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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第16章:《アンナマリア》の死闘後半

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十六章:《アンナマリア》の死闘後半

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 あと残り四章書いちゃうぜぇ~。

第十六章:《アンナマリア》の死闘



 小さなレイアは今一人立つ。至って気丈夫な表情でいるもののその顔は蒼白であり、その目には恐怖が色濃くあった。人狼との戦いで瓦礫の下敷きになった彼女はその小柄故に助かったが、気付けば彼女一人になっていたのだ。
 母であるレイアスより感情を捨てるように言われ育てられた彼女だが、まだ若い少女だ。簡単に感情を殺すなどできない。ましてや恐怖のような湧き上がるような感情は特に無理だった。
 レイアが廊下を歩いていると、彼女の前の部屋より閃光によって扉を突き破り、魔女が吹き飛ばされてきた。
 壁に激突し落ちる魔女は呻きながら身動きが取れず悶える。レイアはいきなりの事に体が硬直し、足は棒立ちとなっていると魔女が飛んできた部屋より閃光の主であろう人狼が現れた。戦いの中で息が上がり、見れば左の手が痛々しく吹き飛ばされている。金に近い毛並に、鋭い突き刺すような目はどこか見たことがあるような感じがする。
 彼はルックである。
 ルックは倒れる魔女を足で踏みつけると、人差し指を向ける。
「L(ルーメン)」
 人差し指から放たれる光線が魔女を射抜き息の根を止めた。レイアはその光景に体が小刻みに震えはじめる。ルックはそんなレイアを発見すると、先ほどと同じように人差し指を向ける。
「L(ルーメン)」
「風よ、私を守って」
 咄嗟に放った魔法によって光は彼女をすれすれに通っていく。それにルックは忌々しそうに舌打ちすると、中指を立てる。
「O(エルセテッド)」
 するとレイアの周囲の瓦礫が持ち上がり、彼女に襲いかかる。
「私が命ず、風よ。何物も私に近づけるな」
 彼女の周囲に現れる風による壁が瓦礫を遮るが、気付いた時には彼女の足元は凍りついている。瓦礫によって視界を塞いだ隙に、ルックは彼女の動きを封じたのだ。
「あ、え? 私が、私……私が。あ、あぁ」
 動きがとれなくなったことで彼女はパニックになり、オドオドと魔法どころではなくなってしまった。口は動くのだが、声が固まって出てこない。ふわふわとした声が出て消えていく。
「まだ子供だな」
 その様子にルックは冷ややかに言うと、彼は人差し指をつきさし閃光を放った。レイアは何も抵抗できず、ただその光を見つめるだけ。
「私は言う。大気達よ。なにものも通すことを許すな」
 レイアの背後より聞こえ放たれる魔法はレイアを光線から守る。
「あの人狼を引き裂け」
 続けざまに言われた魔法により、刃となった大気がルックの胴を薙ぐ。
「母様……」
 振り返ったレイアは消えそうな声で、守ってくれた主に呼びかけるが、幾分それは歓喜よりもどこか遠慮の込められた言葉だった。
「先生と呼びなさい。レイア」
 氷より解放しながらレイアスは娘のレイアに冷たく言う。娘が死にそうになったにもかかわらず、彼女の表情は一切変化は無かった。むしろこうして恐怖を表に出している娘に少なからず落胆した様子すら見える。
 そんな母の様子に、レイアは沈み「はい、先生」と小さく言うのみ。
「まったく。あなたという子は。なんですか、その様は? そんな貧弱に育てた覚えはないのですがね」
 怒っているような口調でも、蔑むような口調でもないが、どこかそんなような棘が彼女の言葉から感じ取れた。レイアはしょんぼりするのみ。
