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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十七章:落ちゆく城前半

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 残す所、あと三章! 戦闘はあと二章だぜぃ~

第十七章:落ちゆく城



 シャローンはカテリーナを抱えて避難所へとやって来た時、中にいる者全て。それこそ生徒から先生までが安堵の表情を浮かべる。
「パラミシア先生。カテリーナさんをお願いします」
 シャローンはカテリーナを簡易のベッドに寝かせると、白衣を着た先生(レントに痛いことしたあの人)を呼んだ。彼女はそんなに歳のいっていない先生で、短めの茶髪に身長は平均よりもやや低めだろう。眼鏡を頭にずらし、水銀の体温計を咥えている。
「シャローン先生。腕?」
 パラミシアは手につく手を拭いながら足早に近づいてくると、腕の無いシャローンの姿に驚愕した。
「私はいいですので。カテリーナさんをお願いします~」
 のんびりしたしゃべり方だが、切迫した状況にパラミシアは頭にずらしてある眼鏡を掛け直しカテリーナを見る。だが、そんなに長く見ないうちに彼女は眼鏡を頭にずらしてシャローンに首を横に振って見せた。シャローンの口から悔悟するような溜息が出た。
 その様子にパラミシアは短めの茶髪を申し訳なさそうに掻く。それから遠慮気味にシャローンの方へ歩み寄り、腕の具合を見る。
「シャローン先生。腕の治療をしなければ」
 黙って治療を受けながら、彼女はパラミシアよりこの避難所の状況を説明で聞く。本校で戦う魔女達はほとんど戻ってきていないのが現状だった。そろそろダニアやアンナマリアの指示を受ける頃合いだろうと、シャローンは内心考えている。すると、パラミシアは言い辛そうに話を切り出す。
「あの……聖騎士に方も運ばれてきましたよ。酷い怪我でしたが、何とか持ち直して、私達の制止も聞かずにまた出て行きましたけどね」
 レントの話に少し興味を引いた様だったが、彼女は「そうですか~」と気のない返事をしただけ。彼女にとってはその後の話の方が意識を持っていかれた。
「それで、その聖騎士を守るために……あ~。アムネリス先生が亡くなりました」
 シャローンはその話を聞いた時、唇を強く噛み締めた。一瞬だけ鋭い目つきになってパラミシアを驚かせたが、すぐに視線を和らげいつもの彼女に戻る。アムネリスはシャローンの教え子と言ってもよい。生徒の時もそうだが、先生となってからは特に彼女と共に行動し、未熟な彼女の指導をしてきた。
 一度も持ったことはないが我が子のような存在が、一番近かっただろう。
 シャローンは幾分、レントの時よりも低い声で「そうですか」と短く言う。
 治療が終わると彼女は立ち上がり、避難所を出ていこうとする。出る前に振り返り、皆に言った。
「私が次に戻ってくる頃にはおそらく外に出ますからね~。それまでには用意しておくんですよ~」
 まるで遠足にでも出かけるような口調であったが、彼女はそう言い残し避難所を出ていった。
 しばらく歩くと多目的ホールにつき、そこでアムネリスが死んだことを理解した。中央に未だ溶けずに散らばる氷の欠片。
 シャローンはその中で凍りついていない物を見つけた。それはリストバンドであった。騎馬の国と呼ばれるメゾリアの伝統的な染色技法が施された物。レントがアムネリスのブレスレットと交換していた代物だった。おそらくアムネリスが魔法を使う前にコッソリとレントに返していたのだろう。
シャローンはそれを拾い上げ、握りしめて嘆息した。
「どうして……どうして、あなた達は、私の言いつけを守らないのですかね~」
 禁忌の魔法・絶氷(アペルパゴス)。
 昔、氷の魔法を得意とした二人の生徒が古い文献を引っ張り出してシャローンに尋ねたことがあった。これは偉大なる大魔女に仕えし三黒柱の一人。不滅の魔女と呼ばれた者が使用したとされる魔法。
 強い懇願に根気負けしたシャローンは聡明だった彼女らにこの魔法を教え、そして使用することを固く禁じた。なぜならこの魔法の代償は術者の魂そのものであったから。
 だが結局、その二人の教え子は二人ともその魔法を使用し命を落としてしまった。
「私は未来を見ることはできません。今となってはあなたが、命を懸けて彼を守ったことが、それだけの意味があったのだと、私は信じたいですね~」
 シャローンはしばらくそうしていたが、ゆっくり立ち上がると先に進んでいった。

★   ☆   ★

 所変わり、レイアスとポポロン。
「私は言う。大気よ。万の刃となりて、人狼を切り裂け」
〝風の支配〟
「しつこい! 風の矢(ジェタ)」
 風の矢がポポロンの肉を深く抉る。だが、彼は諦めない。
〝石の支配〟
