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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十四章:《アンナマリア》の激闘1

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…



第十四章:《アンナマリア》の激闘1




 マーブル達が復活する少し前、人狼達が《アンナマリア》へ踏み込んだ直後。
 人狼達はグレーランドで力を制限されていた反動であると言わんばかりに、暴れまわっていた。《アンナマリア》は大混乱に陥っていた。
 そこへようやくグレーランドへ行っていた魔女達も戻ってくる。
「魔女共はたかだか三百だ。押せ!」
 暴れまわる周囲の人狼に怒鳴るダースは、目前の魔女が放つ氷を鋼鉄と化した毛皮で弾く。そして少し後ろのルックがその魔女を光で貫いた。
「光刺(フォスフィクス)」
 鋭く放たれる閃光に、ダースとルックは咄嗟に飛び退く。そこにはやけに胸の大きな女。ジルベルトがいた。彼女が纏う一種のオーラは生徒のそれとは格段に違う。そのことに本能的に気付いたのはダースとルックのみ。彼らは背に冷たい物を感じながら構えた。彼らの表情に余裕などない。
「気をつけろよ。ダース。こいつはやばい」
「ああ、しかも光を使いやがる」
 憎らしげに言うダースとルックに、ジルベルトは鋭い眼光で睨みつける。
「よくも、よくも私の生徒達を……許しません!」
「そりゃ、お互い様だろうが! L(ルーメン)」
 ルックの人差し指から光線が出る。
「私は望む。光よ。私を避けよ」
 軽く手を差し出すジルベルトの寸前で光線は屈折するように曲がり逸れた。そうもたやすくあしらわれたことに驚愕するルックに、ジルベルトはさらに続ける。
「悪しき闇を晴らす光明(ペルフォトス・マーレフィクターレ)」
 その場が光に包まれた、目が潰れるような光と体内からわき上がるような熱が支配する。吹き飛ばされ目を覆っていたルックが目を開けた時、その場にいた人狼達は跡形もない状態であった。そして彼の前に立っているのは体から煙を上げるダースである。
「ダース!」
「落ち着け。死んでねぇよ。メチャメチャ熱いじゃねぇか!」
 身を焼かれたダースは苦しそうに漏らしたが、未だに立っていた。それにはジルベルトも目を見開く。
「これからだぜ。これから俺らの連携って奴を見せてやろうぜ!」
 ダースの言葉に戦意を取り戻したルックは立ち上がり彼の隣に立つと、牙を見せ笑って見せた。ダースも笑って返す。
「じゃぁ、魔女。反撃を開始するぜ。◎(ビュレット)」

