞いたよ。待っていた。それで、私の質問に答えていないよ。何を探しているんだい? それとも誰を探しているんだい?」
 まるでこの状況を楽しんでいるかのような物言いであった。
「ふざけている場合? 早く封印の場所を教えなさい! あんたがチンタラしているから困っているのよ」
 厳しく冷たい言葉でもエアロは怒ることもなく、むしろクックックと笑みすら聞こえてくる。シャシャは苛立ちながらエアロの言葉を待つ。
「確かに、そうだな。まったくすまないと思っている。《アンナマリア》ではなにぶん監視の目が厳しくてね」
 クスクス愉快そうに笑うエアロは、ここで一旦言葉を切ると話題がそれてしまったと、方向を変えた。
「そうだそうだ。封印だね。百五十年前、〝禍の月〟のきっかけとなった物。大魔女により奪われた主の心臓。核。アンナマリアの母によって安置された物。彼女はこの百五十年守り続けてきた。今こそ主の元へ帰る時だ」
「能書きはいいから、さっさと教えて!」
「あぁ、場所は……」
 一層声をひそめて言うエアロの言葉を聞き、シャシャは踵を返しさっそく向かおうと歩き出した。
「幸運を祈っているよ。シャシャ・ランディ」
「あなたは?」
「私はやることがあるからね」
「石牢のあいつを助けるの?」
「あぁ。それもそうだが、あっちはすでに手はうった」
 そう言葉を残し、エアロの気配は消えていった。シャシャはしばらく足を止めていたが、すぐに向き返り走り出す。


 レントが嫌な感じが拭いきれずムズムズをする背中に従い歩いていると、トボトボ歩くルディアナを会った。ルディアナは今にも泣き出してしまいそうなほどに目に涙を溜めていた。
「ルディアナ。どうしたんだ?」
 レントの声にビクリとしながら、レントを視認するとワッと泣きだしてしまった。レントはルディアナの頭に手を置いてなだめる。
「大丈夫だ。泣くことはない。大丈夫だから」
 レントは今まで感じていた何とも言えない嫌な感じも忘れ、ルディアナの手を取って廊下を歩いていた。少女が一人になれば、このような状況である不安に押し潰されてしまうのは当然だろう。
 しばらく歩いていると、口喧嘩をしていることが聞こえてくる。それは声を聞けばわかった。言い合いは三人。カテリーナにリアナに、リアナの姉・ソーニャであった。レントは内心ホッとする。先ほどよりは落ち着いたルディアナだが、やはり暗い目を落としている。いつも一緒にいる者達に会えば気分が明るくなるだろう。
「もお~。納得がいきませんわ。どうして私が待機なのですか?」
 癇癪を起こす声は美しいブロンドの髪に突き刺すような目をしたカテリーナである。ルディアナをいつも苛めている子である。そしてリアナといつも喧嘩しているのもこの子であるが、今日は意外にもリアナも彼女に同意していた。
「そうよそうよ! 私達が後ろで待つなんて。姉妹達はグレーランドで戦っているのに、待つだけ? 耐えられないわ」
 リアナは目前の、姉であるソーニャに食ってかかるが、そこは年長者であるソーニャ。落ち着いてあしらっていた。
「それは私だって同じことよ。でも私はあなた達のように怒鳴ったり癇癪を起したりはしない。なぜならこれが自分の役割だから。どんな小さな役割でも、自分の与えられた役割を果たせないような人達が前線に立つ資格はありません」
 彼女の言葉に言い返しはしないものの納得はもちろんしていない。プイッとそっぽを向いてしまったカテリーナ、リアナがレント達に気付いた。
 カテリーナはレントの姿を見ると、ヒッと小さな悲鳴を上げて飛びあがって驚くが、すぐに自分の行為を恥じ顔を赤らめて咳払いで誤魔化そうとした。
「ルディ。どうしたの?」
「この無能者(ナティスリエル)! 自分の持ち場に戻りなさい。あなたは役にも立たない上に、あまつさえ邪魔しようというんじゃないのでしょうね」
