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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十六章:《アンナマリア》の死闘前半

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 しゃー! あと四章!

第十六章:《アンナマリア》の死闘



「我、命じる。氷よ。壁となりて、悪しき者の進行を妨げよ」
 アムネリスが命じると、氷の壁が生まれ廊下を遮っていった。人狼達はすぐそこまで来ている。これで少しは時間稼ぎになってくれるだろう。
 とは言っても、レントを倒した人狼・ガーナには熱の吸収だけではなく、吸収した熱の放出も可能な能力だったとみえて、先ほどからアムネリスの氷の妨害を彼女の予想以上の速度で突破してきていた。その突破の元となっている熱量は、彼女が抱え守っているレントの物だというのだから皮肉な話であった。
「しっかりして、レント。もう少しだから」
 大の男を担いでかなりの距離を、それも戦闘しながら移動してきたのだ、彼女の息はあがり額と言わず顔全体には大粒の汗が見える。
 早く安全な場所へ。
 レントはすでに気を失っていた。彼女の応急処置によりすぐにでも死ぬことはないだろうが、一刻も早く治癒系の魔女に見てもらわなければ危険であることには変わりない。アムネリスは背後に迫る人狼達の気配を感じながら、レントを運ぶ。長い長い石造りの廊下。いつも何の気なしに歩いている場所だが、今日ほど長く感じたことは無かった。こうまで《アンナマリア》は広大であったのかと悪態をつきたくなる。
 他の者達はどうなったのだろうか? 無事で戦っているのだろうか? ソーニャは無事に下級生たちを連れて逃げられただろうか? 
 アムネリスは気を紛らわせるために、いろいろなことを考えた。そして自分やレントに向けて言い聞かせるように、応援し鼓舞するような言葉を発し続けた。
 正直、気を失っているレントに対しては聞こえてはいないだろう。初めのうちこそ彼も微かに反応を見せたが、今はもうほとんど意識が飛んでしまっていた。呼吸をしていなければ死んでいるのかと錯覚を起こしそうなほどに、反応はない。それでも彼女は話しかけ続ける。それが彼女に課せられた役目であるかのように。
「レント。もうすぐだから。もうすぐあなたを治療できる場所に着く。先生たちもいるはずだから。だから頑張って。レント!」
 最後にはもう悲鳴のような声だった。
「まったく、あなたが助けてくれるんじゃなかったの? 私があなたを助けてどうするのよ……」
 自嘲するような薄笑いを浮かべ、ようやく彼女は扉の前にやってくる。先ほど彼女が作った防壁はもうすでに壊されかけている。
 そこさへ抜ければ後は目と鼻の先である。
 そこは多目的ホールとして使われていた広間、縦横に通路が敷かれた場所だ。彼女が扉を開くと、中にいた者達と目があった。
「あぁ。まったく、洒落がきいてるわ」
 彼女の顔は言葉とは裏腹に落胆していた。当然だ。中にいた者達とは他ならぬ人狼達。もちろん、彼女らを待ち伏せしていたというわけではなさそうだが、今となっては同じことだった。自分の運の無さを呪う他ないだろう。
 そして間の悪いことに、ガーナ達もすぐ後ろまで追いついてくる。
 考える暇など無かった。
「我、命じる。氷たちよ。我を導く道となれ」
 彼女の放つ氷が彼女と正面奥の通路をつなぐように敷かれ道を作る。人狼達は魔女の放つ氷に警戒し避けた結果である。アムネリスはレントを担ぎ直すと、全速力で駆け出した。
「人狼がこれほどいて、怪我人と女一人を逃がすなど恥だぞ!」
 ガーナの怒声が聞こえてくる。それに伴い、一度は避けた人狼達が二人めがけて襲いかかってくる。
「雪結晶(ヒョニライン)
氷雨(グラキウィア)」
 彼女の発する魔法が人狼達を襲う。ホールを巻き込み、その中で渦を巻くかのように雪と氷の塊が飛び交う。氷は人狼達の肉を撃ち、雪は彼らの皮膚を溶かした。密封されたこの状況では彼女の魔法は力を増す。