★   ☆   ★

 近い。カテリーナは襲い掛かる人狼をねじ伏せながらそう本能的に感じていた。
「しつこいですわ! 
この私が命じる。大気の電気よ。雷となりてそれらを焼け」
 彼女の前に目を覆いたくなるようなスパークが発生すると、人狼達を貫き、焼き払っていく。その中の一人がそれを掻い潜り彼女に飛びかかる。
「あなたに用はなくってよ。
この私が命じる。汚い人狼を消し飛ばせ」
 人狼の腕を避け、懐に潜り込んだカテリーナはそっと人狼の胴に手を添える。すると、人狼の背が弾け飛んだ。血を噴き力なく落ちる人狼。その血を浴びることもなく、彼女は美しいブロンドの髪を払い、その冷たい鋭い目つきで周囲を見渡す。
 数が多すぎる。潰しても潰してもキリがない。
 冷ややかな顔をしているカテリーナであるが、その額には薄ら汗が見えた。
 そんな時、ざわめきと共に新たな戦況が近づいてきた。その存在もまた息を切らせ、人狼と距離を取る。それを見たカテリーナは内心、安堵の息をついたが、口から出たのは正反対の言葉であった。
「あ~ら、リアナさん。生きてらしたの? 残念だわ。でも、まぁ、その息の上がり方から見ると、そう長くはありませんわね」
 皮肉たっぷりに言うカテリーナに気付いたリアナは、何も言うこともなく彼女の背に自分の背を向ける。
「よかった。こんな状況で、あんたに会えてホッとしたわ」
 素直なリアナの言葉に、カテリーナは戸惑い返す言葉に困ってしまった。
「そうだ。ルディを見なかった?」
「え? 無能者(ナティスリエル)。いないの」
 ジリジリと迫る人狼達に構えながら、呑気に会話をする余裕ができた二人。カテリーナの問いにリアナは頷いた。
「まったく、無能なら無能なりに迷惑をかけないでもらいたいですわ」
 冷たく言い放つカテリーナに憤慨して言い返そうとしたリアナであったが、その前に「だから」と付け加えた。
「だから、さっさとあなた! 見つけてしまいなさいよ」
「え?」
「あんな無能者にうろちょろされたのでは集中して戦えませんわ! だから、さっさと見つけて避難場所に連れて行っておしまいなさい」
 振り返るリアナにカテリーナは小さく微笑むと、「一瞬ですわよ」と小さく呟いた。そして彼女は手を前に差し出し、その手首をもう一方の手で固定する。
「でも、あんたはどうすんのよ」
「私はここでいいのです。どうせ、殺さなくてはならない者も近くにいるようですし。そのうち向こうから来るのを待ちますわ」
「でも……」
「悩んでいる時間などなくってよ。
 雷帝の矢(アフトケラヴィノ・ヴェロス)」
 彼女が叫ぶと同時に、手から放たれる青白い閃光の矢。それはまるで空想上のドラゴンのように空中を掻き斬り進む。そしてそこに道が生まれた。
「行きなさい!」
 カテリーナの言葉にリアナは弾かれたように突き進む。それを見送る、カテリーナは肩で息をしていた。
「さぁ、あなた方の相手は私がしますよ。もう少し遊んで差し上げますよ」
 そのカテリーナの笑みはまるで人狼さながらに牙を見せる凶悪な笑みであった。

