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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十三章:三獣士の苦悩

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…



第十三章:三獣士の苦悩




 境隔(きょうかく)の魔女。スカースは暗い空間に一人座り、黙祷をしていた。前に置かれた水晶は暗い空間の中では、宙に浮いているようである。
 彼女は身動き一つしなかったが、その歯を食いしばり。張り詰めたような、余裕のない顔であった。その額から滝のように汗が流れ落ちる。
 光もないこの空間。時間すらも感じられない。全てが永遠なものである。空間も時間も、この水晶も全て。そして彼女自身が永遠。全てが〝無〟となっている錯覚を起こす。上も下も、前も後ろも、右も左も存在しなくなったこの世界で、彼女はひっそりと同化していた。
 そんな彼女が一瞬顔を歪めると同時に、額から一筋の血が流れ落ちた。


★   ☆   ★

「あなた? こんな時間に居眠り?」
 心地のいい声がマーブルの耳に入ってくる。マーブルはその声で目を覚まし顔を上げる。どうやら本を読みながら眠ってしまったようだ。目の前には広げたままになっている本があった。マーブルは本にしおりを挟むと眼鏡を外して伸びをした。
 そこは古いながらも居心地のよさそうな家である。開けた窓からは涼しい風が甘い草木の息吹をのせ彼の頬を撫で、鼻孔を刺激する。陽気な日光が心落ち着かせるように、部屋に降り注いでいた。マーブルはリラックスしたように、大きく溜め息をついた。
 その様子にクスクスと笑う声が聞こえてくる。マーブルはその声に笑みを浮かべ、そちらを向いた。
 マーブルが視線を向けた所。部屋の窓の向こう側では、短い黒髪に大きな目をした女性が洗濯物を干していた。目が痛くなるような青い空に、優雅に浮かぶ白い雲。慈愛に満ちた陽の光を受ける彼女は、まるで彼女自身が光り輝いているようであった。どこか名のある画家の作品のように心奪われる美しさだ。
 彼女はマーブルを見るともう一度笑う。
「なにがおかしいんだい? ミーア」
 楽しそうに笑い続けるミーアにマーブルは尋ねる。
「だって、気持ち良さそうに眠っているんだもの。平和だなって思って」
 ミーアの言葉にマーブルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「まさか、こんな時間に眠るとはね。なんか不思議な気分だ。夢のせいかな?」
「どんな夢を見たの?」
「さぁ、よく覚えていない。ただ……そうだな。ガルボやアポロが出てきた気がするよ」
「最近は二人共顔を出さないんだから。今頃、何をしているのかしらね。さあ。お昼にしましょうか?」
 洗濯物を干したミーアは踵を返すと、家の中に入り食事の支度をし始めた。穏やかな日常。心が落ち着く瞬間である。その光景を目に焼き付けるように、マーブルは彼女の後姿を見つめた。