 レイアスの両側の石造りの床がまるでハンマーのように彼女を打ちすえようと動くが、彼女は身を引き顔の前でぶつかり轟音を鳴り響かせる石のハンマーに手を添える。
「吹き飛ばせ」
石は砕けその欠片がポポロンを襲う。彼はしなやかな動きでそれを回避。
〝火の支配〟
 彼の両側より燃え上がる炎が校内を舐めるように移動し、まるで大蛇のようにクネクネとレイアスへ向かう。
「私は言う。大気達よ。悪しき炎を消し去れ!」
 巻き起こる風が形作られる炎を霧散させようと、激しく揺らした。
〝空気の支配〟
 突如として激しく吹き荒れていた風に炎が引火し爆発を起こした。爆発はレイアスを巻き込み、後ろで見ていたレイアは衝撃に悲鳴を上げる。
 周囲は火の海。もうもうと立ち込める爆風により巻き上げられた煙を見ながらポポロンは勝利に胸躍らせた時だ。
「見えざる大鎌(アンウェデーレ・マーグルクス)」
 ふわりと風が吹いたかと思うとポポロンの鋭い刃に切り裂かれていた。
 何もできずに落ちる彼の胴より血が大量に溢れ落ちていた。普通ならば致命傷であるが、ポポロンは自らの目でそれを見る。
〝傷の支配〟
 血は引き、傷は塞がる。
 立ち上がるポポロンの目からは血が出ていたが、その目から戦意が失われることはない。少し驚いたような顔をしながら立つレイアスに向かい合った。
「妙な、能力です。これは一気に殺す方がいいようですね」
 彼女は一歩前へ。
「風の矢(ジュタ)」
〝空間の支配〟
「まだまだ。風の矢(ジュタ)」
〝空間の支配〟
 一つ目の風の矢はポポロンが作り出した空間が吸収し、二つ目の風の矢が来た時はポポロンが先ほど取り込んだ空間に取り込まれた風の矢とがぶつかり相殺する。
「切断気(グラディントゥス)」
〝空間の支配〟
「鬱陶しい能力ですね。
鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」
〝空間の……
 彼女が最後にはなった塊は彼の目では支配しきれない質量であった。それと衝突し、ポポロンは激しく吹き飛ばされ地に転げまわる。彼へ止めを刺すために歩み寄ろうとしたレイアスは、娘の悲鳴に足を止める。
 見れば先ほどの大きな爆発音で人狼達が集まり始めていた。その人狼達がレイアを見つけたのだ。足がすくみ彼女は動けない。
 彼女は舌打ち小さくするとポポロンを捨て、人狼の方へ向きを変え魔法を放とうとしていた。
「お前の相手は俺だろう!」
〝波の支配〟
 ポポロンから生まれる衝撃波を受けるレイアスは、小さな悲鳴と共に吹き飛んだが態勢を崩しながらも魔法を放つ。
「風の矢(ジュタ)」
 風の矢はポポロンの胸に突き立つ。ポポロンの悲鳴が聞こえ何やら攻撃をしてこようとしていたが、もうレイアスの耳には何も入らず、目には何も入っていなかった。転がるように人狼達の元へ走る。
 人狼達の間合いにレイアが入った瞬間、人狼達は飛び掛かってきた。それを震え見るレイアを抱えたのは母・レイアス。彼女は人狼達の鼻面に手を向けていた。
「風殺(ストゥナ)」
 風が巻き上がったかと思うと、今まで目の前にいた人狼達の体は砕け霧散した。呆然とその様子を見るレイアにレイアスは力なくもたれかかる。今の魔法で彼女の力は枯渇していた。
 と同時に、転がるポポロンは起き上がる。血で目がほとんど見えない状態でも、親友を殺した魔女に対する怒りが彼の復讐心を燃やし、足を支える。ぼやける目で彼はレイアスを見つけた。
 レイアは咄嗟に母親を庇うように魔法を放つ。
「私は命じる。風よ。その人狼を射抜け」
 風がポポロンの体に突き立つが彼は、目を見開く。
〝空間の支配〟
 レイアスの魔法を取り込んでいた空間から、彼女の魔法がレイア達に襲いかかる。
「風よ! ……」
 レイアの魔法は最後まで発することは無かった。レイアスが彼女の前に立っていたから。
「……母様」
「あなたの、魔法では、防げないでしょうね」
 レイアスはレイアの頬を撫でた。それは彼女が記憶している中で初めての事だ。いつも厳しく、暖かな眼差しも言葉すらかけてもらったことはない。そんな母のレイアスの目がいつもより優しげに見えた。
「最後の最後まで捨てきれない感情が私にあるとは……」
 レイアの頬を伝う涙をレイアスは手で拭う。
「……母様……」
「先生と呼びなさいと言っているでしょ。私は母親失格なのだから……私の可愛いレイア」
 レイアスはレイアを抱きしめる。これが最初で最後だったであろう。レイアが彼女に抱擁されるのも、そして彼女の笑みを見たのも。
 抱きしめ返すレイアにレイアスはもう力ない。レイアスの下半身が倒れる音が聞こえた。上半身を抱きかかえるレイアは、膝から血だまりに落ちるレイアは自分が母の血で染まっていることを知った。
 レイアスは腰のあたりで切断されていたのだ。
 レイアは呆然と母を抱きしめていると、よろよろ動く者がいた。
「どうなったんだ? どうなってる? 勝ったのか?」
