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Chopin Asort1

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Chopin Asort… Part1

 この作品は、籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
一応こっちのほうが本編となってますがそっちの方も見ると世界観が上手く補完できると思います。


Part1. Sei VS Lupis !!!

prologue

 世界は大神によって創られました。
大地も海も、人間すらも、その全てを大神は支配していました。
しかし、弱く脆い存在として作られてしまった人間には、大神の慈悲によりある力が与えられたのです。
強靭な肉体を持った人狼という存在、そして万物に語りかける魔女
という存在。
 しかし彼らは種の繁栄に従い、次第に力を失っていきました。
 ですが、人間たちは力を失ったことを悔いることもしませんでし
た。高度な知恵と感情、そして欲望を持って世界を覆い始めたのです。
人の貪欲な感情と、争いにより、自分勝手に創りだした神を信じて
争い合いました。
 人間は、その頃には人狼、魔女の力を必要としないほどの知恵をつけていたのです。

とある、ひとりの少女もその争いに巻き込まれました。
親も、兄弟も、友も失い、一人になった少女。町は業火に包まれて
おり、その少女も死を待つだけの弱い存在でした。
 そんな時、彼女の前に大神が舞い降りました。
 滅びる命を見に来たのか。それとも単なる好奇心からか。
 しかし、巨大で鈍重な存在の大神を前にして、少女は微笑みました。
 自らの死を受け入れ、崇高な存在に身をゆだねたのです。
 その時、少女は突然光に包まれ、生気に満ちあふれました。
断片ではありましたが人間が失ったはずの力を取り戻したのです。
 名もなき少女は魔女としてそのまま大神に拾われ、強靭な生命力により、強く成長していきました。
 大神は、さらに少女に力を与え、彼女に名前をつけました。
全てを救済させるもの――箱舟(アーク)、と。


Luna side

 私は突然目を覚ます。悪い夢か――古い記憶がひっくり返ったような夢で、なにやら気分が悪い。肌着には汗がぐっしょりと染みついており、相当うなされていたことがわかる。
 窓を見ると、もう日が高くなっている。どうやらかなり寝込んでしまっていたようだ。連日のように修行と旅を繰り返していれば疲れるというものだ。
商業の街メルカトルを出立してからもう数週間経つ。あれから人狼に襲われることもなく、私たち魔女三人と人狼一人は聖騎士の追っ手を適当にかいくぐりながら大神の後を追っている。
「ありゃ? ルーナ、もう目が覚めたんだ?」
 私の部屋に、一人の少女が入ってくる。活発そうな雰囲気で、動きやすそうな服装をいしている。見た目は私と同じ十七歳くらい。そして、私と違って本当に中身までも十七歳なのだ。
「セイ、おはよう。寝すぎちゃったね、ごめん」
「いや、そんなことないよ。あの後だもん。しょうがないよ」
 セイははにかみながら私を見る。彼女を見ながらも、私は彼女の心の奥に隠された新にを考えていた。彼女が私たちに同行する理由、そして私たちのことをどう思っているのか。
「セイ、すぐ行くから外で待ってて」
「うん、早く出てきなよー」
 彼女は微笑むと、私のぎこちない言葉にも気付かずに出ていく。
 セイ含め私たち一行は、とある目的によって国中を動いている。それは天に唾吐く行為であり、与えられた者の恩を仇で返すような、最低の行為なのかもしれない。
 私たちは、神を殺そうとしているのだ。