 彼女の恐るべき魔法に人狼達は身を固め動かない。アムネリスはそれを確認して、吹雪く中をレントを連れ先へ。その時、氷と雪が吹雪き乱れる中をガーナの爪が切り裂く。彼の爪は火を噴き、氷や雪を溶かしたのだ。
 気付くのが遅かった。
 ガーナの爪は咄嗟にレントをかばったアムネリスを抉った。雪と氷は止む。
「氷柱(フェウ)」
 鋭利な切っ先の氷がガーナに飛ぶが、難なく躱されてしまう。足を止めた彼女達は瞬く間に人狼達に囲まれた。ウロウロと様子を見、喉を鳴らし、鼻をひくつかせる人狼達はまるで狩りを楽しんでいるかのよう。素早く動き、彼女らに近づいて来ようとする。
「氷柱(フェウ)」
 近づい来ようとする人狼を威嚇するかのように彼女は魔法を放つ。一度は離れていく人狼だが、すぐにまたジリジリと彼女らの周りに忍び寄ってくる。
 そしてついに一匹の人狼が彼女に襲いかかる。
「氷柱(フェウ)」
 飛び掛かってきた人狼の胸を氷が突き刺さる。しかし、今度はそれでおさまらない堰をきったように次々と襲いかかってきたのだ。
「氷柱氷柱氷柱……」
 反撃するも幾人もの人狼達の爪が柔らかな彼女の皮膚を舐めるように通り抜ける。鋭利な彼らの爪に、彼女の服が、そして白い肌が抵抗できるわけも無く引き裂かれ血を流す。その度に彼女の口からは鈍い悲鳴が漏れる。
 今や、抑えきれなくなった人狼達が一つの黒い塊のようにアムネリスに上に襲いかかろうとしていた。
「グ……氷雨(グラキウィア)!」
 何とか絞り出すようにして叫んだ彼女の魔法は人狼達を押し返した。だが、致命傷を与えるには至らない。所詮は時間稼ぎであった。またジワジワと接近を開始する人狼達はすでに勝利を確信した顔である。
 アムネリスはノロノロと身を引きずり上半身を起こすと、脇で倒れるレントを抱きかける。
顔も体も爪痕により出血。服もあってないような無残な状態になっていた。
「どうやって、殺してほしい?」
 ガーナがそんな彼女らを見て言った。
「このままいけば、お前ら、こいつらに嬲られて殺されるだろうな。だが、お前はよくやったよ。あぁ、よくやった。だからお前さえ望めば、俺が楽に殺してやろう」
 しゃがみアムネリスの目線に合わせて彼は言った。愉快そうに、無様に懇願しろと言った。自分を殺してください。と。
 怒りか、それとも恐怖か。もうわからない震えがアムネリスの体から湧き起る。その様子にガーナは満足し、立ち上がるが思い出したと言わんばかりに振り返る。
「あぁ、殺してやってもいいが、どちらを先に殺せばいい? 男の死に際を見たいか? それともお前の死に際を男に見せたいか? 選ばせてやるよ」
 アムネリスはその言葉に顔を歪める。
「…………な」
 聞き取れないほどの声で彼女は言った。吐き切れないほどの怨嗟を含めて。
「エンシャロムの……《アンナマリア》の魔女を舐めるな!」
 彼女の言葉に人狼達は吹き出すように爆笑した。
「これは失礼した。それで、お前を舐めた我々にはいったいどんな罰が待ち受けているのかな? その寝ている男が救ってくれるのか?」
 治まらない人狼達の笑いをよそに、アムネリスはレントを強く抱きしめ自らの額を彼の額に押し付ける。
「我、命じる。私の氷たちよ。この者を守れ。この者に我が氷の加護を……
 レント。必ず守るから」
 まるで消えてしまいそうな声で彼女は囁く。レントの耳に入っているのかどうかは分からなかったが、それでも彼女は彼が聞いていると信じ言うしかなかった。
「必ず助けるから。生きて、生き延びて。あんたが生きてるなら、私はそれでいい。それでいいんだからね。悲しまないで。私はいつだってあんたを守ってる。私の氷があなたの事を守ってる。もし、ついででいいけど、気が向いたら。私が守ってあげられなかった、姉妹達を私の代わりに守ってあげてね」
 気付けばレントの手が彼女の腕を掴んでいた。強く、離すまいと必死に掴んでいた。まだ意識は取り戻していないが、まるで子供が親から離れまいとするかのように掴んでいた。アムネリスはそれを優しく離すと、両手を天に向ける。