 それはポポロンであった。目がうまく見えないようで手で血を拭いながら、ノロノロ起き上がったのだ。それを見てレイアの怒りが爆発する。
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス)」
 母の使っていた魔法だ。威力も練度も全然なっていない魔法だが、強烈な風の塊がポポロンを襲う。彼の口より悲鳴。
「鋼鉄の絶対風神(アン・ボレアス) 鋼鉄の絶対風神、鋼鉄の絶対風神……」
 続けざまに放ち彼女の風がポポロンを襲うも、使うにつれそれは威力があからさまに落ち、標的もずれ始める。彼女にはまだ早い魔法なのだ。
〝床の支配〟
 絶叫と共にポポロンの支配により、地面が地響きと共にうねりを上げ震える。レイアは耐え切れず倒れ込んだ。
〝波の支配〟
 続けざまに衝撃波が飛び、倒れたままの彼女の小さな体は吹き飛ばされた。壁か床どちらかにその体が叩き付けられるはずだったが、彼女が想像していたよりもはるかに小さい衝撃と彼女を包む何かを感じた。
 目を開ける彼女を覗きこみ、それは微笑む。
「大丈夫か? レイア。よく今まで頑張ったな」
「レント……」
 優しく彼女を抱きかかえるのは紛れもなくレントであった。見間違えるわけもなく、そのような美形が二人といるはずもない聖騎士・レント。レイアは彼に助けられたことで、小さく泣きはじめる。
 レントは無言で周囲を、様子を窺うように耳を澄ませるポポロンと、倒れるレイアス見てだいたい状況を把握した。
「誰だ? 人狼……じゃない。魔女でもない。人間か?」
 ポポロンは霞む目を懸命に凝らしながら呟く。レントはレイアを置くと、ネスティマを抜き放ち、ポポロンへと足を向ける。それはぼんやりとポポロンにも把握できた。
〝風の支配〟
 塊となる風がレントに襲いかかるが彼はそれを両断する。剣で風を切るなど聞いたことも無い。レントは風を真っ二つにすると歩を進める。一気に、そして真っ直ぐにポポロンへ攻めかかったのだ。
〝火の支配〟
 所々燃えている場所の火がレントを包もうと蠢いた。だがレントがネスティマを一振りすると、炎は掻き消え周囲が凍りついた。
「ッく……なんなんだよ? その剣は!」
 レントの魔剣に戸惑いと驚きの悲鳴を上げる。だが、そう言ってる間もレントの足は止まらず間合いに入った。
〝床の支配〟
 レントは剣を振っていたが咄嗟に後ろに飛び退いた。そのおかげでネスティマの刃はポポロンの鼻先を通った。
 床が突如として崩壊し彼らの間に割って入る。ポポロンは今のままでは危険と判断。そのまま奥へと避難していった。
「おい! こら、どこ行くんだ」
 レントは追おうとしたが背後のレイアに気付き足を止め、彼女の元へ。
「レイア。無事か?」
 レイアは首肯して返すのみ。
「自分で歩けるか?」
 また彼女は首肯し、立ち上がる。だが視線は横たわるレイアスから離れなかった。
「もう、終わる。何もかも燃えていく。みんな、ここで死ぬんだ」
 虚ろな目でたどたどしく言うレイアを、レントは胸に抱き寄せる。視線をレイアスから離すためでもあった。
「何も終わらない。もう死なせない。レイア。生きてりゃ何とかなる。生きてりゃ何とかなるさ。希望しろ。希望し続けろ。生きることを諦めるな。お前が生きなきゃ、誰もお前の代わりを生きちゃくれないんだから」
 レイアはしばらくレントの顔を穴が開くほど見ていたが、コクリと頷くとレントの元を離れる。その時には彼女はいつものような感情に乏しい感じの表情に戻っていた。それが逆にレントをホッとさせる。
「よし、じゃぁ俺はちょっくらあいつを追いつめてくるからよ」
「私もついて行く」
 レイアの申し出にレントはどうしようか頭を悩ませるが、彼が答える前にレイアが説得し始める。
「ここの構造は分かってる。レント。迷ったら大変だし。道に詳しいのがいた方がいいに決まってる」
 何と言われようとついて行くと彼女の目に書いてあった。レントは笑って彼女に片手を差し伸べる。
「んじゃ、お願いするか。道案内頼んだぜ」
 レイアは少し顔を赤くしながら、差し出されたレントの手を取った。


 シャローンは邪魔する人狼達を難なく葬りながら、一つの部屋へ入る。そこには人狼も魔女も誰もあらず、ただ大きな鏡が置かれており、布がかけられていた。それは見るからに立派な鏡であり、端を豪華な造形が施された木の枠で覆われていた。かなりの年代物の鏡だろう。
 彼女は布を取ると、もちろんそこにはシャローンの姿が映った。
「ダニア。もう持ちませんよ~。そろそろ引き時ではないかと」
 彼女が言うと、今までシャローンの姿が映っていた鏡から波紋広がりそこに教頭ダニアの姿が映し出された。それは現在、戦闘している若返った彼女ではなく、いつも通りの半月型の眼鏡を掛けた老女の姿である。
「そうですか。もう少し持つと思ったのですがね」
 ダニアはシャローンを確認すると、顎に手を置いて残念そうに言った。
