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それが俺とお前の地平線 空と海外伝




 その日は朝から雨が降っていた。
 まる天が怒っているかのような、まるで空が泣いているような。強く、そして荒々しくそれでいてどこか物悲し気な面持ちを浮かべながら、大きな雨粒は地上をうちつける。
 それは寒さに凍てつくような季節の事である。雪ではなく雨なので、気温的にはそこまでなのだろうが、それでも身を震わせながら人々は足早に岐路につこうとする。
 しかし、そこには不思議な光景があった。
 今や多くの者がこの寒い季節、しかも大ぶりの雨の中で地面に伏していた。その数はおよそ二百を超えるものではないだろうか。その中で、立っている者は十数名。
 そしてそのほとんどの者が黒いレインコートを着ており、フードを深く被っていた。その他は女。三人の女達。
 そこにいる者達は傷付き、血を流し、見れば服もボロボロになっている。が、皆総じてこの寒さの中で震えることもなく立っている。
 そしてレインコートの者達は皆、大地を踏みならし、高らかに声を揃えて口を開く。
「「我ら、無限なる天上の涙なり。
  我ら、偉大なる天上の刃なり。
  我ら、絶対なる天上の愛その物である」」
 彼らは大地を踏みしめながら言う。一点を見つめて。それを三人の女達は、ある者は冷ややかに、ある者は笑みを浮かべ、ある者は傲然とそれを見据える。
 そんな彼らの中心には向かい合う男女。方や絶世とも言っていい程に、美しい長髪長身の少女。方やホビットかと思えるほどの短身金髪の少年。
 二人は互いに敵意ある眼差しを向けていたが、よく見れば若干にその眼差しに差異があった。落ち着きを放ち全てを悟り、相手の全てを見透かしたような静かな目をする少年に対し、若干の驚きと戸惑いで目を淀ます少女の目。
 そんな二人を周囲は固唾を飲んで見守っている。
「まさか、あんたがレインマン? 初めのナヨナヨと弱そうにしてたのはウソってこと?」
 苦々しく言葉を発したのは少女の方である。レインマンと呼ばれる少年は薄ら笑みを浮かべる。それはあまりにも不敵、決して負けることを否定する笑み。
「別に騙してたわけじゃないさ。あんたが勝手に誤解したんだろ? それにあんたの事が気に入ってたのもウソじゃないし、あっちの方がどうもあんた接しやすそうだったから、あえて訂正しなかっただけだぜ。女豹ちゃん」
 レインマンは笑みを浮かべたまま目を細め、ゆっくりと女豹に言った。その言葉に女豹はギラリと怒りを表す。
「よくも、よくも騙していたわね! 私を騙してさぞ愉快だったでしょうよ。今までの私の姿を見て、腹の底で笑ってたんでしょうよ。いい気味だと。四聖獣の一角と言われている私が、敵対するレインの対象と間抜けにも気付かず一緒にいた。いい、笑い者だわ。心底、私の姿は滑稽に映り、お前達は陰で笑っていたんだろう!」
 爆発するように周囲の者に叫ぶ女豹に、一瞬雨すらも勢いがおさまったかのような錯覚を起こす。
「……いや、笑ってなんかいないさ。できることなら、このまま気付かれずにいたかった。俺はあんたが好きだから、戦いたくなんかなかった」
 静かなレインマンの言葉に、女豹は一瞬言葉を失うが、すぐに頭を振り鋭い視線を送る。
「ウソだ! お前の言ったことなんかもう、何も信じてやるものか! お前は私を騙した。お前は私にウソを言った。お前は私を偽った! 信じてたのに! ……信じてたのに」
「全てが全てウソじゃないさ」
「……信じられるか!」
 女豹が動いたのは言葉と同時であった。いっきに間合いを詰めると、下から拳を振り上げる。レインマンはそれを受け止めた。