「もう、いいです。あなたは後ろに下がっていなさい。この状況で戦えぬような者は邪魔になるだけです」
 小さく溜息をついて言うレイアスの指示に従い、立ち去ろうとする彼女だったが、突如としてレイアスが動く。何もなかった場所から光線が放たれたのだ。
 魔法を放つ暇など無かったレイアスは素手で弾く。
「母様!」
 いきなりの事にレイアは悲鳴を上げたが、当のレイアスは大した反応は見せなかった。だが無表情の彼女だが、弾いた手からは煙が出、酷く傷ついていた。
「ことあるごとに声を上げるんじゃありません。騒々しいですよ」
 ピシャリとレイアスが言うと、レイアは首を引っ込める。だが、レイアスはそんな娘の様子などに構っている場合ではなかった。
「怒涛なる風神(ビニス・ボレアス)」
 彼女の周囲に風が渦を巻くように起こり、突風と化す。轟々と音を立て、あらゆるものを吹き飛ばしていく。後ろにいるレイアは母親にしがみ付き何とか吹き飛ばされるのを耐えていた。すると、曇った悲鳴と共に見えない物が壁に激突したかと思うと、ルックが見えてくる。
「切断気(グラディントゥス)」
 渦巻く風を切断する大気が生まれ、それがルックに襲いかかった。
〝風の支配〟
 寸でのところでルックを襲う風掻き消えたかと思うと、天井を突き破って人狼が落ちてきた。
「鉄面皮~! 捜したぜ!」
 言うまでも無く登場したのはポポロン。
「ルックさん。大丈夫ですか?」
 ルックは降ってきた援軍に面食らいながらも頷き起き上がる。
「え~。お前、何で落ちてきた? お前こそ大丈夫か」
「モチっす」
 親指を突き立てて笑うポポロンと肩を並べて構える二人をレイアスは若干、目を細めながらもさほど表情を変えなかった。
「レイア。いつまで、そこに突っ立っているつもりですか? 私はさっさと下がれと言っているんですよ」
 未だに背後で木偶の坊のように立つレイアに、彼女らしくない少々イラだった声色で言った。おそらくは戦う気だったのだろうが、「でも」と反論しようとしたレイアを片手を上げて遮った。
「あなたが居ては気が散って邪魔だと言っているのがわからないのですか?」
 冷たく一瞥されたレイアはシュンとなりながらも、近くの物陰へと避難する。決して母親を置いて逃げることはしないようだった。レイアスはそれに若干、口元をへの字に歪めるもすぐに戻した。
「鉄面皮。覚悟しろ」
「何度、やろうと結果は同じですよ」
 冷ややかな互いの口論が合図のように、ルックは薬指を立てる。
「◎(ビュレット)」
 周囲の風景がグニャリと曲がり、まるでミラーハウスの中のような状況になった。
「L(ルーメン)」
 鏡で映された無数のルックが様々な方向から光線を放つ。レイアスは突然の事にも一切動じることも無く、身を反らしてそれを避けた。
〝光の支配〟
 光を躱したレイアスだったが、光線は鏡に反射するかのように再度レイアスに襲いかかる。レイアスはそれを鬱陶しそうに素手で鷲掴みにすると捻じ伏せ消滅させる。それにはルックもポポロンも目が点になった。
「他愛もない。私は言う。大気に映し出されしまやかしよ、去れ!」
 鏡張りのような光景はすぅーと音も無く消えていく。そして残されるはルックとポポロン。レイアスの瞳がキラリと輝いた。
「私は言う。大気達よ。あの者達の動きを封じよ」
〝風の支配〟
 動きを封じるために蠢き出す風を止める。それと同時にレイアスはポポロンに魔法を放った。
「風の矢(ジュタ)」
「K(ケルビン)」
 支配は間に合わないポポロンに迫った風の矢をルックの氷が相殺する。
〝火の支配〟
「大気よ。私を守れ」
 小さく転がる蝋燭の炎が巨大な業火となりレイアスを包むが、その間を大気達が妨げた。
「切断気(グラディントゥス)」
 炎を真っ二つにする彼女の魔法はルックとポポロンを切り裂くが、二人は蜃気楼のように揺れて消える。
「◎(ビュレット)」