★   ☆   ★

 ドランとグランは硬直していた。場所は《アンナマリア》の大食堂。というよりもそこに逃げ込んでいた。目前の魔女は半月型の眼鏡をかけた魔女。教頭・ダニアである。彼女は二人が瞬きする間に三人の人狼を殺していた。いくら子供であっても、彼女の危険度は嫌という程に感じられていた。
 そんなダニアが二子を追いつめていた。まるで蛇に睨まれた蛙。二人はダニアの鋭い視線に貫かれ、息もままならない。しかし、そこは日々父であるガルボに鍛えられている二人である。震えながらも一定の距離に近づかれたら体が勝手に退いていた。
「ど、ドラン! さがってばかりじゃ、魔女の思う壺だ!」
 意を決して言うのはグランであった。彼は後ずさるドランを横目に、踏みとどまりダニアに向かって構えていた。
「で、でも、この魔女は……」
「父様が言ってた。魔女に自分達の間合いより外につかせるなって。
 常に自分の間合いで勝負しろって」
 グランの言葉にドランも決意を決めたと見え、頬を叩いてからグランの隣に立つと構えた。
「「我ら、誇り高きアルタニスの末裔。気高き戦士」」
「ドラン!」
「グラン!」
 構える幼い二人を冷ややかに見るダニアはその目を細める。
「私は子供でも容赦はしませんよ
鏡見(ヴレフティス)」
 一瞬、眩しくなったかと思ったが、それ以外には何も変化はない。しばらく二子は呆けていたが、何もないことを知り動いた。
 ドランは手を振ると周りにある机、椅子、あらゆるものが二子に向かって勢いよく飛んできた。それにグランが手を前に突き出すと、彼らの周囲に飛んで来ていた物全てが、今度はダニアへ飛んでいく。あっという間にそこに椅子や机の山ができていた。
「「どんなもんだい」」
 二人同時に腕を突き上げて喜んだ。
「破鏡(スパクルム)」
 目前の山に亀裂が走ったかと思うや否や、それはまるでガラスのように砕け落ちる。そしてその向こうにはダニアが一人立っているだけ。椅子や机は跡形もなく消えていた。あまりの事に二人は目を見開き、口をあんぐり開けて立っていた。
「破鏡(スパクルム)」
 そう言うと、今度はドランの右側に亀裂が走る。右に手を差し出すドランだが、まるで何かが爆発した衝撃を左から受け、小さな悲鳴と同時に吹き飛んだ。
「ドラ……ッン!」
 慌てたグランであるが正面にできた亀裂。背後からの衝撃に小さな彼の体は宙に飛び、一直線にダニアへ向かっていく。彼女はグランの体を片手で止めた。彼女の爪が彼の体に突き刺さった。痛みであらん限りの悲鳴。半分浮いている状態の彼の足から血が滴り落ちる。
「この! ババァ! グランを離しやがれ!」
 悲鳴に気付いたドランが飛びかかっている。ダニアは冷静に手のグランをドランへ放り投げる。ドランは急停止し飛んできたグランを受け止めた時、その奥でダニアが魔法を放つのを見た。彼はグランを庇うように覆いかぶさると同時に彼の背に衝撃が襲う。痛みで悲鳴を上げたように思ったが、実際は声すら出ていなかった。白目で倒れるドランの前によろけながらグランが立ちあがった。
 それを見るダニアの目は非情過ぎた。
「もう苦しまない方がいいですよ」
 ダニアが二子に魔法を放とうとした時、彼女の背後から乱入者が現れた。その者の攻撃を躱している間に、その者は二子を抱え距離をとっていた。
「老輩のような老兵がこのような最前線とは……だが、お互いに歳は取りたくはないものよな」
 言った存在は単眼鏡をかけた老人狼・ビートであった。
「このような若輩者を苛めるな」
 ビートの言葉と同時に、眼鏡を押し上げようとしたダニアの眼鏡が割れた。
「面白い余興じゃろ? 割っておいたわい」
 凶悪に笑うビートは後ろに二子を置いて構える。一方、ダニアは割れた眼鏡に一切驚くこともなく、あくまでも冷ややかに見つめると薄ら笑みを浮かべた。
「今の発言は不適切ですよ。あなたは今、眼鏡を割ったのではなく、眼鏡しか割れなかったのです。そして正確には私が眼鏡しか割らせなかったのです。私もまったく同じですけどね」
 ダニアが小さく言いながら眼鏡を捨てた時、ビートの単眼鏡が割れる。初め驚いたビートであったが、すぐに迫のある笑みを戻し単眼鏡を捨てた。
「いやはや。歳を取ってもこの闘争への期待と渇望は変わらんな。アルタニスとしての〝血〟は逆らえんよ。
 昔を思い出してきた」
 彼は愉快そうに、そして嬉しそうに笑う。