★   ☆   ★

「父様、父様! 見て見て。こんなに取れたよ!」
「あ、ずるいぞ。グラン! 僕がそれを落としたんだい!」
 ガルボを呼ぶ声に振り返れば、グランとドランの息子達が走って駆け寄ってくる所であった。
「へへん。お前は落としただけだろ? 最後に取った者勝ちだよ~」
 グランの腕の中にはたくさんの木の実があった。
「なにを! だったらお前から奪ってやる!」
 ドランがグランに飛びかかり実を奪おうとするのを、グランは必死で抵抗し、そしてしまいには喧嘩になってしまった。
「こらこら。お前達。仲良く。万事仲良く。たった二人の兄弟だろ?」
 ガルボは優しく二子に言うと、二子は素直に、しかし若干ふくれっ面で互いに横目で見ながら「は~い」と答え離れた。その何とも微笑ましい様子にガルボは目を細める。その瞳には温かい光がある。
「帰るぞ。お母さんが晩御飯のおかずを待っているはずだ」
 ガルボは山菜や木の実などでいっぱいになった袋を一つづつ持っている二子に言うと、二人は彼を見上げ歯を見せて笑うと大きく頷き近づく。
 ガルボは両手に一人づつ手を掴みと山をおり始める。
「あ~あ。また野菜ばっかだ」
 歩きながらドランが不服そうに口を尖らせながら言う。
「嫌ならば、はやく魚や動物が獲れるようにならないとな」
「今日は惜しかったんだよ!」
 ガルボの言葉にグランが悔しがりながら地団太を踏んだ。
「もう少しで魚を捕まえられたのに。ドランが僕の言うとおりにしないから!」
「なんだい! 僕が悪いって言うのかよ。大体、グランの作戦ってのはいつも回りくどくってわかりにくいんだ」
 また顔を近づけ「なんだと?」といがみ合う二人。母親譲りのそっくりな顔立ちに父親譲りの黄色い瞳。何を取っても瓜二つ。外見で違うのは髪の色だけだ。光も飲み込んでしまうような黒真珠のように黒い髪をしたドラン。全てを反射してしまうような雪のように白い髪のグラン。
 そのほぼ左右対称のような二人が睨みあっている図はまるで鏡の自分と睨みあっているようで、本人達は本気であろうが、どこか可愛らしく滑稽であった。
「まったく。喧嘩をするなと言っているのに……」
 仕方がないなと首を振るガルボであったが、別段怒ったわけでもなく。静かにしばらく二人の喧嘩を眺めていた。
「ゼェゼェ……き、今日の所はこれくらいにしてやる!」
「ハァハァ……ふん。そ、それはこっちのセリフだ!」
 二人が肩で息をしながらようやく喧嘩が治まったのを見て、ガルボ達は岐路についた。
 家に着くと二子は真っ先に台所で夕食の支度をする母親の元へ駆け寄り抱きついた。それにガルボは満足そうに笑う。
「聞いてよ。お母さん。ドランったら……」
「そんなことよりも、グランは……」
 二子は我先に今日の出来事を母親に報告しようと話し続けている。彼女は笑みを浮かべんがら、慣れた感じに二人の話を聞いていた。それからガルボに視線を向ける。
「あなた。珍しいお客様がお見えよ」
 微笑みながら言う彼女が指差す所へ視線を向けると、そこには年老いた男が一人椅子に腰をかけていた。
「久しいな。ガルボ。元気にしておったか?」
「……父様」

★   ☆   ★

 アポロは暗い空間で目がさめた。
「おぉ! どこだここは? 暗い!」
 アタフタとしながら周囲を見るが人の気配はなかった。声をかけてみたが反応もない。アポロは参ったと言った感じに頭を掻く。
「なんだよ。なんだよ。暗いよ、寒いよ、怖いよ~」
 情けなく戸惑っていると後ろから声がする。振り返ったアポロはそれを見て表情が変わる。
「ホルン……」
 そこにはホルンが立っていた。アポロが殺したアルタニス。ポポロンの〝支配の目〟の所有者であったアルタニスである。
「ここで演技をする必要はない」
「なんの話だ」
「ここはその者の望んだ世界を映す。ここがお前の望む世界だ。この何もない世界がだ」
 ホルンの言葉にアポロから怯えた情けない顔が消える。
「結界の中での幻覚か……」
「憐れな。完膚なきまでの天才が望む世界がこれとは。弱いね~。最強が故に最弱だ。自分でピエロになってまでも、それでも自分に成りきれない」
「黙れ」
「マーブルのように誇りに徹することもできず、ガルボのように愛に徹することもできず……コロンのように力に徹することもできない。なんて惨めなんだろう。なんて宙ぶらりんな存在なんだろう。他とは明らかに逸脱した存在。皆と並ぶにはお前はあまりに孤高過ぎた。いくら身を落としたつもりでも、お前に弱者の気持ちはわからんよ。お前は非の打ちどころのない天才。弱者の血反吐を撒き散らすような努力も、お前にとっては虫けらの悪あがきだ。お前は知っているから、その者達は到底自分の足元にも届かない事を。本当は軽蔑しているのだろ? 本当は笑っているのだろ? 必死に頑張る者達を。強さへの努力を捨てた天才には滑稽に見えて仕方がないのだろ?」
「黙れ!」
 彼の放つ衝撃波がホルンを砕く。が、彼はすぐに後ろに現れた。
「無駄だ。私はお前が望むからここにいる」
「俺が? 望む?」
「その通り、お前は私を望んでいる……いや、少し意味が違う。お前は私が羨ましい。そうだろ? この世界といい、私といい。まぁ、お前が望むのは私だけではないがな」
 気付けはアポロの周りには多くの者達が立ちアポロを見ていた。それは今までアポロが殺してきた者達であった。
「ここにいる者達全員、羨ましいのだろ? 自分には持ってないものがあるから」
 ホルンは牙を見せるように笑う姿に、アポロは思わず後ずさる。
「なんて惨めな存在なのだろうか? 〝死〟に憧れるなんて」