 この世界には、魔女と人狼が存在している。両者はこの世界の創造主、大神によって、自然の理に対する絶大な力を持って生まれてきた。しかし、それらの力を失った者たちはただの人間となり、力持つものを『異端』と呼び蔑み始めた。人間は自分たちの文明を作り、文化を作り、宗教を作った。
 大神は、人間たちが神をねつ造したことによってその存在を大きく変え、世界全体を破壊、再生することを選択した。
 しかし、その大神に反旗を翻して立ち向かったのが、大神の一番の腹心である大魔女であった。彼女は魔女を率い、大神を殺そうとした。
 それに対抗するようにして、人狼たちもまた大神を守るために集まり、やがて二つの陣営は全面戦争するにまで至った。
 その一連の流れを、人々は畏怖を込めて「禍の月」と呼んだ。その中で大神――その猛るような紅い瞳からレッドムーンとも呼ばれている――は、その大戦の前後にて、多くの人と魔女、そして人狼の命を奪い、失いながらも大魔女の頓挫するカルメアデス神殿に向かう。
そこで、大魔女は決死の魔法により、命を犠牲に大神を葬ることに成功したのだ。
しかし、どれだけ狂ってしまっても大神は全ての祖であり、人智を遙かに超越したものだった。大神はその大いなる力によって百五十年の時を経、自らを再構成する魔法を使った。
大魔女もまた、自身のほとんどの力を使い切って自身の魂を葬ることなく時間をかけて転生させる魔法を使った。
 二つの大きな魂は、時間をかけて再び現世に舞い戻り、それぞれがそれぞれの思惑を持って復活を遂げた。