 カテリーナの厳しい言葉にルディアナは身を縮めレントにすり寄る。その様子を見てリアナはカテリーナの前に立ち、完全に喧嘩をしそうな怒気を発していた。
「止めなさい。二人共。それより、ルディ。確かにカテリーナの言うとおりよ。勝手に持ち場を離れてはダメじゃない」
 呆れながら喧嘩を仲裁するソーニャもまたルディアナに言うと、ルディアナはようやく収まっていた涙がまた溢れてくる。
「俺が気分転換に歩いていたからついて来てくれたんだ。一人では危ないからと。この子は悪くない。怒らないでやってくれ」
 レントの戸惑うようなその表情と言葉に、ソーニャは見惚れながら「そうですよね」と頷いた。何とも便利な顔だ。
「人狼がまだいるようだしな」
 レントの言葉に皆の表情が険しくなる。そしてルディアナもまた怯えた顔を向けた。エアロ。潜伏している以外はまったく情報がない人狼である。そんな時、ルディアナが口を開く。
「マティレス」
 周囲の視線が集まると身を小さくしたが、それでも言い続けた。
「わ、私、見たの。夜、マティレスが何かを探すように歩いているのを」
 マティレスとはここで唯一の客人である人狼。目に布をかけている男だ。
「マティレスがエアロだって言いたいのか?」
 レントの問いにルディアナは自信なさげに頷いた。
「あ、ああ怪しいよ。だって、こんなにも捜して見つからないんだよ。エアロって。そ、それにエアロって名前だって、マティレスが言った」
「そうよね。確かに。彼なら校内を怪しまれずに動き回れる」
「あの石牢にいるグリフォスって人狼を生かしてるのもマティレスの指示らしいし」
 ルディアナの言葉に、リアナとソーニャが疑い気味ではなったが口を開く。
「でも、あの透明な人狼を殺したぜ」
「私達に捕まるのを防いだ。と考えられますわ」
 レントの問いに答えるのはカテリーナである。彼女の言葉の後、何とも言えない重い空気が流れた。疑うに値する理由と、決定するに事欠く証拠。
「しかし、こんな時期だ。何らかの動きを見せるだろうから、警戒に越したことはないな」
 レントは沈黙を破り口を開いた。彼の発言に、周り者は首肯した。


 グレーランドでの戦闘はやはりと言うべきか、人狼達の圧倒的な劣勢であった。マーブルは魔女達一団のリーダーであろう魔女。シャローンに向かうが魔女達の放つ魔法に阻まれうまく進めなかった。
 彼の隣にはガルボ、そして以前村にいた時に彼女にやられたコロンが嬉々としてシャローンに向かっていた。
「土さん土さん。こっからそこまでドーンといって、バーンとやっちゃってくださいな」
 まったくやる気の感じられないような呪文。シャローンが両手を上げると地面が突き上がりまるで壁のように人狼達の前に聳え立つと、そのまま津波のように押し潰さんと倒れてきた。
「なんつぅ攻撃を……」
 あんぐり口を開けている人狼達に同じく目を見開き驚くマーブルが思わず口に出した。ガルボはすでにドラン、グランを脇に背後へと避けている。
 逃げる人狼達ごと土の壁は地鳴りをあげ、灰を巻き上げ倒れる。
 その寸前、マーブルの爪が、コロンの爪が土を引き裂き、朽ちた。マーブルの爪により土は真っ二つに引き裂き、コロンの爪が土に触れたら途端形を維持できず朽ち果てる。
 前へ出る二人はシャローンへ爪を立てる。
「おんや~。マーブル君。彼女は私の彼女だよ~。手を出さないでくれ」
「黙れ、コロン。ふざけている場合か」
 ニコやかに冷徹に笑うコロンに激怒するマーブル。怒った所でコロンはすでに聞いていない。シャローンに受けた屈辱にメラメラと瞳の中を燃やす。
「土さん土さん。私を逃がして~」
 二人の爪は空を切る。
「穿て」