 マーブルはミーアと共に食事をしている。屈託のない話に、笑い声。心地のいい風が小屋を吹き抜け、過ごしやすい陽気が肌を包む。
「ガルボさん達のお子さんは大きくなったかしらね? 前に見た時はまだこんな小さな赤ちゃんだったから」
 楽しげに話す彼女の話を聞きながら、マーブルは笑みを浮かべ相槌をうつ。
 なんて穏やかなのだろう……
マーブルはその安らぎの時間を噛み締める。なんて穏やかで平和なのだろうか。この時間が続けば、それだけで構わないと思ってしまう。なんて幸せなのだろう。アルタニスの生き方ばかりを心掛けてきたマーブルにとって、この安らぎは考えた事もなかった。
こんな生き方もあってもいいのかもな……
 マーブルはスープをすくい口にする。
 あまり美味しくないスープ。ミーアは薬草を研究する学者であった。日々、様々な薬草の研究をしていた。なのでこういったスープに薬草を入れるのだが、味はいまいちの物が多い。彼女いわく、体には良いそうだ。
 相変わらずの懐かしい味だ……? 懐かしい?
 マーブルは自分のフッと思った気持ちに違和感を覚えた。
 懐かしいとはどういう意味だ? 俺はいつも飲んでいるじゃないか? 俺は……なぜここいいる?
 マーブルは次々と漏れだすように出てくる考えを振り払うと、スープに視線を戻す。するとスープは見る見る赤く染まっていく。
『今宵、同胞達が死んだ。だが我々は負けたわけではない。確かに今回は後れを取り、同胞が血を流した。だが明日は違うぞ。明日のこの時間は、今度は魔女共が血を流す番だ。奴らが悲痛に泣き、絶望に頭を垂れるだろう。奮い立て、誇り高き戦士たちよ! 我らは明日、グレーランドの地を蹂躙する』
『喜べ。明日は我ら人狼の月。満月だ』
『いいか。今日、この日、この夜を覚えておけ。今宵あの忌々しい魔女共の喉笛を噛み切ってやれ。昨日は奴らに多くの者の命を奪われた。だが今宵、奴らには何も与えるな。奴らから奪え、全てを』
『狼煙を上げろ~!』
 堰き止められていたものが一気に流れてきたかのようにマーブルの頭を掻きまわした。椅子から落ちるマーブルは次々と流れ込んでくるものに後ずさる。
「どうしたの? 大丈夫。あなた?」
 ミーアが驚きながらも心配そうに駆け寄ってくるが、マーブルはその手には捕まらずフラフラと立ち上がり彷徨い歩く。
「なんだ? なんだ? どうなっている?」
 ミーアが飾った花瓶が目に入った。それは無残にも床で砕け、中に挿されていた花は踏み荒らされている。耳に入ってくるのはミーアの声ではなく、ガンガンを響く罵声に悲鳴。見えている物が変わってきた。
「止めろ。止めろ! 思い出したくない!」
 窓は割られ、家具は壊される。聞きとれる言葉は『異端者を殺せ』。荒らされた廊下を進み、マーブルが部屋へ入った。そこにはミーア……
「消えろ。消えろ。消えろ!」
 マーブルは怒声と共に壁を殴りつけた。気付けばそこは元の場所に戻っていた。不安げに様子を見ているミーア。マーブルは知らぬ間に涙を流し、肩で息をしていた。振り返るマーブルに彼女はビクリとする。
「……どうして? どうして君がいるんだ?」
 マーブルは苦しそうに口を開く。
「俺はアルタニスだ。もう君は必要ない。決意を鈍らせないでくれ」
「なにを? 何を言ってるの?」
「俺は誇り高きアルタニスの末裔であると決めたんだ……君が死んだ日に」
「わからない。何を言ってるのかわからないよ」
「この俺が幻覚に惑わされるとは……」
「幻覚? おかしいよ。マーブル」
 マーブルの言葉に首を振り後ずさるミーア。彼女に向けて、彼は悲しげな瞳を向けた。
「君は死んだ。死んだんだ。その君が現れた……甘すぎる。これは俺には甘すぎる夢だ。決して叶わぬと知っている甘い夢。ここは俺にとってあまりにも酷だ」
 マーブルは人狼の姿へと成り変わる。
「さぁ、茶番は終りにしよう」
 マーブルの爪が全てを切り裂いた。