「仕方がないですよ~。グレーランドがやむとは思っていませんでしたからね~」
 そうですね。と認めるダニア。元々、グレーランドを死守すれば勝ち目のある程度の戦いであった。そしてグレーランドを死守できる可能性は十二分にあった戦いであったのだ。それが今やグレーランドを越えられ、《アンナマリア》まで攻め込まれてしまった。計画は当初の物とは大きくずれてしまった。
「わかりました。では、そろそろシャローンは生き残った者達を集め外へ避難を始めなさい。アンナマリアには私から伝えておきましょう。残念ながら今は手が離せないので、少し私も遅れて行きます」
 シャローンは粛々と頷いて見せると、次の瞬間には少々いじわるな目になってからかう様にダニアに言った。
「しかし~。大丈夫ですか? 私達が先に避難してしまって~ダニアやアンナマリアは。私達の助けが必要なのでは~」
 その発言にダニアが鼻で笑った。
「あなたのような小娘に助けられるほどに私もアンナマリアも耄碌しておりませんよ。あなたはあなたのするべきことをせいぜい間違えの無いように。見れば、腕を一本失っているようですが、それこそあなたの慢心が招いたことではないですか? それともさすがのあなたもそろそろ衰えが来たと言うことでしょうか」
 軽いイタズラで酷い仕打ちが返って来たかのように、シャローンは舌を出して笑いながら首をすくめる。
「はいはいそうですね~。失礼しました。まぁ~。あなたはともかく、アンナマリアは大神の核をお持ちなんですからお気をつけてと」
 もう一度シャローンは会釈をすると踵を返した。
「では、私は見つけられるだけ見るけて避難所にいる子達と共に外へ出ます。あなた方もできるだけお早く」
 そう言うと、シャローンは部屋を出ていった。ダニアもすでに鏡から姿を消し、部屋は元通りに静けさに戻った。

   ★   ☆   ★

 ラルドックはクルタナを担いで校内を走っていた。クルタナはまだ親友・リアナの死と、ルディアナの裏切りを受け止めきれない様子で意気消沈の状態なのだ。
校内の戦闘はだいぶ佳境となっているようで人狼・魔女共に死者を見る方が多くなってきた。特に魔女の方は酷いものだ。ほとんど何も目に入っていないクルタナは不幸中の幸いだったのかもしれない。
 何はともあれ、ラルドックは取り敢えず避難所となっていると聞いた場所へ向かう。ざっくりと方向だけ教えてもらっているので、そちらの方へ進み誰かに会えればなどと簡単に考えていたが、先ほども言った通り生きた魔女には会えない。校内の火の手も次第に酷くなる。どこかで馬鹿でかい火炎放射器でも置いてあるのではないかというほどに、火の回りが早かった。
 このままでは火に包まれてカリカリのベーコンになるか、煙に巻かれ燻製にでもなってしまいそうだ。食べるのは好きだが、なるのは勘弁してもらいたい。などと、レントに言ったら爆笑間違いないだろうことを考えるが、その当人がいない上に、唯一聞いてくれるであろうクルタナはそんな冗談を聞いて笑える精神状態でもないので、心に止めて自分で苦笑するだけに留めた。
 レントと言えば、どうしているんだろう? あまりに慌ただしい状況で忘れていたが、ラルドックの心に浮かんだ。
とは言っても、さほど心配はしていない。というのも、ラルドックはレントの実力を知っているうえに、彼の奇異な能力の事も理解している。レントはどのような状況下にあっても生き残る術を持ち、死が彼を避けて通っていくのだ。運命などとラルドックは信じるタイプではないが、レントのそばで彼を見ている時だけは、大きな運命の中に彼が存在し、この世界において大きな役割を担う存在なのだろうと感じた。それは自分には無い物であり、ある種の生まれながら英雄と呼ばれる存在なのだろうと思う。
何年も最も近くで彼を見ているラルドックはそれに嫉妬したことはないと言えば嘘になるだろう。だがレントにはそんな感情を凌駕してまで抱かせる何かがある。類稀なる容姿に能力、そして何か得体の知れぬ大きな存在と力。どれをとっても凡人たるラルドックには届かぬ物であり、逆に清々した気分だ。
だからこそ、彼は唯一、聖騎士においては爪弾きのような扱い(大本は彼が悪いんだが)レントの相棒となり強く切望したものだ。
いつかレントが運命により導かれその役割を果たすその時、自分はレントの隣に立ちその役割を果たす手助けをしようと。
レントは彼に言ったものだ「相棒となったのは運命だと」。ラルドックもそう思う。だから例え今袂を分かとうと、レントが大事な時その瞬間には再び出会うことができる。そう確信的な物があった。
今回、ラルドックが一人、エンシャロムを避難することを決めたのもそれがあるからだ。レントはこのような場所で死ぬような者では無い。だってレントなのだから。死ぬはずがないのだ。例え普通の者達には絶望的な状況でもレントには凡人には見えぬ何かを見ているのだから。だが、ラルドックは違う。彼は彼自身を知っている。自分は何も見えない。自分はレントと違い平気ですぐに命を落とす。だからこそ避難しなければならない。