 急に動いた彼女に人狼達の笑い声が消える。
「私の血よ、肉よ。何物より冷たき我が氷達よ。私に力を」
 彼女を取り巻く気配が変わっていくのを感じ、ガーナが周りの者に彼女を止めるように言ったがもう遅い。
「全て凍てつけ。
絶氷(アペルパゴス)」
 周囲の空気がひんやりと冷たくなったかと思うと、上から空気その物を凍りつかせ、氷の柱となっていく。その場にある物を全て氷漬けにした。
 そしてアムネリス自身、天に突き上げた手から徐々に体が氷と化していき、彼女自身がまるで氷の彫刻のように変化した。
 彼女を中心に氷漬けにされた空間。人狼達も同じだ、驚く者、逃げる者、全てを一瞬に氷漬けにしたのだ。そして次の瞬間には彼らを含め凍りついた物全てが砕け霧散する。彫刻のようにあるアムネリスだけがそのままの形を保っていた。キラキラとダイヤモンドダストのように周囲を輝かせた。
 氷で支配された世界。人狼の中で息があったのはガーナのみ。いち早く気付いた彼は最も遠くに避難していたのだ。だがそれでも半身を氷でやられている。
 悪態をつきながら起き上がると、ホールの真ん中にただ一人立っている影を見た。
 黄金の生糸のような髪に、同色の瞳。白い肌は一層白くなり死相が見えるほどに。それは紛れも無く先ほどまで意識を失っていたレントであった。彼の手には魔剣・ネスティマが握られているが、ガーナに気付いた様も無く、ホールの中心に存在するアムネリスの氷の彫刻を見ていた。
 ただ見ていた。感情豊かな彼には珍しく、一切の感情を感じさせない。まるで別人であるかのような、その顔からはゾッとする冷たささえ感じさせる。
 彼は優しくアムネリスであった氷の彫刻を撫でる。髪を、頬を、唇を、首を。もはや以前の様な柔らかく、彼の愛撫に答えてくれる彼女はいない。固く冷たい無機質な感触を確かめるように彼は何度も撫でる。
「アムネリス。我が愛しき者よ。誓おう……」
 彼の口から落ちるように漏れる言葉。
「私がお前の姉妹達を守ろう。我が剣にかけて、彼女達を救う。もう二度と、このような悲劇は私が認めぬ」
 彼の言葉はまるで彼の言葉でないような。一語一語区切りハッキリと言うそれは落ち着くをはらい、低くそして重い言葉使い。まるで何者かが彼の体に乗り移り、口を、体を借りて話しているかのようだった。
 レントはゆっくりと振り返るとガーナの方を向いた。レントの瞳は冷たくガーナは腹の底から寒気を感じる。それは恐らく恐怖。
「この俺が、人間ごときに恐怖している? お前はなんだ?」
 ガーナの問いには答えず、レントはネスティマを構える。騎士のように両手で持った剣を顔の正面に。ピリピリと緊張の音が聞こえてきそうだ。気圧されているのは人狼のガーナの方だ。
 耐え切れず、仕掛けるはガーナの方。半身を氷でやられ動きに不自由はあるが、それはレントも同じである。
「それに、貴様の剣の炎は俺には通じない」
 ガーナの接近にもレントは動かない。突き出される爪を軽く身を捩り避けた。ガーナは続けざまに攻撃するも全て躱される。次第にガーナの方が恐ろしくなってくる。それはレントの目だ。見開かれた彼の黄金色の瞳はまるですべてを見透かしたように感じられた。
 ガーナの爪から炎が吹き上がり、レントに襲いかかる。その時だった。初めてレントが剣を動かす。炎を斬るかのように振り上げられた瞬間。炎が凍りついた。虚を突かれたように目を見開いたガーナだが、同時に彼の腕も飛んでいた。
 ガーナの切断された腕は宙で凍りつき、地に落ちて砕ける。
「なぜ? お前の剣は、炎の……」
 あまりのことに面食らい呆然とするガーナの首元にはネスティマが突き付けられる。それを冷たく見下ろすレント。
「痴れ者が。我が王剣をそんな陳腐な物のように愚弄するな。一端の人狼の分際で王たる私の相手が務まると思うてか?」
「何を言ってる? お前は誰だ?」
 今まで戦ってきた者とは別人。今まで戦ってきたレントとは似ても似つかぬ存在であった。容姿は言うまでもないが変化はない。だが、その顔つき、話し方、何よりも彼が纏うオーラのような物はレントを十も二十も歳を重ねたように見えた。