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」
〝風の支配〟
「L(ルーメン)」
〝光の支配〟
「風の防壁(ヴィ・ゼラ)」
〝空間の支配〟
 一連の流れは一瞬で起こる。ルックの放つ光線をポポロンの目が五つに変えたが、それをレイアスは防壁で食い止めた。しかし防壁に衝突する寸前に、ポポロンの目が空間を歪め、防壁を縫うようにして光線がレイアスを襲う。
「風よ。守れ!」
 叫んだのは背後のレイア。さすがに全てを防ぐことはできなかったが、レイアスの寸前で光が弱まりレイアスは退避する。助けたレイアであるが、レイアスは感謝の言葉どころか冷たく一瞥しただけで、それ以外は全く無視であった。
「今のは惜しかったな」
 悔しそうに肩で息しながら言うルックに、さらに呼吸荒く頷くポポロン。レイアスも苦しそうな顔はしないが、呼吸は若干荒く汗が見える。さすがに二人は厳しいと見えた。
 と、その時にポポロンが落ちてきた所から、また何か落ちてきた。
 縺れ合い、団子状態になって落ちてきたそれは人狼と魔女。
「カテリーナさん」
 レイアスが人狼の首を羽交い絞めにしている魔女を見て言う。それは美しいブロンドの髪に突き刺すような鋭い目つきの少女である。
 カテリーナは羽交い絞めにしている人狼の首を捻って圧し折った。まったくもって魔女の殺し方とは言い難い。荒い手法である。
「レイアス先生。ご機嫌はいかがですか?」
 今までの行動など無いかのように立ち上がると、彼女は上品そうに会釈した。
 そしてレイアスに対面している人狼を見て、目に異様な輝きを見せた。それは対面する人狼側も同じである。互いに目を細め合い、牙をむき、思わず舌なめずりとして見せる。
「これはこれはカテリーナ姉さま」
「ご機嫌麗しゅう、ルック兄さま」
 対面の歓喜に互いに喉がなった。カテリーナの目は今や人狼のように爛々と輝きを増していた。
「親父の敵を取りに来た姉さま」
「あの男は母さんの敵だったのよ。兄さま」
 牙をむき飛び掛かるルックにカテリーナは拳骨でルックの鼻っ面を殴りつける。人狼の巨体は殴られた反動で吹き飛び床に転がった。
「この私が命じる。大気の電気よ。雷となりてそれを焼け」
 彼女から差し出された手より放たれた雷が転がるルックを襲う。
〝雷の……
「風の矢(ジュタ)」
ック、〝風の支配〟
「K(ケルビン)」
 雷を支配しようとしたポポロンだったが、レイアスがそれを許さない。雷はルックを襲うが、彼は自力でそれを防いだ。
「L(ルーメン)」
 光線を放つも、カテリーナは身を反らせ回避。蔑むようにルックを見た。
「そんな緩い光で私を殺す気だったの?」
 彼女の挑発にルックは牙をむき飛び掛かると、カテリーナはそれを正面より受け止めそのまま窓に向けて投げ飛ばす。しかしルックが彼女の手を掴み引っ張ったせいで、彼女自身も窓の外へ放り出されてしまった。
「ルックさん!」
「カテリーナさん」
 ポポロンとレイアスが救出に動いたが時すでに遅く、彼女らは遥か下へと落下していった。残されたルックとレイアス。とは言っても、後ろの方では相変わらずレイアが様子を見ているのだが、二人とも眼中には無いようだ。
「どうやら、残るべき奴が、残ったみたいだな」
 しばらくの沈黙の後、ポポロンが腕を組んで言った。ここら辺はアポロに似てきたような気がするが、勘違いであることを本人は望んだ。
 そんな彼の様子にレイアスは小さく首を横に振るのみ。


 マーブルが気付いた時にはシャローンの手刀は目前まで来ていた。彼でなければ目を抉られていたに違いないが、彼は身を翻して避ける。
 マーブルの爪が煌めくが、シャローンはそれを綺麗に躱す。彼の斬撃は止まらず狙うもシャローンを捉えることは難しい。そこへコロンも参戦し二人の爪がシャローンに襲いかかると、ようやく彼女は身を引き距離を取った。