だが、結局こうして《アンナマリア》に取り残されてしまっているのだから皮肉の笑いもでない。
ラルドックは一人物思いにふけっていると、ラルドックは細い通路を抜けて、少し開けた場所に出ていた。そばで何かが揺らいだ気がする。咄嗟にクルタナを庇うように腰の双剣に手を伸ばす。だが、それは自分の影だった。炎によって不気味に揺らいでいたのだ。
ラルドックは構えを解き、視線を正面に戻した。
目の前に黒い影が立っていた。
思わずラルドックは悲鳴を上げるが、同時に腰のテリトリーを引き抜き構える。
「なんだお前?」
 今にも斬りかかりそうな雰囲気を放つラルドックに、落ち着けとばかりに両手を前に出している影は次第に輪郭をはっきりさせていき、傘をさす一人の女の姿になった。来ている服が黒一色なので影の時と大差は無いが、陰気な顔つきに暗い目のその女性は、《アンナマリア》の教師の一人、イリスであった。
「待ってください。私です。イリスです。影の中を走ってきたのですが、偶然あなた方を見つけて、驚かせたことは謝りますが斬りかかるなんて……あぁ、本当は私であることを知っていて、あえてということですか。いいんですいいんです。私は確かに人に好かれるタイプの人間ではありませんし、好かれる? いいえ、もっとはっきり言ってしまえば嫌われているんですけどね。わかっていますよ。あなたの目を見ればわかります。私の事がさぞお嫌いだったんでしょうね。この陰険な魔女の顔を見るだけで吐き気がすると顔に書いてありますよ……」
 まだ独り言は続いているが、対して身のある話ではないのでラルドックは聞き流した。クルタナはイリスの登場で若干気を取り直した。
「イリス先生。無事で何よりです」
「そんなあからさまな慰めなど、私には不要ですよ。どうせ、まだ生きていたのかと幻滅しているのでしょう」
 今や通路の端ですすり泣き交じりにしゃがみ込んでしまうイリス。
「この先生、めんどくせぇ~な」
 ラルドックのうっかり出た言葉に、イリスは悲鳴のような声を上げて一層泣き始めてしまった。それにクルタナが責めるような視線をラルドックに送ってくる。
 ラルドックが黙っていると、突如彼らのいる開けたホールのような場所の壁の一角が吹き飛び崩れる。それと共に悲鳴を上げて瓦礫の中を転がるように現れる影に、イリスは泣くのをやめ近づいた。
「ん~。ジルベルト。生きてて嬉しいです」
 ヌ~と顔を近づけるイリスが目に入り、ジルベルトはギャ~と悲鳴を上げ飛び起きた。それにイリスは落ち込んだのは言うまでもない。
「ゴメン。ごめんなさい。イリス。いや、だから急にあなたの顔があったから。驚いたって言うか、事故みたいなものよ。私だって、あなたが生きててくれて嬉しいわ~」
 イリスをなだめるジルベルトの元に砕けた壁より何人もの若い魔女達が出てきて駆け寄る。
「ジルベルト先生。早く逃げましょう!」
「私達だけではあれを食い止めることはやはり無理なんです」
「校長先生は無理でも、教頭先生かシャローン先生を呼んだほうが……」
 一様に彼女らはクルタナよりも年上に見えるので、上級クラス・マグアスの生徒達だろう。そして今まで生き残ったということはそれなりの実力があるはずだ。だが、そんな彼女達ですら、その目には尋常でない程に恐怖の色でいっぱいであった。
 彼女達が恐れる対象。恐怖の権化は。すぐに砕けた壁より現れる。
 獰猛な唸り声に、喉を鳴らす音が不気味に地を揺らす。一歩一歩踏みしめるごとに、周囲の炎がそれを避けようとするかのように激しく揺らめいた。
「これはまた……大物を相手にしてましたね。ジルベルト」
 しょぼくれていたイリスであったが、登場した存在を確認するなり態度を急変させ苦虫を噛んだように呟く。
 魔女達は彼を大神に継ぎし者(デウス)とそう呼んだ。
 アルタニス最強と呼ばれていることはほとんど知られてはいない人狼。だが、彼を知る者は皆、最強であると認めた。
 アポロ。
 今やジルベルトにより弟を殺された彼はタガが外れた。弟というタガ。極力良き者であろうとする気持ちが切れてしまった。崩れ落ちる壁より見える奥には幾人もすでに魔女であろう死体が転がっていた。正確な人数は把握できない。なぜなら皆、体が弾け誰が誰の部品かわからないのだ。
 その様子を垣間見てしまったイリスとラルドック。イリスは片眉を上げ、口を堅く閉じ、ラルドックは腰の双剣を引き抜いたが両者共に顔の色を失っている。
 アポロを知らぬラルドックでさえ、目前の人狼は違うことが感じられた。
 アポロが吼える。多分、吼えた。
 ラルドック達にはよく認識できなかった。アポロが吼えるような仕草をしたのは視認できたが、彼の声らしきものが耳に届いた瞬間に酷い頭痛で皆が頭を押さえ苦しみだす。耳を塞ぐが気休めにしかならない。そして次に来た衝撃が彼らの体を打ち背後の壁に叩き付けたのだ。