 ガーナは本能的に悟る。自分は何かを呼び覚ましたのだと。
 レントは怯えるガーナに、なおも冷たい瞳を向ける。
「私は私だ。他の誰でもない」
 レントがガーナの首を刈る。彼の首はほとんど抵抗なく切断され、首の方は一瞬にして凍り、切り取られた胴は炎に包まれ倒れ込む。首が落ちるころには胴は炭と化し、どちらも地につく衝撃で砕けた。
 レントはネスティマを床に突き立てると凍っていた周囲が見る見るうちに溶け、アムネリスを残し元の部屋へと戻っていく。彼は剣を鞘に戻し、二度と動くことのないアムネリスへ振り返った。その時にはすでに彼はいつもの感情に満ちた目に戻っていた。
 レントはよろよろと彼女の元へ進むと、足が縺れるように倒れ込み彼女に縋り付くような形となる。返ってくるのは冷たく固い感触のみ。彼の口からは声にならぬ悲鳴が漏れる。
「泣かねぇ。俺は男だから。涙なんか見せない。ムネ。俺には……俺には守られる価値があったのか? お前が命を懸ける価値が? 俺はお前さえ生きててくれればそれでよかったんだ。よかったのに……」
 レントはアムネリスである氷を抱きしめる。涙がこぼれぬように目はしっかりと閉じられていた。嗚咽が出ぬようにしっかりと歯は食いしばられている。
「俺は……俺が、守るから。お前の姉妹達を、俺が守ってやるから」
 その言葉でまるで彼女が安心したかのように、彫刻の所々から崩れていく。レントの口から小さな悲鳴が上がるも何もすることができず、彼の腕の中でアムネリスは砕け欠片になり、手より滑り落ちていった。
 砕けた彼女に放心状態であたりを見渡すレントだが、ついに耐え切れなくなり彼は絶叫する。食いしばる歯の間から悲痛の声が漏れる。もう何もわからない。ただ叫んだ。
 そして糸を切られたかのようにまた意識を失った。

   ★   ☆   ★

 レントが気付けば彼は彼を見ていた。
 レントが倒れたホールに駆けつけたソーニャ達によって彼が救助されていたのを、レントは脇で見ていた。言っていることがおかしいことはわかるが、事実救助されている自分を彼は見ていた。
「死にかけているのだよ。お前は」
 声に振り返ればそこには大きな梟が彼を見下ろしていた。
「今や魂はお前の体に非ず。しかし、完全に離れたわけでもない」
 梟はケラケラと笑うかのような声を出す。
「俺は死ぬのか?」
「死のうが、生きようが、それは人のあずかり知らぬもの。全ては大きな大河の流れ、一滴の煌めき」
 答える気があるのか無いのか、梟はレントを笑うような仕草を見せる。
 その間にも、ソーニャ達はレントを運び《アンナマリア》の先生であろう人の元へと連れて行く。彼は簡易のベッドに横にされた。
 必死に皆がレントを助けようとする光景に、それを見るレントは首を横に振る。
「やめろ。俺はもう生きたくない。もう生きている理由も無い。無意味なことをしないでくれ。楽にさせてくれ」
 だが彼の声は彼女らには聞こえてはいないようだった。
「お前は一体、今まで生きていたのか? それとも生かされていたのか? それは人には選べぬこと。星の輝きは決して自らが望み輝いているわけではない様に」
「黙れ! お前は一体なんなんだ?」
「何なのか? 誰なのか? どれなのか? いつなのか? どこなのか? お前はいつも悩み苦しむ。だがわからない。答えなど無い」
 梟はケラケラ笑う。
「宿命か? 運命か? 呪いか? 加護か? 希望か? 絶望か? 答えは星々のみが語る。大河の水面に目を凝らせ、その目は全てを見通す万の瞳に値する。滴を垂らせ、それより生まれし波紋は大河を覆うだろう」
 相変わらずわけがわからない梟に目を向ける。
「関係ねぇよ。俺が生きようが死のうが、俺の勝手だろうが」
「お前が死ねば、お前のために死んでいった者達は永劫にして安寧の場を受けることなく、光の届かぬ闇に繋がれるであろう。お前が闇を裂く光。万の闇を従える王。全ての死者を支配する主なのだから」