 シャローンの服は所々裂け、ボロリと崩れていたが、ここはアルタニスの精鋭と呼んでも不思議ではない二人の攻撃を受けて、傷一つないシャローンが化け物じみていると言う他ないだろう。
 とは言っても、マーブル、コロンどちらの爪を受けてもそのまま命に関わることなのだから、シャローン自身細心の注意を払ったのだろう。彼女なりではあるが。
「あの女を土のある所に行かせるな」
 マーブルはコロンに言った。
「この校内は石でできている。校内に戦闘を持ち込めば、奴は土の魔法はうてんはずだ」
「それは……いい案だね。まぁ、私だって気付いていたけどね」
 悔し紛れにコロンは苦々しくマーブルに言うが、マーブルは口角を上げて「そうだろうな」と短く言うのみ。シャローンは彼らの言葉には笑みで返すのみ。
 両者はジリジリと彼女に迫り、間合いまで行くと斬り付ける。いつもはいがみ合う二人だが、相手は油断ならぬシャローンとあり、クネクネと躱し隙あらば外へ出ようとするシャローンを絶妙なコンビネーションで食い止め、校内の奥へ奥へと戦いの場を持って行った。圧され始めるシャローンだったが、決して一方的に負けているわけではなかった。彼女の手刀は何度も二人をヒヤリとさせたものだ。
 シャローンは一旦距離をあけ、その状況に満足そうに頷くと笑みを見せる。
「はやはや~。いいですね~。こうして闘っているととっても満足な気持ちになるものですよ~」
 間延びしたしゃべり方は相変わらずだ。
「実は昔、私は自分が生まれた時代を間違えたな~。なんて思ってた時期があるんですけどね~。まぁ、若い頃の事ですから私もそれなりに血気盛んだったんでしょうね~。〝禍の月〟の時代に生まれていれば、私だってあのかの有名な〝三黒柱〟にも劣らぬ活躍をしてみせたと、恐れ多いことを考えていたものですよ~。しかし、今はとても幸せですよ。こうして死力を尽くす戦いができるのですからね~」
 彼女は跪き、地面に息を吹きかけるような仕草をする。
「耕土(アヴィ・テッラ)」
 そうすると、彼女が息を吹きかけた場所から周囲が、石畳から土へと変化していく。それは止まることも無く、気付けば見渡す限りが土の床に変化したのだ。
 開いた口が塞がらない二人に、シャローンは首を軽く傾けて笑う。
「確かに土が無くては魔法が出せませんからね~」
「……校内に戦場を持っていけば奴の魔法を封じられるだって?」
「……半分だけあたってたな」
 片眉を上げ皮肉を言うコロンに、マーブルは手をパタパタとさせながら苦々しく言った。いつもなら考えられないような和気藹々とした彼らの会話だ。どこまでも三味線を弾いているシャローンに、若干彼らもおかしくなっているのかもしれない。
 とはいえ、これで彼らが必死になってしていた努力は全くの無意味だったことは明らかである。溜息も出ない。
 と、その時に彼らの背後に位置する外。上から何か振ってきた。

★   ☆   ★

 カテリーナとルックは縺れ合うようにして落ちる。幸運にも体格も大きく、頑丈なルックが下となりカテリーナはその上に落ちた形となった。
 それでも受ける衝撃は凄まじく、数瞬呼吸が止まり痛みに体が動かなかった。もし下が柔らかな土でなかったらルックはもちろん、上に落ちたカテリーナですら助からなかっただろう。
 二人はノロノロと離れながら肺に入る新鮮な空気に感謝しながら起き上がる。そんな二人に声をかける者達がいた。
「あら~ まあまあ。カテリーナさんじゃないですか~」
「ルック。大丈夫か?」
 彼らに声をかけたのはシャローンであり、マーブルである。だが、シャローンに関して言えば、声は確かにマーブル達の後ろから聞こえたが、気付いた時にはカテリーナの隣に立っていた。もちろんルック達がいかに急な登場をしようともシャローンから意識を逸らすことはないマーブルとコロンにとって、これは驚愕と同時に未だ相手の力量を見極めきれてない落胆を感じさせた。
「派手に落ちてきましたね~。どこから落ちてきたんですか?」