 その言葉は彼らの背後。そして彼らの足元から鋭い杭状の土がつき上がる。舌打ちしながら、二人は切り裂き、朽ち落とす。
「私は乞う。闇よ。全てを埋め尽くせ」
 月明かりすら嫌う様に傘をさすイリスが言うと、彼女の周りの闇が増殖し周囲に埋め尽くす。人狼達の視界を覆う。
「五光(フォスペーデ)」
「雪結晶(ヒョニライン)」
 視界を奪われた人狼達にジルベルトの光と、アムネリスの雪が襲う。ジルベルトより放たれる五つの光線はイリスの闇を裂き人、狼を貫く。アムネリスの放った雪はシトシトと降り人狼達に接触すると煙を上げて消えその部位が凍てつく。
 他の魔女達もそれぞれの魔法で人狼達を圧倒。押し返されている。
 グレーランドではお得意の嗅覚も役に立たない。
 そんな乱れ飛ぶ魔法をすり抜けてくるのはガルボであった。ガルボは軽いフットワークで避けていくと、イリスの闇をあっという間に通り抜けた。狙うはイリス。残像を残す彼に攻撃は当たらない。イリスは目を見開き驚いていた。
 手を伸ばせば届く距離。ガルボの爪が唸る。が、それは途中で掴まれた。見ればシャローンである。どこにそんな力があるか、ガルボは宙を一回転していた。そしてそのまま地面に叩きつけられる。
 落ちたガルボの体は地面に着いた瞬間、土煙と共に姿を消すとすぐ背後に現れる。
「氷柱(フェウ)」
 振り上げられたガルボの拳。しかし咄嗟に放ったアムネリスの氷柱によって振り下ろされることはなかった。
 今の行動で多くの者達が闇から抜けてきている。魔女達はジリジリと後ずさる。
「あなたは三獣士さんですか~?」
 シャローンの言葉にガルボは頷く。
「いかにも、私こそがアルタニス最速。ガルボ。お見知りおきを」
「これはこれは。ご丁寧に~。私はシャローンと言います。土精のシャローンです」
 お互いに深くお辞儀をしていると、ガルボの脇には二子がハーと構えていた。それにシャローンはクスリと笑みを浮かべる。
「シャローン先生。こっちの準備はバッチシや」
 そう言って現れたのはエキゾチックな服を着た女・スカース。すでに戦闘モードになっており、目は据わり不敵な笑みを浮かべる口からは荒々しい言葉が出る。
「コラァッ、薄っ汚い灰塗れの犬っころが! 散歩の時間やで、ほら、ワシが連れてってたるじゃけん。さぁ。おいで」
 ガルボは少し戸惑う、それは隣に来ているマーブルも同じくであった。それはスカースの言葉づかいではない。彼らが驚いていること、それは彼らの前に、彼女が二人いた事であった。まったく同じ姿、まったく同じ顔の存在である。
「最速のガルボ」
「最鋭のマーブル」
 彼女らは互いに見合い笑うと、視線を彼らに向けた。
「「捉えたで!」」

★   ☆   ★

 シャシャが足を止めたのは正面の巨大な時計に通じる廊下であった。足を止めた理由は一つ。目前にアンナマリアが車椅子に座り、いたからである。
「迷子ですか?」
 優しく言うアンナマリアであったが、その言葉には先ほどにはない厳しさがある。シャシャは頭を掻きながら反応に困った。
「トイレを探しています……なんて言って信じてくれます」
 軽い言葉にアンナマリアはおかしそうに笑った。
「おかしな事をおっしゃる」
 その言葉は背後から聞こえてきた。今まで目前にいた彼女はいつの間にか背後に移動していたのだ。咄嗟に振り返るシャシャだったが、振り返った時には再度同じ場所に戻っていた。
「こんな所で戦うのは控えたいのですよ。大人しく捕まってください。そうすれば全てが終わった後で放してあげましょう」
キーとタイヤを回しながら近づくアンナマリアを背で感じながら、シャシャは歓喜の笑みを浮かべた。
「アンナマリア……〝火竜〟の二つ名の持ち主」
「そうです。私が火竜の魔女です」
「その二つ名が欲しい。その二つ名。私に相応しいと思わない?