 皆が跪くなかで唯一立っていたのは、イリスだけであった。彼女はさしている傘をまるで盾のように突出しそれを防いだのだ。
 イリスが傘を元の位置に戻した時には、すでにアポロは動いてきた。攻撃、というよりはただ虫をはらうかのように手を振るに近い仕草だった。だがそれに伴う攻撃力はどの人狼の攻撃をも凌駕する。
 横一線に振られた腕によって生まれる波は、それを躱した者達の背後の壁を粉砕する。躱し損ねた悲運な魔女は両断と言うよりも、大きな何かで吹き飛ばされるかのようにバラバラになり飛散する。もちろん生きているわけもない。
 ラルドックの手引きによって回避したクルタナは小さく息を詰めるかのような悲鳴を上げるが、上げたのは彼女のみ。後の魔女達はさんざんそのような光景を見てきたのだろう。自分がああならぬために必死にアポロから視線を外さぬように集中していた。
 アポロが腕を振るたびに生まれる波を回避しつつ、魔女達は魔法を放つが全て彼の覇長によって遮られる。ラルドックの引き抜いた双剣・フィールドとテリトリーの蛇腹の波打つ刃も同じである。
「浸食の刃(エーローシス・ラーミナ)」
「光刺(フォスフィクス)」
 イリスとジルベルトの闇の刃と光の矢は虚しく覇長によって消えされ、アポロは彼女らを視認すると弾丸のように飛んでくる。慌てて身を翻す二人の間に激突する。
「漆黒の城(ニゲルテルム)」
「闇を突きし光(オプスクリ・フィクス・ルーク)」
 イリスによって築き上げられる闇の城。アポロはその中に閉じ込められると、ジルベルトがすかさずそ城を押し潰すような光の剣を放つ。彼女ら二人ならではの技であった。
 しかし、その光は亀裂と共に粉砕、闇の城も同様に空間の亀裂と共に爆砕した。手ごたえがあっただけに二人とも少し面食らうが、アポロは待ってはくれない。
 砕ける光と闇の中より出でた彼は手っ取り早くそばにいた魔女二人を捉えると、彼女らを掴んで乱暴に壁に押し潰した。振り返りざまに彼に魔法を放とうとする魔女に手を向けると、魔女の体が圧砕する。隣にいるラルドックは咄嗟に身を捻ってその場を離れるが、それがこの化け物に対して正しいのかすら疑問だ。
 暴れるアポロは止まらない。残された僅かなマグアスの魔女達もアポロの圧倒的な力にもはや、戦力喪失ぎみ。半泣き状態になっている。
 だが暴走気味に暴れまわるアポロに背を向けるなど恐れ多い。いや、実際に彼に背を向け逃亡を図った魔女はことごとく死んでいる。
 その時、ジリジリと迫るアポロの背後から転がり込んでくる影。アポロは反射的に手を振ったが、その影の正体を見て止める。
「ポポロン? 何をしている?」
 目から血を流しヨロヨロと周囲の臭いを嗅ぎ取るポポロンにアポロは冷たく言った。それはいつもの話し方ではなくまるで別人。その冷たさにポポロンはビクリッとするのみ。
「あ、アポロさんですか? 魔女と戦っているんですか?」
 ポポロンは恐る恐るアポロの元へと来る。
「おいおい、人狼が増えやがった。この状況で増えるか? 普通」
 ラルドックは愚痴るのと同じく、ジルベルトとイリスはポポロンに魔法を放っていた。人狼の回復能力は早いのだ。今は弱り戦力にならなくとも少し時間を置けば力を取り戻す可能性もある。倒せる者は倒せる時に倒しておく。
 ただでさえ、今はアポロで手を焼いているのだから。
 しかし、ジルベルトの光もイリスの闇も、ポポロンの寸での所でアポロによって打ち消される。
「ポポロン。邪魔だ。お前はここより離れてろ」
 アポロのいつもとは全く違う言葉使いに戸惑いながらも、ポポロンは口を挿もうと口を開いたが、声が出る前にアポロの手が彼の首を鷲掴みにして反論を封じていた。ポポロンはパクパクと口をさせることしかできない。
「お前のような生まれたての子犬がウロチョロされると目障りなんだ。それに加えて今の俺はすこぶる機嫌が悪い。子犬に気を配ってやれる状況じゃない。言っている意味が分かるなポポロン。殺されたくなければ行け」
 突き放すようにポポロンを離す。ポポロンはしばらく寂しそうな顔をしていたが、アポロの怒気にシュンとして立ち去っていく。
 アポロたちが話している最中。ジルベルトとイリスも話していた。
「イリス。あなたに会えてよかったと思ってる」
 視線はアポロ達から外すことなくジルベルトが言い始める。そんな真面目に言われたことのないイリスは、少し戸惑った顔になった。
「あなたの魔法ならば今生きている子達を影に中を走らせることができる」
 彼女は生きている生徒の魔女の避難を促していた。
「イリス。私はデウスの弟を殺しました。奴の狙いは私です……私が時間を稼ぎますからそのうちに」
「イヤです」
 イリスの返答は短い。
「お断りします。あなたを置いてなど行けません。私がいなくとも影に中を移動させることはできます。私も残ります。そしてあなたを連れて逃げます」