「えっ~と……第二薬学実験室ぐらいからです」
 シャローンの呑気な問いにカテリーナは上を指して答えると、シャローンは驚いたように目を丸くして手を口元に置いた。
「あらあら~。ずいぶんと高い所から来たんですね~」
 シャローンが感心したように言う頃には、カテリーナは起き上がり同じくマーブル、コロンに支えられながら態勢を整えていたルックを睨む。相手側も準備は万端らしい。
「カテリーナさん。手を貸して差しあげましょうか~?」
「結構ですわ。先生。あれは私がお相手する方ですの。第一、すでに先生は殿方をすでにお二人もはべらせてらっしゃるじゃありませんの。その上、まだはべらせようなど、少々欲張り過ぎではありませんこと?」
 それにはシャローンも上品そうにオホホホ~と笑った。
「じゃぁ、あの若い人狼はカテリーナさんにお任せしますか」
 そう言って、シャローンはマーブル達に向き直る。彼らもすでに構えて戦いの準備はできている。
「じゃぁ、始めましょう」
 シャローンはゆっくりと手を上げた。

★   ☆   ★

 シャローン達の戦いが始まるのと同じく、カテリーナ達も戦闘を再開していた。
「この私が命じる。雷よ、矢となりてかの者を射よ」
「L(ルーメン)」
 カテリーナの雷とルックの光線が相殺し合う。
「雷よ。矢となりて射よ」
「O(エルステッド)」
 地面に手をかざし引くと土は巻き上がり、カテリーナの雷とぶつかり周囲は土煙でいっぱいになった。視界を遮られたカテリーナは手をかざす。
「この私が命じる。雷よ。この忌々しい土煙を吹き飛ばせ」
 彼女の周りでバチバチとスパークのよな光が起こると、同時に起こる衝撃で土煙を吹き飛ばす。
 視界が良くなった時にはすでに、ルックはカテリーナの背後に回り込み、彼女を羽交い絞めにしていた。
「今の隙に殺せたのに殺さなかったのは、兄妹の情と言うものなのかしら?」
 幾分、動けぬカテリーナの方が余裕をもって語り、その口調には自分をただ動けぬように羽交い絞めにしただけのルックに対して侮蔑の色があった。
「所詮、あなたには家族殺しはできっこなくってよ。あの男を殺した時だって、あなたは見ていただけですもの。私を殺す機会はいくらでもあったのに。あなたはいつだって、大事な時に怖気づく。兄妹を殺すことはあなたにはできはしない」
「甘く見るなよ。今の俺はアルタニスのルックだ。お前のような魔女を何人殺してきたか知らん。今、殺さなかったのは、お前をせめて苦しまずに死なせてやるタイミングを見たに過ぎない」
「そのタイミングはすでに逃しているのよ」
 腕に力を入れ絞め殺そうとしたルックだが、カテリーナの方が数瞬早かった。
「纏え」
 カテリーナの体の周りに無数のスパークが現れ、ルックはその電撃に体が硬直し吹き飛ばされた。体から煙が出ている。
「苦しまずになんか殺せるわけないんですわ。私達はそう簡単には死なないんですからね。
この私が命じる。大気の電気よ。雷となりてあの者を貫け」
「O(エルステッド)」
 彼女から放たれた雷は一直線にルックに向かっていたが、ルックの中指の能力によって彼の傍に瓦礫と落ちていた金属製の立派な甲冑が宙に舞う。すると、雷は彼を逸れ甲冑の胸を貫き吹き飛ばす。
「L(ルーメン)!」
 虚を突かれたカテリーナの横腹をルックの光線が貫き、彼女の口から低い悲鳴が上がる。
「確かに、苦しまずに殺してやるのは無理そうだな」
 起き上がるルックは鋭い眼光をより鋭く光らせる。それは対するカテリーナも同様であった。
「この私が……」
「◎(ビュレット)」
 彼女が何か放つ前に、ルックの薬指が周囲の景色を変えた。ルックの姿は消え、そこはどこかの屋敷。赤い絨毯に、アンティーク調の机や椅子。大きな窓には豪華なカーテンがかけられ、立派なレンガ造りの暖炉には煌々と火が灯っている。ソファの傍の床に男が一人倒れていた。ブロンドの髪に立派な髭を蓄え、しっかりした顎に筋の通った鼻。顔つきは整いどこか気品を感じられる。顔つきだけではない。服装をとっても高価そうな絹でできた燕尾服を身に着けている。