★   ☆   ★

 ガルボは父親とテーブルを挟んで座っていた。先ほどまではドランやグランが珍しく来た祖父に甘えていたが、母親に叱られ自分達の部屋へ行きベッドへ潜っているはずである。
「大きく育ったものだ」
 父親はガルボに笑いかけながら二子達の成長を喜んでいた。ガルボには厳しかった父親であったが、さすがに孫には甘いようである。ガルボは小さく頷いた。
「急に、なぜ。ここに来たんです?」
 ガルボの問いに父親は少し間を空けて答える。
「息子の顔を見に来るのに理由がいるかね?」
「心配なさらなくても結構です。私はアルタニスだ。それを忘れてはいない。今は確かに人として生きていますが、時が来ればアルタニスとしての役目をまっとうするため馳せ参じ、誰よりも勇敢に戦って見せましょう」
 その言葉に父親は、額を掻きながらニヤリと笑う。
「さすがは私の息子だ。だが……今日言いに来たのはそうではない」
 父親の言葉に首を傾げるガルボ。
「私はいい父親ではなかった」
「いや」と口を開こうとしたガルボに手で遮り、父親は話し続ける。
「お前を戦士として育て上げることばかり考えていた。お前の気持ちも考えずにだ。だが……歳をとったのかな? 最近はよくこう思うのだよ。戦士としての生き方とは一体何だと? 死に方とは? 何のために戦士になるのだ?」
 それはガルボにとって意外としか言いようがない言葉であった。
「戦士とは他人が創るものではない。技は叩きこめる。知識は植えつけられる。だが、どれほど技を叩きこもうが、知識を植えつけようが、戦士になるという気持ちがなければすぐ枯れてしまう。お前の様にな」
 父親の目にはどこか自嘲的なものがあった。
「戦士としての技量は誰にも負けないだろう。だがお前の心はすでに人に毒されている。人を愛し、自分の子供を愛している」
「自分の子を愛することがいけない事か?」
「必要以上の愛情はな。お前のそれは〝甘さ〟だ。戦士としては不必要だ」
「私は、息子達を戦士として育てたくない。死なせたくない!」
「お前は、育てるよ。そう私なら……」
「私はあんたじゃない! あんたの操り人形でもない。あの子達は人として育てる」
 声を荒げ立ち上がるガルボに父親はどこか同情的な目を向けている。
「落ち着け。私は別にあの子達を戦士として育てろと言っているんじゃない。ただお前は〝甘い〟。そう言いたいだけだよ」
「心配してくれんですか? このあなたにとって不肖の息子を」
「愛しているからな。お前を」
 皮肉を含んだ言い方のガルボに、父親はサラリと答える。その答えに虚をつかれてガルボが思わず言葉に詰まった。
「たった一人の息子だ……からな」
「で、でも……あなたは、私をいつも軽蔑していた。失望していた!」
「それはお前に期待していたからだ。誰よりも」
 父親はガルボの頬に手を添える。呆然とするガルボはゆっくりと父親の手に自らの手を置く。
「私にとってお前は、自慢の息子だ。どんなものよりも愛していた。それが故に、厳しく接してきた」
「父様……」
 ガルボの頬に涙が流れ落ちる。
「私は……私もあなたを愛していた。でも、何をしても叱られ。てっきり……私は嫌われているものとばかり……」
「子を愛さぬ親がどこにおろうか? もう私は何も言わん。自らの道を行け。私に縛られることはないのだ。それが言いたかった」
「父様……本当に、本当に」
 ガルボは涙を流しながら父親の手を掴む。
「ありがとう」
 そう言うと、ガルボの爪が父親の胴を貫いた。いきなりの事に父親は目を見開き床に崩れ落ちた。
「な?」
「なるほど。なるほどなるほど。あなたは私の望みを叶えてくれた。一度でいい。父の本音が聞きたかった。そして私を愛して欲しかった。私を心配し、優しい言葉をかけてくれる。どれほど望んでいたことか……ありがとう。ありがとう。しかし。私の望んだ完璧な父親であるあなたは、私の父としてはあまりにも〝優し〟すぎた。いや、本当に。感謝の気持ちでいっぱいだ。いい夢を見させてもらった。
 だが、そろそろお暇しよう。息子達が待っているのでな」
 涙を拭うガルボの神速の蹴りが空間を蹴り砕いた。