 ますます訳が分からなくなってきたが、どうやらこの梟はなんだかんだ言ってレントには生きてもらいたいようだ。それをレントが気付いたことに梟は気付いたのだろう。ケラケラと笑いだす。
「お前には守らねばならぬ約束があるのだろう?」
 梟はそういうとソーニャ達に目をやった。レントを救おうとしてくれている彼女達。そう彼は彼女達を守る約束がある。義務があるのだ。
「確かに、そうだ」
 レントが認めると、梟は一層に笑い出すと上を見上げる。そこにはなぜか室内というのに星々が輝いていた。
「それは必然。それは運命。それは宿命。なるべくして全てがなる。ならぬがなるのは不必然。星々はついに動きを活発にし、激突に備え、集結し輝きを増している。だが、まだ輝きが足らぬ。月は未だ輝きを増す一方。そして警戒するは、太陽。静観を守りし今こそ、逆に不気味。しかし、各運命の星は力を着々と付けている。これが終わる頃、王の星は一層の輝きを得る。王の元にはいつだって臣下が集まるものだから。ほら」
 大きく羽ばたいたかと思うと梟は飛び上がる。最後の方の梟の言葉は霞んで聞こえにくくなっていた。聞き返そうと梟に向かって声をかけようとしたレントだったが、急に激痛に襲われた。
「いた~!」
 跳ね起きたレントの四肢を魔女たちが必死に抑えていた。
「こら、暴れない。しっかり押さえてて」
 白衣のような格好の魔女が手足を押さえる魔女たちに指示し、彼女らは一層力を込める。おそらく魔法で力を増しているのだろう。レントの力にも抵抗している。彼女らはレントが目覚めたことに一様に安堵の顔を見せるが、それでも手を緩めることはしない。白衣の魔女はレントの治療の途中なのだ。
「痛い痛い痛い! 痛いって。もう大丈夫だって。ちょ、ちょっと、何してるの?」
 まだ彼の声は聞こえてないのかと思うぐらいに無視されている。
 さんざん痛い目にあってようやく治療が終わったようで拘束が解かれた。魂が本当に抜けるかと思うくらいに激痛であったが、そんなことは無かったようだ。
 心配そうにソーニャがレントを覗き込んでいた。彼女は泣きそうな顔で彼に謝った。もう少し早く助けに行けなかったことを、そしてアムネリスのことを。レントは彼女の口元に指を持っていき遮る。レントは微かに笑みを浮かべ優しく言った。
「いいんだ。お前が気にすることじゃないんだから」
 そう言って、レントは起き上がる。痛みに耐えたかいがあって、すごい治癒力だ。体に痛みを感じない。彼はネスティマを腰に帯びて立ち上がる。
「助けねぇとな。約束したんだから」
 そう言って、止める者達を振り切って再び校内へ飛び込んでいった。


 ラルドックとクルタナは順調に戦闘を回避しながら校内を進んでいた。ようやく泣き止んだクルタナは、まだ鼻を赤くしているが自分の足で立って進んでいた。
「くそ、まるで迷路だ」
 進めども進めども全く同じに見える校内に、ラルドックは悪態をついた。避難場所は本校の奥の北塔。最年少のクラス・パルアスの子達の宿舎としても使われている塔である。だが未だ本校を抜けられない。入り組んだ校内のうえ各場所で起こる戦闘によって破壊されていたり、迂回を余儀なくされうまく進めないのだ。確かに攻略は難しいが、避難もしづらいのは問題である。
 まったく急いでいる今はなおそう思う。戦況は魔女達が不利なのだ。圧倒的に数で圧されているうえに、訓練された魔女とはいえ年端もいかぬ少女がほとんどの魔女側は、いざ実践となって怖気づく者も多くいるのだ。とは言っても、そういう者は真っ先に殺されたので、今残っているのはやはり肝の据わった実力のある者達なのだろうが、それでも今となっては魔女達は数人で団子のような状態を作り、迫りくる人狼達を食い止めているのが精いっぱいの状態であった。
 遠回りさせられる度に焦りは募っていく。何度か人狼とぶつかったが、幸運にもクルタナが言うアルタニスと呼ばれるような人狼には遭遇しなかったため、ラルドックのフィールドとテリトリーで難なく切り抜けられた。
「あぁ、ここも通れません」
 何度目かになる落胆の声を上げるクルタナにラルドックは舌打ちをする。見れば床が抜けていた。引き返す二人だったが、クルタナが急に声を上げた。