「あなたが居てくれた方が生徒達を安心して逃がせられます。私を心配してくれるのなら、いち早く彼女達を避難させて助けに戻ってきてくれればいい」
 ジルベルトは視線をアポロ達からイリスへと向け、目を見て話す。そこには覚悟のようなものが感じられたが、すぐに笑って見せる。
「私だってこの《アンナマリア》の教師ですよ。例え相手がデウスであっても、ある程度までは戦える自信ぐらいありますから」
 イリスは眉間に皺を寄せる。
 そうこうしている間にポポロンは去り、アポロの意識が彼女らに向き始めた時。ポポロンが来た方からまた人の気配がした。
「おい、あってるのか。こっちで?」
「あってる……はず」
「今、はずって言ったろ? コッソリ言ったろ。聞こえてるからな」
 男の声とか細い少女の声だ。その正体はすぐに姿を現した。彼らを見てラルドックと、隠れていたクルタナが声を上げる。
「レント!」
「レイア!」
 呼ばれた方は彼らに向かおうとしたが、ホールの状況を見て思いとどまり慎重に動き始める。
「とんでもない所で再会したな。ラル。お前、逃げたんじゃなかったっけ?」
「お前一人じゃ、心配だから戻ったんだ」
「ッヘ。どうだか~。どうせ逃げ損なったんだろ。ダッセー」
 思いかけず相棒に会ったレントの表情は幾分柔らかくなったが、軽口を叩いている割にはアポロに向ける視線は鋭かった。
 ジリジリとレントとレイアは壁伝いに移動し、レイアをクルタナの元へ。クルタナはこの世界の救い人にでも会ったかのようにレイアを抱きしめていた。レイアは無反応であったが、首元が赤くなっている所を見ると彼女も親友に会えて喜んでいるようだった。
「もういいか?」
 その感動の再会に水を差すのはもちろんアポロ。
「ジルベルト。お前のそのおっきいおっぱいにもう一度出会えて嬉しい限りだけど、こいつはまずい展開だな」
 レントはラルドックと共にジルベルトの元へ移動しながら言う。
「レントさんもレイアもイリスの所……」
 ジルベルトの言葉は最後まで続かない。襲いかかる波に皆が身を屈めた。
「もう、いいかな?」
 アポロの声は直接頭に響いてくるような声であった。そして皆が顔を上げた時には、すでにアポロは彼らの集まっている集団の真ん中に立つ。
 アポロはただ軽く地面に足を鳴らすようしただけ。たったそれだけで周囲の者全てが生まれた衝撃に消し飛びそうなくらいに吹き飛んだ。
「五光(フォスペーデ)」
 転がりながらジルベルトがアポロへ五つの光を放つが、アポロの波はそれを打ち消す。アポロはジルベルトを認識して彼女に狙いをすます。起き上がり態勢を立て直そうとするレントや他の魔女達だが、アポロは地面に手を添えただけで地が揺れ立っていられなくなった。
「五光(フォスペーデ)」
 接近したアポロに身を捩り回避しながらジルベルトは魔法を放ち続けるが、何度やっても結果は同じである。
「弟を殺した程度の攻撃で、この兄を殺せると思っているのか?」
 ギラギラと光るアポロの目に思わず足がすくみそうになるジルベルトだが、ギュッと拳を握りしめ気持ちを奮い立たせる。
「光の煉獄(フォス・カサルティリア)」
 アポロの周囲に無数の光の刃が突き刺さり、隙間を埋めていきしまいにはアポロの姿が見えなくなる。彼を閉じ込めたのだ。
「イリス! 何をしているのですか? 早く行かないと、もう持ちません!」
「私はシャローン先生とは違うんです。そんなにサクサクと、何人も同時に移動させることはできませんよ。それに……何か変。っく、あと少しだから、黙ってて!」
 レントやラルドックも含め魔女達を何とか集めたイリスは移動の段取りをする。だが、相当に集中が必要なのだろう。日頃のイリスでは想像がつかないくらいにピシャリとした物言いだった。
「もう! イリス。早く……」
 ジルベルトの叫び声に近いものは光の牢獄のようなアポロを閉じ込めていた物の大破の音に掻き消される。咄嗟に振り向いたジルベルトだが、ジルベルトの光を砕いた研ぎ澄まされた衝撃が彼女の左の肩口からバッサリと切り裂いていた。
「おい! ジルベルトがヤバいぜ!」
 レントの声でイリスはハッと顔を上げる。
 ジルベルトの倒れる体が地につくことは無い。ジルベルトの頭をアポロががっしりと掴み持ち上げていた。彼女の足は地面を離れる。
「……ぅ……フ、五光(フォスペーデ)」
 苦しみ紛れにアポロの顔面に放つ魔法。至近距離の彼女の全力の魔法ですら、アポロには通じなかった。薄らとジルベルトの目に諦めの光をアポロは見て、彼は笑う。そして顔を近づけ一言いった。「苦しめ」と
 アポロはジルベルトを救いに来ようとする者達を波で押し返し、彼女を軽々と掲げて力一杯体を反らせた。体を自らの頭で押さえ、両の手で引っ張るのだ。否、彼が力一杯すれば一瞬でジルベルトの体は真っ二つになっていたが、彼女の体はそうはならない。ジワリジワリと圧し曲げていく。苦しませながら、恐れさせながら。