 カテリーナはその男を見下ろす。一瞬顔を顰めるが、すぐに首を振り笑みを浮かべ周囲を見渡した。
「悪趣味ですわね。動揺を誘おうと言うのでしたら、勘違いも甚だしい」
「お前が殺した父。俺達が暮らしていた家。父は姉さまに対して抵抗しなかった。それは姉さまを愛していたからだ。俺達は家族だった……」
「私は懺悔でもして涙を見せた方がよろしくて? 家族ですって? 私の体の半分に人狼の血が流れていると思うだけで、吐き気がしますわ。汚らわしい!」
 彼女の言葉は空間に殷々と響き渡る。ルックはまるで初めから存在していないかのように静まり返っていたが、微かに彼が笑ったのを感じられた。未だ姿を見せなかったが、それでも笑ったのだろうと感じられたのだ。
「ありがとう。姉さま。あなたを殺す理由ができた。汚されたのは、我ら人狼の誇りだ」
 だが、笑うのはルックだけではない。カテリーナも笑う。さも人狼のように牙を見せ満足そうに微笑む。
「この私が命じる。万雷よ。この無意味で不快な空間を消し飛ばせ」
彼女を中心に雷の渦が生まれ、空間そのものを歪ませた。ルックの幻影は耐え切れず消え、ルックの姿も現れる。それを確認すると彼女は右腕を突出した。
「雷帝の矢(アフトケラヴィノ・ヴェロス)」
 彼女の手より生まれた青白い閃光は、空想上のドラゴンの如く空を掻き切るかのように飛来する。ルックは咄嗟に「K(ケルビン)」と氷の壁を作り受け止めたが、彼女の閃光は氷の壁を打ち砕きルックを光に埋め尽くす。
 倒れるルックは全身から煙を漂わせ、皮膚は焦げ、肉が焼ける臭いをさせていた。ピクリとも動かない彼のそばへ歩み寄るカテリーナ。先ほどの魔法でかなり消耗したらしく、息が上がっていた。
 カテリーナが最後の一歩を踏み込んだ時、ルックは突如として目を見開き彼女に飛び掛かる。いつもの彼女であれば軽くあしらえただろうが、疲労困憊の今の彼女にはそれができなかった。
 先ほどと同じように羽交い絞めにしたルックだが、先ほどとは違うのは彼女の首元に食らいついていたことだった。深く、抉るように強靭な顎が彼女の柔らかな首を引き千切ろうとする。カテリーナの口から悲鳴が漏れる。
 カテリーナは必死で抵抗するが、彼女がもがけばもがくほどに彼女を抱く彼の手は万力の如く絞められ、彼女の首に食い込む彼の牙は返しがあるかのように深く深く入ってくる。
「ずっと聞きたかった……」
 大量の血が滴り、カテリーナの抵抗も弱くなった頃、未だ口を外すことなくどのようにして言葉を発したか不明だが、確かにルックは姉のカテリーナに話しかけていた。
「何を?」
 擦れる彼女の声は弱弱しかったが、それでもルックの耳にはしっかりと聞き取れていた。
「なぜ……なぜ。親父を殺した時に、俺も一緒に殺してくれなかった?」
「なぜって……殺さなかったんじゃないわ。殺せなかった……あなたと同じ理由で」
 それはルックが朦朧とする意識の中で聞いた幻聴だったのかもしれない。彼が姉のカテリーナにそう言ってもらいたかった願望が、このタイミングで幻聴となり聞こえた物なのかもしれない。だが、すでにそれがどちらなのかを確かめる術は彼には無かったし、あったとしても彼は確かめる気も無かっただろう。
 彼はさらに顎に力を込めた、グシャと何かが潰れるような音が口の中に広がる。

★   ☆   ★

「私が命じます。土さん土さん。大きな津波となって彼らを飲み込んで!」