★   ☆   ★

 保険室では多くの戦闘向きではない生徒達と、怪我をして動けない者達がいる。
 外は右を見ても左を見ても、血を流し倒れる人狼に若い魔女。耳を塞いでも悲鳴が鼓膜を震わした。そんな風景に内心は震えながらもソーニャは戦闘員ではない魔女達を誘導し避難させようとしていた。
「どうしよう。どうしよう……何をすればいいの? どうしよう」
 完全にパニックになり、アタフタしているのを明らかに不安そうな目で下級生達が見ていた。その時悲鳴が上がる。部屋に二人の人狼が侵入した。近くにいた動けない魔女の頭を潰していた。
「みんな、さがって!」
 ソーニャは慌てて叫び前へ出ようとしたが、混乱状態の魔女達は我先に逃げようとして誰一人聞いている者はおらず、前へ出ることができない。
 反撃のない魔女達はまるで狩り場の小動物である。次々と狩られ、裂かれ、千切られ、潰されていく。
 魔女達の悲鳴の中で、今度は人狼のくぐもった悲鳴が上がる。見れば一人の人狼の首が宙を舞いながら燃え、地に落ちることには真っ黒になっていた。
「女子供に手ぇ出してるんじゃねぇ!」
 首を刈った主はもう一人の方へと、剣を振るう。体を回転させたそれは、人狼の腕をかいくぐると横一線。人狼は斬り口から炎を吹き上げながら上半身と下半身に分裂した。
「なにをしている! 早くここから避難だ」
 それはまるで本物の黄金であるかのような美しい髪をなびかせながら怒鳴る。白銀の甲冑に真赤に熱を帯びる長剣。そして風で巻き上がる金色の髪はまるで王冠を頂いているよう。そして目を見張るような美しい面持ちと合わせると夢見る乙女の空想話にでも出てきそうな王のようであった。
「レント……さん」
 しばらくレントに見惚れていたソーニャがオズオズと魔女達を掻き分け前へ出た。
「ソーニャ。お前がここの責任者か?」
 自分の名前を覚えていたことにソーニャは感激しながらも首肯すると、レントは彼女の胸倉を掴んで引き寄せた。
「だったら何をチンタラしている。貴様が指示を遅らせればそれだけ多くの子が死ぬんだぞ! シャキッとしろ。こいつらを連れて逃げるんだ」
 レントに怒鳴りのショックでソーニャは顔面を蒼白にし、彼の腕を振り払い壁にもたれかかった。苦しそうに胸を抑え、呼吸を荒くした。
 彼女は急いでポケットから薬入れを取り出すと、丸薬を嚥下する。しばらくすると彼女は落ち着いたように呼吸を整え始める。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 涙を流しながら言い続ける言葉はレントに向けられたものなのかどうかはわからなかった。
 レントは彼女のすぐそばに近づくと、体をビクつかせたが急いで涙と口元を拭き、立ちあがってレントを見た。
「すみませんでした。パニック障害がありまして。戦闘には私は向かないんです。だからここの指揮を任されたんですけどね……何をしたらいいかわからなくて。私はダメだ」
 悔しそうに顔を伏せるソーニャにレントは力強く肩を掴んだ。
「いや、お前もいっぱいいっぱいなのに。さっきは怒鳴ったりして悪かったな。これじゃ、王様にはなれねぇな」
 レントは無邪気に笑って見せた。
「だが、まぁ。ここから生き残らねぇとどっちにしろ無理か。ソーニャ。落ちつけ。一度にいろいろ考えるな。お前が今、一番大切な事はこの子達を避難させることだ。何があっても守れ。何があっても生き残れ。戦争は最後まで生きた奴の勝ちだ」
 そして、周りで暗い顔をしている魔女達に視線を向け怒鳴った。