 狂おしき嫉妬(アイヴィー・インヴィディア)」
 振り向きざまに放った紅蓮の炎はアンナマリアに直撃した。
「その二つ名をよこせ!」
 さらに炎を放とうとした彼女だったが、アンナマリアの声は背後。
「なんとも、荒々しく荒削り、雑な炎です」
「ほざけ、荒れ狂う嫌悪(ベルム・オディウム)」
 炎の渦がアンナマリアを包む。
「火喰(ペルノティア)」
 炎が差し出されたアンナマリアの手に収まっていく。
「あなたの炎は私に触れすらしない」
「まだまだ。愛しき絶望(アモル・ピシィア)」
「火子(ペディア)」
 先ほど取り込んだ炎が掌から飛び出し、シャシャの炎にぶつかった。しかし、シャシャの炎はまるで火子を吸収するかのように飲む込むと、そのままアンナマリアへ襲いかかった。アンナマリアは少し驚嘆に目を見開いた。
「どんなもんよ!」
「驚きました。大したものです」
 目を見開くのはシャシャの方である。アンナマリアは無傷で現れた。
「直撃……よ?」
「言ってでしょう。あなたでは私に触れることすらできないと」
 アンナマリアの言葉にカチンときた彼女は姿勢を低くし前へ出ようとしたが、咄嗟にそれを止めた。何か不穏なものを感じたのだ。
「遅い」
 その声はアンナマリアのものではない。
「破鏡(スパクルム)」
 右側に空間の亀裂は発生したので、シャシャは左を飛び退こうとした時、左側からの衝撃でシャシャは弾き飛ばされる。
「火輪(フィティア)」
 倒れたシャシャにアンナマリアの炎が包むと、そのまま彼女の姿を消してしまう。
「ありがとう。ダニア。あちらはどう?」
「上々です。それでいかがなさいますか?」
 亀裂から現れるダニアの言葉に、アンナマリアは少し思案すると口を開く。
「石牢へ閉じ込めておきましょう」
 言い終わらぬうちに、ダニアは再度亀裂の中へ消えていった。
 こうしてシャシャはアンナマリアの手に落ちる。

★   ☆   ★

 前線でマーブル達がシャローン達と戦っている時、遅れてをとっている者達にも異変が起こっていた。
「かぁ~。昔はこのような場所なんなく進めていたのに……歳は取りたくないの」
 忌々しそうに灰を払いのけながら言うのは、最古の人狼の一人老将・ビートであった。体が思う様に動かずに遅れているのだ。元々前線向きではないにしても、若い人狼達に遅れるというのは年長者として嫌なものがあるのだろう。ビートは大きく溜め息をつきながら、視線を動かしてそちらを見てさらに溜め息をついた。
「兄貴、違う。俺が右足を出すから兄貴は左足をだな……」
「こんなので本当にうまくいくのか?」
 アポロの周囲に押し固まっているダースとルック、ポポロンはアポロの覇長により灰の影響を受けていなかったが、狭い密着した状況によりうまく進むことができていなかった。本末転倒である。
 まるで遊んでいるような四人に呆れながらビートは視線を戻す。かなり前の方の戦いが激化している。ビートは目を細め色を見ると、色の変化に気付く。色が増殖し浸食、ビート達の集団を飲みこむ背後で止まった。
「いかん。後ろからだ!」
 言うやいなやビートは伏せた。それにならい何人かも警戒に身を構える。
 そして本当に背後より魔法が襲いかかってきた。が、ビートの警告もあったおかげで不意打ちだけはなんとか防げていた。
 空間の亀裂と共に現れる魔女の集団。その前にいるのは半月型の眼鏡をかけるダニアである。彼女は不意打ちの失敗にも何の反応を見せないまま、再度攻撃には移っていた。
 周囲の魔女もならって魔法を放つ。
「風の矢(ジェタ)」
 何の感情もこもっていない声から発しられた風で生まれた魔法の矢が、人狼達を襲う。声の主は声同様、それ以上に感情の感じないレイアスであった。
 彼女の登場で復讐の炎に身を焼く存在が一人。ポポロンである。
 彼はその姿を視認するや否や、アポロの覇長の中から飛び出していきレイアスに飛びかかる。
「この魔女がぁ~」