「ウソだというのなら、それでいい。だがな。ハッキリ言っておく。俺が言うウソは、みんなお前のためのウソだ!」
 受け止めたレインマンは微動だにすることなく言いながら、突き上げた拳を女豹に振り下ろす。彼の拳は女豹の肩を強打。痛みに顔を歪めた女豹は相手の顔面に抉るような拳を入れながら距離を取る。
「ただ……ただ確かに、偽ってきた関係じゃどこか擦れ違っているような、すれ違ってすらいなかった。どうせ俺達は空と海、永遠と平行線でしかない」
 殴られながらも平然と血を拭うレインマン。
「俺はそれが嫌だ。おれはこのままじゃ嫌だ。確かにそう思う。錯覚でもいい。幻でも構わない。この心の中から、体の芯から沸き立つようなこの感覚。焦燥感にもにたこの渇き、どのような怒りよりも身体を熱し、苛立ちをも感じさせる。そう、それの正体を今俺はハッキリと理解したぞ!」
 一同が見守る中、レインマンはハッキリと自信を持って宣言する。
「これは愛だ!」
 周囲は一拍置いてザワついたが、彼は気にもしない。女豹も言っている意味が理解できず目が点になり、埴輪のような表情になっている。彼はお構いなしに続ける。
「そしてその愛が俺にこう叫んでいる! 俺はお前を俺のモノにする。そう、今日こそが俺とお前、空と海とが交わる境界線。地平線なのだと」
「そんな幼稚な手になんか乗らないわよ! この私を誰だと思っているのよ!」
 レインマンが宣言した数瞬遅れ、女豹はキッパリと言い放つ。もちろん顔を赤らめて。
「愛もへちまも何だって言うの? 私には関係の無いことだわ。第一、そんな強引な告白でこの男女平等をうたう現代社会じゃ流行らないわよ。それにいきなり愛とか言われても…ウニャウニャ…ええい! 私は何を言っているんだ。そんなことを言っているんじゃない! 私はお前に騙された。だから許せないだけだ。それだけだ」
「照れるんじゃねぇよぅ。可愛い俺の子猫ちゃん」
「照れてないわ! アホかお前は」
「照れるんじゃねぇよぅ」
「照れてないわ!」
「てぇれるんじゃぁねぇよぅ!」
「照れるわ! アホ! あぁ~調子が狂う」
「フッフッフ。さぁ、素直になった所で、さっさと俺に倒されて素直に俺に全て捧げ、俺の愛を受け入れるがいいさ!」
 頓珍漢な構えをしたレインマンは女豹に襲い掛かるが、女豹をそれをスラリと避けて足をかける。たたらを踏むレインマンの頭を膝と両肘でプレスするように打ち付ける。
 痛がり屈むレインマンに女豹は、深呼吸をすると言い放つ。
「思いあがるなよ。レインマン。私がお前の物だと? はなはだしい。
 お前が私の物になるんだぁ!」
 周囲唖然。こっそり笑うものもいるが、驚いている。
「それでこそ、俺の愛を受け入れるに値する女だ。この勝負で負けた奴は……」
「勝った奴に死ぬまで絶対服従」
 レインマンの切った言葉を女豹が続けて言った瞬間、両者の目が光り仕掛ける。
 今までがお遊戯であったように思えるほどに、互いに鋭く、素早い攻防。ここまで上位の戦いであると、それは殴った蹴ったではなく、互いに互いの空間を支配するような戦いになる。結局、自分の領域で相手の領域を飲みこもうとする戦いである。「美しい」誰かの口から洩れた言葉。しかしそれは全ての者の心に芽生えた心。確かに両者の戦いは美しく、人を惹きつけ、魅入らせる物があった。
「五月雨 青空!」
「海原 シエル!」
 戦いが佳境に迎えようとしている時、両者の口から同時に出た言葉であった。
「お前は私のものだ。誰にも渡さない。誰にも渡したくない」
「お前は俺のものだ。誰にも渡さねぇ。誰にも渡す気はねぇ」
 互いに額をぶつけ睨む両者の目はギラギラと輝いていた。