 私は服を着る。袖に腕を通す時、私は異変に気づく。腕――というよりも、ほぼ自分の体全体――の魔力が、ぼんやりとではあるが膨張しているように見える。
「あ、あれ…私の魔力ってこんなにあったかな」
 魔女である私に魔力が渦巻いていることは普通なのだが、今日はいつになく多い。大神に近づくことで、私の身体の中の眠れる力が無意識に沸き立っているのだろうか。
 私は自分の体の異変を感じつつ、そのまま身支度を済ませる。外では仲間たちが話している声が聞こえてくる。私は急いで扉を開けると、彼らのところに向かう。
「ごめんごめん、寝坊しちゃったわ」
 顔を出すと、皆が昼食をとっている。どうやら朝のご飯まで忘れて寝ていたようだ。
「ああやっと来たか寝ぼすけ。もう朝のトレーニングも終わったぞ」
 まず最初に声をかけてきたのは、手前の席で私を振りかえるヴェアだった。彼こそがこの度の私の最初の仲間であり、私がレッドムーンを倒すという決意をさせてくれた男でもある。彼は本来魔女が手を取り合うはずのない人狼なのだが、彼はある日突然人間から人狼に変わったという非常に貴重な存在なのだ。
「ごめんごめん。でも最近じゃ私のほうが強くなってるからヴェアは余分にトレーニングしておいたほうがいいんじゃない?」
 笑顔で返すと、ヴェアは「言ってろ」と昼食を促す。私はヴェアの勧めてくれた席に座り、目の前の昼食を見る。
「最近多いわよ、夜更かしでもしてるの?」
 一番奥に座っていたルピスがちょっと怒るようにして見ている。彼女は私のお姉さん的な立場で、ここにいる全員のお姉さんでもある。しかし、一度戦闘に入れば氷の魔法を際限なく扱う強力な魔女〝冷嬢〟ルピスに変貌する。彼女の戦闘能力なくしてはここまで来れなかっただろう。
「いや。そういうわけじゃないんだけど…なんていうか、すごく睡眠時間が必要なんだよね」
 笑って答える。実際、最近の睡眠時間は以前よりも格段に長くなっている。夜早いうちに眠くなり、朝は遅くまで寝ていないと体が本調子になってくれないのだ。
「寝る子は育つ、だよね。ルーナ」
 先ほど部屋にきてくれたセイが私を見てにっこり笑う。
 彼女はまだ発展途上の魔女であるが、彼女の母は先の禍の月で大魔女の下についた三大魔女の一人、〝天圧〟のデーヴァの一人娘である。しかもどのような因果か、父親は無限の再生能力を持っていた強力な人狼、クラオエなのだ。
 彼女は敵対する二つの種族が愛し合い生まれてきた、貴重な存在であり、両親双方の力を色濃く受け継いでいる。
「ありがとう、セイ。でも別にこれ以上成長しなくてもいいかなー、なんて」
 私は手で顔を覆い、気にする仕草をする。セイは笑いながら自分も気になると言い、それをルピスがまた叱る。いつもの昼食、いつもの旅の中の風景だ。
 そんな昼食の途中で、ルピスが食器を置いて真面目な顔になる。
「ルピス、どうしたの?」
 セイはまだ微笑みながら聞くが、ルピスはそれに真摯に答える。
「セイ。そろそろはっきりさせないといけないわ。貴女は私たちについてくるの? それとも、どこかで腰を落ち着けるのか…」
 その質問を聞いた瞬間、セイは黙ってしまう。ここ数週間旅を続けていたが、いつかは言わなければいけないことだった。セイは戦力としてはとても期待できる。成長次第では、先代の″天圧〟を越えるほどの存在にもなり得る。
しかし、それは彼女が満足に成長できる時間あってのことだ。
私たちは遠かれ少なかれ現状の頼りない戦力のままレッドムーンと相対さなければいけない。今ここで彼女が命を落とせば、その未来ある力も失われてしまうのだ。
「どこかで隠れて生きていれば、まだ自分の力を伸ばすことだってできる。東の荒地の向こうには、魔女専用の学校だってあるわけだし、今ここで死地に赴かなくていいのよ?」
 ルピスの言葉が、セイを小さくしていく。彼女は確かにレッドムーンと戦う確たる理由を持ち合わせていない。
「私はこの二人に付き合うって決めたの。命を落とすことだって辞さないつもりだし、この二人の盾にも槍にもなろうと思ってる」
「ルピス! そんなこと私は――」
 立ち上がる私を、ルピスは手で制する。
「セイ。この数日間は楽しかったわ。貴女のその元気さやひたむきさにはとても助けられた…でもね、そろそろ貴女とは――」
「遊びじゃないっ!」
 セイが突然立ち上がる。今までにないほどの怒気をはらんだ声で、ルピス含め私たちは一瞬で黙ってしまう。
「そりゃ怖いけど、逃げたいけど、私だって…無関係じゃない! 私のお母さんは大神と戦った英雄なんでしょ? それにお父さんは! お父さんは魔女を愛した人狼で、レッドムーンを倒そうとしていた…」
 震えていた。彼女は確かに恐怖している。そして、それは私たちにも共通していた。いくら大義があろうとも、進んで命を投げることに恐怖しない者はいないだろう。
「私はレッドムーンと戦う。意地でもついていく。あなた達が私を置いて行っても、私は一人でレッドムーンを倒しに行く」
「そんな命知らずなこと、誰も望まないわ」
 ルピスは今度こそはっきりと、怒気をあらわにする。彼女もまた、セイのことを思えばこそなのだろう。
「それでもいい。レッドムーンの意識を少しでもこちらに向ける。数分でも、数秒でも…たとえ一瞬でもレッドムーンと戦ってレッドムーンに傷を付ける。どんなにかなわない戦いだって、挑まないよりは挑みたいもの」
 そこまで言われて初めて、ルピスは言葉に詰まる。セイの瞳もまた、本気で自分の戦いに挑もうと思っている者の瞳だった。
 さすがにここまでこじれてしまっては、私が助け舟を出すしかないだろう。
「ルピス、私はセイのこと、連れて行ってもいいと思うよ。セイは、多分本気で私たちと一緒に行きたいと思ってる。」
「ルーナ、貴女まで…」
「ルピスはさっき自分は死ぬ気だって言ったでしょ? セイはルピスと同じ覚悟なんだと思う。だったら、ルピスがそれを止めることはできないんじゃない?」
「俺もそう思うな。皆ガキじゃないんだ。独りで考えて行動できるくらいの頭は持ってるわけだし、セイの好きにさせたらいいんじゃないかな?」
 ヴェアもまたセイに加勢してくれる。セイは、こちらを見ながら少しだけ微笑んでくれる。
「ルピス、お願い。私は人狼とも戦える。きっとあなた達の役に立つから」
 そこまで言われて、ルピスは嘆息して顔を覆う。困っているのか怒っているのか、わからない。しかし、彼女はしばらく沈黙した後に、再び顔を上げる。
「そこまで言うのなら、その自信…確かめさせてもらうわ」