「リアナ?」
 少し離れた通りを見慣れた人影が走り去っていく。クルタナの親友であるリアナであった。パッとしか見えなかったが、目立った怪我はなく通路に消えていく。クルタナの声は聞こえなかったようで、こちらには気付かなかったが、クルタナの顔は幾分明るくなってリアナを追いかけて走り出した。
「待て、クルタナ。勝手に動くな」
 ラルドックの制止も聞かずにクルタナはリアナを追いかける。ラルドックは内心悪態をついたが、先ほどは自分が勝手に彼女を置いて走った事実もあるので口には出さなかった。
「どうなっても知らねぇぞ」
 ラルドックは言葉に出せぬ苛立ちを、一瞬体で発散してから彼女の後を追った。

★   ☆   ★

 グリフォスはラルドックに外に出され、一旦彼の上司でもあるエアロと合流することになりそちらに向かっていた。しかし、意気揚々とはいかなかった。
 通路を遮るように彼の前に立つのは、目を布で覆う人狼・マティレス。すでに何人かの人狼を屠ったと見え、彼の周りには死骸が転がる。
「これは驚いたな。外に出ていたとは」
 言葉とは裏腹に彼は至って冷静にグリフォスを見る。見ると言っても見えてはいないのだが、それでも彼はマティレスの視線を感じた。グリフォスはマティレスの圧に押されている。グリフォスはまだ若いのだ。
「同じ人狼でありながら、どうして敵対する。お前だって元を辿ればアルタニスの末裔のはずだろう?」
 グリフォスの言葉に何か噛み潰すかのような笑い方をするマティレス。
「我が忠誠は女王のために。私は私の国を守りたい。どこよりも平和で、どこよりも美しい私の国を。だが貴様らが大神と共に世界を滅ぼすのならば、それに敵対するのは当然のこと。我らは《禍の月》より大神にも、また大魔女にも何者からの支配にも解き放たれた者。貴様らに味方する義理も、道理もない」
 牙をむき笑うマティレスの言葉は若いグリフォスには半分も理解できない内容だったが、どう転んでも彼は敵にしかならないことだけは理解した。まあ、今更寝返ることはないことは初めからわかっているのだから、対してめざましい発見でもないのだが。
 ジリジリと詰め寄られるグリフォス。その時、マティレスの背後から新たな気配が出てきた。違和感を覚える波に一瞬、彼の意識がそちらに向けられた。
「何?」
 怯えビクついた声に小さな体。
「ルディアナ? なぜこんな所に?」
 マティレスの一瞬の隙が生まれた。
(いいのか? そっちを向いてて?)
 今まで遮断していたグリフォスからの交信を許したマティレスの感覚は一瞬、ノイズのような雑音と共に麻痺した。口から洩れる悲鳴。マティレスの感覚が戻った時にはすでに遅かった。咄嗟に身を翻すもグリフォスの爪が彼の脇腹を深く抉る。
 マティレスは壁にぶつかりズルズルと跪く。
「ルディアナ。早くここから離れるんだ!」
 マティレスは叫ぶが反応は無かった。一瞬、すでにやられたかと冷たい物を感じたが、彼女の波はまだある。グリフォスとルディアナは不思議と動かない。波の流れを感じれば、どうやらグリフォスは彼女に念話を送っているようだ。
「ルディアナ! 耳を傾けるな」
 マティレスは叫ぶが動かない。彼は少しある変化に違和感を受けた。ルディアナからの波。彼が意識を逸らした時のそれとは、少し違うのだ。どこが違うとははっきりとはわからないが、多くの波を感じ取る彼にははっきりと感じられた。
 マティレスの行き着く仮説に心底寒気がした時だった。
「ルディから離れろ! 人狼」
 割って入った声。それは紛れも無くリアナの声である。
「リアナ! どうしてここに?」
 ルディアナのいつもの自信のなさげの声を無視し、ルディアナを庇うように前に立ったリアナは振り返る。
「もう! なんであんたはいつもみんなに迷惑をかけるのよ! めちゃめちゃ心配したんだから!」
 ようやく見つけたリアナは安堵と、そして勝手な行動をしたルディアナに対しての苛立ちが爆発したように言った。
「リアナ……」
 ルディアナの元気のない声が返ってくる。