「風の矢(ジェタ)」
 飛びかかったポポロンを風が襲うが、彼の〝支配〟がそれを消しさる。
「テメーは絶対、俺が殺す」
「……そうですか。何か理由でも?」
 まったくもって頓珍漢な回答であった。一瞬、呆気に取られるポポロンだったがすぐに怒りで顔を歪める。
「お前は俺の弟分を殺した。忘れたか。昨日お前が殺したヴァン・ホーテン」
「覚えています。続けて言ってしまえば、あなたも覚えています。しかし私はヴァン・ホーテンを殺しましたが、あなたに殺される理由がわからない」
 感情のない声からは何も受け取ることができない。どこまで本気で言っているのか、それともふざけているのか……
「わかんねぇ……だと? ヴァンを殺しておいて」
「ヴァン・ホーテンは殺しましたが、あなたを殺したわけではない。彼が死に、あなたは何も影響はない」
 彼女の言葉はポポロンには意味不明であった。一体何を言っているんだ? と言わんばかりに顔を顰めている。するとレイアスは「あぁ」と閃いたとばかりに何の感情も出さずに話し続ける。
「復讐ですか? ……これが復讐というものですか? あなたは私に復讐をしたいのですね。なんと惨めな。これだから感情というものは。醜い、まったく無形な無意味な物です。復讐など眼を曇らす。感情を持つ者の障壁です」
「なに意味の分かんねぇ~こと言ってんだ! 喜怒哀楽は心の源だろうが」
 何やら意味のわからぬことで蔑まれたような事をされたポポロンは、無性に腹が立ってきたので怒鳴る。相手には相変わらず反応はない。
「ムカつく野郎だ」
 ポポロンはレイアスに向かって構えた。


 不意打ちは防いだものの前線と同じく劣勢を極める中、不動にして不沈の場所。それはアポロであった。
 ダースの狙い通り、魔女達が放つ魔法は覇長により全て弾いているため中にいるアポロはもちろん、ダースとルックも無傷であった。
「ハ~ッハッハッハ。見ろ、ルック。俺の計算通りだ。魔女達の攻撃では俺達に傷すら付けられん。さぁ、お前の能力であいつらを攻撃だ」
 腕を組み仁王立ちをしているダースは鼻高々に言う。
「安心しろ、向こうの攻撃は通さんが、こっちからは通る」
 渋っているルックにダースは言う。「ホントか?」というルックにどこに根拠があるのか自信満々に頷くダース。
「あ、いいか。おま……」
 二人の会話に入ろうとしたアポロであったが、ルックはすでに人差し指をだし「L(ルーメン)」と光線を発っしていた。光線はアポロの覇長にぶつかり乱反射してあらぬ方向へ飛んでいった。
「うわ、あぶねぇ。ダース。話が違うぞ」
「兄貴! どういうことだ」
「どうもこうもあるか、そんな都合のいいもんがあるわけないだろ!」
「ムムム、じゃぁ、兄貴。いつものを」
 自分達が攻撃できない事に「そういうことは初めに言ってくれよ」などとボヤキながら、アポロに攻撃を促す。……が、アポロは動かない。
「どうしたの?」
「お前らが中にいると実は攻撃できないんだよ」
 あんぐりと口をあけるダースとルック。
「この空間内にお前らがいる時に攻撃しようとすると、お前ら死んじゃうからな~」
 恐ろしいことをサラリと言うアポロに、二人は背筋が凍る思いだった。
「え、じゃあこの作戦って無意味……」
 ルックが呆れ気味に言おうとした時、アポロの雰囲気が一転したことで口を閉じる。アポロの目前にはいつの間にか現れたエキゾチックな魔女・スカースが立つ。
「大神を継ぎし者(デウス)。アポロやな~?」
「随分と荒い口調の魔女だ。お前が相手か?」
 攻撃してこないアポロをあえて避けてきていた魔女達とは違う対応に、アポロは目を細める。そしてその頭の中で脇の二人を自分の覇長から遠ざけるべきかどうかを考えていた。何がこようと防げる自信はあったが、目前のスカースの不敵な姿に違和感を覚えてならなかった。
 対応に迷いのあるアポロの様子にスカースはニヤリと笑みを浮かべると、両手を差し出した。