シャローンがマーブルとコロンの方へ両手を振り上げると、足元の土が津波のように彼らを飲み込もうと迫る。二人は爪でそれを裂き、朽ち落とす。しかし、先が切り抜け彼らを待っているのは地面より突き出る無数の杭。それを躱し、切り裂き、朽ち砕き、なんとか彼女元へ辿り着いても、土がそれを許さない。足元の土がまるで生命であるかのごとく彼らに巨大な牙をむき食らおうと口をあけた。それを飛び退くと、マーブルの背後にはシャローンが同じく飛んでいた。手刀は受け止め逸らしたが、彼女の蹴りでマーブルは地面に叩き付けられる。シャローンはまだ空中にいる間に標的をコロンへと変え、同じく飛び退いている途中のコロンはシャローンへ爪を突き出すも躱され、顔を掴まれてそのまま地面に叩き付けられた。
顔を固定され身動きが取れないコロンに彼女は手刀で襲おうとするも、その前に立ち直っていたマーブルの爪が早くつきシャローンは身を翻す。
人狼二人は背中に人間らしい嫌な汗をかいた。
「とんでもない魔女だな」
「魔法と体術は厄介極まりないよ」
 二人はジリジリと再度校内と入っていく。この広い場所にいては得策ではないと考えての事だが、シャローンはただ満足げにニコリしながら平然と彼らの誘いに乗って中へ入ってきた。それだけの余裕があるのだろう。
「強いね~。強いね~。強いね~。ゾクゾクするほどに強いね~」
「コロン。しっかり戦え。どうせこの魔女の事だ。まだ隠し玉があるはずだ」
「あらあら~。過大評価ですよ~。そんな噂に名高きアルタニスの皆さんにそこまで言われるのは光栄ですけどね~。私のような一魔女がそんなにポンポンとあなた方を驚かせるようなことはできないですよ~……あ。でも、これは一応使っておきますかね~」
「「あるのかよ!」」
 柄にもなく子供のような声を上げてしまった二人は、言ってからバツの悪いように顔を顰めるも、シャローンの動向はしっかりとその目でとらえる。彼女はこの床を土に変えたのと同じように跪き息を吹きかける。だが、それはフゥと軽くと言うよりはどこか艶めかしく漏れる吐息に近かった。
「喰土(エレトゥラ)」
 彼女が吐息をかけた場所より、土はズブズブと音を立て煮え滾るかのような様を見せる。それは広がりつづけマーブル達はその得体の知れない土に触れぬように身を引くが、彼女が命じるとその土たちは彼らに一団となって襲いかかってくる。
 マーブルがそれらを薙ぎ払おうとしているのをコロンは見て、慌てて叫んだ。
「その土には触れてはいけない!」
 反射的にマーブルは手を引き身を翻す。よく見れば、その土に触れている瓦礫や、転がる死体達は土によって溶かされ、見るも無残にボロボロと腐り落ち土へと返っていくではないか。先ほどコロンに止められていなければと思い、マーブルはゾッとした。
 コロンは彼の爪の能力上、何か通じる所があったのだろう。故にいち早く感じ取れたのだ。その様子にシャローンは「よくわかりましたね~」と拍手をしている。彼女はあのズブズブと厄介な土の上でも平気なようで、平然と歩き回っている。
 マーブルとコロンは足場がなくなる前に、壁に爪をくいこませ張り付いた。
 こうなると、逆に校内で戦っていて正解と言えた。広い平地でこんな魔法を使われたら一溜りもない。
「穿て」
 シャローンの言葉と同時に土が彼らに杭となって襲いかかる。避けても避けても次から次へと杭は現れ、通路を埋め尽くしてしまいそうな勢いである。彼らは壁づたいに飛びまわり、走り抜ける。
 シャローンは……姿を消した。
 すると彼らを襲うために突き出る杭。その異様な量は土の柱と化して今や天井まで届いていたが、天井付近のそこから、土の柱よりシャローンは彼らの背後に現れた。これはもう怪奇だ。彼らは知らないが、戦う前に彼女に恐れた慄いていた人狼達を今の彼らは決して責めないだろう。
 標的となったのは僅かに反応が遅れたコロン。あと少し近かった。
 彼女の手刀にコロンは腕で防いだが、彼女はそうしない。彼女は手を広げて彼を押した。下の地面に向けてただ押したのだ。押したといってもそんな優しくではない。ドンとハッキリと聞こえるくらいの衝撃はあった。地面に落ちればあの全てを腐らせる土の餌食であるコロンは爪を壁に立て落下を防ごうとした。