「まぁ、お説教は後で、今はこの人狼を倒す。マティレス。大丈夫?」
 リアナの言葉に頷くマティレスだが、起き上がるまでには至らない。
「我、命じる。善なる万力によりて、我に力を貸せ」
 そう彼女が唱えると、少し彼女の体が輝くように感じられた。そしてそれは残光となって、彼女はグリフォスとの間合いを詰める。グリフォスは意外な彼女の運動能力に驚愕しながらも攻撃をするが、まるで彼女は踊るような足運びでそれを躱していく、まるで空を掴むような感触だった。
「シャローン先生、直伝なんだから甘くはないわよ」
 爪を躱し自慢げに言う彼女の手刀がグリフォスを襲う。さすがにシャローンほどに威力は無く完全に人狼の肉体を貫くことはかなわなかったが、それでも彼女の手刀は深くグリフォスの体を抉る。食いしばる歯の間より苦痛の声が漏れる。
 リアナの動きにグリフォスは完全に翻弄され、攻撃は完璧に避けられ、相手の攻撃は全て受けていた。漏れる悲鳴は次第に大きくなる。
 圧倒しているリアナだが、。それを見るマティレスの顔をは曇っている。先ほどから嫌な感じがしてならなかった。そしてそれはルディアナから感じられるのだ。彼がリアナに何か言おうとした時だった。それははっきりと感じられる。
 そしてそれはリアナがグリフォスにとどめとばかりに手刀を繰り出した時。
 ルディアナの放つ波長に微かに、人狼のそれが現れた。
「リアナ、気を付けよ」
 マティレスの言葉とリアナの腕を掴み攻撃を遮るのは同時。遮ったのは驚くべき脚力で近づいたルディアナ。その細い手はまるで鉄の万力のように力強いものだった。いきなりの事にリアナは目を白黒させるが、一方のルディアナは切なそうな、まるで彼女を憐れむような目を向けていた。
「リアナ! ルディアナこそがエアロだ」
 マティレスの声が空しく響くが、リアナは反応できなかった。ルディアナの手がリアナの胴を貫いていたから。引き抜かれるルディアナの腕はリアナの血で汚れている。傷口より流れ出る血に、手を血で汚すルディアナ。状況が飲み込めないのは当たり前だろう。蒼白になったリアナをルディアナは抱きしめる。
「許してくれ。せめて君がもう少し嫌な奴だったらよかったのに」
 彼女の耳に届くのは間違いなくルディアナの声だったが、その口調は似ても似つかないものだった。
「君だけには知ってほしくなかったよ。君の知るルディアナは今日、この《アンナマリア》の戦いに巻き込まれ死んだ。そう思ってもらいたかったのに……君は、君は私の部下を殺そうとした」
 リアナは弱弱しく、抱きしめられるルディアナから離れようとしたが、彼女はそれを許さない。
「せめて君の記憶と共に私は生きよう」
 そう言うと、ルディアナの牙がリアナの首を食いちぎり溢れる血を啜った。
 その時、悲鳴が聞こえてきた。それはリアナでもルディアナでもない。そこには彼女を追ってきたクルタナが白い顔をしている。その後から追いつくラルドックですら、この光景に眉をひそめる。
「な? なんで? どうなってるの?」
 訳が分からないと首を振るクルタナは、ラルドックが支えなければ倒れてしまっていたかもしれない。
「奴はエアロだ! ルディアナではない」
 答えたのはマティレス。何とか立ち上がり小さなルディアナ、いやエアロとグリフォスに構える。
「え? エアロ? だって、だってルディは……じゃぁ、ルディは?」
「ず~っと前に、近くの森にいる所を捕まえて食べた」
 リアナの血で汚した口元を拭い、冷たくなったリアナを放り立ち上がるルディアナのゾッとするような言葉に、クルタナは悲鳴を上げついに膝から落ちる。
「人を食っただ? 外道が」
 そんなクルタナを庇うようにしてラルドックは、双剣を鞭のようにしならせ立つ。だが、それを遮るようにしてマティレスが立った。
「こいつらは私が相手をする。お前達は早く戻って、このことを伝えよ。あのエアロは人の血肉を摂取することでその者へと変化するのだ。人が発せる波すらも変えてしまう完全な擬態。そしておそらく記憶なども得られる。この情報を早くアンナマリア達へ伝えよ。戦いは今日で終わるわけではない。そして能力者がこいつだけとは限らない。この後の戦いに備えなければならない」