「お前達もだ。もうおしまいだ。っとか思ってんじゃねぇぞ! 希望しろ。希望し続けろ! その先に必ず光はある。死んでから諦めても遅くはねぇ。必死で生きてみろ!」
 レントの激励に顔付までは変わらなかったまでも、今まで下を向いていた者達は顔を上げた。レントはソーニャに視線を戻した時、彼の背中に寒気がする。人狼が来ている。瞬時にわかった。なぜわかるのはは不明だがわかった。
「ソーニャ。他の出口は?」
 レントは自分が入ってきた扉にバリケードを創りながら言う。
「反対側に……」
 レントは言われた方を見る。まるで物を見ているのではなく、何か霊的なものを見るかのように目を細めて見る。大丈夫。まだ安全である。
「ソーニャ。みんなを連れて、あの扉から行け。人狼が来る」
 周囲がざわつきを見せたが、ソーニャはしっかりとレントを見つめ頷いた。
「みなさん。避難します。怪我をしている人に手を貸してあげて」
 ソーニャの指示に魔女達は動き始めた。
「じゃ、一列に並んで。いい。隣の人を押したり、話したり、走ったりしたら……」
「避難訓練か!」
 真剣に一列に並ばせようとするソーニャに、レントがほとんど反射的に言った。
「すいません。そうやって、教科書に書いてあったんです」
「教科書は捨てろ! 人生、常に臨機応変だ。さぁ、行け」
「行けって。レントさんは?」
「怪我人ばかりじゃ、すぐに追いつかれちまうだろうが。俺が止めてる間に行け~」
「え……? でも……」
 ありえないと言わんばかりに口をパクつかせるソーニャに、ふざけた感じに見せていたレントは笑って見せる。
「いいんだよ。誰かが時間を稼がなきゃなんねぇんなら、ここは男に任せとけ。俺の働きが無駄にならねぇように、早く行ってくれ」
 レントの言葉と共に、ソーニャ達は扉を開け出ていく。残るレントはそれを見送った後で、バリケードを壊そうと扉を震わす人狼達の方を向く。周囲を見れば、先ほど人狼に殺された魔女達の死体が目に留まる。その血の臭いが鼻をつく。中には知っている顔もあった。
 若すぎる……あまりにも若すぎる。
 レントは頭を垂れる。戦いなど知らぬ女の子達が殺されていく。自分よりも若い子達が死んでいく。そんな時、レントはいつも思い出す。傭兵時代に自分に憧れ、いつも後ろからついてきた子供のことを。自分に当たるはずだった矢に当たって死んだ子供を……
 自分の周りで人が死んでいく。まるで自分が受けるべき罰を周りの者が代わりに受けてくれているかのように。
〝魔剣士〟
 確かに的を得ているのかもしれない。自嘲気味笑うレントは右手に持たれた魔剣・ネスティマを握りなおした。
「いけねぇな。どうしようもなくいけねぇ。俺らしくもない。シンみりした熱し方をしちまってる。男なら、小せぇことはほっといてド派手にいこうぜ!」
 バリケードがついに壊され、大量の人狼がなだれ込んでくる。レントはネスティマを顔の前に掲げながら、一番最初の人狼の首を刎ねた。そして流れるように次の心臓を貫き、その次を脳天から股間にかけて真っ二つに切り落とした。
 いきなりの反撃に人狼達の動きが止まる。
「人間?」「男だ?」「誰だ?」「聖騎士だぞ!」
 人狼達がここそこで思い思いの疑問を口に出している。レントはギラギラしたその戦意に満ちた瞳同様に、手に持っているネスティマはどんどん熱を増していく。そしてついに刃から炎が噴き上がる。
「よう、人狼ども。テメー等、雁首揃えてそこに並びやがれ! 女やガキを襲って楽しんでるようなヤロー達は、この俺が斬って焼いて喰っちまうぞ!」
 レントの気迫に思わず人狼達がおののいたが、その行為に気付き酷くプライドを傷つけられた様で、牙をむいて彼に襲い掛かってきた。