★   ☆   ★

「こうしてパパとママは出会い。結ばれたんだぞ~」
 ソラは娘の夜空に自慢げに話していた。
「パパはその頃、ママより背が低かったんだね」
 父親譲りのキラキラ輝く瞳を父に向け、夜空は楽しそうに言った。明日から転校する夜空の不安を推し量り、ソラは娘の緊張をほぐすために、彼女の部屋で昔話をしていたのであった。
「いいな~。私のそんな出会いがしたいよ~。パパは幸せだね。ママに会えて」
 メリメリメリ
「そうさ。パパは世界一幸せ者だよ。ママもきっと同じことを言うだろう。だから大丈夫さ。世界一幸せなパパとママの娘のお前が幸せになれないわけないだろ? 夜空は明日から新しい高校だ。お前は俺達二人の血が流れているから、どうにも腕っ節が強い。そして――これはママの血が原因だろうが――喧嘩っ早い。だからこそ、強さというものを理解しなさい」
「大丈夫よ。二日で今度の学校も制して見せるから。私ほど強い人間なんて、この世界でパパとママだけ」
「夜空。お前は人の強さをはき違えている。力ばかりが強さじゃないよ。パパはそれを新しい学校で学んでほしいな」
「なんで? ママだって喧嘩が強かったんでしょ?」
「あぁ、そして美しく、照れ屋で、可愛かったなぁ~」
 メリメリメリ
「そう言えば、その、パパとママがした喧嘩は、結局どっちが勝ったの?」
「そりゃ、パパに決まってるだろ~。もう、そこはビシッと、男としてビシッと」
 メリメリメリ
「まぁ、あの頃はママはパパに――今もそうだけど――ベタ惚れだったからなぁ~。パパ無しじゃ生きていけない。みたいな感じでなぁ」
 メリメリメリ
「うんうん。それで?」
「それはそれは手に付けられないくらいにベタベタしてたっけ。それでパパは言ってやった『俺と一緒にいたかったら、付いて来いよ。ただ、俺は止まって待ってやることはしない。進み続ける。それでも追いかける気があるなら俺はほんの少し歩調を縮めてやるよ』ってね。それを聞いたママの返答と言ったらもう……うわぁ! ママ。い、いつからそこに?」
 殺気と妙な音に振り向いたソラの目に、部屋の入口。少し空いた隙間から見える般若のごとき姿のウミ。彼女は扉横の柱を握り、潰さんばかりに圧していた。
「パパ。ちょっとお話があるんだけど」
 手招きするウミの言葉に感情は無かった。顔面蒼白なソラは素直に部屋を出ていく。
「いや、ママ。違うんだよ。これは、その夜空が不安そうだったから安心して、あ、ちょ。それは……」
 その後の言葉は、ウミの暴虐無尽、悪辣非道な言葉の数々により掻き消され、残るはソラの悲鳴のみであった。

★   ☆   ★

 十六夜高校
 そこが今日より夜空の通う高校であった。昔に彼女の父と母が通うっていた高校でもある。
 小さく可愛らしい彼女に先生は名前を黒板に書き、夜空を紹介する。しかし彼女に先生の話しも、興味、好奇心で向けられる視線も全く興味がないことである。
 先生に一言求められ、彼女はこうハッキリ言った。
「この学校で一番強い奴出てこい! 私は二日でこの学校を制する」
 爆笑であった。
 この言葉を言って白けなかったのはこの学校が初めてであった。この学校はただの学校ではない。と改めて心を引き締める夜空であった。
 別段笑われることに特別な感情は無い。彼女にとって大事なのは強いか、弱いかである。
「ユーモアたっぷりな五月雨さんと仲良くしましょうね」
 先生は言い、彼女は席について授業を始める。

 暇だ。そう感じた彼女は頭を机に伏せたまま周囲を見える。今更ながら、このクラスには不良と呼ばれる種類の生徒が一切いない。まさか、皆、自分を騙すために化けの皮を被っているのかとも思ったが、睨み一つで逃げていくような奴らである多分違うのだろう。
 暇だ~と突っ伏していると、廊下を歩く数名の髪がカラフルな者達。一目見て雑魚だと判断した彼女であったが、今日はなんだか機嫌が悪い。
 喧嘩がしたい。自分の強さを誇示したい。誰か殴ってやりたい。その衝動が沸々と沸き立つのだ。しかし、喧嘩をしたと知るだけでも、母であるウミにボコボコにされる。一般人相手に手を上げたとなればボコボコボコぐらいにはされるだろう。
 今は雑魚でも救いの女神のようにありがたい。
 夜空は立ち上がると、カラフルな頭の生徒達を追い掛けていった。

 この時、まだ彼女は知らない。この気まぐれな行動が、新しい空と海の地平線に向かうきっかけであったことに。
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