 しばらく考えたがラルドックは剣をしまい、へたり込むクルタナを助け起こす。その様子を見てグリフォスはラルドックの方へ飛びかかろうとするが、マティレスがそれを遮る。
「貴様らの相手はこの私がすると言っただろう?」
 構えるマティレス。
 ラルドックはリアナを救おうと半狂乱になるクルタナを抑えながら、彼女と共に逃げる。
「リアナを、リアナを助けなきゃ! やっ! 離してよ。リアナを助けなきゃ」
「リアナはもう助けらない。死んでる。クルタナ! もうお前でも助けられないんだ。わかるだろう?」
 言葉を区切りながら、説得するラルドック。初めこそ暴れていた彼女だが、次第に力が弱くなりぐったりとして動かなくなったので、ラルドックは抱えて走った。
 それはすでに見ている暇もない人狼勢は戦いの真っ最中だ。手傷を負ったグリフォスと小柄なルディアナのままでいるエアロを相手に苦戦するマティレス。脇腹の傷口のせいで彼の掌底に力が入らない。
 彼の構えに名前を付けるのならば不動の構え。まるで大木のようにずっしりと根を張ったごとく、豪胆な構えだった。
「手傷を負い、動くのもままならない自分を犠牲にしたのは立派だ」
 エアロはルディアナの声でクスクスと笑うが、マティレスはいたって真面目な顔で返す。
「勘違いするな。奴らに任せなくとも私独りでお前らを倒せるから逃がしたのだ。感じ取る波が多ければ私には鬱陶しくて仕方がないからな」
 彼の掌底はエアロのガードの上から突き、エアロを突き飛ばす。続けざまにグリフォスの爪を掻い潜り、胴に掌底を突き上げグリフォスは宙を飛び着地する。
「掌底では我々を仕留めるには威力が低いんじゃないか?」
「どうかな? そろそろ効いてきたんじゃないか?」
 マティレスが彼らに初めて笑みを見せた。エアロもグリフォスも気付く。体が重たい。ダメージがさほどあるわけではない。それでも彼らの体は間違いなく動かなくなっている。鉛を詰められたように言うことをきかなくなっていた。
「何を?」
「対人狼用の格闘術のようなものかな? 我らの国で開発されてね。打ち込まれれば打ち込まれるほどに蓄積させ、気付けば体は雁字搦めになっているかのように言うことをきかなくなる。人狼に対して最大限に威力を発揮するそうだ」
 耐え切れず膝をつくエアロとグリフォス。
「不意さえ突かれなければ、お前達に遅れはとらん」
 マティレスはエアロの前までゆっくりと進むと、それを防ごうとグリフォスが飛ぶ掛かってくる。彼はそれを冷静に対処し、グリフォスの腕と顔を掴み地面に叩き付けた。
 背後のエアロが動き、彼との距離を詰める気配を感じる。マティレスは爪で振り払おうと向きを変えた時。
「やめて!」
 悲鳴に近い声にマティレスは戸惑う。
「リアナ?」
 その声はルディアナ・エアロの物ではなかった。そして感じられる波もまたリアナの物であった。
 彼女は死んだのだ。しかし視覚ではなく、波の感覚を捉える彼にとっては判断を鈍らせるには充分だった。
 彼の胴部を声の主の両の手が貫いた。
「不意を突くのは得意でね」
 突き刺した者はルディアナの声に、波に戻っていた。
 先ほど摂取したリアナの血により、彼女は瞬間的に声と波を変化させたのだ。よろけるマティレスの背後から、再度別の爪が彼を背中から突き刺す。グリフォスの爪だ。マティレスの口からは忌々しそうな声が漏れるも、言葉にすることはできなかった。引き抜かれる腕と同時に崩れ落ちるマティレス。
「どうされますか? エアロさん。逃げた者を追いかけますか?」
 動かなくなったマティレスを見ながらグリフォスはエアロに尋ねるが、彼は首を横に振った。それに対して彼は少し安堵の表情になった。
「まぁ、いいだろう。我々の役目は終わった。次の段階に進む。まだ、働いてくれるな?」
 エアロの言葉に「はい」と答えるグリフォスは、彼に並びノソノソと歩き去っていった。
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