★   ☆   ★

《アンナマリア》の入口の大ホール。かつては広壮な場所であったそこは無残な姿になっている。天まで登るような螺旋階段は壊れ、中央の巨大な時計も壊れ、瓦礫が床を覆っていた。
 時計が壊れた時の衝撃波のせいであった。
 シャシャは頭から血が流れるのを拭いながら立ち上がる。その視線の先は時計があった場所。崩れているため煙が蔓延しているが、その中からヒシヒシとその存在が感じられた。
「まさか、あなたのようなお嬢さんに私の使い魔がやられるとは思ってもいませんでした」
 その話し方はアンナマリアのものであったが、若干の違う所があった。煙の中から現れたのは少女を抜けきらない女。紅蓮の髪は燃えているよう。否、よく見れば彼女の髪自体が炎であった。
「あんたが火竜?」
 シャシャは形容しがたい程に嬉々として笑む。同じ炎を使う魔女としては最強。今まで多くの〝二つ名〟を狩ってきた彼女にとって、その二つ名は〝大魔女〟の次に欲するものであった。自分でも気づかぬうちに彼女は舌舐めずりをしていた。
 目前の者が百五十年生きているのに少女の姿だとか、髪が紅蓮の炎となっているなど驚く所は数多くあるにもかかわらず、シャシャはまったく気にもならないようである。
「その歳でそこまでの実力があるのは驚きです。おしい。本当に惜しい。しっかりと魔法を学ぶことができていたら、あと数年もあれば、あなたに敵う者はこの世界にはほとんどいなくなっていたでしょう。若い才能を潰してしまうのは惜しい」
 若い声で、老婆であった時にアンナマリアの口調をする彼女は、本当に勿体ないとばかりに首を振った。それにシャシャは乾いた笑いをする。
「悪いけど。あと数年どころか今ですら、私は最強だぁ!
 狂おしき嫉妬(アイヴィー・インヴィディア)」
「炎尾(フルガウラ)」
 シャシャの放った炎は、アンナマリアの手から出る鋭い直線的な炎によって掻き消され、その炎はシャシャを襲いかかる。
「甘き焦燥(ドゥリシス・クピディタス)」
 とっさにシャシャは自分の前に炎の障壁でそれを防ぐ。
「火喰(ペルノティア)」
 アンナマリアの言葉と共に、シャシャの前に彼女の炎はアンナマリアの掌に吸い込まれる。
「火子(ペディア)」
 シャシャが魔法を放とうとする間も与えることなく、アンナマリアは放っていた。目前に迫った炎。
「氷の王国(パゴノ・マレク)」
 目前に迫った炎は勢いを失われ凍りついた。そして同じく、大ホール自体が凍りつき始める。
「大神……今はレッドムーンですか?」
 そうなることは必然であると言わんばかりに落ち着いた様子でアンナマリアは口を開く。シャシャは慌ててそこを見れば、そこには黒い狼の姿の大神がいた。
「人間に対面するので、この姿の方がいいだろうか?」
 言うやいなや、大神の姿は黒髪の男の姿になった。変わらぬ禍々しいその赤い瞳でアンナマリアを見つめる。
「久しいな。私がいた時はまだ幼かったのに。さて、私の物を返してもらおうか」
 一歩踏みだした大神。その圧力は遥かに人狼ではマネできぬ物であった。しかし、アンナマリアは一切、圧されることもない。それどころか薄ら笑みすら浮かべる程に余裕すら見られた。
「私はこうなったために力を蓄えておきました。百五十年一切の無駄な力を抑えるために自分の時間を止めました。正直、グレーランドの維持だけで相当疲れるので。奪ってみなさい。力を失っているあなたが、あなたの力を持つ、そして全盛期の私に勝てますか?」
 アンナマリアが言っていく中で、凍りついた大ホールの氷が見る見る溶けていく。彼女の髪はさらに火力を増した。
「私の力を使った所で、貴様の力は神の域ではないよ。お嬢ちゃん」
 大神の周囲に覇長が現れ、大気を震わせた。地鳴りのような音が、腹の底から響き渡った。今まさに戦おうとしたその時であった。
「ダメ!」
 大神の前に出たのはシャシャであった。
「ダメ。オリスは手を出さないで!」
 面喰ったのは大神だけではない。アンナマリアですら彼女の行動は意味不明であった。
「お願い。私が火竜を倒すの」
「シャシャよ。あれはお前の手に負える者では……」
「そんなことない! そんなことないよ。私は必ず火竜を倒す。私に任せてよ。私は大魔女になるの。大魔女になるのよ。あなたの隣にこそふさわしい魔女になるんだから。だからどんな魔女よりも強くなくっちゃダメなの。私は火竜よりも強い。だって大魔女になるんだから!
 オリスは見ててよ。オリスは私に期待してよ。私に求めてよ。勝てと言って。それだけでいいから。私は裏切らないから。火竜を倒せと、私に言ってよ!」
 大神はしばらく思案したが、懸命に大神を見つめ、ねだるように言う彼女の姿に小さく溜め息をついた。
「いいだろう。シャシャ。私はこれからお前にしか頼めない事を言おう。お前だからこそ求められることを求めよう。
 シャシャ・ランディよ。私のために、火竜を殺せ……」
「……うん。うん、わかった。だから見てて。見ててね」
ギラギラした彼女の赤い瞳には狂喜があった。大神が自分に求めた。期待した。それに応えれば、大神は認めてくれる。シャシャはアンナマリアに向きなおす。アンナマリアは大神が戦闘に一切参加しない様子を見て驚愕している。
そんなことには一切、関係なく。シャシャの赤い瞳はアンナマリアを捉え、臨戦態勢に入っていた。それを見てアンナマリアも呆れながらシャシャに意識を持っていく。
「さぁ、火竜。二つ名狩りを始めましょうか?」
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