「デウス・アポロ……捉えたで」
 くしくも時を同じくして《アンナマリア》ではシャシャとアンナマリアの戦闘が終わりを迎え、そして前線では同じくマーブル、ガルボ二人の前に現れたスカース達が同じように両手を差し出している。
 そしてガルボ、マーブル、アポロの前にいるスカースの声は一切の違いもなく、ズレもなく同じ言葉を発する。
「ワシが命じる! ワシを柱とし、扉を、屋根を、壁を築き押し込めよ!」
 差し出された両手が振り下ろされると同時にスカースの体が光り出す。それは周囲を飲みこみ、近くにいるマーブルを。避けようとしたガルボを。そして……
「逃げろ。ダース。ルック」
 咄嗟に自分の覇長内から弾き飛ばしたアポロを光が包み、そして消えた。
「あ、兄貴!」
 驚き目を見開いたダースがアポロのいた所に視線を持っていったが、そこにはスカースもアポロの姿も、初めから存在しなかったかのように跡形もなかった。
「兄貴? 兄貴! え? 兄貴」
 ダースは狼狽しながら辺りを見渡すがいない。
「っく、遅すぎる。撤退じゃ」
 叫んでいるのは、迫りくる魔法を躱しているビートであった。アポロの消滅、そして前線での色の変化からの危機。そしていっこうに止まる気配のない灰にビートが判断したのだ。人狼達はビートの言葉に一斉に引き返し始める。火の子を散らすかのように来た道を走り始める。戦っていた者も、避け続けていた者も、負傷した者を背負い逃げた。
 退避は前線まで届き彼らも撤退を開始する。


 みなが退き始めた頃、未だ戦っている者がいた。ポポロンである。と言っても致命的でない程度にやられていると言った方がいい。
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」 
「〝風の支配〟 どわぁ……」
 迫る風を打ち消し切れずに吹き飛ばされるポポロンは地面に激突する。
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」
 強大な風がポポロンを圧し付ける。
「切断気(グラディントゥス)」
 圧し倒れるポポロンにレイアスの止めの一撃。
「〝風の支配〟!」
 盛り返し相殺するポポロンにレイアスは不覚にも少し驚いた顔を見せる。ユラユラと立ち上がる。
「無意味な足掻きです。辛いでしょう」
 先ほどの驚きはすでに顔にはない。無表情に言う彼女の言葉にポポロンは歯を食いしばりながら睨む。
「うるせーな。この無感情の鉄面皮。男はな、意地と我慢でできてんだ! この世界に無意味な足掻きなんてねぇ!」
 ポポロンはレイアスに目を向ける。レイアスもまた手を翳す。
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」
 風がポポロンに襲い掛かる瞬間、間にダースが入ってくる。そしてルックがポポロンを抑え込む。強大な風をダースが受け止める。歯を食いしばるダースだが力で風をねじ伏せた。
「アルタニス最硬。このダースには……おぇ。やべ、くらった」
 格好をつけようとしたが流石に衝撃が大きかったようで身を屈めた。そしてルックと同じようにポポロンを掴むと、二人で両脇を持ちレイアスには目もくれず走り出す。
「「一時撤退~!」」
「ダースさん。ルックさん。下ろしてくれ。あいつと戦わせて下さい」
「バカ、今は抑えろ」
 ルックの言葉に納得がいかないように暴れるポポロンだったが、二人の力は強くビクともしなかった。
「覚えてろよ! 鉄面皮。ゼッテーに復讐してやるからな!」
 去っていく三人にレイアスは追うことはしなかった。他の魔女達も攻撃の手を止める。グレーランドから出てしまえば人狼達は力を復活するからだ。
 こうしてこの満月の夜は魔女の勝利で更けていった。
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