「穿て」
 地面より突き出る杭がコロンの背中を貫通した。そして串刺しとなった彼の首をシャローンは落下のまま靴で踏み抜いた。
「いい土になってくださいね~」
 穿たれた場所より腐り溶かされていくコロンの体が原型を維持できなくなるまでは、さして時間はかからなかった。
「コロン!」
 無駄だとわかっていてもマーブルの口から、悲痛の悲鳴。咄嗟に彼の方へと向かおうとしたのが間違いだろう。シャローンは素早く土を掴み彼に投げつける。
 それを防ごうとした彼の左手はみるみるうちに壊死していき腐り落ちていく。痛みに滅多に悲鳴を上げないマーブルが、痛みに悲鳴を上げた。だが、その土は左手、そして左腕だけでは満足できないと、彼の体に浸食し始める。
 マーブルは右の爪で浸食される前に左腕を切り落とした。咄嗟の判断だが、正しい判断であった。あと数瞬遅ければ手遅れになっていただろう。
 痛みに顔を歪めながらも、悠然と近づくシャローンに警戒する。ジリジリと彼との間合いは詰められていた。
 そんな彼を救ったのは、聞こえてきた悲鳴。それを聞いたシャローンの顔から笑みが消えると、ハッを振り返り土へと消える。
 次に現れた時には、そこはカテリーナの元であった。
「カテリーナさん!」
 彼女の手がルックとカテリーナを引き離す。ルックは彼女の力で放り出され力なく落ちた。よろよろと動くのがやっとである。シャローンは虚ろな目であるが微かに息のあるカテリーナを支えると、ルックを睨んだ。
「力を読み間違えましたね~。まさかカテリーナさんがやられるなんて」
 ルックに向け魔法を放とうとした刹那。彼女の背後より猛スピードで接近する影があった。マーブルである。
シャローンはマーブルに舌打ちをしながら、咄嗟に彼に向かう。二人の影は交叉する。悲鳴を歯で食い殺したような声が聞こえた。
「これ以上は好きにはさせん」
 マーブルは動きを止めるとシャローンに向き直る。
「お前にくれてやった左腕の代わりに、俺もお前の左腕をいただくことにした」
 唸るような声を出し額に汗を光らせるシャローンの左腕は、肩の所から綺麗に切断されていた。抑える手から止めどなく血が流れ落ちていた。
 片腕になったシャローン。このまま戦意を喪失してくれることをマーブルは内心期待したが、彼女はそこまで甘くは無かった。むしろ逆だ。
 立ち上がった彼女の目は見開かれ、先ほどまでのような笑みは無い。だがその口元は先ほど以上に笑みが浮かんでいた。確かに彼女は深いダメージを受けているのはその額などの大粒の汗が物語っている。だがマーブルが受ける威圧感は間違いなく先ほどを遥かに凌駕していた。彼女が一歩前に出るだけで、後ずさりたいという衝動を抑えるのにマーブルはかなりの力が必要だったのだ。
 しかし、シャローンは急に進行を止める。何かに気付いた様に空を見上げ、同時に足元の瀕死のカテリーナを見ると彼女はいつものような柔和な笑みを浮かべた。
「そろそろお開きとしますかね~」
 急な提案にどう返せばよいのか戸惑うが、シャローンは構うことも無くカテリーナを抱えると土が彼女らを包みはじめ、体が沈み始める。
 マーブルは動けなかった。認めたくはないが内心ホッとしているのは事実である。彼はそれを悟られぬように、無言で彼女に無言で指差した。それをどう受け取ったかはわからないが、沈みゆくシャローンはニコリと笑いマーブルを指差し返した。
 シャローンが去った後、マーブルは膝をつく。失ったのが腕一本だったのは幸運だったと言う他ない。自分がコロンのようになっていた可能性だって多いあった。
「ルック。無事か?」
「……は、はい。少し休めば、また戦えるようになります」
 マーブルとルックは一旦、戦いの傷を癒す。
 見れば《アンナマリア》はいよいよ火の手が強く上がってきていた。
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