Sei side

 私は小屋の外に出る。しばらくルピスの後に続いて歩くと、小高い丘に出る。
「ここに、結界を張る。この結界の範囲内であれば、どれだけ好き勝手に暴れても外にばれることはないわ。だから存分に暴れて頂戴」
 ルピスが言い終わると、彼女は両手を左右に広げると、すっと目を閉じて集中を始める。
 私はふと、丘の向こう側に広がる広大な森に視線を向ける。地平線まで緑で埋め尽くされてしまうほどのこの光景は、バグラチオン帝国の西の地帯を飾っている森林、ジャンバルキア大森林だ。
「我が名の下に命じる、氷よ集まりて我が力を高めよ…
                  絶対氷壁の決闘場(スメディラ・ゴルペディカ)」
 ルピスが魔法の言葉をつぶやく。と同時に、周囲が白い霧に包まれ、温度が下がっていく。肌寒いと感じた瞬間には、私の背後を大きな氷が塞いでいく。
「る、ルピス…これは!」
「セイ、全力を見せてみて。そのために私は全力の結界を張ったんだから」
 ルピスは青玉色の瞳でこちらを睨む。もうすでにいくつかの無詠唱魔法によっていくつかの氷の塊が浮かんでいる。そして、彼女の背後にもまた、氷の壁が作られていく。瞬く間に私たちの四方が氷の分厚い壁によって囲まれてしまう。
「安心して。この結界で私が強くなることはないわ。あくまで隠ぺいと、戦闘に耐えうるように作ったから」
 私もまた臨戦態勢をとる。感覚を集中させることによって瞳を琥珀色に変えていく。
 少しの沈黙の後、私が先に動く。
「私は願う、重力よすべてを圧し潰せぇっ!」
「我が名の下に命じる、氷の嵐よ全てを巻き込め!」
 ルピスの数十にも及ぶ氷が迫ってくる前に、私の前面に協力な重力を発生させる。氷の嵐は私に届く前に全て地面に落ちて、沈んでいく。そこからまた私は飛び上がり、一気にルピスとの距離を詰めて両手を前に出す。
「私は願う、其の身体よ羽より軽くなれっ!」
 私は言葉を放った直後、ルピスの身体を軽く押す。彼女の体はふわりと浮かび、まったく重力を感じさせない。彼女の体が浮いたことを確認すると、すぐに私は次の魔法を唱える。
「私は願う、其の身体よ岩より重くなれっ!」
 私が少し押し出すことで加わった慣性の力は、そのまま加わった重量と相まってルピスに強力な衝撃を与える。
「くっ――…氷柱(フェウ)っ!」
 ルピスは自分の後方に氷柱を放ち、私の重力による勢いを減速させる。そしてそのまま空中で身を翻し、そのまま青玉色の瞳をこちらに向ける。
「我が名の下に命ず、氷よ彼の者の進行を妨げよ」
 私の右側に氷の塊が出現する。私はすぐに飛び退くが、そのまま左、後ろ、前と順々に氷の塊が出現してくる。
「我が名の下に命ず、氷の嵐よ彼女を包めっ!」
 私の周囲に冷たい風の流れが生まれる。そこからゆっくりと氷の粒が流れ始め、私の体を傷つけていく。
「うう…うあああっ!」
 氷の渦は完全に私を捕える。先ほどの氷の塊などとも含めて逃げることが非常に困難で、私は意識が遠のいていくのを感じる。
「我が名の下に命じる、氷の大岩よ押しつぶせ!」
 瞬間、私の視界は暗くなる。目の前を大きな氷の塊が何個か、降り注いでくる。避けられる可能性は全くない。
「ルピス、本気だ…ありがとう」
 私のことをおもってこそだろう。私のことを思うからこそ、生半可な力で私を同行させても死を招くだけである。だからこそ、彼女の本気に耐え得るほどの力を確かめないといけないのだろう。
「私は願う、ルピスよ全てを引きつけろっ!」
「なにっ?」
 ルピスが私の言葉に反応するが、もう遅い。私の言葉に応じてルピスの体に強力な重力場が生まれ、彼女の魔法によって生み出された氷の嵐、大岩などその全てが私から離れ、彼女に向かっていく。
「氷柱(フェウ)! 氷柱(フェウ)氷柱(フェウ)氷柱(フェウ)!」
 私がお返ししたルピスの魔法を、彼女は全て自分の魔法で相殺していく。すべてが白い霧に包まれ、結界内全てに冷気が蔓延する。