 ジルベルトの体から軋むような音、何か固い物が折れる音、そして彼女の口より出る悲鳴にクルタナとレイアは耳を覆っていた。
 アポロの力でジルベルトの意識は飛び、力なく垂れる手足は小刻みに痙攣。目は完全に白目をむいていた。それでもなお生きているとわかる痛々しい呼吸。いや、生きているのではない。アポロが生かしていた。
「常闇(パンディ・スコタディム)」
 アポロの足元より現れた大きな鎌を持つ闇の使者がアポロに鎌を突き刺して闇に引きずり込む。その使者はどんどん数を増やし、アポロの周囲は完全に闇の塊と化した。
「イリス。やるじゃねぇか!」
 地に落ちるジルベルトを助けるレントは、イリスに言ったが彼女自身はそれほど満足のいくものではなかったようだ。
「普通の者ならば、ここで死んでいるんですがね」
 闇の中で何かが蠢く。間違いなくアポロであった。彼が暴れる度に、闇が心もとなく亀裂が入り、修復していく。しかしその亀裂は修復が追いつかないまま、ドンドン大きくなっていた。
「どうなんだ。クルタナ」
 ジルベルトの様子を見るクルタナに隣のラルドックは言うが、クルタナは困惑したような顔をする。
「わからない。かなりの重体だけど、先生に見せれば助かるかも」
「ならば、早く向かいなさい」
 イリスはそう言うとさしていた傘を畳む。
「作戦変更です。あなた達はその足で避難所まで死に物狂いで走りなさい。ジルベルトを連れてね」
 イリスの急な発言に生徒たちは困惑する。だが、イリスの次の発言にはさらに驚かされた。
「私はここに残ります」
「先生。何言ってるんですか?」
 非常に戸惑う生徒達にイリスは優しく言う。
「聞きなさい。私の生徒達。デウスの波は強力です。強すぎて他の波に干渉し乱す効果もあるのでしょう。先ほどあなた達を送るのが困難だったのはそれです。影を通る魔法は、他の物よりも繊細な物なので余計なのでしょうね。かといって、足で奴から逃げれば追いつかれてしまう。誰かが奴を止める必要があるのです」
「でも、殺されてしまうかも」
 まだ呑み込めない生徒達。イリスはゆっくりと彼女らに言った。
「それは誰が足止めしても同じこと。だったら私の可愛い生徒達にそのようなことはさせれません。ジルベルトもその覚悟でした。デウスを少しでも止めて見せましょう。早く行きなさい」
 背を向けるイリスは今や轟々となり亀裂を大きくする闇に向かい「そして」と呟く、一瞬その視線を生徒達に支えられ意識を失っているジルベルトに。
「どうか、ジルベルトを救ってください」
 イリスには珍しい笑みを見せた。イリスの意志を汲み、年長のマグアスの生徒達は立ち上がるとジルベルトを助け合いながら支える。それにクルタナとレイアも従うが……
「できるだけ長い時間を稼ぐ必要があるんだろ? だったら、一人より二人の方がいいに決まってるぜ」
 レイアの肩に一度手を置いたレントは、そのままイリスの隣に進んでいった。魔剣・ネスティマを肩に担ぎ、共に闇の中のアポロを見据える。
「いや、それは違うね。断然、二人より三人だ」
 それは先ほどまでクルタナのそばにいたラルドック。双剣、フィールド・テリトリーを両手に持ち鞭のようにしならせる。
 いきなりの事にレイアもクルタナも驚いて彼らにすがるが、それを彼らは優しく離した。
「レイア。あの子達と一緒に行け。もう俺の道案内はいいから。あの子達の道案内をしてくれ。お前の母さんの敵はまた今度にしよう。おいおい、そんな顔するなよ。言ったろ。俺はお前達を守らなきゃいけないから。な。」
「クルタナ。世話になったな。俺はもう大丈夫だから、ジルベルトのそばにいて面倒を見るんだ。お前にしかできないことだ。俺も、首の傷が開かないうちに戻るさ。お前みたいなヤブじゃなくて、ちゃんとした先生に見てもらわなきゃな」
 それぞれがそれぞれ一方的に言った言葉だ。相手の言葉など聞きもしなかった。自分勝手で、相手の気持ちなど気にも留めない言葉。だが、彼女達には薄々わかった。今の彼らの中にある覚悟や決意のような物には自分達様な者の言葉や思い、ましてや感傷などというものは一切入り込む余地などないのだと。
 レイアとクルタナはマグアスの魔女達に引き渡され、名残惜しそうに振り返りながらもその場を去っていく。
 一方の残されたイリス、レント、ラルドックは一切去っていく彼女達の方に目をやる者はいなかった。
「逃げたって、いいんだぜ。ラル」
「皮肉のつもりか? それとも冗談か? だったらちっとも笑えんな」
「お二方、静かに。来ますよ」
 イリスの言葉を表すように、闇の中よりついにアポロの腕が出てくる。離れていても感じられる怒気の波に尻込みしてしまいそうだ。
 三人はそれぞれ顔を見合わせ、現れ出るアポロに向かい合った。
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