★   ☆   ★

 アポロは周囲を見渡す。そこには今まで殺した者達に立っている。ある者は生への渇望を口にしている。ある者はアポロへの罵りをいっている。それぞれが彼に向け思い思いの言葉を口にしていた。頭痛がしてくるほどにやかましい空間で、唯一口を開かずに沈黙を保つのはアポロただ一人であった。
 そこにいるのはいつものチャラけた彼ではなかった。周囲の者達が喚けば喚く程に彼の目は静かになり、そして冷たくなった。ヒシヒシと彼の覇長が軋む。
 そして急に、そのアポロが笑みを浮かべる。ニヤリと、背筋が凍る程に笑う。それは次第に声になり、大きくなっていった。その笑い声に周囲の者達が段々と話すのを止め、訝しげにアポロの様子を見る。そして最終的にはその空間で声を出しているのはアポロただ一人。
「滑稽だ。自分でもおかしいと思う。確かに〝死〟に憧れている。簡単に死んでいけるお前たちを何度羨ましく思ったかわからない。俺は死にたい。生きていたくない。でも死ねない。俺の能力が俺を生かし続ける。今まで腐るほど戦ってきた。攻撃を受けてきた。それでも俺を殺せる奴はいなかった。傷すらつかない。そう、親父達ですらね」
 一歩踏み出したアポロの周囲に球を描くように覇長が現れる。
「安息が欲しい。永遠の静けさが……」
 アポロは歩き続けるとそこに道ができる。自らがどく者もいれば、彼の覇長で吹き飛ばされる者もいる。
「しかし、これは違う。この死の空間ですら俺の飢えや渇きは癒されない。ここではなかった。ここでもなかった。お前達が五月蠅くさえずる。死はこの程度か」
 自嘲気味に笑みを浮かべる彼は足を止めると周囲を見渡す。
「ここは俺が望む場所じゃない。こんな所はいらない。俺の望みを叶えてくれないのなら、ここに留まる理由がなくなった」
 それはとても残念とばかりに落胆した声。アポロは周りを囲む者に軽く手を振って見せると同時に、彼を囲む覇長が膨らみ周囲の者達が一瞬で消し飛んでいく。
「いいな~。弱い奴は……」


 全てを飲みこんでしまいそうな暗闇に座るスカース。彼女の額から血が一筋垂れたかと思った時、前に置かれた水晶が砕け散る。
 体を痙攣させ大きく仰け反ったスカースは悲鳴を上げ後ろに倒れてしまった。
 大きく噎せ返り呼吸を荒げるスカースは胸を掴み悶えた。
「カハァ……アカン。やっぱ、きつかったわ~」
 動けない体に、焦点の合わない瞳でスカースはポツリと呟いた。


 同時期、グレーランドのある地点。

 そこにはマーブル、ガルボ、そして少し離れた所にアポロが姿を現した。
「やぁ、お互いに無事で何よりだ」
 マーブルはガルボを見つけると牙を見せるように笑いながら言った。ガルボは少し目元を隠すようにして小さく頷くのみ。そこへアポロも走ってきた。
「二人とも無事か? しかし、見ろ。灰がやんでる」
 アポロはいつものように顔を輝かせながら言う言葉に二人は空を見上げる。そこにはいつもの分厚い雲ではなく、満点の星空とほぼ満月が見えた。
「シャシャがついにやったぞ」
「ということは、他の者はすでに《アンナマリア》」
「急いで走り間に合うか?」
 答えは否である。三人は、否すでにそこには三匹の人狼がいた。彼らは各々小高い場所に上がり、満月に向かって遠吠えを吼える。
 まるで天に祈りをささげるかのように吼えた。
 この三雄の声を聞いたのは、他ならぬ大神。
 気付けば、三雄はすでに目前に《アンナマリア》を控えていた。
「じゃぁ、お前ら。俺に遅れるな! しゅっぱ……って、あれ? 待てよ!」
 アポロはすでに聞こえる声や戦闘音に喉を鳴らしながら、二者にいつもどおりに言おうとしたが、すでにマーブルとガルボは《アンナマリア》へ進んでいた。
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