「私は願う、私の身体よ軽くなれ」
 私は軽く跳躍する。身体が羽のように軽くなっている分、体が軽い。分厚い氷の壁は天井をも作っているが、そこに足を付けると、すぐにルピスの姿を確認する。
「我が名の下に命ずる――」
「私は願う!」
 視界の端にルピスの姿がした瞬間に、私は振り返り、詠唱を始める。彼女に対抗するためにはこれしかないだろう。
「氷の槍よ――」
「重力よ全ての力を圧し潰せ!」
 私はルピスがいる方向にむかって魔法を放つ。重力場が現れ、その空間の空気全体がびりびりと押し潰されるようにして、地面が大きく陥没する。
「どうっ? ルピス!」
 私は勝ち誇ったように追撃の準備をする。しかし、目の前の姿を見た瞬間、私は唖然とする。
 目の前には、氷(・)に(・)映った(・・・)ルピスの姿があった。すぐに後ろを振り向くが、時遅し、もう既にルピスはこちらに掌を広げて準備完了している。
「彼の者を貫けっ!」
 槍が五本、飛んでくる。しかも、今までの氷柱とは違う。現状では不可避であろう速度の槍が、私を狙ってくる。
 一本目が来る。槍はそのまま私の右肩を的確に射抜き、深々と突き刺さる氷と白煙で純白に染まっていた視界に、やっと初めて赤という鮮やかな色が宿る。そしてそのまま二本目が私の頬をかすめる。
 あと三本。あと三本防ぎきればルピスに一矢報いることができる。それでなければ私は彼女らについていくことはできないのだ。
「わ、私は願――うっ! ぐ、う…」
 三本目が脇腹に刺さる。絶え間ない攻撃の応酬で、魔法すら唱えることができない。次々と氷の槍は降り注ぐ。
「わた、し…は、」
 またも、右足をかすめる。かすめただけでも大きく裂傷ができ、感覚が麻痺してくる。それでも私はどうにか左手を前に突き出す。
 一撃でもいい。一撃でも当たってくれればいいのだ。
「私は…、私は!」
 目を見開く。琥珀色の輝きは、なおも失われることなく迫りくる氷の槍を見つめる。
「私は魔女デーヴァの娘! 私は、私は〝天圧〟のセイだっ!」
 私はがむしゃらに身体を反らす。大きく体勢を動かすことにより氷の槍は私の背中を大きく削っていく。
「うぐっ…」
 背中がじんじんと火傷したように痛むが、歯を食いしばる。目前には、目を見張って驚いているルピスがいる。チャンスだ。これが最初で最後の、彼女を捕える時だ。
 すぐに彼女の方を見る。旧魔法も私は全く知らないわけではない。母からひとつだけ、教わった魔法がひとつだけある。怖いものを吹き飛ばす、魔法の言葉であると。
「全て吹き飛べ彼方の空へ(レムゼリア・パル・アステアス)」
 その瞬間、全てが吹き飛ぶ。白煙も砕けた氷の結晶も、ルピスが発した氷の槍も、ルピス自身も。その全てを何かが飲み込んでいくようにして飛ばされていく。
 私の予想した以上に大きな力はルピスの強大な結界を砕き、そのまま吹き飛ばしていく。ルピスはそのままくるくると空に吹き飛んでいく。さすがにかなり消耗してくれたのではないだろか。
 私も私で、旧魔法を考えなしに使ってしまったので魔力が空っぽになってしまった。
「る、ぴす…わた――連れていっ…」
 私の視界はゆっくりと暗転していく。
「おっ、と。お疲れさん、セイ。しかしすげーなあ、ルーナやルピスもばかすか魔法撃つけど、お前も大したもんだよ」
 崩れゆく意識の中で、誰かの腕に支えられていることを感じる。確認しようとするが、もはや身体が動かない。痛みは消えているが、魔力の方が完全に切れているために満身創痍である。
「ルピスから伝言だ。お前は十分レッドムーンに挑むに足る実力があるってさ。合格だってさ。よかった」
「ごー、か…く…?」
 うわごとのように口を開くが、うまく言葉にならない。支えている腕は、ゆっくりと私を担ぎあげ、そのまま運んでいく。
「とりあえず、今はゆっくり休め」
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